episode 19 リブロの能力

「……う、うぅん、節々が痛ぇ……」


 所は広大な地下迷宮にぽっかりと空いた小洞窟。

 かつて強大な魔物同士が争い、すっかり荒れ果てた土地ではあったが、今や魔王軍(仮)の本拠地となっていた。


「そりゃあ、無理に複数の気力を全身に巡らせればな。肉体にも許容範囲というものがある。強過ぎる気力に身体がまだ付いていけていないのだろう」


 麗華はぐったりと横になっている。どうやら気力の使い過ぎで全身が痛むようで、カリスタがつきっきりの看病をしていた。


「あぁリブロ、水あんがと」


 リブロは全身を水受けにしながら、えっちらおっちらと水を運んできている。カリスタの指示で水を運んでくるよう言われていたようで、看病の手伝いをしているようだった。


「にしても、本当に引き入れてしまうとはな」

「どういう意味でよ」

「色んな意味でだ。種の垣根すら事としないその思想に敬意を示す一方で、流石に意思の疎通を取れる者くらい選んで欲しかったという思いだったり、これを可愛いと思えるその感性が壊滅的だったりな」

「しれっと真顔でボロクソ言ってくるね君」


 迷宮生まれで、グロテスクなものには耐性のあるカリスタを以ってしても、壊滅的とまで言わしめるリブロの容貌は、確かに一般的な視点で見れば可愛いとは言い難いものだった。


「なーリブロなー。よく見れば愛い奴め」


 因みに、リブロから麗華への意思の伝達はしっかり行なわれている。あくまでも感覚的なものだが、テレパシーと言うべきか。どうやら『モンスター・テイム』の副次効果のようなものらしい。

 だが他の仲間とのテレパシーは不可能なようで、カリスタとの意思疎通は難しいようである。

 しかしながらそんなカリスタでも、分かることがあった。


「それ……怯えてないか?」


 何故か先程から麗華が満面の笑みでリブロを見つめると、リブロは小刻みに振るえ出すのだ。


「――緊張してんじゃね?」

「いや、明らかに怖がってるだろう――さては『調教』か? まさかこんなにも怖じけるとはな」


 カリスタは麗華の所有する能力、『調教』に目を付ける。配下の成長速度を増し、更に自らに対する恐怖を抱かせる――というような能力だが、恐らくはこれだろう。

 すると麗華が「なんでお前ビビらんの?」と素朴な疑問を口にしたが、それはそれで簡単な話だった。カリスタは『不屈のこころ』を所有している為、精神的な攻撃や支配の一切を無効化出来る。故にカリスタは麗華に恐怖する事など、万に一つもないのである。


「カリスタに効けばすげぇ面白かったのにな」

「効いてたまるか」


 麗華はリブロを撫で回しながら、カリスタを恐怖のどん底に叩き落とせないことを残念がっていた。撫で回されているリブロは、嫌がってはいないものの、やはり麗華に対しての恐怖心を拭えないようだった。

 するとカリスタは、以前から疑問に思っていた事を麗華に問う。


「ところで主よ、何故に“リブロ”なんだ? 何か、特別な意味でもあるのか?」

「あーそれね。私の好きな牛肉の部位なんだけど、肋辺りにリブロースってのがあるのよ」

「……まさか、そこから頭三文字を……?」

「うん、こいつ肉だし」


 屈託の無い笑みでそう答える麗華をよそに、カリスタは憐むような目でリブロを見つめた。

 ――名とは、個体を識別する記号でしかない。

 しかし者により、特別な意義を持つ場合もある。

 故に名持ちネームドの魔物は余程の理由さえない限り名を大切にし、名を与えた者には一生の忠誠すら誓う事さえあるのだ。

 そんな大切な名前なのだが……。


「サーロインも良かったなぁ……やっぱロインとかにしようかな」

「――不憫だ」


 麗華の気まぐれで名付けられたリブロに、大いに胸を痛めるカリスタであった。


…………


 ろくな休息も取らず、ぶっ続けで迷宮を歩き回り、戦闘をこなし、成長し続けたせいで、やはり身体には疲労が溜まっていたのか、結局麗華はそのまま寝込んでしまった。

 カリスタはリブロの身振り手振りで、この洞穴に他の魔物が侵入することは滅多に無い事を把握すると、カリスタも暫し休憩を取ることに決めた。

 その間、新たな仲間との親睦を深める為に意思の疎通を図ろうとするも、やはり種の壁とリブロが言葉が話せない事もあり、交流は難航を極めた。


「その……なんだ、リブロ。これからよろしく頼む」


 リブロは僅かに身体を揺らし、カリスタの問いに反応。


(こ、これはどういう反応だ?)


 言語を介さないジェスチャーに、自分の言っている事が伝わっているかどうか一抹の不安を感じるカリスタ。


(しかし、これからどうするか)


 意思疎通よりも、カリスタが憂慮するのは、リブロの移動手段であった。

 リブロは、地を這いずる事しか出来ない。その速度は敏捷値がFであることから分かる通り、非常に遅い。

 麗華を模した時のような人形態を維持出来れば問題は解決するのだが、どうにもそうは行かないらしい。


「それは……人か?」


 リブロが身体をにょきりと伸ばし簡単な人形を作ると、とことこと地面を歩くようなジェスチャーをしてみせる。そしてしばらくすると、その人形は徐々に萎びていき、仕舞いには動かなくなってしまった。


「――成る程、形態変化には気力を用いるのか……すると人化を用いた長距離の移動は現実的ではないな」


 更に人型のような複雑な形態変化には相応の気力を消費するようで、逆に武器や盾などの部分的な変化であれば気力消費は少なくなり、硬化し、定着させることでより節約が可能なのだそうだ。


「ふむ、どうしたものか」


 カリスタが頭を悩ませていると、リブロは突然身体を激しくうねらせはじめた。するとみるみるうちにリブロの身体が小さく収縮していき、あっという間に手の平サイズに縮こまってしまった。


「凄いな、小さくもなれるのか」


 理屈としてはこうだ。

 収縮の前提となるのは、リブロの所有する能力『異袋』。掻い摘むと、これは喰らったものを異空間に送ることが出来るという能力で、またそれは自在に出し入れする事が可能だ。

 『異袋』の対象となるのは、リブロが喰らう事さえ出来る限り、ほぼ全てとなるのだが、それは自分の肉体であっても例外ではない。

 つまるところ、リブロは自身の肉体を喰らい『異袋』送りにする事で、強制的に体積を減らしているのだ。

 これならば、麗華に引っ付くなりしていれば移動は完璧であろう。


 続けてカリスタは再び問題点を発見した。

 それは、緊急時の戦闘には対応可能かどうかだった。


「因みに、戻すのには時間は掛かるのか?」


 ――ボコボコと音を立て、リブロは膨張する。

 カリスタが聞いた瞬間に、瞬時にしてリブロはその大きさを元通りにしてみせた。どうやら問題はないようだ。

 タイサイという魔物は説明にもある通り、喰えば喰う程大きくなる。その説明には嘘偽り無い。だが大きすぎるのも不便であり、リブロもタイサイとして生を受けた当初は悩まされたものだった。

 だが『異袋』の獲得によってその問題は解消した。常に自分の身体を一定の大きさに保ち、無為な巨大化を防ぎ、更に異空間内に肉のストックを貯められるのだった。

 ……尤も、麗華らとの戦闘時はストックが切れていた為、ストック肉を用いた強引な自己再生は不可能だったらしいが。


「――リブロよ。それがあったら俺たちは負けていたかもな」


 内心冷や汗をかきながらそう呟くカリスタを余所に、リブロは眠りこける麗華の顔をじっと見つめ、思った。


 ――どう、であろうな。


 一度垣間見せたあの鬼気迫る威容。

 あれを目撃した上では、カリスタの言を肯定する訳にはいかなかった。


 ――只のおなご、ではなかろうて。


 己が身、かつて人間であった頃。

 戦場に死屍累々を築いたリブロは、天下無敗を挟持に出す足引かずに各地を奔走したが、一度だけ、その足を止めた時があった。

 記憶すら曖昧で、今の今まで忘れていたが、麗華のあの姿を見て記憶が蘇ったのだ。


 あれは夢現か、現実か――逢魔時の事だった。

 突如戦場に現るるは、魑魅魍魎の跳梁跋扈。

 先頭を征くは、妙なをした栗皮色の髪をした鬼女。

 その姿に――麗華が被る。


 ――まさか、な。


 リブロは胸に沸いた疑念を振り払った。

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【The Devils Legion】〜『総戦力値:1』から始める魔王軍最強育成計画〜 @Kudan-Sukur

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