第11話 武器と二日目の夜



 さてと、まあ、ルーズベルトさんが大人しくなったのは気になるけど……武器と防具よね。

 今のままじゃ弱くて戦えないし。

 レベル概念のあるゲームなら多少力押しでもなんとかなるけど、PSプレイヤースキル頼みのゲームは苦手だから準備はしっかりしておきたい。

 ルーズベルトさんと一緒に訪れた武器屋さんは、NPCが運営するお店。

 そこでまず武器を選ぶのだけれど……。


「いらっしゃい。武器屋は初めてかい?」

「はい。あの、冒険者の武器を見せて頂きたいんですが」

「ああ、いいとも。ビギナー冒険者にオススメなのは『ナイフ』『短剣』『棒』『槍』『吹き矢』。PSプレイヤースキルに自信があるなら『短刀』『弓矢』『剣』もある」

「ええと……」


 待って待って待って。

 ふ、吹き矢……吹き矢って!

 ……それでモンスターが倒せるとは思えないんですけど!

 そこからどんなスキルが得られるの⁉

 でも、意外ととんでもスキルになるのかも

 ……いや、待って冷静になるのよ私。

 吹き矢って初心者向けなの?

 空気を送り出して矢を放つ。

 それだけの肺活量が私にある?


「…………な、ナイフと、槍を見せてもらえますか?」


 ない。

 そんな肺活量、私にはない。

 だからさっき教わった通りナイフと、そして距離を取ったまま戦える槍を見せてもらう事にした。

 槍といえばルーズベルトさんも槍を装備してる。

 入り口の横に佇むルーズベルトさんを振り返ると、俯いて暗い顔をしていた。

 ええ、一体なんなのぉ……。


「ほいよ」

「ありがとうございます」


 差し出されたのは片刃のナイフ。

 私の指先から肘ぐらいまである、大きいな。

 でも、大きい方が少し高いところにある枝も切れるだろう。

 値段は五百円。多分、高い。

 でもまあ、いいか。

 残金的には最低千円くらい残しておきたい。


「槍はビギナー用のだ」

「あ、軽い……」


 それに思ったほど長い槍ではなかった。

 棒にダイヤ型の刃がついている、という感じのシンプルな槍。

 まあ、とりあえずこれでやってみようかな?


「ナイフをメインに使うなら、盾も買っておくといいぞ。ビギナーには扱いは難しいかもしれないが、装備しているだけで『耐久』が上がる」

「そうなんですか?」


 なら買っておくのもありかな?

 耐久は防御力の事だ。

 低いより高い方がPSプレイヤースキルに自信のない私には合ってる。


「……ところで、そこにいる兄ちゃんは騎士だろう? 見たところ見習いのようだが」

「っ!」


 店主が声を掛けたのはルーズベルトさん。

 声を掛けられたルーズベルトさんはすごく嫌そうにびっくりした顔。


「最近この界隈にならず者が出て困ってるんだ。騎士見習いならなんとかしてくれないか?」

「!」


 ぽこん、とルーズベルトさんの前に濃紺のモニターが現れる。

 あ、もしかしてこれって『クエスト』?

 へー、こんな風に普通の会話から受けられるんだ?

 店主さんのカーソルは普通の白。

 他のゲームだとクエストを受けられるNPCは色が違ったりするのに。

 あ、それとも職業によって見え方が違うのかな?


「わ、悪いけど……まだ実戦は……」


 と、ルーズベルトさんは断る。

 するとモニターは消えて、店主のおじさんは「そうか。じゃあまたの機会に頼むよ」とだけ言う。


「……おじさん、ならず者って強いんですか?」

「ん? いや、そんなに強くはないと思うぞ。でも俺はこの店があるからな。奴らをぶん殴って留守にした隙に、泥棒に入られるかもしれないだろう?」

「なるほど」


 つまり普通の人。

 武器を持っていれば多分勝てる、的な説明。

 でも、さすがに最初から人の姿をしてるエネミーとは戦いたくないので……。


「……じゃあ、あの、このナイフと槍をください」

「はいよ」


 合わせて千円。残りは三千円か。

 うん、装備を整えるのに間に合いそう。

 もう少し傷薬を買っておこうかな?


「…………」


 武器屋さんを出るとルーズベルトさんはますます暗い顔になっていた。

 出会った時とはまさしく別人のよう。

 と、いうか別人になりすぎてて…………怖いんですけど?


「あのー」

「!」

「私、買い物が終わったら下町にある支援宿舎というところに行ってみろ、って言われてるんです。その、防具屋での買い物が終わったらそっちに連れてってもらえませんか?」


 今日の寝床だ。旅立ちは明日。

 お城に寄って、キャロラインとハイル国王にご挨拶したら町の外に出る。

 不安だけど、最初は下町の辺りでスキルツリーを解放していって、『商人見習い』や『アクセサリー師見習い』のスキルツリーも解放していくようにする。

 町から出る時は冒険者に戻して、素材集めをして『素材知識』のスキルツリーを解放していく。

 自信がついたら遠くへ足を伸ばす。

 素材集めがあるって事は、素材は町で売れるはずだからチーカさんに色々聞いてみよう。

 あれ?

 この町を拠点にするなら今日無理にテントやお鍋は買わなくても良かったんじゃない?

 し、しまった……!

 勢いに呑まれてまだ要らないものまで買っちゃった!


「……支援宿舎か、そうか、う、うん、分かったよ」

「あの、どうかしたんですか——」


 様子が変だ。

 具合が悪いのなら、場所だけ聞いて後は自分で……。

 そう思った時。


「ヒィヤッハーーー!」

「あっ⁉ いっ!」

「⁉ シアちゃん!」


 カバン……!

 アイテムボックスショートカットカバンが、引ったくられた⁉


「シアちゃん! 大丈夫⁉」


 肩に斜め掛けて、いたカバンを無理やり引き剥がされた。

 お陰で地面に顔面を打ちつけちゃった……痛い。

 くわんくわんとする頭を抱えながら上半身を起こすと、笑い声は遠退いていき、ルーズベルトさんの声は近くに聞こえてくる。

 なに、今の、引ったくり……だよね?


「……あ……カバン……」

「っ……」

「…………」


『初期装備のプレイヤーを襲うプレイヤーが、時折現れると報告がある』


 ……一瞬だったけど色つきのカーソルだったのは見えた。

 間違いない、さっきのがハイル国王の言っていたプレイヤーを襲うプレイヤーだ。

 アイテムボックスは、プレイヤー本人しか使えないから中身は無事だけど……ショートカットカバンは高いし、あれはチーカさんの手作りで一点物。


「………………」


 ぱた、と砂の地面に水滴が落ちる。

 涙——。


「シ、シアちゃん……」


 ひどい。

 同じプレイヤーなのに……。

 姑息だし、ひどい。

 高かったのに、あのカバン。

 肉球のアップリケがついてて、蓋は丸い耳がついてて緑色で可愛いカバン。

 一目で気に入って、これにしようって思った。

 ううん、それよりも……ゲームの世界に逃げ込んできても、私は私の物を人に奪われるの——?


「…………、……きょ、今日は、あの、支援宿舎で、休む?」

「……防具屋に、連れてってください……」

「で、でも……」

「初期装備のままだったのがいけなかったんです……」


 涙を拭い、立ち上がって砂を払う。

 雑貨屋の後、防具屋に来なかった私の落ち度だ。

 もちろん盗む奴が一番悪いとは思うけど……。


「っ……」

「…………」


 防具屋に着いて、防具屋のおじさんにも泣いてる事をとても心配されたけど……まあ、なんとか装備は揃える事が出来た。

 革のジャケットと軽い鉄の胸当てと、鉄のベルト。

 柔らかだけど防御力のあるジーンズ生地風のパンツ。革のブーツ。

 あまりにも心配するおじさんに私が泣いている理由をルーズベルトさんが説明すると、なんと百円も値引きしてくれた。

 そういうのはいいんだけどなぁと思いつつ、その優しさがなんか嬉しかった。

 そして一番びっくりしたのは——。


「はあぁ⁉ 引ったくり! あんた騎士見習いだろう⁉ なんでみすみす引ったくられてるんだ!」


 と、NPCのおじさんにルーズベルトさんが叱られた事だろうか。

 おかげで涙が引っ込んじゃった。


「え、あ……と、咄嗟な事で……」

「全く……しっかりしてくれよ! 俺たちの税金で飯食ってんだろう? まあ……倒れた女の子を放置しなかっただけマシだけどな……」

「…………すみません……」

「ああ、もう良いよ。この子が怪我もなく、更にならず者に狙われなかったのは騎士さんが横にいたからだろうしな。……でも、あの引ったくりは時々いかにもこの町に来たばかりの奴を狙って悪さするんだ。早めになんとかしないと、また犠牲者が出るぜ?」

「………………」


 頭をかくおじさん。

 そんなおじさんの言葉にますます深刻そうな顔になるルーズベルトさん。

 ……そういえばこの人引きこもりだっけ。

 辛い目に遭ってこのゲームに逃げ込んできたのに、こんな風に叱られたら重く受け止めちゃうんじゃないかな……。

 ……おじさんの言ってる事はものすごくごもっともだと思うけど……。


「ええと、それじゃあ支援宿舎に案内する、よ」

「はい」


 ルーズベルトさんの気持ちもなんとなくだけど、分かるから……。

 私からはなにも言えない。

 明日、お城に挨拶に行く時それとなく引ったくりをしてるプレイヤーについては報告しておこう。

 これ以上私みたいな気持ちになるプレイヤーは増やしたらいけないと思うもの。

 ……ルーズベルトさんは、確かに騎士だけど……まだ見習いだし、きっと対人戦なんて出来ないんじゃないかな。

 PSプレイヤースキルが得意でも、対人戦闘は勝手が違うから。

 簡単じゃない。

 簡単じゃないんだよ、ね。


「あの、今日の事……あんまり気にしないでください、ね」

「え?」

「なんか、顔が深刻になってるので……」

「え、あ……う、うん……いや、でも……」



『基本的にプレイヤーさんは病んでおられますわ』


 と、キャロラインは笑顔で言っていた。

 私も『でしょうね』と思った。

 多分、私より年上だと思うルーズベルトさんが、リアルでどんな目に遭って、どうしてここに来たのかは分からないけど……確実な事は『この人も死にたいと思い詰めた』人という事。

 そのデリケートな問題においそれと首を突っ込む勇気は私にはない。

 でも、辛い目に遭ってここに来たという事だけは分かるから……。


「……今日は色々ありがとうございました。おやすみなさい」

「…………おや、すみ……」


 空は藍色。

 もうそろそろ日が暮れる。

 お腹をさすりながら宿舎に入ると、カウンターにおばさんのNPCが立っていた。


「いらっしゃい、新人かい?」

「はい。これをお願いします」

「お、もうお城で登録してきた子か。はいよ」


 アイテムボックスから通行証を取り出して見せる。

 冒険者としての身分証にもなっているので、宿舎に見せれば少しいいご飯が食べられるらしい。


「あの、食事はすぐ出来ますか? お昼ご飯を食べるのを忘れていて……」

「あらら、ドジっ子さんだねぇ。食堂は入ってすぐ右だ。部屋は三階になるけど上り下りは大丈夫かい?」

「はい」

「風呂とトイレは部屋についてるから自由に使いな。他の部屋に迷惑にならないように頼むよ。ほとんど引きこもってるだけだけどね」

「……分かりました。ありがとうございます」


 引きこもってる。

 この世界ゲームにいるのに、まだ動く事も出来ないぐらい傷ついている人たち。

 死にたい程苦しみ続けている人たち……。

 理由は分からないけど、きっと中には私よりも辛い目に遭った人がいるんだろうな……。

 ルーズベルトさんも……もしかしたら……。


 その日は食堂でご飯を食べて、お部屋のお風呂で体を流してそのまま寝た。

 悲しい事はあったけど……明日はお城に行く。

 キャロラインに会う。

 大丈夫、まだ二日目じゃない。

 リアルよりよっぽどマシよ。

 大丈夫……大丈夫……。


「ぐすっ……」


 ……この世界の悪いところは涙が本当に出るところ。

 ベッドが濡れて、寝た気がしない。


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