泣き虫な私のゆるふわVRMMO冒険者生活 もふもふたちと夢に向かって今日も一歩前へ!

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

第1話 絶望と葛藤の日



「はい? 破棄? 白紙? はい?」


 母さんのなんとも素っ頓狂な声。

しかし、母さんが聞き返していなければ私が同じような声で父さん聞き込返していただろう。

それとも聞き間違いだろうか?

 私もまた己の耳を疑った。


「ああ、いや、その……婚約者を三重香みえかの方に、変更したいと、そう、メールで言われてな……。その……三重香も、ただし君がいいと言うから、まあ、二人が両思いなら、うん、お前も……祝福してやれるだろう?」

「…………な……なにを仰っているの、貴方……? 八重香に一目惚れしたので婚約してほしいと言ってきたのは、向こうからですわよ⁉」


 母さんが父さんに叫ぶ。

 私はその声に、びくりと肩を跳ねた。

 胸がカーッと熱くなる。

 喉の奥から迫り上がるその熱。

 気がつけば、私はポロポロと泣いていた。


「い、良いの、母さん……わ、たし……」

八重香やえか! なにを言っているの! 泉堂せんどう家の跡取りである貴女の夫の話なのよ? あんなに優秀な人材、そうはいないというのに……!」

「ま、まあ良いじゃないか、一香さん。本人たちが納得しているのなら……」

「っ……はぁ……分かりました。八重香が納得しているのなら構いませんわ。……それなら、春日警視総監のご子息に八重香との結婚を打診してみましょう。若いのに芸能事務所の社長をしてらっしゃるそうよ! 見目もお綺麗な方だったし! ……ああ、けれどあの方は事故で下半身不随の『不能』なんだったわね……。やっぱりダメか……。じゃあ司藤財閥の……少し歳が離れてるけれど……あら? 八重香?」


 ダイニングから出て、二階の自室に向かって階段を駆け上る。

 婚約破棄。

 それも直接言いに来るでも、私に一言いうでもなく、父さんにメールで。

 確かに言いにくい事だろうけど、よりにもよって三重香に『変更』してほしいだなんて!

 階段を中ほどまで上がったところで、先に部屋に戻っていた件の妹、三重香が部屋から出てきた。

 それもなぜか、私の部屋から……。


「え?」

「あ、姉さんちょうど良かった! これちょうだい?」

「っ!」


 三重香の手にあるのは、近く学校で行われる被服デザイン品評会用に描いたデザイン画だ。

 机の上に置きっぱなしではあったけれど、それ以前に……今この子はなんて?


「え、なに……ちょうだいって、なに……だって、あんたデザインなんか興味ないって……」


 私と三重香の通う私立高校は進学校だ。

 様々な分野で活躍出来るよう、在学中に多くのコンテストへ参加が出来る。

 私は被服……ドレスに興味があった。

 幼いころ、アニメ映画でドレスを着て踊るお姫様に憧れ、あんな煌びやかなドレスをこの手で作ってみたいと思ったのだ。

 私は容姿がとても地味だから……。

 それなのに――。


「ないけどー、クラスで調子乗ってる子が出るって言うからさー。身の程? を分からせてあげなきゃと思うじゃない? ほら、泉堂家の人間として? 下々の者に立場を理解させるのもさ、必要な仕事っていうか?」

「…………なにを言ってるの……?」


 本当に理解が出来なかった。

 髪の色も立ち居振る舞いも顔立ちも派手な妹、三重香。

 婚約者だって……。

 胸がもやもやとする。

 眼鏡を持ち上げて、首を振った。


「だ、だめよ。それ、私が一ヶ月もかけて……」

「まだ時間があるんだから姉さんならすぐ新しいデザイン思いつくってば! っていうかさ、姉さんは父さんの跡を継ぐんでしょ? デザイン品評会なんかに参加する必要なくない? うち、缶詰工場じゃん」

「…………」


 そう、我が家は缶詰の生産工場。

 新しい缶詰を開発して製造、販売して成長してきた。

 私も小さい頃から父の手伝いで安全で旨味を閉じ込め、素材を熟成させる新しい缶詰の開発を行っている。

 父は嬉しそうに私に「才能がある」と頭を撫でてくれた。

 私が開発に携わった新素材の缶詰で、今や缶詰に詰められない食べ物はない、とまで言われるほど缶詰業界は成長したと言われている。

 でも、だからこそその先に進むのが難しくなっていた。

 父の跡を継ぐ事は、私も構わないと思っている。

 でも、でも、それまでは自分のしたい事をさせて欲しい。

 缶詰も好きだけど、私は服のデザインも好き。

 自分ではとても着られないような可愛い服をデザインして、着た気分になれるの。

 今三重香が持っている服のデザインだって一ヶ月以上悩んで描いた。

 喉が熱くなる。

 それは、それは……。


「嫌……返して」

「はあ?」


 手を差し出す。

 人の物はなんでも欲しい。そんなんじゃ三重香の為にもならない。

 それに、それに……忠君の事だって……。

 パーティーの日に地味な私に声を掛けてくれた忠君。

 二つ年上で、優しくてかっこよくて素敵で。

 そんな人がなんで私なんかをって何度も思った。

 こんな地味な私を「可愛い」って褒めてくれた。……だから、だから、信じようと思って……なのに……。

 分かる。

 三重香は忠君に『私の婚約者だから』言い寄ったんだ。

 私の物を昔から欲しがる三重香。

 私はお姉ちゃんだから、と我慢する。

 欲しい物を買ってもらえても、三重香が欲しいと言えば三重香の物になる。

 ずるい。

 私が一度そう言ったら、母に冷たい目で「そんな意地汚い事を言うものではないわ」と窘められた。

 おかしい。

 私が言った事は三重香がいつも言ってる事じゃないの?

 私はだめで三重香はいいの?

 そんなのおかしくない?

 最近は、私が作った物も三重香が「私が作った」と主張するようになってきた。

 買ってもらった物はいい。本当に欲しければまた買ってもらえばいいから。

 同じものを持ってても私の物を奪っていく三重香。

 でも、これは……デザインしたものは、だめよ。私の中から私が産んだものだもの。

 それをあんたの物になんかさせない。

 というより、出来ない。

 あんたはあんたのクオリティの物しか作り出せない。

 それを分かってるから私の生み出した物を欲しがるんでしょう?


 そんなの許さない。


「返して」

「…………。あっそ! じゃあいいやー」

「っ! ちょっと!」


 ビリ、ビリ。


 容赦なく千切られたデザイン画。

 それを階段に向かって……放る。

 ひらひらと散っていく紙。

 慌てて拾い上げるけれど……。


「…………」

「姉さんもさぁ、そろそろ理解してくれない? 姉さんは確かに才能があるのかもしれないけど、ブスだし鈍臭いし、私にはなに一つ勝てないんだって。立場が分かってないのよねー、姉さんも」


 頭の上から声がする。

 ああ、この子は私が嫌いなんだ。


「あ、そうそう! あとさー、姉さんが行きたがってた美大? 私は行って良いってお父さんとお母さんに許してもらったからー!」

「!」

「ふっふふ! それじゃ、新しいデザイン画出来たらちょうだいね! 内申良くしておきたいんだー。いやぁ、コピー取っといて正解だねー」

「っ!」


 拾った紙をよく見ると、カラーコピーされたものだ。

 つまり、原画はあの子がすでに持っていった?

 私の部屋のカラーコピー機を使ったんだ。

 こんな姑息な事までして……。


「おやすみー!」


 ばたん。

 扉が閉まる音を聞きながら、残りの紙を拾う。

 ケタケタと笑う声が三重香の部屋から聞こえた。私を笑う声。

 私が行きたかった大学。

 お母さんとお父さんには、工業系の大学で新しい缶詰の開発に活かせる事を学ぶようにと言われた。

 開発自体は嫌いじゃないけど、私は……美大でデザインの勉強をしたかった。

 それだって開発の役に立つ。

 何度もお願いして、だめだと言われて……なのに、なのに三重香は許された。


「……………………」


 コピーされたデザイン画を持って自室に戻る。

 そこでもう一つの絶望感を味わう事になった。

 ……なくなっていたのだ、机の上に置いておいた、高校三年間で描き貯めたデザイン画のファイルが。

 残ってるのは資料本だけ。

 嘘でしょ、あの子……人の三年間をなんだと思ってるの?

 テーブルは荒れてるし、引き出しは開けっ放し。

 クローゼットも開いていて、服が全部床に落ちてる。

 コピー機の蓋は開いていた。

 電源も入りっぱなし。

 誰が片づけると思ってるのかな。


「…………」


 言葉が出ないし、ただ、悲しい気持ちが胸いっぱいで……。

 こんな酷い事をして、隣で笑っているあの子。

 あれと血が繋がっている事が信じられない。

 あれは人の心がない。

 そんなものと私は同じ血を分けているの?

 ああ、最悪だ。

 部屋に入り、唯一手がつけられていないベッドに横たわる。


「…………ゲームでもしようかな……」


 VRゴーグルを取り出して、本体とリンクさせる起動させた。

 スマホで操作しながら新しいゲームを探す。

 自殺も頭をよぎった。

 でも、死んだら負けだ。

 あいつは未だかつてないほど私を笑うだろう。

 笑って笑って笑い転げて、高々と勝利宣言をするのだ。

 それが分かるから、泣きながら天井を見上げるの。

 泣く自分を誰にも悟られたくないから、私はVRゴーグルをつけてゲームの世界に逃げ込むのだ。

 そこでなら、いくら泣いてもあいつには気づかれないもの。

 目一杯泣きじゃくる為のVRの世界。


「?」


 ショップの広告だろうか。

『自殺を考えているあなたに贈る、最期の砦』という謳い文句。

 ゲームの名前は『ザ・エンヴァースワールド・オンライン』。

 とてもシンプルで、そしてとても心惹かれた。

 広告をクリックすると、ゲームの内容が出てくる。



『このゲームは、自殺を思い留まって頂く為のゲームであり、現実に絶望した方の救済を目的とした治療用VR世界。


 このゲームを開始すると、あなたの神経は百パーセントこのゲームの中に移植され、あなたの分身であるアバターと連動します。


 目覚める事はなくなり、ゲーム開始と同時に専門の医療機関にゲームの開始が通知されます。

あなたの体は医療機関に収容され、そちらで肉体維持に必要な処置が行われ、あなたはゲームの中に『閉じこもる』事が出来るのです。


 そうして、あなたはゲームの世界を自由に生きられます。


 このゲームは政府の特別な許可を得て運営されており、現実世界のご家族はあなたの事を取り戻す事は不可能となります。

 安心して、この世界で自由に生きてください。

 そして、もし、自殺を思い留まる事が出来たなら、現実と向き合う覚悟が出来たなら、現実に戻り、現実で生きてください。


 このゲームはあなたの命を救う為に開発されました。

 逃げたければ逃げて良いのです。

 どうか死ぬのを一旦忘れ、この世界で全てを忘れ、全てを捨てて生きてみませんか?』



「…………全てを……」


 無料ダウンロード。

 そう書かれたボタンを押す。

 かち、かちとロードされていくゲーム。

 その間に、私は目を閉じて思い返した。

 楽しい記憶が、全然思い出せない。

 死ぬのは――あの子の思う壺。

 負けたくないけど、逃げ出したい。


「ゲーム、スタート……」


 ダウンロードが完了した。

 私は呟いて、飛び込んだ。

『ザ・エンヴァースワールド・オンライン』というゲームに。

 もう少し説明を読めば良かったのだが、どうでも良くなっていたのも事実だ。

 悲しかった。


 …………悲しかったのだ。


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