第9話 ラッタッターの女


ラッタッター

ラッタッター


精神疾患のある方々が入院する病院の取材時に

とある病院の四〇一号室から聞こえてきたその鼻歌に

男は一瞬で耳を奪われた


彼はその病院に、たまたまテレビの特集企画の

打ち合わせで訪れていた


耳が奪われたのは

幼い子供の頃に、テレビで頻繁に流れていた

スクーターのコマーシャルのテーマソングで

妙な懐かしさを覚えたからだ


病室への許可を貰い四〇一号室に入ると

その鼻歌は五十代半ば位とおぼしき女性が

口ずさんでいた


歌声はしっかりとした力強い口調で

ラッタッター

と口ずさんでいるのに

目が虚ろでボーッと空を漂っている姿に

何かひかれるものがあった


病院の許可を得て、彼は追加で彼女の生い立ち

も取材することにした


まずは、親戚・縁者に聞き込みをする

しかし、自然な反応といえばその通りだが

身内に精神に異常をきたした者がいる状況を

詳しく語ってくれる者はいなかった


そこで次に、なんとか調べ上げて

幼馴染や友人達に取材することに成功した


彼らから聞けた話は

想像通りであった

そうとう悲惨な半生であったようだ


ざっとまとめただけでも


幼少期に実の父親から性的な虐待を

受けていた


留学したニューヨークで性的な暴行を

受けていた


など


そんな彼女が

ボロボロの状態で

男に絶望していた時期に出会った男に

心を開きかけ希望のかけらを掴もうとした瞬間に

捨てられてしまい、男に対する深すぎる絶望は

もはや出口の見えないほどになっていた


その男が彼女をあっさりと捨て去った理由は

彼女がその男の子供を妊娠したと告げたからであった


葛藤の嵐をくぐり抜けた末に、彼女はその子供を産み

それ以降は男に心を開くことは無く

シングルマザーとして子供を育てあげた


その子は、女の子で

心根の優しい母親想いの子であったようだ


女の子は二十歳の時に

出会った男に惹かれて結婚し

ほどなく出産をした


しかし、結婚相手の男は病的な浮気癖があり

女性問題の連続で娘の精神をズタズタにした挙句

数年で彼女の元を去って行った


母親として、自分の痛みには何とかギリギリの状態で

耐えてきたラッタッターの女も

自身の人生の唯一の希望であった娘の不幸には

耐えられなかった


娘が離婚して数年のうちに

典型的なうつ状態になり

みるみるうちに悪化していったらしい


色々な取材を総合すると


ラッタッターの女は

そのテレビコマーシャルを見ていた頃は

まだ父親からの性的虐待も受けておらず

母親と共に、一家三人で笑いの絶えない家庭に

暮らしていたようだ


精神を崩壊してしまったからか

いや

精神が崩壊しないようにか


ラッタッターの女は

自身の人生で唯一幸せであった時に

舞い戻ったのであった


今日も四〇一号室からは

彼女の鼻歌が廊下まで響き渡っている

もの悲しそうに、でも、幸せでもありそうなように


ラッタッター

ラッタッター

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