episode 15 下層、調伏開始。
「くっそっ……何だよ急に……頭痛ぇ……」
全身の激痛がある程度落ち着き、麗華は未だ痛みに疼く頭を押さえながら身体を起こした。
周囲にはオリジンカオスベノムの瘴気が残っており、近付く魔物の気配は今のところは無い。
クロムクラブを杖代わりに突き、何とか立ち上がると、痛みとは裏腹に妙に体が軽い事に気付いた。
「レベルが上がったから、か」
レベルアップの恩恵は、凄まじいものだった。
レベルとは、ただ上げれば良いものではない。どう上げるかにより、その後の成長度合いや得る能力もまた異なる。
この場合、
――そしてこれは麗華らは存ぜぬ話だが、格上の存在の打破はレベルアップの際、ステータス上昇にボーナスが生じる。それに重ね、制限解放による一度のレベルアップ上限が解放されたことによって更なる乗算が加わり、多大なボーナスを得ている状態での大幅なレベルアップが発生していたのである。
麗華は半身を起こすや否や、近くに転がっていたクロムクラブをいそいそと掴み取った。無骨ながらも、これはカリスタからの贈り物である。彼女は
「む、主。起きたか」
声の元に振り返れば、先に目覚めていたカリスタが蜥蜴の解体をしていた。
「起きたって……私寝てた?」
「それはもうぐっすり、な。ほら、血抜きはしてある。食っておけ」
そう言ってカリスタは、蜥蜴の肉を麗華に放った。麗華はそれを何とか掴み、怪訝そうな顔つきで蜥蜴肉を凝視する。血抜きはしてあるとは言っているが、肉はあからさまに紫色をしていた。
「まぁ爬虫類だしワニと変わらんか」
最初は気味悪がったものだが、腹も空いていたこともあり諦めたように噛り付く。
歯応えは柔らかめ。ジューシーなささみ肉といったような印象だった。ただ味は――。
「げっほ!? 辛ぇ!?」
「まぁ普通だったら即死必至の肉だからな」
あくまでも血抜きは簡易的なものだったため、完全には抜き切っていなかった。蜥蜴の血は致死級の毒が含まれており、その刺激の強さは並外れている。それは、味覚に警鐘を鳴らす程の刺激で、山葵や唐辛子とも違う、えぐ味の混ざった思わず拒否反応を示してしまうような酷い味であった。
「辛いの苦手なのぉ、うげぇ……」
「そんなにか? 結構いけるぞ」
「ねぇ馬鹿? 馬鹿舌なの?」
鼠と人間では舌の構造が根本的に違うのか、それともカリスタがこの類いのゲテモノを得手としているのかは定かではないが、とにかくカリスタは蜥蜴肉を中々の勢いでぱくついていた。
「ごめん……なんか食欲失せた……」
麗華は酷く
「これで魔物毒殺できんじゃね?」
「成る程な。ところでどうやって食わせるんだ」
「カリスタが頑張る」
「しばいたろか」
麗華の申し出は一瞬で却下された。
一見有効そうな作戦だが、食わせるにはまず懐にまで近付かねばならない。当然、そんな隙は無い。
気色の悪い紫色の肉を片手に、スキップしながら笑顔でお肉をデリバリーお届けしようものなら、逆に肉にされるのがオチである。
「良いと思ったんだけどなぁ」
「……主の提言にしては、良い線を行っていたがな」
そうカリスタは褒めているのか貶しているのか良く分からない言葉を口にしながら、麗華が手にしていた肉片を、闇をひょいと伸ばして掴み取った。そのまま口に運ぶと、瞬く間に咀嚼し平らげた。
「げふっ、結構うまかった」
「……マジで言ってる?」
「リザードクロウの死骸よか全然マシだ。元々硬くて喰えたものじゃないのに、その上蛆まで湧いて――」
「ごめん、私が悪かった。だからもうやめて」
カリスタの精神攻撃に嫌気が差した麗華は、それを制止した後、クロムクラブを肩に担ぐ。
「と、そうゆっくりしてられないな。ほら、瘴気が晴れてきた。ぼちぼち場所を移そう、カリスタ」
「――ふっ、板に付いてきたな」
「まぁな、お陰様で」
晴れゆく毒の瘴気の中、二人は行動を開始した。
その足取りは、蜥蜴戦の前の様な怖気に満ちたものではなかった。それは、強敵を打ち破った自信か、それとも超成長を成した故なのか。
どちらにせよ、下層の魔物相手にある程度は渡り合える実力は付いたと言えよう。
――カリスタは、一人思う。
今日、この時を以って、下層のパワーバランスに揺らぎが生じた、と。
今はまだ小さな揺らぎかもしれない。
上層からのお登りが、まぐれで魔物を殺しただけでは、修羅に身を置く下層の化物は何も気にしないだろう。
しかし、微かな波の揺らぎは伝播し、いつしか大海を揺るがす津波と化す。その力が我が主……麗華にはある。
主の持つ『モンスター・テイム』が猛威を振るうのは、ここからだ。
…………
カリスタの新たに獲得した能力、『隠匿』の効力は目を見張るものがあった。特に度を超えた追跡能力に、今まで散々苦渋を呑まされ続けていたリーパーには非常に有効で、明らかに遭遇率が激減したのだ。
それでも、不意に出くわしてしまう場合がある。
だが、既にリーパーごとき、恐るるに足らない存在であった。
――ケカカカカ……。
「来いよ死神ストーカー、相手してやる」
リーパーは骨と骨をぶつけるような不気味な笑いを見せて大鎌を振りかぶり、滑空しながら麗華に迫る。その様子に、麗華は何ら物怖じする様子も見せず、特に構えをとる事なく凜然と立つ。
「――『牙城の型』」
型を発動。
そして右手を前に出し、掌を広げた。
同時に、大鎌が麗華を切り裂かんと迫る。
麗華は身に迫る大鎌から、一瞬たりとも目を離していなかった。毅然と見据えた鎌の軌道は、麗華の手の位置に吸い込まれるように振られ――金属音が鳴り響いた。
「脆い鎌。そろそろ替え時じゃない?」
なんと、鎌の先端は麗華の手中に握られ、またリーパーはそこから鎌を動かせずにいたのだった。
麗華はそのまま右腕に気力を籠めていき、握力を次第に高めていく。鎌の刃に指が食い込んでいくが、『牙城の型』を発動した彼女の手からは血の滴は一滴たりとも流れていなかった。
「ほら言ったでしょ脆いって」
麗華がそう告げると、ぴきりと鎌に
――カカ……カ……。
リーパーは震える腕で、無理に鎌を引いた。
だがその行動は悪手であり、結果的にそれがリーパーにとって、悲劇の引き金となってしまった。
――そう、大鎌の凶刃が、砕け散ったのだ。
「なんか、本格的に人間辞めた気分」
麗華は予想以上の自身の変化に憎からず思う気持ちを溢し、左手に携えていたクロムクラブに気力を纏わす。
対して鎌を失ったリーパーは、たちまち戦意を萎縮させ、狼狽えながら逃走を図ろうとしていた。
彼女はクロムクラブを右手に持ち替え、腰を落として構えた。それは、居合の構えそのものであった。
「……『韋駄天』」
直後、新たに得た能力『韋駄天』を行使。
即座に爆発的な加速をし、距離を取ろうとするリーパーに肉薄した。
「お前、失格な」
底冷えするような、冷徹な宣告。
そして斬り払うように繰り出された『操棒術』の一撃は、リーパーの
バキバキと音を立てて、砕け散った骨片が宙を舞い、浮遊していたリーパーはダメージによって地に落ちたのだった。
――カ……カカ……カ……。
何かを訴えるように、もしくは命乞いをするようにリーパーは手を伸ばすが、麗華は興味を失ったように視線を移した。
「カリスター、こいつダメ。やっちゃっていいや」
「承知した」
突如、リーパーの付近の地面から、漆黒の円柱が隆起する。それはぐにゃぐにゃと形状を変えていき、巨大な槌のようになった。
それは、無慈悲にもリーパーに振り下ろされ、恨めしげな絶叫と共に、外套だけを残して塵に帰したのだった。
「ダメだなリーパー。てんで気合い入ってないわ」
「選り好みはするなとは言いたいが――まぁ武器が壊れた程度であれほど臆病になるとはな。今回は主の判断が正しい」
麗華とカリスタは、失望が隠せない様子でリーパーの残骸を見つめていた。
しかし、これではっきりしたことがある。
「――まぁ、もう敵じゃないな」
「あぁ、機動力だけで、鎌さえ封じれば膂力も防御面も大したことない」
最早、リーパーは驚異ですらなかった。
確かに戦力は千を超えているが、それは所持する鎌の攻撃力、浮遊時の機動力、そして追跡・索敵能力を評価されての事だろう。
『牙城の型』の防御能力によって、鎌を克服した今、対リーパーは既に克服したと言えた。
「焦らずとも、下層には腐るほど魔物がいる。主の御目にかなう魔物も居るだろう」
「御目にかなう、ねぇ。今のところカリスタしかかなってないや」
「それはそれで、俺としては嬉しい事なんだがな」
麗華とカリスタは白い歯を見せ、笑い合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます