第12話 謁見と寄り道
三日目の朝。
装備を整えて、階段を降りる。
びっくりするほど宿舎の中は人の気配がするのに音がしない。
部屋番号の入った鍵をカウンターのおばさんに渡すと、今日も泊まるのかと聞かれる。
町の外でモンスターと戦ってみるつもりだけど、不安だから今日もここで休みたい、とお願いすると笑顔で頷かれた、
朝食もタダなので、ありがたく食堂で食べる……の、だけど……。
「……引きこもってる人たちってご飯どうしてるんだろう?」
食堂は本日も……昨夜同様、誰もいませーん。
部屋のテーブルに時間がきたらご飯が転送される、とかなのかな?
まあ、多分食べてるだろう。
「ごちそうさまでしたー」
パンとポタージュ、ベーコンエッグと実にシンプルな朝食だったけど……あれ、引きこもってる人たちよりも豪華なのかな?
だとしたら引きこもってる人たちどんなもの食べてるんだろう?
「……まあ、私が気にしても仕方ないか……。行ってきまーす」
「行っといでー」
っと大通りを通ってお城に向かうのだが、途中にチーカさんのお店がある。
朝早いので開店してない。
帰りに寄って、カバンの事謝ろう。
引ったくりが一番悪いと思うけど……せっかくチーカさんが愛情込めて作ったカバンを盗られたのは、なんか申し訳ないし。
お金はまだあるから、もう少し
あ、PSといえば……槍って装備しただけじゃ『槍』のスキルツリーが解放されるわけじゃないらしい。
多分『使って』みないとダメなのだろう。
うう……シビア……。
「おはようございます。あの、国王様と王妃様にご挨拶に伺ったのですが……」
「ああ、昨日の。はい、聞いておりますよ。応接間にご案内しますのでそちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
……王様と王妃様、気軽に会えすぎではなかろうか。
まあ、ゲームの中だし別に良いか。
兵士のNPCに案内されて応接間に通される。
それから三分ほど待って、今度はメイドのNPCに案内されて謁見の間にやってきた。
昨日と同じ服装の二人だけれど、玉座に座ってると別人のよう。
私も許されるだけ近くに行って、片膝をついて頭を下げた。
なんか今までで一番まともに王族と会った気がする。
「おはようございます、ハイル国王様、キャロライン王妃様」
「ああ、おはようシア。昨夜は良く眠れたか?」
「はい、とても」
「ふふふ。それはなによりですわ。昨日の買い物はつつがなく?」
「……、……はい、槍を購入しました。近接は自信がなくて……」
「そうですか。初心者の方にはその辺りが良いかもしれませんわね。『剣』のスキルツリーを伸ばしていくと比較的すぐに『細剣』が開くのですが、あれはクリティカルが出やすい反面
「はい、ありがとうございます」
ハイル国王が『始まった……』みたいな顔でキャロラインを見てる。
多分キャロラインの性分なんだろうなぁ。
どうしてもプレイヤーに肩入れしちゃうというか……。
「すぐに旅立つのか?」
「いえ、しばらくは下町の支援宿舎を拠点にスキルツリーを解放していこうかと……」
「そうか、その方が安全ではあるな。ふむ……だが、一人ではすぐに限界がくる。目的もなく歩くよりは冒険者支援協会に登録してクエストをこなしてみるのはどうだ?」
「冒険者支援協会?」
冒険者ギルド的なものかしら?
名前が非常に日本っぽい言い方になってる?
「ああ。キャリー、説明を」
「はいっ!」
……力強い返事。
キャロラインが説明したそうにソワソワしてたのは私からも見えた。
ハイル国王、キャロラインに丸投げたというより、説明させてあげたんだろうな。
キャロラインの満面の笑顔にほっこりした顔してる。
「冒険者支援協会はいわゆる『冒険者ギルド』ですわ。登録して支援協会の建物へ行けば、掲示板からクエストを受注出来ます。それなりに実績を重ねれば指名でクエストが来ることもありますわよ。他のゲームのようにランクは設定されませんが、有名になれば『二つ名』『通り名』で呼ばれるようになりますの。そちらで仲間を探したり、募集中のパーティーに参加したりも可能です。更に条件の合う冒険者NPCを雇う事も出来ますわね。他にも宿屋の予約や荷物やお手紙を出したり、受け取ったり、アイテムの売買、新しい町で迷子になったら道を教えてくれたり、拾得物の扱いも……とにかく『困ったら行け! あとは受付がなんとかしてくれる!』的な場所ですわ」
「へえ……」
交番やコンビニ、郵便局みたいな役割もあるのね。
宿屋の予約とかは便利そう!
「プレイヤーが不安なら冒険者のNPCを雇うと良い。一人より余程心強いはずだ。確か、十円程から雇えたはず、だな?」
「はい! お高いNPCは百円くらい掛かりますが、その分良いスキルを教えてくれたりしますのでそこにお金は惜しまない方がよろしいですわ!」
「え、スキル教えてくれるの⁉」
「ああ、『採取』などのスキルは安く雇えるNPCでも持っている。頼めばやり方を教えてくれるはずだ。いろんな冒険者NPCを雇う事で、スキルは増やせるだろう」
「そうなんだ……!」
すっごい良い事聞いた!
自分で実践して覚えるしかないと思ってたけど!
じゃあ早速行ってみようかな。
あとで場所の確認をしないと!
「冒険者支援協会に行くのでしたら第一柱大通りを真っ直ぐに進むと、下町の側にありますわ」
「支援宿舎がある道?」
「ですわ」
ええ、気づかなかった。
まあ、チーカさんのお店に行く予定だったからちょうど良いか。
「分かりました! 色々ありがとうございました!」
「いつでもいらしてくださいませ。あ、わたくし、お仕事のない時は第三柱大通りのパン屋さんにおりますので!」
「最近めっきり開けていないがな」
「そうなんですぅ……新規さんがひっきりなしで……あうう……」
「俺も仕事がない時は冒険者NPCとして雇われ待ちをしている。見かけたら雇ってくれて構わないぞ」
「はいぃ⁉」
王様が雇えるの⁉ このゲームーーーー⁉
***
あー、びっくりした。
まさか王様が「キャリーが王妃兼新規プレイヤーの出迎えNPC兼パン屋なように、俺も国王兼冒険者やってるから!」とドヤ顔で言ってくるとは誰が思う?
お、王様は間違いなくお高い冒険者枠なんだろうなぁ。
まあ、本人が雇えというのなら、見掛けたら雇おう。
「!」
いや、待て。
現実よりも物価が安いなら買取価格も相当安いのでは⁉
やっぱり無駄遣いはダメだわ!
キャロラインには「そこにはお金を惜しんではいけませんわ!」って言われたけどやっぱり一番安い人からにしよう!
「あ!」
考え事してたらチーカさんのお店を通り過ぎてた。
さすがにもう開店してるな。
「おはようございます」
「あら、シアちゃん! 今日も来てくれたの? なにか買い忘れ?」
「あ、いえ。……実は……」
十分すぎるほど買ってしまったので買い物はなし。
そうではなくて、昨日の引ったくりの事を話した。
カバンを奪われた事。
他に出来る自衛って、ないのかな。
「というわけで、せっかくのカバンは盗まれちゃって……」
「ああ、聞いたわ、ルーズベルトって人に」
「え?」
ルーズベルトさん?
昨日、あの後チーカさんのところに寄っていったの? なんで?
「同じカバンはないかって言われたから、あれは一点物って説明したのよ。そしたら思い詰めた顔しちゃって……」
「えぇ……? どうしてそんな……」
「責任を感じたから同じ物を買って弁償しようとしたのかもしれないわね。『あんたが弁償しても仕方ないでしょ』って言ったけど。そもそも、責任を感じたなら引ったくりしてるプレイヤーをとっ捕まえればいいのよ。見習いとはいえ騎士なんだから!」
ごもっとも……。
「それにしても、肩掛けカバンを斜めに掛けてても引ったくられたって……相当無理やりだったんじゃないの?」
「はい、かなり強引でした……。地面にひっくり返って顔打ちつけちゃうぐらい」
「きっと自分を追い詰めて、攻撃的になってるタイプのプレイヤーでしょうね。全部周りのせいにして、自分を守る特に心の弱い人間よ」
「…………!」
自分を守る為……。
その為に周りを悪者にする。
そんな人も、いるんだ……。
「……セラピストプレイヤーが来てくれると良いけど……まだ時期じゃないはずだし……」
「? セラピストプレイヤー?」
「ああ、政府から派遣されて来る医療関係者のプレイヤーよ。時々様子を見に来るの。それ以外にも、委託されてセラピストプレイヤーのアバターを強化してる、エージェントプレイヤーなんてのもいるわよ」
「わ、わあ……」
さすが政府公認VRMMORPG……。
普通のゲームにはそんなの絶対いない。
「エージェントプレイヤーはセラピストプレイヤーのアバター強化以外にも、外からの連絡役だったりするの。中から外に連絡を取りたい人がいたら、冒険者支援協会に依頼が出来るわ。あ、冒険者支援協会って分かる?」
「さっきキャロラインから聞きました」
「え、普通にキャロライン様に会えるのあなた⁉」
「え? 新規プレイヤーのお出迎え時以外は第三柱大通りのパン屋さんにいるっていってましたよ?」
「は、はああああぁ⁉」
……チーカさんでも知らない事があるのね。
むしろ、灯台下暗し?
「第三柱大通りね! 今度お店が休みの時行ってみるわ!」
「は、はい」
パン屋さんしてる時のキャロラインって、なにかプレイヤーサポートとかするのかな?
その辺なんにも言ってなかったけど。
「あ、まあ、つまりね、エージェントプレイヤーはゲーム上級者の中でも粒揃い。会ったら是非仲良くなっておく事をお勧めするわ! っていうか紹介して! イケメンなら特に!」
「アバターなのでは?」
「中身イケメンってところが重要なのよ。30代だとなお良し!」
「女性もいるんじゃないんですか?」
「うん、だから男の人だったら!」
「リアルの事はさすがに教えてくれないんじゃないんですか……?」
「物は試し! チャレンジあるのみ! 既婚者はノーセンキュー!」
「それじゃあ自分で聞いてくださいね……」
出会ってもいないうちからそんな事言われましても……。
紹介ぐらいなら……良い雑貨屋さんがあります、くらいでなんとかなりそうだけど……そもそもそんなに数がいないんじゃないの?
まあ、エージェントになるぐらいならリアルでもエリートなのかもしれないけど。
チーカさん、こんなに必死な形相という事は未婚? 結婚適齢期?
綺麗な顔が台無しなレベルで目が本気すぎて怖い……。
「約束ね!」
「はぁい……」
チーカさんはリアルに戻っても絶対やっていけそうだなぁ。
「それで、盗られたカバンはどうするの?」
「……どうなるんですかね?」
「そうね……他のプレイヤーに転売されているかもしれないわね」
ぬぅ……ゲームの中でも転売ヤーがいるのね?
盗んだものの転売って禁止されてないの?
ゲームの中なんだから、そういうシステム作ってくれれば良いのに。
あ、そういうのを研究するのが『研究者』さんとかの職業?
頑張れめっちゃ頑張れ。
「新しいの、買う? それとも同じデザインで作ってあげようか?」
「…………。いえ、自分で作ります!」
「! へえ?」
チーカさんがどんなスキルを持ってるか分からないけど、カバンは布製品だった。
これから服の作り方も勉強するつもりだし、なにより、ショートカットカバンって『魔法のカバン』じゃない?
私が作りたいのは『魔法のドレス』!
用途は違うけど、練習にはちょうどいい!
「必要なスキルを教えてください!」
「良いわよ。ついでに『ショートカットカバン』のレシピも教えてあげるわ。難しいわよ〜?」
「頑張ります!」
うん、頑張る。
リアルと違って邪魔も入らないし、きっと出来る!
この世界はやりたい事をやりたいように出来る世界!
私はもう家族の望む物を作らなくて良い。
自分のやりたい事をやっても良いんだ!
やりたい事、作ってみたいもの……実はたくさんある。
ドレスは筆頭だけど……小物も興味あるんだよね!
ボレロとか手袋とかカバンとか靴とかパニエとか……。
ドレスにつけるレース、ボタン、刺繍。
色々勉強しなきゃいけない事がたくさんある。
それにチーカさんのお店の中で可愛い財布やカバンを見てたら、やっぱり裁縫を覚えて自分でも作ってみたくなっちゃった!
うん、泣いてなんかいられない。
泣いたあとはもう一回頑張るんだ!
「ノートあるわよね、昨日買っていった……」
「はい。書いてくれるんですか?」
「うん、貸して」
「はい! あ、財布のレシピも教えてください!」
「良いわよ。イケメン紹介一人追加ね」
「……う、うぉう……」
レ、レシピの対価が、お、重い……!
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