episode 16 蠢ク肉塊
蜥蜴を殺したことで力を付けたといっても、麗華とカリスタはこの下層に於いて、まだまだ食物連鎖の下位であることには変わりはなかった。
ただ遭遇率の高いリーパー等の処理が出来るようになった事と、カリスタの『隠匿』の獲得が功を奏し、下層探索は当初に比べて格段に容易になったのだった。
それにより余裕が生まれ、本格的に仲間に引き入れる魔物の見極めに移る事ができるようになった。
求める仲間の条件は、大きく二つ。
一つは二人に無いものを持つ事。
効率良く獲物を狩るには、役割を分担する必要がある。麗華は戦闘に関しては、型を用いて攻めも守りもオールマイティに立ち回る事ができ、カリスタは自在な闇と作戦立案によって戦況を優位に働かせることができる。
現状これで上手く回っているが、より役割を細分化していき、個々の負担を減らしていくのが当面の目的であった。
そして最も重要な二つ目だが――それは麗華が気に入るかどうかだった。
そして今、彼女はとある場所に目を奪われていた。
「なぁ、あれなんだと思う?」
「崩落した壁に出来た――洞窟だな」
傑物同士での激しい戦闘でもあったのか、支柱が折れ瓦礫と化し、地面には大小様々なクレーターが
そんな派手に荒れ果てた一画のその先、上層に続くような通路とはまた違う、崩れたような大穴がぽかりとそこに空いていた。
「何かいそうだよな」
「十中八九ろくでもない奴だろうがな」
「ちょい覗かん?」
「はぁ……こうなったら止められない、か」
麗華の好奇心は、これ以上ないほど昂っていた。
意気揚々に麗華が歩みを進め、その後ろを全てを諦めたようにカリスタがとぼとぼとついていく。
「カリスタ元気出せよ。リーパーの巣だったら速攻潰すから」
「それはそれで嫌なんだが」
因みに、此処まででリーパーとの戦闘は五度に渡っている。対処は容易なものの、流石に何度ともなると嫌気が差してくる。
更に言えば二人のレベルがそれなりに高い事もあり、リーパーでは満足にレベルも上がらなくなってきている。仮に戦っても上がっても、格下故にボーナスが得られない。戦っても旨味が少ない故、あまり相手にしたくないというのが本音である。
「ま、それは見てのお楽しみという事で――お邪魔しま〜す」
麗華はさして臆する様子もなく、つかつかと洞窟内に潜入していく。カリスタは十全な警戒行動を取り、麗華と自分に術力が損耗しない程度で微かな闇を纏わせ続け、『隠匿』で察知されにくくした。
――洞窟は案外手狭で、数メートル歩いたところで既にもう行き止まりであった。
「なんだ、つまんねー」
麗華がそう落胆しつつ、踵を返そうとしたその時だった。
「――主ッ! 伏せろ!」
「えっ、なに!?」
カリスタの警告が麗華の耳に届く。
麗華は、訳もわからないままその場で身を屈めると、突如カリスタは洞窟の奥目掛けて走り出した。
「主ッ、牙城だ!」
「おっ、おう……ぐえっ!」
『牙城の型』の使用を促した後、麗華を踏み台にしてカリスタは飛び上がった。そして闇を前方に集中させ、巨大な円形の盾のような形状を作り上げる。
――洞窟の奥から、何者かの攻撃。
何となく事態を呑み込んだ麗華は『牙城の型』を広域に発動し、カリスタの防御能力も同時に高める。牙城の護りの気力は、カリスタの生成した闇の盾にも作用し、より頑強なものへと変じた。
そしてその直後、けたたましい衝撃音が響き渡った。闇の盾の陰でその姿は捉えられないが、何か、強力な存在の気配がビリビリと伝わってくる。
今の今まで、そんな気配は微塵も感じなかった。
その事から、恐らくあちらも隠密系能力の保有者なのであろう。
闇の盾の硬さは、もはやあのクロムダイルの硬化後すら凌駕していた。
――凌駕していた筈だった。
しかし現実は、徐々に亀裂が走り出し、今に限界を迎えようとしていた。
カリスタが追加の闇を供給し、亀裂を埋めようとするも、時既に遅し。闇の盾は打ち砕かれ、ついに謎の魔物の攻撃がカリスタに届こうとしていた。
――死。
思わず、その言葉がカリスタの脳裏を過ぎった。
そしてそれを覚悟した。
(強化された盾が砕かれるような一撃……終わった、か)
迫る正体不明の攻撃を前に、カリスタは回避行動が取れずにいた。今にその攻撃はカリスタの身に直撃せんとし、よもや絶対絶命に思われた。
……しかし、そんな窮地を超えてこそが、
「どけカリスタ! 『牙城の型』!」
身を屈めた体制から、『韋駄天』で無理やり持ち直した麗華がカリスタを突き飛ばした。そして広域で発動していた『牙城の型』を掛け直し、自らに集中させたのだった。
「掛かって来いやぁあ!」
麗華は、お淑やかさゼロの雄叫びを上げ、腕を交差し防御体制を取る。そして攻撃は麗華の腕に命中。
「ぐぅ……っ! これは泣くわ……」
歯を食い縛り、思わず弱音が漏れるほどの痛みに耐える麗華。とはいえ損傷は軽微で、骨すら折れておらず、なんとか戦闘には支障は出ない程度のダメージに抑えられた。
「す、すまない主……」
「礼は良いから早く立って……てか、それより」
「あぁ、魔物なのか……? あれは……?」
視線の先には、赤黒く蠢く――何か。
牛を丸々呑み込んでしまう程の大きさで、肉塊とも、内臓ともとれるその容貌は、非常に不気味で、息が詰まる程の恐怖を二人に与えた。
全身が心臓のように脈打ち、ずるずると這いずるようにこちらに近付いてきていた。
肉塊は体のあちこちから触手を伸ばし、それを縒り合わせて巨大な腕を形成している。どうやら、二人を襲った攻撃がこれらしい。
「なんなんだよ……こいつ……!」
麗華は恐怖に足を竦ませながらも、肉塊のステータスを開示する。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
【タイサイ Lv.76】
闘力:2161 魔力:2328 戦力:2177
体力:D 筋力:B 敏捷:F
気力:B 術力:C 知力:C
『肉体硬化:★★☆』『肉体伸縮:★★★』
『肉体再生:★★☆』『肉体形成:★★☆』
『模倣:★★★』『肉体分離:★★☆』
『集合:★★☆』『分体爆破:★☆☆』
『蠢ク肉塊:★★★☆☆』
『異袋:★★★』『隠密:★★☆』
『
解説:
現世への未練があまりに強く、腐ることなく悠久の時を経た屍肉が寄り集まり、魂が芽生えた魔物。生まれて間もない頃は非常に弱く、唯の肉塊だが、時を重ねる内に動き始め、いつしか人や動物を食い殺し始める。食った肉はそのままタイサイの血肉と化し、際限なく巨大化していく。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
ステータスを覗いた途端、麗華は顔を真っ青にして言った。
「知力が――私と同じだと……?」
目の前でうぞうぞと地を這う肉塊が、自らの知力と同等である事に驚きを隠せない麗華。
「いや、問題はそこじゃないだろう……次が来るぞ、構えろ」
カリスタは、蠢く肉塊――タイサイが巨腕を形成した事を確認すると、再び闇を手繰り寄せ盾を形作った。だが、先程と同じように正面から馬鹿正直に受け止めようとすれば、同様の結果で終わってしまうだろう。
そこでカリスタは一計を講じることにした。
「主、合わせて動けるか」
「合わせるったって……はぁ、成る程ね。了解」
麗華は、カリスタの意図を汲んだ素振りを見せると――姿を消した。
カリスタは闇の盾を前面に構え、タイサイに向かって突撃した。タイサイは再び盾を打ち砕かんと、巨腕をしならせ迎撃する。
――盾と腕が接触し、再度衝撃音が鳴り響く。
その瞬間、カリスタは『潜影』で闇に溶け込み、瞬時にタイサイの後方へ回り込んだ。
立て続けに闇で四つの爪を作り出し、『死爪』を発動。斬撃と化した爪は、空気を切り裂きタイサイへと迫る。
しかし、タイサイはそれを防いだ。
「『模倣』……か」
円状に広がる肉に爪が突き刺さり、微かに血飛沫が上がる。タイサイは肉体を変形し、カリスタの闇の盾を模倣していたのだ。
しかし、既にカリスタはタイサイの『模倣』所持を確認した段階で、その行動は予測済みであった。
「掛かったな」
カリスタはそう告げると、闇を纏い、姿を眩ます――そしてここからが、カリスタの真なる策謀の始まりであった。
「はぁっ!」
突如、暗闇より麗華が姿を現した。
大上段に構えられたクロムクラブには、不殺の気力が満ちている。
既に攻撃範囲内にあるタイサイは、即座に肉を変形させ対応。先程の応用で小型の盾を形成するも、麗華が使用する気力は防御貫通の『不殺の型』であった。
いくら防御を固めても自身の肉体である事には変わりはない。振るわれた不殺の一撃は、硬化させた盾の防御をも貫き、タイサイにダメージを与えることに成功した。
タイサイが激痛に身体をのたうち回らせている間に、麗華は距離を取る。するとまたしても忽然と姿を消した。
闇を身体に纏わせている訳ではない。では、何故姿が消えるのか。
答えは、至って単純であった。
「痛がっている暇はないぞ」
今度は、カリスタが闇から姿を現す。
そして『黒死毒』を含ませた闇の槍でタイサイを穿ち、またもや闇に溶け込む。
かと思えば、麗華が現れ逆方向から攻撃を加える。
――これこそが、カリスタの戦術。
『隠匿』を交互に用いた、絶え間無き波状攻撃。
強力な遠隔攻撃を有する反面、攻撃に幾つかの工程を挟まねばならないタイサイに対し、これは非常に有効な策だった。
次の攻撃の準備をする前に、それを潰し続ける。『隠匿』で姿をその都度隠す為、次なる攻撃の予測が難しい。
更に、通常は戦闘中に『隠匿』を使おうものなら、ものの数秒しか効力は無い。だがカリスタは同時にではなく交互に使用する事で、タイサイの注意を未使用者側に傾け続け、半永久的な不可避なる波状攻撃を生み出したのだ。
――辺り一面に、タイサイの肉片が削られ、飛散し続ける。今や当初の体積の三分の一程しか残っていなかった。
「うっし! このまま削り切――」
もう少し早く気付ければ、結果は違ったかもしれない。途中から肉の削れていく量が明らかに多くなっていた事に。
――刹那、洞窟内に大爆発が起きた。
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