第8話 深夜のバー


いきつけの

バーのカウンターで

たまたま隣に座った淑女が

ぼそっと嘆いていた


お酒を浴びるように飲むのは

現実の辛さから逃避するため


酔っぱらって楽しく騒ぐのは


騒いでいないと

心の奥底の悲しみが

溢れてしまうから


隣に座った男と

キスをしたくなり


誰とでも

キスをしてしまうのは


前の恋愛の傷が

癒えていないから


痛いほど分かるよ

おいで


彼女の目をじっと見つめ

お互いに痛みを分かち合うような

不思議な感覚のキスをした


こんな感覚のキスは

数十年男として生きてきて

初めてのことだ


彼女がしくしくと泣きだしたが

号泣して嗚咽するまで

唇を離さなかった


彼女の呼吸が苦しくなった瞬間

唇を離して

彼女を強く強く抱きしめた


自分からは

口をひらかなかったが

魂がお互いの胸中を

すべて一瞬で繋げていた


もう、大丈夫だよね?


これからは

本当に好きな男性と

キスを

ねっ


彼女の目は

水面のように

きらきら光を放っていた


うん、もう彼女は大丈夫だ


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