第5話 二日目の朝


 翌朝。

 ゲーム開始から二日目の朝。

 背伸びをしてベッドから起き上がり、カーテンを開く。

 昨日は暗くて全然分からなかったけど……。


「うわあ……!」


 ファンタジーだ。

 煉瓦造りの家。

 高い時計塔。

 白い鳩のような鳥が青い空を飛んでいく。

 家からは煙が登り、人々が大通りを行き交うのが見える。

 それに、なんて大きな町なのだろう。

 王都というだけあって、見渡す限り地平線の方まで家が建っている。

 そういえば『国』って言ってた。

 他にも国があるのかな?

 ものすごく広い世界なのかも。

 すごい、もしかして他の国は雰囲気が全然違ったりするのかな?

 そう考えると、やっぱり冒険者としてスキルを覚えてからの方が良いかな、と思う。

 あ、でも、そもそもゲームシステムがまだ良く分かってない。

 昨日はチュートリアルなんか面倒くさいと思ってたけど……。


「……少しだけ、心がワクワクしてる」


 昨日泣いたおかげかな?

 ゲームを始める時のワクワクした気持ちが少しだけ蘇っている。

 コンコン、と部屋のドアがノックされ、外からフローラさんの声がした。


「食堂へご案内します」

「は、はーい」


 というか、私、結構ラフな格好なんだけど……王様の前で良いのかなぁ?

 そんな事を心配しながら食堂に入る。

 昨日と似た緑色のドレス姿のキャロラインと、白い礼服のハイル国王。

 一応スカートの裾を摘みお辞儀をした。

 所作はパーティーの為に最低限叩き込まれている。

 それになかなか驚いた顔をされた。

 私のような挨拶が出来るプレイヤーは一握りもいないのだと言う。

 まあ、それはそうだろうね。


「昨日は良くお休みになれましたか?」

「は、はい」

「あら、いきなり畏まらなくともよろしくてよ?」

「え、えーと」


 いやいや、よくよく考えると王妃様にタメ口なんて利けない。

 でも、今更ですわ、と笑われると肩を落として観念するしかないかも。

 確かに相当色々恥ずかしいところを見られている。

 それにしても、日の当たる場所で見ると尚更とんでもない美男美女カップル。

 いや夫婦か。


「あの、じゃあ職業とか、ゲームシステムとか、教えてもらったりしても良い、かな?」

「はい、もちろんですわ」


 食事をしながらキャロラインが笑顔で頷く。

 そしてまずはゲームシステムからの説明が始まった。

 私が職業に関して、かなり悩んでいるのでシステムの説明を聞いてからでも良いと思われたのかもしれない。


「まず、このゲームはレベル概念がございません」

「もしかしてPS《プレイヤースキル》系?」

「ですわ。スキルツリーがありますので、それを解放して覚えていくタイプです。しかし、専門家や学院、実践や戦闘でしか覚えられないスキルも数多く、そのスキル数は現在も増え続けています」

「……研究者職の人が開発してるから?」

「ええ、その通りですわ」


 ……普通にとんでもないゲームだ。プレイヤーがスキル開発出来るなんて……。


「そして当然ですがモンスターが出ます」

「う、うん」

「王都の周りはビギナー用ダンジョンの他、フィールドに出るモンスターも弱いものが多いので、まずはそういったところでスキル練度を上げ、スキルツリーを解放してゆくと良いと思います。中にはSPスキルポイントを取得して解放するスキルや、SPでしか練度の上がらないスキルもございます。戦闘系や生産系は使えば使うほど練度が上がるものが多いですが、SP系は成長系に多いですわね」

「例えばどんなもの?」

「テイマー系でしょうか。プレイヤーのスキル数でテイムしたモンスターの強さの成長具合が大きく変わりますわね」

「……テイマー系かぁ……」


 冒険者から初めて、『剣』や『弓』や『槍』などの武器を扱うスキルを覚えてから、例えば『剣』ならスキルで『剣技』を覚え、ステータスにプラス効果のあるスキルを解放していく。

 結構大変なゲームだ。

 時間がいくらあっても足りないやつ。


「PSにはあんまり自信がないんだよね……」

「ではテイマー系で始めてみますか? もしくは冒険者NPCを雇う事も出来ますわよ。同じプレイヤーで冒険者をやってらっしゃる方を紹介する事も可能ですわ。それともお店を始めてみますか?」

「うーん……」

「なんでも出来ますわよ。この世界は自由度の高さが売りですわ!」


 と、言われると逆に困るというか。


「……服の……」

「はい、お洋服ですか?」


 ちら、とキャロラインの着ている服を見る。

 すごいドレス。

 昨日よりもずっとシンプルだけど、やっぱり使われている生地が違う。

 シンプルなのに豪華さがちゃんと両立しているのがすごい。

 私もこういうの、デザインしてみたいな。


「……デザインに、興味があるんだけど……」

「まあ、では服屋さんですか! 良いですわね、意外と皆さん『給料が安い!』と言って衣料系のお店は敬遠なさいますの!」


 それは多分現実世界でそうだからだと思うわ、キャロライン……!

 衣料系、服を売るお店は労働時間が長い割にお給料が安いのよ。

 一時期服のデザインの勉強がてら、いろんなお店を巡ったけど、店先にある求人情報の給与が安いのなんのって!

 よっぽど服好きじゃなきゃ働けないわよ。


「……でも、私、服は作れないの。デザインだけで……」

「覚えればよろしいのでは?」

「作るよりデザインをしていたいの」

「なるほど。でしたら服を作れる方と共同でお店を開いたらいかがでしょうか? 服屋さんをやってらっしゃる方をご紹介しますわよ」

「え、ええ……? でも……」


 俯いてしまう。

 だって、急に全然知らない人と働くなんて出来る自信がない。

 それに、スキルまだ一つも持ってないし……足手まといに思われるに決まってる。


「ふむ、それなら……テイマーになって被服の材料を集めるところから始めてみてはどうだ?」


 そう提案してきたのはハイル国王。

 服の、素材集め。


「素材を知る事はデザインに活かせないか?」

「……いえ、そんな事はないと思います。生地の素材によって、相性もあると思いますし……えっと、その、特性みたいなものも、あるんでしょうし」

「そうですわね。それと、出来ればデザインの方向性を色々決めておくべきかもしれませんわ」

「方向性?」

「ああ、冒険者用の服、プレイヤー、NPCが普段生活する用の服、我々王族、貴族の服……この国に限らないのなら、機械融合人ヴェルガーの服、獣人の服、エルフの服……服には様々な場面がある。例えば寝る時用の寝間着、ダンスパーティーの時のドレス、普段着のドレス……色々あるだろう?」

「!」


 その通りだ!

 ……なんて事だろう、全然考えていなかった。

 服って一日中、年中着ているものなんだ。

 その用途は多岐に渡る。


「…………」


 ヤバイ、急に自信なくなってきたわ。

 私、コンテスト用のウェディングドレスしかデザインした事ない。

 今まで服屋さん巡りをして見ていたのは、服の形ばかり。

 素材の事もそうだし、用途だって意識した事なかった。

 ……だっさぁ……。


「シアさん? どうかされましたか?」

「……自信、なくなってきちゃって……」

「ええ? 急にどうされたのですか?」

「……私が今まで描いてきたデザインって、ドレスばかりだったの……。毎年ウェディングドレスのデザインコンクールがあって、それに応募しようと思ってドレスばかり……」

「まあ、それでしたら貴族用のドレスデザインを専門に行うデザイナーになればよろしいのでは?」

「…………」


 顔を上げた。

 そんな事、出来るものなの?


「目から鱗、と言わんばかりの顔だな」

「え、あっ!」

「……ですが、一つ問題がありますわね……」

「え、も、問題?」


 なに?

 怖々とキャロラインを覗き込むと、本当に少し困った顔をされる。


「ドレスを作る職人がいない事ですわ」

「………………」


 ……絶望的じゃん……。

 がっくり項垂れた私。

 というか、それじゃそもそもキャロラインたちはどうやって服を選ぶの?

 そう聞くと、販売されているアバタードレスは全てキャロラインたちのような貴族と王族のNPCが着られるので、その中から自由に選んで着ているそうだ。

 そして、ほとんどのプレイヤーはドレスを着る機会がない。

 貴族になるクエストはあるらしいけど、そのクエストが受諾出来る条件がたくさんあるんだって。

 その上、一度貴族になると特権として税収の一部を自動的に得たり、庭つき一戸建てが与えられるが、他国へおいそれと行けなくなるなど縛りも出てくる。

 ずっとこの国で腰を据えて活動するのならそれも良いと思うけど……。


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