第2話 ゲームスタート
「ここは……」
目を開けると、そこは草原の真ん中。
私の立つ場所の横には四本の石の柱が立っているだけ。
足下には魔法陣?
でも、草の中に消えていった。
「いらっしゃいませ。『ザ・エンヴァースワールド・オンライン』の世界にようこそ」
「!」
ダークブラウンの長い髪。左右に編み込まれた三つ編み。同じ色の瞳。
そして緑色のドレス。
なに? チュートリアルとかを説明するNPC……?
人サイズだけど、妖精みたいに可愛い。
「初めまして。わたくしはキャロライン・エレメアン。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、えーと……本名……じゃなくてもいいの?」
「はい、もちろんですわ。ここは『ザ・エンヴァースワールド・オンライン』の世界。現実とは切り離した自分になるのも良し、現実の自分のまま生きるのも良し……。ご自由になさってくださいませ」
「は、はあ……」
えっと、じゃあどうしよう。
それにしても自分でも驚くくらい新しいゲームの開始に胸がときめかない。
面倒くさいな。チュートリアルとかいらないから一人になりたい……。
「じゃあ、シアで……」
「まあ、素敵なお名前! それに、なんだか愛称のようですわね」
「あ、愛称?」
「はい。レティシアやアルテミシア、アナスタシア……そういうお名前の愛称に使われますけれど……いきなりお友達にして頂けたみたいで少し気恥ずかしいですわね」
「あ、そ、そう、ですね〜……」
そんなつもりはないんだけど。
なんか太陽属性なお姫様だなぁ。お姫様かどうかは知らないけど。
「ではシアさん、次に容姿をお決めください」
「え? あ……」
驚いて手元を見る。
透明だ。
草しかない、とはよく言えたものだわ。自分の姿すらここにはまだなかったのか……。
「ご自身の本来の体をベースになさっても構いませんし、こちらで用意したパーツをご利用くださっても構いません。更に、ご自身でカスタマイズも可能ですわ。ステータス画面を開いてメニュー『メイキング』を選択してください。『メイキング』は髪色、髪型、目の色、肌の色以外リメイク不可能ですが、いくつかの条件と特定のクエストをクリアしますとアバターを増やす事が出来ますので、そちらを『メイキング』する事が可能です」
「カスタマイズも、出来るんだ?」
「はい。この世界で生きる貴女の姿ですから、自由に、そしてご存分に吟味なさってくださいませ」
「…………」
おふざけは出来ないって事ね。
とりあえずメイキング画面を開いてみるとしよう。
「ステータスオープン」
で、良いのかな?
呟いてみると目の前に画面が現れた。
この辺は普通のVRゲームと同じか。
そんなことを考えていたらキャロラインが「音声でも開きますが、体が出来ましたら宙を指ポチでも開きますわよ」と教えてくれた。
それは便利かも。
「えっと……」
一応ゲームはよく遊ぶから、ある程度のイメージは固まってるのよね。
みんな赤とか黒とか白とか銀髪とか銀髪とか……そんなのが多いから私はあえて緑色。
ロングなんて面倒くさいからショート。
でも、少しオシャレしたいから左右に編み込みを入れる。
ああ、けど髪型は後から自由に変えられるって言ってたっけ。
まあ、そうだよね。
現実でも髪は自由に変えられるもんね。
問題は顔と体かぁ。
…………どうしよう?
本気で悩む。
理想の自分の体とか、分からない。
リアルな私は標準体型だし、背も低くもなければ高くもない。
顔は地味。
化粧もよく分からない。
目が悪いから、眼鏡だし。
学校の基準で親から伸ばすよう言われていた髪は三つ編みにして右に垂らしてた。
もちろん髪色は真っ黒。
でも、髪はもう決めたし、顔と体……ベースを先に決めるんだった、失敗。
でもまだ決定じゃないし、髪は後から変更可能だし。
よし、体は……いや、巨乳はやめよう。
なんか痛々しい。
普通……うん、普通でいいわよね!
…………現実よりは少し、ちょっぴり背伸びして大きめにするけど……。
腰も、このくらい、現実よりくびれがあるぐらいで、うん。
お尻は小さめがいいな。
あ、けど少しバランスがおかしいから、小さくなりすぎない程度で、えっと、このくらいかな?
脚は、細く。
バランスを見ながら、出来るだけ普通の範囲で長めに……。
うわぁ、なんか少しドキドキしてきたな。
「服も選べるんだ……」
「はい。職業は後ほど選んで頂きますので、まずは自由にお選びください」
という事は職業によってまた服装も変わるのかな?
職業……まあ、そうだよね。
ゲームの中でも働かないといけないんだ?
そう聞くと、「暇を持て余していると結局なにかやりたくなるもののようですわ」と少し困った笑顔で教えてくれた。
ものすごーく納得。
暇は人を殺すというものね……。
でもやっぱりまずは顔。
顔がないと服のイメージも難しい。
パーツが多いしカスタマイズも出来るからすごく悩む。
化粧の機能もありますわよ、と笑顔で言われてますます頭を悩ませる。
キャロラインは普通に可愛らしい。
目元はくっきりしてるし、小さめな唇はプルプル。
NPCだから整ってるのは分かるけど……まあ、別にわざわざ崩す必要もないわよね、ゲームの中だし。
ただ一つ。容姿は、現実には絶対似せない。
三重香とは正反対にして、現実とも似ても似つかないような顔にしよう。
となれば、三重香の大きい目……あれはほぼ作り物みたいなものだから可もなく不可もない大きさにして、やや垂れ目。
眉は少し太め。
瞳の色は薄紫寄りのピンクにして……目の色ピンクの人って見かけないじゃない?
あとは……頰をふんわりオレンジにして、唇も淡いオレンジ系。
健康的な日本人寄りの肌と、睫毛は手入れが難しくないぐらいの多さに設定。
服装は動き易そうなのにしよう。
うん……見事なモブ顔!
「可愛らしいですわ……」
キャロラインが呟く。
少し驚いて彼女を見ると、なにやらハッとしたように口元を指先で隠す。
え、今のって心の声が漏れた感じ?
いや、NPCだし、それはない?
「あ、す、すみません。あまり普通の方がなさらない設定をされていくのでつい……」
「あ、うん、まあ……。普通のプレイヤーは、やっぱりみんな派手で綺麗で可愛い、カッコいいとかになるんだろうなって思って……」
「そうですわね、そういう方が多いです。あとは、好きなアニメや漫画やゲームのキャラクターに近いお姿にされる方もおられますわね」
「あ〜〜……」
それは、痛いと思います。
「でもちょっと子どもっぽい感じになったかな?」
「よろしいのではないでしょうか。お歳がおいくつかは存じ上げませんが、背伸びしすぎても中身と乖離しすぎて驚かれてしまいますし……」
「…………」
体験者の説得力のようなものを感じるわ……。
「この顔立ちなら標準体型に近くした方が良いかな?」
「まあ、別段構わないのではありませんか? 髪型が短いのでお身体が大きく感じてしまいますが、髪型は後から変える事も出来ますもの。ショートに飽きたらロングにすれば良いのですわ」
「そ、そうか。そうだよね」
おまけでアホ毛もつけちゃえ。生えたての双葉みたいなアホ毛。
よし、とりあえずこれで完成にしよう!
三重香みたいに意地悪そうには見えないし、リアルな私と違って地味すぎない!
年相応、だと思うし……うん、満足!
「お声質の変更やカスタマイズも出来ますがどうなさいますか?」
「自分ではよく分からないから、これで良いわ」
「分かりました。では次にこの世界で生きていく上での初期職の設定ですわね。皆さんはやりたい事に近い職業になられますわ。カフェ、レストラン、雑貨屋さん、パン屋さん、お菓子屋さん、錬金術師、冒険者が人気ですわね〜」
「わあ……」
いかにも「でしょうね」って感じ。
いや、私だって嫌いじゃないし憧れはあるけど……人気、って事はすでに相当数お店があるって事じゃないの、それ。
「商売って出来るの?」
「そこはリアルと同じく激戦区ですわ。近所のNPCが遊びに行くようにはなりますが、すでに同じ町や村に二軒、三軒ずつの状態です。王都……まあ、この辺りは説明が必要だと思うので先にご説明しますが、お店を開く場合は土地代と店舗は購入して頂く事になりますの」
「! ……そんなお金……」
「最初は結構ですわ。ですが、大きな町や例えば王都などで出店したい場合ですと、店舗代や内装のリフォーム代など別途費用が掛かりますからまず無理ですわ。田舎の小さな村からスタートして頂きます。そちらでお金を貯めて、『評判』も上げて頂かなくては大きな町や王都に移転出来ません。厳しいとお思いになるかもしれませんが、人気の職種なのでご理解くださいませ」
「う、うん、それは仕方ないと思う。むしろ土地代と店舗代が最初タダな時点でかなりすごい……」
「うふふ、ご理解頂けて助かりますわ」
時々怒る方もおられますの、と笑って言っているがそれは図々しいにも程があると思う。
ゲームとは言え商売なんだから当たり前じゃない。
むしろ小さな田舎村に二軒三軒が普通になってる時点で『その程度』なのよ。
お店はやめた方が無難かな?
……でも、じゃあ他にどんな職業なら……。
「他の仕事はどんなものがあるの?」
「生産系ですと武器、防具などを作る鍛冶職人。アクセサリーなどを専門に作るアクセサリー師。野菜や果物を作る農家。お肉や牛乳を生産する牧場主……こちらはかなり重労働ですので、女性お一人は厳しいと思いますわ……。あとは、お花屋さんや薬草を育てる薬草師でしょうか。まあ、薬草師は植物系ダンジョンで採取出来る薬草を育てる職業なので、あまり数はおられませんはね……ダンジョンで採取出来てしまうので、買取もなかなかして頂けないんです」
「そ、そうなの……」
少し面白そうだったけど、稼ぎにならないんじゃやめておいた方がいいかな?
生産系が難しいという事は、他には?
「次は土木系でしょうか。お家を作ったり、庭を整えたり、リフォームしたりするお仕事もございます。こういうのはリアルの方でもなさっていた方が好まれて就職されますわね。。ですからその、プロの方が多いですわ」
「……新参者には辛い世界なのね」
「そうだと思います」
私はそんなのやった事ないしな。
うん、無理。
「他の人気職でしたら冒険者はいかがでしょう? 後から他の職業になりやすいのが特徴です。スキルもたくさん覚えられますし、後々やりたい職に就く時に必要になるスキルの他に材料の入手も自分で行えるようになれます。えっとそうですわね、例えば鍛冶屋をやりたいという方が、鉱石を自分で採取しに行く事が出来るので材料費がなんとタダ! になるんですわ!」
「! 商売を始めやすくなるのね」
「はい! レストランですとお魚を釣ってきたり、お肉を獲ってきたり、自分で出来るという感じですわね。不要な素材が取れても必要な方に売ればお金になりますし……戦闘系スキルは覚えておいて損はないと思いますわ」
「戦闘か……」
あんまり得意じゃないんだよね。
その、血飛沫的なものとか。
その辺りはどうなの、と聞くと設定でグロテスクさは『0%』レベルまで変更出来るらしい。
ありがたいけど、これ『100%』にする人ヤバくない?
「ちなみに年齢によって規制がかかる場合がありますわ」
「ですよね」
まあそれは良いとして。
「もしくは学生、研究者もございます。学習を目的とした方が選ぶ身分、職業ですわね。学生さんは電子書籍を読む事が出来ますが、一定量以上読むと有料となります。研究者はスキルの開発が出来ますわ。あとはそうですわね、プログラマーがあります。この世界で導入出来そうなミニゲームの作製が可能ですわ」
「本当に色々あるのね……」
普通のゲームにはありえない。
ちょっと驚いた。
本当に『なんでも好きに出来る』のか。
「…………聞きたいんだけど……」
「はい」
「自殺志願者が多いのよね?」
「ええ、そうですわね」
「なんかこう、八つ当たりして人を……プレイヤーやNPCを、傷つけたいとか、そういう人はいないの?」
「おりますわ」
「!」
さらりと……。
「おりますわね。……でも、だからこそ戦う術を身につけておくのは必要だと思いますし、やりたい事がそれならばコロシアムもございますので、そちらをお勧めしておりますわ」
「そ、そんなのあるんだ」
「はい。『コレフェル』という島国は無法地帯となっています。そういうプレイヤーさんが遊びに行く場所ですが……三年ほどで大体の方は心を病まれて帰ってらっしゃいますわね。ご自身を傷つけるだけですので、あまりお勧めしておりません」
「そりゃそうでしょうね……」
「この世界はあくまでも現実と向き合う勇気と自信をつけて頂く為の場所なのです。現実は厳しいですが、この世界はそれをだいぶソフトにしただけ。ちょっとだけ簡単に生きやすくした世界です。嫌になれば他の生き方を選択して構いません。ただ忘れないで頂きたいのは、ご自分がそれで納得しているか……。それで後悔しないのか、ですわ。あちらで挫折するのは分かりますがイージーモードであるこの世界で挫折したからといって更に自信喪失してしまうのは困りますの。後悔ないように生きて頂きたいのです」
「…………」
ゆるそうに見えて結構な事を言っている。
でも、その通りよね。
「……もしよろしければ、わたくしがご相談に乗りますわ」
「え?」
「わたくしはただのNPCです。もちろん個人情報の漏洩など致しません。わたくしは単体の特殊AIを積んでおりますので運営に情報を漏らす事もございませんわ。現実からこの世界へ来た理由をお聞かせ頂ければ、この世界で生きていく為のお力添えになるかもしれません。もちろん、お話ししたくない事もおありかと思います。無理にとは申し上げません」
「…………」
風が通り過ぎていく。
草の香り。
セラピーNPCなのかな。
そういうのがいても、まあ、不思議ではない。
それなら話しても良いのかも。
何分間か、拳を握り締めて悩む。
どこから、どこまで――。
「…………小さい時から……妹が全部持っていくの……」
おもちゃも、おやつも、私の好きなおかずも、好きな人も、友達も、夢も、願いも。
あいつはモンスターだ。
人の物を、なんでも持っていく。
「あんなのと血が繋がっているなんて気持ち悪い。でも死んだらあいつの勝ちな気がするの。それだけは嫌だった」
私は負けたくないけど、あれと戦う方法が分からない。
私には味方なんていないから。
母さんはお金と、今の地位を維持する事しか頭にない。
他人どころか身内すら、自分の道具。
三重香は間違いなく母さん似だろう。
そして気弱な父さん。
技術力はあるけど、会社を大きく出来たのは母さんの交渉術が大きい。
だから言いなりなの。
私の未来。
母さんの言いなりになる父の姿と重なる。
そんなの死んでもごめん。
でも、死ぬのもごめん。
負けを認めたと同じだから。
「だからこの世界に逃げ込んできたの……」
ボロボロと、気がついたら泣いていた。
スカートの裾を握り締めて、草の上に水が落ちていく。
なにこれすごい。
涙の感覚がこんなにはっきり。
なんて無駄に高性能なの?
いろんなVRゲームをしてきたけど、涙が出るのなんか初めて。
「っ……」
私は泣く為にVRゲームをする。
でも、VRゲームに『泣く』……『涙を流す』機能なんて普通ない。
なのにこのゲームでは涙が出た。
キャロラインが近づいて来て手を伸ばす。
嫌だ、と拒む前に抱き締められた。
人の温もり。
NPCなのに。
カッ、と胸から喉にかけて熱が駆け上がる。
「うあ……うあああぁぁぁん! うわぁぁあぁあぁぁっ!」
……私は泣いた。
めちゃくちゃに泣いた。
涙を流して泣く事がこんなに苦しいなんて初めて知ったかもしれない。
そのぐらい泣き続けた。
空が夕暮れの色になるまで、私は彼女に縋って泣き続けたのだ。
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