episode 17 よく見たら可愛い

 ――発動した能力は『分体爆破』。

 タイサイは波状攻撃の半ば、このまま防衛に努めてもジリ貧である事を察し、攻撃に乗じて『肉体分離』で自らの分体を周囲に意図的に撒き散らしていたのだ。

 そして自らの肉体が全て消し飛ばされてしまう前に、爆発を起こした。

 まさに、肉を切らせ骨を断つ戦術であった。


 爆発に巻き込まれた二人は、決して無視出来ぬ損傷を負った。特にカリスタは、爆風で大きく吹き飛ばされてしまい、受け身も取れないまま壁に身体を激突し、その場から立ち上がる事もままならないようだった。


「ぐ……ふっ……」


 内臓を傷付けたのか、口からは血が溢れ、全身には爪や歯のような物が無数に突き刺さっていた。そのダメージは、もはや戦闘の続行はおろか、逃走という選択を取るのも厳しく思えた。


 『分体爆破』は、火薬を用い引き起こすような爆発ではない。どちらかと言えば破裂に近かった。

 タイサイは周囲に散らした肉体に、『肉体再生』を使用して歯や爪、骨などの硬い部位を無秩序に再生。それを破裂させる事で、周囲に破片を撒き散らす、という攻撃だった。


「くっそっ……パイプ爆弾ってか……? 悪いカリスタ……私のミスだ」


 麗華は、破裂の前兆として膨張し始めた周囲の肉片に警戒し、『牙城の型』を発動していた。

 目などの重要部位が集中する頭部を守るように構え、型も使っていた事もあって、麗華自身の損傷は軽くはないが、最低限に抑えられた。

 しかし気が動転していたのか、広域に発動しておらず、カリスタを守る事が出来なかったのだ。

 麗華はすぐさま追撃に備え、『韋駄天』でカリスタの元へ走り、庇うように立ち塞がった。


「気に……するな……、ごふっ……」

「喋んな! 悪化する!」

「大丈……夫だ……。まだ……戦え……」

「良いから! そのまま寝てろ! 後は私がやる!」


 にじり寄るタイサイは、肉体をごぽごぽと泡立たせながら、『肉体分離』で切り離した分の身体を再生し始めていた。

 しかし最初の数撃分で散らされた分は再生出来ないらしく、結局元の大きさの三分の二程度で再生は終了した。


「他人からやられた分の再生は出来ないのか……?」


 そのことに麗華が気付くには、そう時を要さなかった。ならば、やる事は一つ。麗華はクロムクラブを構え言い放った。


「分離される前に片を付ければ良いって訳ね」


 結果から導き出される、至極単純な解決方法。

 一切の過程を無視し、己の戦闘勘のみを頼りにした、麗華のとっておきのだった。

 無論、そんな暴挙をカリスタが黙って見ている訳がなかった。


「主……前衛は……任せる、ぞ」

「おい! じっとしなって――」

「はっ……主、じゃないから、な。ごほっ。そう……無理は、しない……」


 カリスタはそう告げると、闇に身体を沈めていった。『潜影』を使い闇の中であれば、地上よりはマシに動けるだろうという算段だった。


「はぁ、分かったよカリスタ……全く誰に似たんだか」


 麗華は呼び止めに応じないカリスタに呆れながらも、今一度タイサイを視界に捉える。

 どうやら、触手を伸ばしてまた何かを作ろうとしていた。糸が紡がれ、縒り上げられるように作られたそれは、カリスタが先程放った闇の槍の形をしていた。


「へぇ、何でも作れるのか……お前、な」


 麗華はタイサイと対峙してから、初めて笑みを浮かべた。

 そんな彼女に構う事なく、タイサイはその槍を振りかぶって分離し、こちらに投擲してきたのだった。

 しかし、『韋駄天』を持つ麗華からしてみれば、その投擲の速度はあまりに緩慢すぎた。予備動作、そして肉の重み故に大した飛距離もないだろう。

 そうタカをくくり、身を翻し華麗に避ける。


「大したスピードじゃ――」


 ――回避したその瞬間、肉槍の表面に白い粒々が浮き出ている事に気付いた。それは紛れもなく、歯だった。


(まずい!)


 タイサイの狙いに気付いた麗華は、即座に『牙城の型』を発動。気力が巡り、麗華の身体は要塞の如き堅牢さを帯びた。

 しかしながら、堅牢なる要塞を打ち破るのは、いつの時代でも不変であった。

 そう、爆発物である。


「ぐっ……!?」


 タイサイの放った肉槍は、大量の歯の破片を撒き散らし大爆発を引き起こした。それらは『牙城の型』の防御すら貫通し、麗華の全身を穿つ。

 、全身から血を垂れ流し、もはや立っていることすら出来ぬ重症となったことだろう。


 しかし、麗華は立っていた。

 一滴足りとも血は流さずに。


「ふぅー、サンキューカリスタ」

「援護程度……なら、たとえ、この身が動かなくとも……」


 なんとカリスタが爆発の瞬間、麗華と肉槍との間に闇の壁を隆起させ、爆発による破片から麗華の身を守ったのだった。

 満身創痍の大怪我を負いながらも、カリスタは麗華を救ったのだ。


「頼むぞカリスタ。私の命は預けるからな」


 麗華はカリスタにそう告げると、『牙城の型』を解いた。。防御の一切をカリスタに任せて、防御を捨て去ったのだ。

 そんな彼女の愚かしくも華々しい決死の覚悟を受け取り、カリスタは頷き、ただ一言だけ言った。


「承知した」


 カリスタは闇へと潜り、またもや姿を消す。

 それを確認した麗華は、両腕で肩にクロムクラブを担ぎながら、『全世界言語』を行使しタイサイに語りかけた。


「喋れないっぽいけど、知力高いし、言葉は分かるもんだと思って、先に言っておく」


 そして麗華はタイサイに向け、衝撃の一言を発する。


「私はお前を、仲間にする」

「は? 正気か?」


 思わぬタイミングで思わぬ宣言をしてのけた麗華に、思わずカリスタが地面から顔を出して反応してしまった。


「私は本気。だって条件満たしてるじゃん?」

「――確かに……そうだが……まさか、気に入ったのか? これを?」

「よく見たら可愛いかなって」

「はぁ……勝手にしてくれ」


 カリスタは観念したように、闇に身を沈めた。

 そして肝心の麗華は満面の笑みを見せながら、クロムクラブをタイサイに向ける。


「んじゃ、そういう訳だから」


 その時、麗華の――否、一帯の空気が変化した。

 麗華の五体には赤色の稲妻が迸り、周囲に重苦しいまでのプレッシャーを撒き散らす。

 それは、際限なき鬼力の解放。

 よもや蜥蜴戦で垣間見せたものよりも、ずっと力が増していた。

 その原因は他でもなく、『小鬼』のレベルの上昇にある。唯一能力ユニークの成長とは、それ程の意味を成すのだ。

 麗華は放つ威容と裏腹に、驚く程澄み切った眼差しをタイサイに向けた。


「早めに落ちとくのが身の為だぞ……!」


 気の早い事に、既に名前もつけていた麗華であった。

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