episode 13 魔境の洗礼と絶好のカモ
ヘカトンケイルは確実にこちらを認識しているように見えたが、どうやら二人を獲物とすら見做していないようであった。
暫し麗華らを睨め付けたものの、すぐに興味を失ったようで、鈍重な足取りで何処かへ行ってしまった。
「とまぁ、下層とはこんな場所だ。でも安心しろ。あれ程の奴はそうそう居ない。なんなら、今の我々にとってはあれとの共生も視野に入れていいだろう」
「共生? どゆこと?」
「主も見たろう。あいつは俺たちを襲わない。煩わすようであればその限りではないが、もし仮に俺たちが太刀打ち出来ない相手と相対する羽目になったら、奴にぶつければ良い」
それは、カリスタが
「――なるほどね。じゃあ常にあのデカブツの動向は把握しとかないとな。あんだけデカけりゃ見つけるのも苦労しなそうだし」
麗華はクロムクラブを手許で玩弄しつつ、去り行く巨人の背を見据えながら言った。
「で、非常事態の対処法が固まったところで……これからどうするよカリスタ。あれこれ考えんのは任せるからな」
それは一片の曇りすらない、八面玲瓏なる、清々しいまでの自信に満ち溢れた、ただの他力本願宣言であった。
カリスタはそれを受け、露骨に呆れながら言う。
「はぁ……今しがた言った通り、とにかく二人のままでは幾ら鍛えようと数で押し負ける。当面は主の能力で仲間を増やし、総合的な戦力を上げていく所から始める方が良いだろう」
「仲間、かぁ。気に入った奴がいればなぁ」
「裁量は任せる。戦力の高いものが望ましいがな」
差し当たっての目的は、戦力の増大である。
戦力とは、文字通りその者の持つ戦力を表し、闘力や魔力とはまた異なる。例えば魔力だけ異様に高かろうと、それを有効的に活用する能力が無かったり、闘力があまりにも貧弱だったりする場合、必然的に戦力は下がる。
逆に闘力も魔力も大した数字ではなくとも、強力な能力を所有している場合は、戦力が跳ね上がったりするケースもある。
これには
麗華が上層で遭遇した時点での戦力は4000強。
そこから更に手勢を広げて、その配下のレベル上げも行なっていると考えると、現在の
故にレベルを上げるのも重要だが、まともに
「じゃ、ぼちぼち行こか」
そうして、二人は歩き出した。
魑魅魍魎の蔓延る地下迷宮の下層へと――。
――五分後、二人は大鎌を携え浮遊する、外套を纏った骸骨に追いかけ回され、その結果、上層へと続く道を見失ったのだった。
…………
「はぁっ……! はぁっ……! なんなんだよあいつ! 超しつこいんだけど! 死ぬかと思ったわ!」
「あ、あれは洒落にならん。近場にヘカトンケイルいて助かったな……」
そんな憔悴し切った二人の現在地は、かの巨神ヘカトンケイルの足元である。
二人は浮遊する骸骨――名は【リーパー】という――に追われ、一心不乱にヘカトンケイルの元へ逃げ込んだ。
緊急時だった為に詳細な能力の確認はできなかったが、カリスタ曰く戦力は千をゆうに超えていたらしい。
事のあらましはこうだ。
リーパーは大鎌を振りかぶり二人を急襲。
武器を新調しテンションが上がっていた麗華がつい応戦してしまい、交戦に。
ただあまりの実力差に全く歯が立たず、あえなく逃亡――のはずが、リーパーは死神らしく驚異の執念深さを見せ、自慢の大鎌を振り回しながら追いかけ回してきたのだった。
そこで麗華はヘカトンケイルの事を思い出し、姿を消したであろう方角に逃走した。その甲斐あってか、かの大巨人を発見し、今に至るのであった。
「にしてもマジ強ぇなこいつ!」
「流石に約十万、といったところだな」
「やばい。こいつの足元安心感が違いすぎる」
麗華らが手も足も出なかったリーパーだったが、ヘカトンケイルの前では赤子も同然。
音速に届くような超速度で、派手にソニックブームを撒き散らしながら数ある腕の一本を伸ばすと、リーパーは一瞬にして粉微塵に消し飛んだのだった。
その分爆風も手酷く、麗華らも纏めて吹き飛ばされたのだが。
「だが主、そう長居は出来ん。この巨人を煩わせば、それこそ一巻の終わりだ。とっとと離れるぞ」
「わ、分かった」
ヘカトンケイルに睨まれる前に、二人はその場を立ち去る。カリスタはそそくさと『潜影』で逃げたのだが、麗華は気持ちが伝わるかどうかは不明だが、感謝の意を込めた一礼をヘカトンケイルへしてからその場を去った。
――その際、ヘカトンケイルが麗華を不思議そうに見つめていたのは、誰も知らない。
下層への道をロストした二人はあてもなく下層を彷徨った。うろつく凶悪な魔物から身を隠しながら、こそこそと移動を繰り返す。
下層は凄まじい面積を誇っており、とてもではないが上層とは比較にすらならない大きさであった。
その中の生物にも、場所ごとに強弱の区分けのようなものがある。今二人が隠密行動をとっている箇所は、ヘカトンケイルのような規格外の怪物が闊歩していることから分かる通り、下層の中でもトップクラスの危険地帯なのだが、無論そんな事は彼女らは知る由もない。
二人は周囲に魔物の気配がないことを確認してから、暫し腰を落ち着けることにした。
「カリスタ、聞いてた話と違うんだけど? 仲間集めどころか、ろくにレベル上げも出来んくらい強いのしかいないんだけど? そこんとこどないなっとんの?」
「戦力だけでも
「聞いてるー?」
カリスタが放心状態に陥るのも無理はない。
遭遇した魔物はどれも大災害クラスの化物で、リーパーの進化体であろう【ハデス】を始め、中層から流れてきた生き残りが力を付けた巨大なゴキブリ【ヴァリアント・ビッグローチ】。そしてそれをさも当然のように捕食する、巨大な赤ん坊の頭部に蜘蛛の脚が生えた【アカゴ】。
そのどれもが戦力五千オーバーで、互いに凌ぎを削り合っているのだった。
正に地獄絵図であり、間違いなく戦力百ちょっとの麗華たちが足を踏み入れるような場所ではなかった。
「今からでも上層の道、探さん?」
「待て、今からいっても
「その前にこいつらに狩られるだろ!」
「お、おい、そんな大きな声を出したら――……って、あっ……」
カリスタの目の前に姿を現したのは、カリスタよりも一回り大きい程度の、蜥蜴のような魔物。
気付けば周囲は既に紫色の煙に満たされており、その発生源はその蜥蜴からであった。
「こ、こいつは……!?」
麗華はカリスタの視線の先を辿り、蜥蜴の魔物を視界に捉えた。それと時を同じくして、周囲にて異変が発生している事に気付く。
「死んでる――のか?」
他にも接近してきていた、猿型の魔物がいたのだが、蜥蜴の発していたこの紫の煙に近付いた瞬間、明らかな衰弱を見せ、泡を吹いて倒れてしまったのだ。
よってこの煙の正体は想像に易く、端的に言ってしまえば毒であった。
それはかすかに首を傾げながら、こちらの事を円らな瞳で見据えていた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
【オリジン・カオスベノム Lv.61】
闘力:56 魔力:4161 戦力:4628
体力:D 筋力:D 俊敏:B
気力:B 魔力:A 知力:C
『微毒:★★★』『解毒:★☆☆』
『毒液:★★★』『劇毒:★★★』
『魔毒:★☆☆』『毒之瘴気:★★★★☆』
『原初之毒:★★★★★』『混沌毒:★★☆』
『射出:★★★』『猛毒:★★☆』
『纏毒:★★★』『真眼:★★★』
『ポイズン・マスター:★★★★☆』
解説:
毒を操る事に長けた蜥蜴型の魔物が、その他の能力全てを毒に捧げる、代償進化をする事で至った、毒に特化した魔物。世界で最初に生まれし原初にして最強の毒を操る事が可能。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「きゅっきゅっ」
何とも可愛げのある鳴き声だが、その能力は全く笑えないほど凶悪であった。ついでに言うと、咄嗟に『全世界言語』を発動させた麗華の耳には、その声はこう聞こえていた。
「クハハハッ! 脆弱な馬鹿どもめが! 既にこの地は私の瘴気で満たされている! 絶望と苦しみの中で野垂れ死――」
「やめてくれ、悲しくなる」
――何か色々と他のことで絶望した麗華が聞き取ったのはここまでだった。
二人はオリジン・カオスベノムの保有する戦力に身構えた、が、程なくして、良く考えてみれば恐るるに相手ではない事に気付いた。
「――てか私毒無効じゃね?」
「そういえばそうだな。俺も黒死への進化で、ある程度の耐性はあるようだしな」
二人は悪い笑みを浮かべながら、疲れとストレスですっかり重くなった腰を上げる。そして、今やちょっと強めのただの蜥蜴と化したオリジン・カオスベノムにゆっくりと向き直る。
そして麗華は再び『全世界言語』を発動し、卑しさ剥き出しの声で蜥蜴に告げた。
「ざーんねーん、毒、効かないんすわぁー。えぇー? 毒特化だってぇー? えっまずくね!? どうお考えですか、解説のカリスタさん!」
「詰み、だろうな」
「らしいですけどもぉー?」
相手が無勢と分かるや否や、この豹変ぶりである。無理もない、二人にとっては絶好のカモ。それも
オリジン・カオ――毒蜥蜴は、逆転した立場に困惑し思わず後退った。
「なっ、貴様ら、何故死なぬ!? 何故我が毒の前に平伏さぬ!?」
理解を超えた状況に、狼狽る毒蜥蜴。
何しろ完全に格下と侮っていた相手が、完全な毒耐性を有していていたのだ。
そんな毒蜥蜴の様子を楽しむようにして、麗華は手に握るクロムクラブをくるくると回転させながら、鬼の威圧と目一杯の殺意をプレゼントしながら言い放った。
「下層の厳しさ叩き込んでやるよ、クソトカゲ」
散々さっきまで叩き込まれてた側だったが、優勢と分かればここぞとばかりにイキリ散らす。それが宇多川 麗華という人物の実態だった。
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