第7話 大御所

彼は

国民の誰もが知っている程の

お笑い界の大御所である


もう五十年近く

お笑い界の先頭グループを

走り続けている


その上

絵を書いたり

映画監督をしたり

マルチな才能を持つ人物として

世界的にも有名人だ


もう一体いつから大御所と

呼ばれるようになったのか

彼自身も思いだせないほど

圧倒的な活躍を続けていた


最近では

お笑いコンテストの審査委員長を

務める機会も多くなった

コンテストには次々と斬新な

才能溢れる若手芸人が溢れ出てくる


俺はこのまま終わるのかなぁ

大御所と言われて仕事もらってっけど

それは今の実力じゃなくてよ

過去の積み重ねだもんな

オイラの今の実力だったら

こんなコンテストの中に入ったら

予選落ちかもしんねーよな


そんな弱気な気分でここ数年

過ごしていたが

ある日彼はふっと閃いた

そしてチャレンジすることにした


幸い人脈は世界中に有ったため

選りすぐりの

整形外科医

特殊メイクアーティスト

皮膚科医

形成外科医

のチームを作り


整形と呼べるレベルを遥かに超えた

顔面交換

並みのインパクトの手術を自身の

顔に施した

そして声帯にも手を入れ声も変えた


見た目は二十歳ほど若返り

声も変わった

もはや元の彼とは全くの別人である


そしてついに彼が思いを決行する日が

やってきた


お笑い界の実力者が年に一度集って

チャンピオンの中のチャンピオンを

決める大会だ


何とか予選は通過した

そして本選


見事に審査員から痛烈なダメ出し

を喰らった


君の芸風はね

面白いは面白いんだけれど

なんていうかなー

スタイルやパターンが古いんだよね

昭和時代の香りがするというか


それはそうだ

その芸風で彼は一躍スターに

なったのだから


しかし平成も三十年が経過し

元号も令和に変わった


彼の芸はとうとう時代から

ずれてしまったのだ


予選を通過した時には

いけるぞ!

と思っていただけに

古臭いとダメ出しされた

シヨックは言葉では

言い表せないほどで有った


それから一週間程寝込んでしまった

彼はついに決心した


翌日の新聞・ニュースは

突然の彼の引退のニュースで

大騒ぎになった


しかも

弟子たちや親しい芸人仲間・事務所の社長も

一切何も聞かされていないと

唖然としている


住まいもスマホの番号も変わっており

誰も彼とコンタクトをとれる者は居なかった


マスコミは連日彼の失踪事件を流し続けた


その頃彼は

若いころ下積みをした街の

安い大衆居酒屋で

コロッケをつまみに

ちびちびと冷酒を飲んでいた


しかし

こんなに真昼間から変装もしないで

堂々と酒を飲んでいても

誰もオイラって気が付かねーんだもんな

笑っちまうよな


何十年も絶えず人目にさらされてきた彼には

数十年ぶりの新鮮な感覚であると同時に

不思議な寂しさも胸をよぎった


もっと酔いたい気分になり

酒のピッチが速くなる

そのうちぐるぐる頭が回りだし

足元もふら付いてきた


今の彼には

弟子も付き人もマネージャーもいない

何とか自力で帰宅するしかない


そろそろ帰ぇるか


そう呟いて店の扉をがらっと

開けて外の空気を吸った瞬間

彼の頭にある事がよぎり

思わずふっと笑った


しかしよー

誰もオイラの事気が付かないなら

オイラこの世に存在してねーのと

一緒じゃねーかよな

それじゃあまるで

透明人間だよな


たった数ヶ月前までお笑い界の大御所

だったオイラが透明人間


誰もが知る大御所から誰も知らない透明人間


ふん

なかなか面白れー人生じゃねーかよ


えっ

なんだバカヤロー

コノヤロー

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