episode 14 闇と毒

 麗華は全身に気力を滾らせた。

 毒の完全無効化を持つ麗華にとっては、純粋な闘力が50ちょっとのオリジン・カオスベノムなど、敵ではなかった。

 故に発動したのは、守りを捨て去る殺傷特化の『皆殺の型』。下層にて存分に暴れられなかった鬱憤を晴らすかの如く、ありったけの気力を放出していた。


 カリスタもまた同様であった。

 周囲の闇を手繰り寄せ、緻密に編んでいくように形を形成。創造したのは、禍々しくもある闇の大爪である。

 更にカリスタは試験的に、その大爪に新たに獲得した能力、『死爪』を発動させた。

 目論見は成功し、実際の爪としてカウントされた闇の爪は、更に禍々しく、吐き気を催すような恐ろしき姿形へと変貌したのだった。


「一応だが――注意はしておけ」

「一応、な」


 二人はそうやり取りを交わした瞬間、標的へ向け走り出した。


 ――能力から見るに、毒に関する能力しかない事は明らかだが、万が一がある。その事は念頭に置いておいた筈だった。


 だがしかし、下層の住人は、ただでは倒れないからこそ、下層にて生き残り続けるのである。


「侮るな、下賤の者共」


 蜥蜴が口を開く。

 口内で紫色の何かが燻る。

 そしてその直後、口内にて分泌させた『毒液』を、『射出』によって吐き出してきた。

 麗華らに毒は効かない。

 だがしかし、問題はそこではなかった。


 ――刹那、吐き出された毒液の球は凄まじいスピードで射出。一発は麗華へと、続けざまにカリスタへと連射した。二発続けての射出だったが狙いは正確で、寸分違わず二人を照準に捉えていた。

 完全なる突撃の体勢を取っていた麗華は回避もままならぬまま命中し、あまりの衝撃に大きく弾き飛ばされたのだった。


「く……痛ぅっ……!」

「だから言ったろう、一応気を付けろと」


 カリスタは持ち前の身体の小ささと身軽さで、側面方向へと身を翻し、毒弾を躱した。

 彼は小回りが効くため、何とか紙一重での回避が出来たが、振り返って毒弾が命中した箇所を確認すると、地面が軽く抉られていた。そこから察するに麗華に受けるダメージは相当なものだったろう。


「こういう時の牙城なんだろうけど、やっぱ咄嗟には難しいな――あぁ痛ぇ……」


 麗華は命中した腹部を押さえ、再びカリスタを追うように、もつれる足を何とか誤魔化しつつ歩き出した。


 一方、一時的に鼠と蜥蜴の一騎討ちになったこの場は、無数に発射される毒弾を、カリスタが『潜影』と『闇鼠』を用い、予測不能の動きで撹乱しながら避け続けるという戦いが繰り広げられていた。


「また避けるか、矮小なる半端鼠め」

「ふっ、お前も小さいだろう。口ばかり動かさず黙って当ててみたらどうだ」


 カリスタは闇を纏い、姿を眩ます。

 高速での戦闘中であり闇が直ぐに散ってしまう為、効果は一瞬だが、その一瞬の時を用いて『潜影』し、その場から完全に姿を消した。


「小癪な――姿を現せ!」


 蜥蜴は毒弾を乱れ打ちし、虱潰しにカリスタの所在を探る。しかし、そんな事をしている間に、カリスタの創造した闇の大爪が蜥蜴の眼前に迫る。


「ふん、見え透いた攻撃だな。当たるか下郎が」


 蜥蜴は即応した。

 『纏毒』を発動して四肢に毒液を纏い、身体の側面から『毒之瘴気』を猛烈な勢いで放出させる。

 すると蜥蜴は『纏毒』の毒液を潤滑油に、そして瘴気の放出を動力とし、まるで滑走するように迫る大爪を回避した。


「いい動きだ。だが本命はこっちだ」


 突如、カリスタが闇の中から飛び上がる。

 その位置は丁度蜥蜴が回避し、停止した位置の真下であった。一手先を常に読みながら行動し、策を何重にも張り巡らせる事を得手とするカリスタだからこそ、為せる業であった。

 カリスタは牙に闇を仕込み、真下から『噛みつき』を繰り出した。このような意識外からの攻撃には、流石の蜥蜴も回避は不能。

 そのままカリスタの牙の餌食となり、カリスタの闇からの飛び上がりと共に天高く打ち上げられた。


「くっ、離せ! 無礼者がぁ!」


 しかし、体格にそこまでの開きが無かったためか、『ジャイアント・キリング』の恩恵はそこまで得る事が出来なかった。『噛みつき』の威力はそう上がらず、微かに血を滲ませるだけに終わった。

 だが、カリスタはこの一手で仕留める気など更々なかった。既に取る行動は決まっている。それは、次なる一手を決定打とする為の、布石打ちである。


 カリスタは蜥蜴の肉体に噛み付いたまま、闇で蜥蜴と自らの身体を縛り、瘴気を放出しても逃れられぬよう固定させた。

 やがて、高く空中に打ち上がったものは必然的に落下する。その際、カリスタはすかさず蜥蜴の全身に纏わせた闇を数本伸ばし、杭のような形を形成。そして自分は離脱し、それを地面へと打ち付けることで、毒を纏おうとも瘴気を撒き散らそうとも抜け出せない、完全な捕縛を成功させたのだ。


「これで身動きは取れまい」

「大丈夫かカリスタ――ってもう終わってる……」


 麗華が遅れてやって来た頃には、既に勝敗は決していた。またしてもクロムクラブの出番がなかった事に落胆を隠せない麗華だったが、結果的にカリスタはそんな彼女の為にお誂え向きのサンドバッグを用意したのだった。


「主よ、術力が底を尽きそうだ。とどめは任せるぞ」

「おっ、さっきの鰐と逆だな」


 彼女は全身を拘束され、すっかり項垂れた様子の蜥蜴に、これ以上無いほど下品な笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄った。

 全身に纏った気力からは殺意を感じる――皆殺であった。


 そんな彼女に、蜥蜴は恐怖した。

 遠い昔、この地下迷宮の下層に迷い込み、下層を滅茶苦茶に荒らし回った、鬼を思い出したのだ。

 彼女の放つ気力――それは、あまりにもそれに酷似していた。そして蜥蜴はかの鬼になぞらえて、麗華の事をこう形容した。


「くっ、それ以上近付くな、醜女しこめが!」

「あ"?」


 ――麗華は、キレた。

 要するに、彼女はブスと言われ――否、正確には蜥蜴のニュアンスではそういった意味ではない。しかし時として言葉の綾というのは恐ろしいもので、麗華の逆鱗に触れてしまう事もあるようだった。


「こっちはなぁ、これで結構見かけに気ぃ使ってんだよ……」

「なっ、何だこいつ――更に気配が……っ!?」


 狂濤せし鬼力は、憤怒によって濁流と化す。

 全身から無秩序に紫電を撒き散らし、踏み出す一歩は地を砕く。


「こんな場所に飛ばされて、ろくに身体も洗えないし、化粧できないし、髪だってボサボサだし……お前に分かるかクソトカゲ!」


 クロムクラブの先端にまで行き渡った気力。

 それが今、麗華の心から湧き上がる叫びと共に、痛烈無比の一撃となって解き放たれる。


「あぁぁぁぁ!! 風呂入りてぇぇぇぇ!!」


 ――一閃。

 その横薙ぎは、最早ただの棒が放てる威力ではなかった。蜥蜴の頭部と胴体を、綺麗に真っ二つに叩き斬ったのである。切り口は鮮やかで、事を存ぜぬ者が見れば、相当な業物で成したのだろうと判断しかねない程であった。


 頭部を失った蜥蜴の胴体は、大量の血を首からどくどくと流しながら暫しもだえていたが、すぐに力を失ったようにして絶命したのだった。


 全ての片がついた。

 だが、ここからであった。

 かの毒蜥蜴、オリジン・カオスベノムの死を受け、二人のステータスは急成長したのだ。だがそれ故に身を焦がす程の高熱のような錯覚が二人を襲い、肉体に猛烈な負荷を掛けた。


「ぐぁっ!?」

「カ、カリス――きゃあぁぁ……っ!」


 怒濤の勢いで、ステータスやら何やらがレベルアップした情報が、次々と表示されては消えていく。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 レベルが一定に達しました。


個体【宇多川 麗華】が

能力:『操棒術』『韋駄天』


 以上を獲得しました。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 熟練度が規定以上に達しました。


個体【カリスタ】は

能力『隠密』『噛みつき』を失い

新たに『隠匿』『死喰み』を得ました。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 総戦力が一定に達しました。

 魔王軍のレベルが上昇します。


【魔王軍 Lv.3】

 総戦力値:3218

 恩恵:『支配者』『魔王之御旗』

    『アンリミテッド・ブースト』


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


【宇多川 麗華 人間 Lv.42】

闘力:1571 魔力:784 戦力:1732


体力:C 筋力:B 敏捷:C

気力:C 術力:− 知力:C


『皆殺の型:★☆☆』『不殺の型:★☆☆』

『軍団統率:☆☆☆』『調教:★☆☆』

『モンスター・テイム:☆☆☆☆☆』

『全世界言語:★☆☆』『小鬼:★★☆☆☆』

『牙城の型:☆☆☆』『操棒術:☆☆☆』

『韋駄天:☆☆☆』『魔王之御使:---』


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


【カリスタ 黒死 Lv.31】

闘力:121 魔力:1562 戦力:1480


体力:D 筋力:E 俊敏:C

気力:D 術力:B 知力:C


『不屈のこころ:★★★☆☆』

『狂戦士化:★★☆』『死喰み:☆☆☆』

『ジャイアント・キリング:★★★★☆』

『隠匿:☆☆☆』『暗視:★★☆』

『潜影:★☆☆』『闇鼠:★★☆☆☆』

『死爪:★☆☆』『黒死毒:★☆☆☆☆』

『矮躯なる者:---』


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


『操棒術』:

棒を武器として操る事に長ける者が持つ能力。熟練度上昇により、棒を武器とした際の殺傷力が上昇し、扱いも精妙になる。


『韋駄天』:

目にも止まらぬ速度で地を駆ける。気力を使用し爆発的に速度を高めるが、恒常的な敏捷上昇効果もある。また身体に負荷を掛けるため、体力を大きく消耗する。


『隠匿』:

外敵から身を隠す事に長け、それを極めた者が得る。自分は無論、他者や物品を隠す事が可能になる。


『死喰み』:

死を齎す歯牙を以て噛み砕く。闘力に劣る者に対し、即死効果を持つ。


『魔王之御旗』:

魔王軍に名を連ねる者が掲げる不可視の御旗。魔王の名の下に、その者の安寧と繁栄が約束され、唯一能力ユニークや種族の進化に大いに影響を齎す。


『アンリミテッド・ブースト』:

魔王軍に与えられる際限無き力の奔流。レベルアップ時のステータス上昇にボーナスが与えられ、また、種族によるステータス値の限界をも突破する。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 跳ね上がるステータス。

 新たに獲得せし能力。

 そして、戦力を増していく魔王軍。


 自らの肉体が、内側から一瞬にして変容していく。二人は堪え難い苦痛に嗚咽し、呻吟する。


 だが、この結果は必然と言えた。

 通常、生物というのは段階を踏んで力をつけていく。それは強大な魔物の蔓延る地下迷宮とて同じで、何事にも順序というものがある。

 蛆が幾ら身を捩ろうと蝿を殺せぬように、物事には道理というものがあった。


 しかし、道理、筋道、理屈、辻褄――それら全てを無視する羽目になったのは、他でもなく、あれの仕業であった。


 麗華の持つ『魔王之御使』。

 詳細は明らかではない、謎の能力。

 カリスタの勘によってその一部の力は判明したが、それでもまだ全てを暴いた訳ではなかった。


 これは複数の能力が複合し、一つの能力となっているもので、魔王を自称する超常なる者からの恩寵ギフトであると言えた。


 そして、数ある能力の中の一つ。それこそが、今回の要因となった。


 ――それこそが、制限解放。

 通常ではまず起こり得ないが、普通は圧倒的格下が格上を殺めた際の成長に、ある程度のセーブが掛かるはずだった。あまりの肉体の変化に、その身を滅ぼす危険性があるからだ。


 しかし魔王を名乗る何者かが、彼女らに干渉し、そのセーブを解放したのだ。まるで、より早く成長する事を促すように――。


 魔王は、何が目的なのか。

 魔王とは、何なのか。

 何故干渉するのか。

 何故軍を作らせようとしているのか。


 ――何故、麗華とカリスタは、この現状に対し疑問を抱かないのか?


 麗華が真実に辿り着くのは、当分先の話である。

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