episode 18 強者の真似事

 麗華は『韋駄天』を使用し、馬鹿正直に真正面から突っ込んだ。だが正面火力の高いタイサイに対しては、彼女のその行動は無謀に思えた。

 案の定、タイサイは身体の両側面から腕を生やし、迎撃準備を整えていた。このままでは、タイサイの攻撃の餌食となってしまうだろう。


 しかし、麗華は止まる事はなかった。

 何故なら、信じていたから。

 ――闇に潜む、相棒の存在を。


「腕は任せっぞ!」


 麗華がそう叫ぶと、タイサイの腕に対応するようにし、彼女の後方からタイサイの腕を凌ぐ大きさの漆黒の腕が顕現する。

 麗華を狙い、巨腕から繰り出されるタイサイの攻撃は、彼女を守るように伸びる闇の腕と、拳と拳でかち合った。

 そして、闇の拳は即座に形状を変え、肉の拳に螺旋状に絡み付き、拘束したのだった。


「今だ! 行け!」


 カリスタはどこからともなく声を張り上げ、麗華へ攻勢を促す。それを聞いた麗華は、脚部に鬼力を集中させ、更なる爆発的な加速を生み出す。


 ――タイサイにダメージを与える為には、攻撃を認識されてはならない。闇雲に攻撃を加えても、『肉体分離』からの『分体爆破』で手酷いカウンターに遭うからだ。

 詰まるところ、タイサイの肉を削るには攻撃を認識され『肉体分離』を発動する前に殴る必要がある。


 だが、そんな事は実質不可能と言えた。

 タイサイが知能に乏しい魔物なら兎も角、麗華とカリスタと同等の知力である。パイプ爆弾に似た代物を自分で考え生み出している事から鑑みるに、戦術に特化した知力の持ち主だ。

 そんな者が、真正面から突っ込んでくる脅威に何ら対策をしていないとは、とても考えられなかった。

 故に、策を講じる必要があったのだが――。

 

 ――麗華が導き出した解は、あまりにも端的であり、かつ合理的。


「『不殺の型』ァ!」


 不殺の型でタコ殴りにする。

 ただそれだけだった。

 防御力無視、それ故に肉体を傷付けない。

 肉体を傷付けないという事は……分離すらさせない、という事だ。


 脇構えから振り抜かれたクロムクラブ。

 細き棒身は風を切り、先端は音を置き去りにする程の速度でタイサイへ直撃した。

 タイサイの左半身に命中したその一撃は、文字通り重き肉の塊であるタイサイを転げ回させる程の威力だった。土煙を朦朦と上げながら、ボールのようにゴロゴロと転がって壁へと激突した。


 タイサイは大いに狼狽た。

 不可思議な気力により、分離が上手く機能せず、カウンターが出来ない。

 久しく受けなかった激痛の中、思考が歪む。

 しかし悠久を生きた積年の経験からか、混乱を起こす事はなかった。

 即座に持ち直し、次なる一手を打とうとする。

 カウンターが出来ないのであれば、こちらから攻めれば良い。

 動きが鈍い故、本来攻勢は不得手だが、タイサイには秘策が存在した。

 タイサイは身体を変形させ、かつて『模倣』で記憶したあるものを形作り出す。


 麗華は顔の辺りで土煙を払いながら、タイサイへと近付く。そして、直ぐにその肉体の変化に気づく。


 丸太のように太い脚。

 埋め込まれたかのような巨大な一つ目。

 そして夥しい数の腕。

 スケールこそ小さいが、確かにその姿形は完璧に『模倣』していた。

 見間違えるはずもなかった。

 地下迷宮下層をあてなく彷徨う、白痴なる絶対強者を。

 ――ヘカトンケイルだ。


 タイサイは反撃と言わんばかりに、背中の腕を総動員し、麗華へと攻撃を開始。無数の拳が麗華へと迫る。


「へぇ、魔物の真似も出来るのか」


 危機的状況にも関わらず、麗華は感心するような声を上げる。その表情には一片の焦燥も感じられず、余裕そのものであるように見えた。

 麗華は余裕――というよりも、どこか失望に近い口ぶりで言った。


「でもパクリはパクリ。そのものになった訳じゃないだろ?」


 目と鼻の先まで拳が肉薄してきたその時――闇の刃が目の前を一閃し、全ての腕を切り落とした。

 タイサイは腕を直ぐに再生し、再び殴りかかるも、結果は同じだった。


「模倣――確かに強い能力だよ。けど……お前はそれで良いのか?」


 ――一体いつ移動したのか。

 麗華は『不殺の型』を行使した上で、タイサイの認識から外れて後方へと回り込んでいた。

 そして居合の要領で一撃浴びせ、反撃を警戒し距離を取る。


「お前は賢い。んで強い。一度見ただけの盾だって速攻で実戦に活かした。そんな半端な事、やる必要ないんじゃないか?」


 麗華がそう言い放った瞬間だった。

 タイサイが、再び変形を開始した。


 ――この肉体では駄目だ。

 ――もっと強く、もっと適したものに。


 そうイメージしながら。

 その結果、タイサイは『模倣』した。

 他でもなく、自分に此処までの苦戦を強いさせている、目の前の人間を。

 宇多川 麗華を、模倣したのだ。


「――馬鹿だな、お前も」


 麗華は微かに笑みを浮かべると、手にしていたクロムクラブをその場に置いた。タイサイが自分を模倣し、打ち倒そうとしているのだ。対等な条件で望まなければ、フェアじゃない。


「カリスタ……手出し無用に頼む」

「はぁ、主も……大概に馬鹿だな」

「ふん、うっせぇ」

「これから馬鹿が増えると考えると末恐ろしいな」


 麗華はカリスタの小言をさらりと聞き流す。

 そして、指を鳴らしながらタイサイへ悠然と近付いた。


「コピーはオリジナルには一生勝てない。来いよ、相手してやる」


 フェアな条件で、真正面から打ち倒してこそ、相手の信念を叩き折る事が出来る。

 この場合、麗華を倒すべく麗華を模倣したタイサイに対し、麗華自身が身一つで立ち向かってこそであった。


「バッキバキに心へし折って平伏ひれふさせてやっからな」


 麗華は軽く腰を落とし、緩く構えた。

 力まず、しかし弛まず……麗華は両拳を握り締める。


 拳に纏うは、不殺の気力。

 脚に満ちるは、韋駄天の走力。

 五体に滾るは、鬼の意志。


 優しく、疾く、揺るぎなく。

 三つ揃いし奇跡の御業は、今此処に体現されていた。


 タイサイは臆した。

 己よりも力の劣る筈の人間が、これ程まで見事に気力を練り上げている様に。

 才能が故か、唯一能力ユニークに恵まれた故か、真相を突き止める術は無いが、ただただタイサイはそれを目の当たりにして痛感する。

 ――これは、自分が一生掛けても辿り着けぬ領域だ、と。


…………


 タイサイは紛れ無く、元人間である。

 生まれた時代は遥か遡り、数百年前か、数千年前かもしれない。そこはまだ戦火の猛りし乱世であった。

 当時、人間だったタイサイは、ひたぶるに強さを求めた。故郷の村では人一倍腕っ節が強く、その拳は鋼鉄のようだった。

 彼は成人して直ぐ兵士となり、拳だけで数多もの将を討ち取った。じきに名も広まるようになり、彼は世に名を馳せたのだ。拳一本で敵陣に単身乗り込み、悠々と将の首を捻じ切って帰ってくる。そんな戦い振りから、人々は彼を壊拳と呼び、畏れた。


 しかし、彼の生き方を変えたのは、ある大規模な戦がきっかけだった。大国同士の、謂わば天下分け目と言うべき大戦おおいくさだ。

 それは彼がこれまで経験した戦場とは、何もかもが異なっていた。

 一人一人の兵の士気。

 緻密に練られた策。

 将の練度。

 腕っ節が強いだけの男がたった一人居た程度で、戦況が大きく揺らぐはずがない。この戦場では、彼は淘汰される存在であった。


 しかし、彼は諦めなかった。

 己の力を信じてやまなかった。

 自分が最も強いと、そう信じていなければ、自我を保てなくなりそうだったから。

 だから、彼は何でもやった。

 奇襲。騙し討ち。死んだふり。毒盛り。夜襲。待ち伏せ。爆弾。火攻め。暗殺――。

 これまで戦場で見て、己が卑怯と揶揄して来たあらゆる兵法を“模倣”し、使用した。


 だがそのような戦い方は長く続かなかった。

 終末はいつでも唐突であり、また呆気ない。

 彼の最期は――味方の寝返りが原因であった。


 彼は憎んだ。己の力が及ばぬこの世を恨んだ。

 だが傲慢だった彼は、それでも自分の力を信じ続けた。

 己が負けたのは、世のせいだと。

 自分が存分に力を振るえないのは、世が悪いと。


 そんな利己的な思想故か、彼の精神と肉体は命を失っても尚、現世から消える事はなかった。

 怨恨、自尊心、未練――それらの思いが彼を現世に繋ぎ止め、悠久の時が流れた。


 そして、物言わぬ肉塊と化した身体で、彼は息を吹き返した。脆弱で、愚鈍で、非力な肉体だったが、彼には意志があった。己こそが天下無二の存在であると。

 周囲には、自分と同時期に命を落としたであろう元人間の肉塊が、ずるずると這いずり回っていた。

 彼は考えるより先に彼らを喰い殺しし、そして悟った。

 この身体は、殺せば殺す程、力を増す事に。

 そして身に宿る『模倣』の力。

 彼はそれを利用し、再起を誓った。

 たとえ妖に身を落とそうとも、いつか必ず――。


…………


 麗華の右の拳が、タイサイの頭部に炸裂する。

 タイサイは動く事はおろか、反応すら出来ていなかった。よく言えば、見惚れていたと言うべきか。

 タイサイは、人生で初めて己の敗北を認めた。

 下層の化物たちにも、ヘカトンケイルの常軌を逸した力にも、生涯を通して決して何者にも屈さなかった彼が、まともに打ち合えば自分よりも遥かに劣る麗華に敗北を認めたのだった。

 純粋な力の強弱ではなく、生物としての格が違う。

 タイサイは己の分際を悟り、甘受する。

 自らの未熟さと、愚かさを。


 ――儂の、負けよ。


 麗華は殴り飛ばされゆくタイサイより、とある思念を感知した。声に出した訳ではない故に言語とは言い難く、『全世界言語』は機能していない。

 ならばそのような言葉がそっくりそのまま思念として伝わっているのかといえば、そういう訳でもない。

 要は、言語外の意思を汲み取った、と言うべきか。


 それが意味するところは、彼女とタイサイとの間に一種の“繋がり”が芽生えたという事だ。

 実のところ、彼女がタイサイを仲間にすると宣言した段階で、『モンスター・テイム』は受動的に発動し、タイサイとの繋がりを求めていた。

 しかし、タイサイは揺るぎなき不敗の信念で、それを跳ね除けていたのだ。


 だが、麗華はその信念をも叩き伏せた。

 病的な自尊心から来る無敗の強者を。

 その結果、タイサイは『モンスター・テイム』による支配を受け入れたのだった。






 後に魔王軍は戦力を拡大し、世に知らぬ者は居ない存在になるのだが、この地下迷宮で麗華が仲間にした魔物は五柱オリジンズと呼ばれ、魔王軍を牽引する存在となる。

 だが実はこの五柱オリジンズ、タイサイ――改めリブロはカウントされていないのだ。それどころか、後世の魔王軍に関する文献を洗っても、リブロに関する記述は一切ない。

 何故、外見的な衝撃で言えばこれ以上ない程のリブロが、このように存在すら認知されていないのだろうか……?


 ――それもそのはずだろう。

 麗華はこの先、リブロを“装備”し続けるのだから……。

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