第10話 お買い物【後編】
「じゃあ次は地図ね」
「ええと……」
「これは世界地図よ。一枚五千円!」
「ほ、本当に高い」
財布一つ三十円と考えるとリアルな価値としては一万円ぐらいかな?
いや、ハンドメイドのお財布はリアルで千円とすればもっと高い?
ん? いやこの地図は最初からあったものだとしたら安いのかな?
「多分まだ見つかってない島もあると思うから、今後『地図歩き』が更新すると思うわ」
「地図歩き?」
「この世界の地図を作ってるプレイヤーよ。名前はシーカルア。ここの地図は彼からの提供なの。だから高いのよね」
「地図作りしてる、プレイヤー!」
「え? え? なんでそんな事してるんだ? 公式の地図もあるよな?」
わたわたと後ろから顔を出すルーズベルトさん。
そう、よね?
なんでわざわざ自分で地図を?
「ないわよ」
「「ないの⁉」」
「そう、ないの。ないからシーカルアが作り始めたの。このゲームがリリースされた日にこの世界に来たシーカルアは、運営が地図機能を用意していなかった事を知って、自分が作ると宣言したのよ。リアルだと無職になったばかりの元社畜で、重度の鬱状態だったんだって。それなのに自分に出来る事があるならやりたいって、始めたのよね。それで五年でここまで完成させたから、まあその価値はあると思うわ」
「……! つまり、このゲームは……地図も自分で作るもの、なんですか?」
「本来はそうらしいわ。あなたも自分で作ってみる?」
な、難易度たっかぁ!
……けど、それは、燃える。
ええ、どうしよう?
地図作りは面白そうだけど……。
「いえ、最初はアリでやってみます……この国の地図を頂けませんか?」
「賢い選択ね。スキルも覚えてない状態で始めるのは無謀だもの。シーカルアたちみたいな無茶、する必要はないわ」
「…………」
この口ぶり……。
リリース当初に来た人たちは相当大変だったんだろうなぁ……。
「チーカさんもリリース当初から?」
「私は四年前に医療機関に勧められて始めた組ね。そろそろ現実に戻ったらどうか、って、国からも打診が来てるんだけど……まだ決心がつかないの」
「医療機関に勧められて……?」
「ええ、一応このゲーム、自殺者減少を目的に運営されてるでしょ? けど、二年くらい前までは認知度も低いし『自殺したい』と考えていた人や、その危険性があると判断された心療内科を受診した患者は、みんなここに丸投げにされてたのよ」
「そ、そうだったんですか」
「初期メンバーは本当に大変だったんじゃないかしら。……でも、自殺したいって考えるくらい追い詰められてる人って、結局『自分の存在』を誰かに認めて欲しい人が多いから……大変だけどここに生き甲斐を感じて今も残ってる人が多いのよね」
「…………」
承認欲求。
要らない人間じゃないって、思われたい。
うん、分かる。
すごく、分かるや。
「まあ私もその一人なんだけど……」
「そうなんですね……」
「今は同じぐらいここみたいなお店をリアルでも出せたらなって、少し思ってるのよね。けど、これだけのお店を出すとここにあるものみーんな売り捌いてからじゃないと心残りというか……」
「そうですね」
ここにあるものがみんなチーカさんの作ったものなら気持ちは分かる。
私も新型缶詰の製造に携わった事があるもの。
子どもの頃の事だから、当然権利的なものは父さんが持ってる。
私には思い出と経験くらいなものね。
お母さんは私にもっとすごい缶詰を開発させて、またぼろ儲けしようと画策してたっぽいけど。
…………缶詰かぁ。
ゲームの中に缶詰はあるのかなぁ?
アイテムボックスがあるから、食べ物の保存は難しくないだろうし。
あるわけないか。
需要がないよね。
「ああ、また自分の話ししちゃった。ごめんね、歳取るとダメねぇ。はい、『エレメアン王国』の地図は六百円になります」
「はい、六百円ですね」
早速がま口財布を使わせてもらいます!
この財布を買った時のお釣りで地図を購入っと。
これもアイテムボックスにイン!
「他になにが必要なものはある?」
「えっとー」
……それはそれとして『年取るとダメねぇ〜』って……チーカさんってリアルの年齢何歳なんだろう。
いや、聞かないけどね?
「…………」
店内を物色しつつ、買うべき物を検討する。
その最中、ずっとうるさかったルーズベルトさんがものすごく大人しくなっているのに気がついた。
なにあれ、どうかしたのかな?
お腹痛いの?
……そういえばリアルの体が病気になったらどうするんだろう?
いや、キャロラインたちの話だとリアルの体は医療機関に管理されてるから大丈夫かな。
って、そうじゃなくて……。
「ルーズベルトさん、ルーズベルトさんはなにも買わないんですか?」
「ひっ!」
ハイル国王に「買い物の仕方を教えてあげてくれ」と言われているので、彼にもなにか買い物をしてもらわないとね。
後ろから声をかけると面白いくらい跳ね上がる。
ええ、私が驚かせたみたいになっちゃった。
「あ、う、うん! ……お、俺も、じゃあ……そうだな、うん、さ、財布! 財布、買おう、かな……」
「ええ、お好きなのをどうぞ」
様子が変。なにか考え込む感じ。
奥の棚の前で色々手に取り、悩む背中。
……チーカさんは四年前からこのゲームにいる。
この人はどのくらいここにいるのかな。
買い物もまだだなんて、ずっと引きこもってるからだろうけど。
「傘」
「雨がっぱの方がおすすめよ」
「こんなものまで作れるんですね」
「ええ、錬金術のスキルを使って、スライムをぺしゃんこに加工したのよ。それを更にアクセサリー師のスキルで引き伸ばして、裁縫師のスキルで服にしたの!」
「裁縫師!」
服を作るスキル!
「それ、どこで取得出来るスキルなんですか⁉」
「あら、裁縫師志望? それなら初期職を『商人見習い』か『アクセサリー師見習い』にしてスキルツリーを解放していくと取得出来るわよ。解放が早いのはアクセサリー師見習いだったかしら」
「アクセサリー師見習い」
「でも戦闘スキルが一つもないから、最初は絶対戦えるスキルを習得していった方が良いわ。町の中にも盗賊や強盗、ならず者がうようよしてるから。倒せばお金がもらえるから、美味しいんだけど」
……め、目が完全に獲物を狙うそれだ……!
そうか、戦い方を身につけて、お金が足りなくなりそうになったらやっつけて稼ぐのね?
うーん、それなら確かに最低限の戦闘スキルはないとダメかな。
「戦闘スキルなしではやっていけない感じですか?」
「そんな事はないけど、いわゆる『ないよりあった方が便利』という感じよね」
「なるほど」
「私も『剣』と『ナイフ』と『短剣』『棒』以外は持ってないし」
ぼ、棒? そんなスキルもあるのか。
棒……。
「これ、ください」
「はい。三十円になります」
「……」
ルーズベルトさんが赤い二つ折りのお財布を持ってきた。
袋から千円の硬貨を取り出す。
私のように、購入した財布にお金を入れていく。
お金を入れた財布はアイテムボックスへ。
そうすればステータス画面に所持金が表示されるようになる。
「…………」
「どうですか、買い物」
「……簡単、だった、かな」
この人はリアルでどんな生活をしてたのかな?
買い物もした事なかったとか言わないよね?
「あ、そうだ。冒険に行くなら武器の他にナイフは必ず買った方が良いわ。薪を拾うのも良いけど、枝を切ってアイテムボックスに入れてしばらくすると『枝』から『薪』になるからオススメ。野宿の時は必須ね。ちなみに毛布はいかが? あるとないじゃ大違い」
「おいくらですか?」
「五十円よ」
商売上手なチーカさんの言うままに、雨がっぱと毛布も購入。
ナイフは武器屋さんで買うとして……。
武器がいくらか分からないから使いすぎるわけにはいかないよね。
「あとはランプ! 暗くなったら使えるわ。ランプを買うなら蝋燭も!」
「うう……い、頂きます」
「百円になます。そうだ、野宿するなら自炊もしないとね。鍋は? お玉もあるわよ。お皿とスプーン!」
「い、頂きます」
「そうだ、タオルも何枚か買っていきなさいな。突然温泉に巡り合うかもしれないから大きめなのを二枚と、小さいの五枚ぐらい。セットで五十円!」
「い、頂きます」
ああぁ……なんだかエンジンかかってきてる〜。
でも言ってる事ごもっともで断れない〜。
「ノートとペンは? クエストはメニューから見られるけど、なにかあった時あった方が絶対に良いわよ」
「あ、頂きます」
デザイン画を描き溜めておけるものね。
それにしても本みたいなノートなんだ。
いっぱい描けそう。
「ハンカチ、傷薬!」
「い、頂きます」
「毒消し、麻痺治し、煙幕玉!」
「い、頂きます」
「ロープ、手鏡、釣竿!」
「つ、釣竿は頂きます」
「包装紙、紐、折りたたみ椅子!」
「……頂きます……」
なにかに使えるのかな、と思いつつ、以前ゲームで『ネバネバのカエルの心臓』というアイテムがクエスト品でアイテムボックスにしまえず、手で持ち運んだ経験を思い出して包装紙と紐は必須アイテムと学んでいるのだ。
折りたたみ椅子は微妙だけど、地面に直に座るよりはあった方がありがたいと思った。
と、いうか……そろそろ武器屋さんに行きたい。
「寝袋! 座布団!」
「頂きますっ」
「女性一人でも簡単折りたたみテント!」
「頂きますっ」
「トング!」
「頂きますっ」
……ああぁぁあ……。
でも気持ち悪くて触りたくないものって絶対ありそうだからトングは欲しい〜。
「手袋!」
「頂きますっ」
「あ! これを忘れてたわ! アイテムボックスショートカット用カバン!」
「……アイテムボックスショートカット? カバン?」
「そう。いちいちステータスを開いてアイテムボックスを開いて、必要なアイテムを探す手間を省いてくれるの!」
「!」
誘導されたのはカバンがたくさん展示された棚。
あ、それでカバンが展示されていたのか。
確かにアイテムが増えるといちいちステータスを開いてる時間はもったいない。
「音声認識でアイテムを取り出せるようになるわ。旅をするなら必須アイテム! ちなみに引ったくりに遭っても持ち主以外にアイテムは取り出せないから安心。盗られるのはショートカットカバンだけよ」
「か、カバンは盗られるんですか」
「もちろん。アイテムボックスにしまっていないものは盗賊やならず者、他のプレイヤーも触れるし盗めるわ。ショートカットカバンはちょっと高いし便利だから、コレクターもいるの。……だから肩掛け用がオススメ」
うーん、確かに欲しい。
ちょっと高いのか……。
「ちなみにおいくらで……」
「七百円!」
財布三十円とするなら確かに高額……。
でも、確かに便利そうだし買っておいて損はないかな?
よし、買おう!
この緑色の肩掛けカバンにしよう。
肉球のアップリケと丸い耳が二つついてる蓋が可愛い。
「ちなみに合計今いくらですか?」
「五千円ね」
「……じゃ、じゃあこれで最後で……。武器や防具が買えなくなると困るので……」
「あ、そうだったわね!」
ほほほ、と愛想笑いしているのを見るとまだまだ色々買わせようとしていたのかな?
こ、こわい。
次来る時は気をつけなきゃ……。
「…………」
次、来る時、か。
「あなたは他にもなにか買っていく?」
「え、あ……い、いや、俺は……」
「…………」
ルーズベルトさん、途中から様子がおかしかった。
一体どうしたんだろう?
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