episode 12 下層、突入

「はぁ〜、食った食った」

「俺もだ。こんなに満腹になったのはいつぶりだろうか」


 結局、最初の勢いが衰えた麗華に対し、カリスタが怒濤の追い上げを見せ、最終的に互いの平らげた肉の量は五分で終わった。

 飽きがこない、いくらでもイケるなどとほざいてた麗華だったが、流石に味付け無しでは無理があったようで、途中から明らかな失速を見せた。対して、生まれた時から調味料ナニソレで生きてきたカリスタは、堅実に食べ進め、どう考えても身体には収まりきらない量を食い尽くしてのけたのだった。


「カリスタお前さ、あんな量どこに入っとん。私なんかほら、腹見てみ? 体型変わっとるわ」

「主も大概だが――まぁそうだな、進化したからかもしれん。レベルアップによる成長にも言えるが、進化はそれ以上にエネルギーを消耗するようだ。それこそ、腹に収めた途端に消えてなくなるくらいにな」

「胃酸、強くね? 王水かよ」


 麗華は軽口を叩きながらも、生物が全く異なる生物に生まれ変わるくらいなのだから、このくらいは頷けるだろうと納得した。実際、自分の食べた量も一般女性の食事量を平均し比べたら、大きく逸脱するものであった。軽く10kgは食っていただろう。フードファイターも顔負けである。


「やーん、太ったらどうしよ」

「足りない物を補っただけだ。そうそう太らん」

「そういう話ちゃうねん」


 麗華はすげない態度のカリスタにぶう垂れながら、出っ腹を摩ったのだった。


 ――腹ごしらえも程々に済んだ所で、カリスタはクロムダイルの解体部位を無造作に探り出した。


「何してんの? まさか……まだ食う気?」

「違う。確かこの辺りに……お、あったぞ。尻尾だ」


 カリスタが闇を手のようにして掴み取ったのは、丁度麗華の体高と同程度の大きさに切断されたクロムダイルの尻尾だった。


「こいつの尻尾なんだがな、『肉体硬化』を使ったまま絶命したせいなのか、何をしても折れないし、曲がらないのだ。幸い叩き斬る事は出来たんだが」


 カリスタが言うように、彼が手にした尻尾は天を衝くようにピンと伸び、まるで棒のようであった。

 因みに、クロムダイルの可食部位が体積と比べると異様に少なかったのは、硬化によるものが主な原因であった。


「……で、それがどしたの?」

「前々から思っていたんだ。主の型についての話だ」


 カリスタが言うに、彼女は型の持つ力を完全に扱えていないそうだ。その最たる理由こそ、“武器の有無”だった。


「型の解説文を読むに、型の気力は五体だけでなく手にした武器にも纏わせる事が出来るそうだ。使えるものは何でも使った方が良いだろう」

「え、待って待って、鰐の尻尾で引っ叩けってこと?」

「勿論、工夫はする」


 カリスタはおもむろに闇をナイフのような形状にし、尻尾の太い部分を削り出した。カリスタの車輪切りによって傷付いている箇所は、より念入りに削ぎ落とし、先端の鉄球のような球は邪魔になる為切り落とす。

 凹凸の無きよう、骨と肉だけになった表面を滑らかに削り上げ、その上から、鱗を除去して滑した革をグリップの代わりに巻き上げた。

 手際良く仕上げたその棒は、鼠が作ったとは思えない程の出来栄えで、どこぞの伝統工芸品だと言われれば信じてしまう程であった。


「強度は十分。当面の武器としてはこんなもので良いだろう」

「お、おぉぉ!? すげぇなカリスタ!」


 カリスタは、子供のようにはしゃぐ麗華に鰐尾の棒を差し出した。

 それを手に取った瞬間、彼女は見た目以上の重さを感じた。これなら、十分なダメージを与えるに足るだろう。

 握った感触も生物の肉体とは思えないほどしっかりとしている。かといって、石やダイヤのような硬度だけでなく、鉄のような柔軟性も確かにあり、簡単にぽっきりいってしまう事もないだろう。

 鉱物の名を冠するクロムダイルなだけあり、その強度に一切の不足はなかった。


「流石カリスタ、私が見込んだけあるな!」


 目を輝かせ、玩具を買い与えられた幼児のように、ぶんぶん振り回し出す麗華。次第に棒を操るのにも慣れ始め、くるくると手中で回転させたり、素振りをしたりしていた。


「順応が早いな、主」

「まぁね、ありがとカリスタ」


 麗華はカリスタ謹製のこの棒を、クロムクラブと銘打つことに決めたのだった。


…………


 新たな武器を手に、二人は下層へと続く長い下り道を降りていった。

 カリスタが言うには、下層へと続く道は幾つか存在するらしく、この道こそが一気に下層へと至れる二つある内一つの近道らしい。

 曰く他の道は、上層と下層の間にある、まるで迷路のようなか細く広大な階層、中層へと繋がっているらしく、主に小型の虫系統の魔物がうじゃうじゃと犇くような場所。

 カリスタの読みでは、上層を制圧した戦王鼠ドフが次に標的にするのは中層で、いくら戦王鼠ドフの軍勢でも中層の制圧は手間を取らされるだろうという見立てであった。

 しかし警戒すべきはその後で、中層攻略を成功させれば、戦王鼠ドフの手中にある鼠の軍団は、選りすぐられた精鋭が揃い踏む事になる。

 つまり、戦王鼠ドフが中層を攻略し切り、準備を万全に整える前に下層にて力を付ける事が、現在麗華たちが取り組むべき事である。


「……よって、主よ。はっきり言おう。二人では戦王鼠ドフには絶対に勝てない、断言する。タイラント・リザードの一件の時と同等の兵力ならば、今から鍛えればまだ勝てるだろう。だがそうしている間にも、奴は兵力を拡大し続けている。無尽蔵に、だ」

「で、でも、そんな増えちゃ、維持が大変だろ? ほら、上層の魔物も動物も、食い尽くす勢いで増えてるんだし」


 麗華は、先程度重なるレベルアップでエネルギーを消耗し、空腹に喘いでいた自らを思い出し、そう進言した。


「それに、戦王鼠ドフにも確か『調教』があったぞ。配下の鼠の成長速度は、お前と同様に上がってるだろうし、必要な飯の量もそれ相応なんじゃない?」

「主にしては良い線だが――戦王鼠ドフの軍勢相手じゃ、兵糧など当てにならん」


 カリスタは、戦王鼠ドフに操られていた軍勢に潜伏していた時を思い出し、重々しい口ぶりで、身震いしながら言った。


「奴らは、時に……同胞をも喰らう」

「なっ……!?」


 戦王鼠ドフの支配下にある以上、意識は奪われ、肉体は戦王鼠ドフの意思の下に操られる。

 故に兵站は不要であり、成長の遅い使えない無能や、戦闘によって死んだ仲間を、糧として喰らわせることが出来るのだ。


「――イカれてんな。そこまでして、何がしたいんだよ」

「まぁ、差し詰め自己の復讐心を満たすため……だろうな。気の触れた独裁者もいいところだな」


 カリスタは、麗華に前を向くように顎で促す。

 麗華はそれに応じて、正面に向き直る。

 ――すると水路から分岐した巨大な通路の先に、信じられない光景が広がっていた。


「着いたぞ、下層だ」


 夥しい数の、物々しい巨大な支柱。

 見上げる程に広々とした天井。

 端さえ見えない、あまりにも広大な空間。

 まるで、地下深くに堕ちた巨大な神殿を思わせる――『外郭放水路』であった。


「ここが、あの戦王鼠ドフでさえも全てを失い敗走し、上層へと逃げ込んだ、究極の魔境だ」


 麗華はそれを聞くと、年甲斐も無く高揚していた。時に、整然とした人工物は、神秘的にすら感じる事もある。

 しかし、彼女が視界に収め、気分を高まらせていたのは、巨大な柱でも、広大な空間でもなかった。


「……グムォォォォォ」


 胸の底に強く叩き付けられる程の圧。獰猛さと凶悪さが滲む、低く唸るような呻き声。

 柱の影から覗くは、今に天井に頭を擦らんばかりの巨体を持ちながら、二本の脚で地を踏み締める巨大な――何か。

 体表には一切の体毛が無く、肌と形容すべき身体は漆黒に染まっていた。

 頭部には大きな眼球が一つだけ。

 血肉が混じったような赤黒い涎を垂れ流し、その表情は下卑た笑みを常に浮かべているようだった。

 そして何よりも、肩から腰にかけて、数えるのも億劫な程に夥しい数の腕が生えており、筆舌に尽くし難い、身の毛もよだつような存在自体が冒涜的な怪物――否、巨人であった。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

深淵なる白痴の巨神ヘカトンケイル Lv.174】

闘力:76826 魔力:38626 戦力:97261


体力:SS 筋力:SSS 俊敏:B

気力:SS 術力:SS 知力:---


『深淵大巨人:★★★★★★★★★★』

『肉体再生:★★★』『伸縮豪腕:★★★』

『神眼:★★★★★』『深淵魔術:★★★』

『地鳴らし:★★★』『カタストロフィ:★★★』

『肉体分離:★★★』『分体操作:★★★』

『物質破壊:★★★』『生命破壊:★★★』

『霊体破壊:★★★』『万物破壊:★★★』

『形態変化:★★★』『星穿:★★★』

『地返し:★★★』『超速乱打:★★★』

『肉体硬化:★★★』『投擲:★★★』

『地割:★★★』『狂戦士化:★★★』

『正拳突き:★★★』『掌波:★★★』

『深淵波動:★★★★★』『邪眼:★★★★★』

『魔眼:★★★★★』『孤高:★★★』

『握撃:★★★』『拘束術:★★★』

『魔天咆哮:★★★』『獄雷:★★★』

『深淵門召喚:★★☆』『深淵門開門:★★☆』

『深淵之王:---』『竜骸喰らい:---』

『真化者:---』『蒙昧なる大君:---』

『愚者:---』『白痴の神:---』


解説:

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 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 戦王鼠ドフの率いる大軍勢すらも、たった一度の身動ぎのみで滅ぼしてしまいかねない、常識と道理を逸脱した、神の領域にすら届く怪物の出現。

 しかし、麗華の表情は恐怖に歪んだものではなく、寧ろ清々しいまでの笑みすら浮かべていた。


「――魔境、上等……!」


 そして麗華はヘカトンケイルを見据え、最後に言い放った。


「カリスタ……最終目標は、あいつでいいな?」

「……っ!?」


 それを聞いたカリスタは、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、麗華の下へゆっくりと近づいて行った。


「主……」


 鼠が故、表情が読み取りにくいが、恐らく笑っているのだろう。

 やがて麗華のすぐ足元へと至ると――。


「アホか、アレに手出したら、殺される前にまず主を殺すぞ」


 カリスタの語気は、マジだった。

 ついでに目だけは全く笑ってなかった。

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