episode 11 ワイルドに鷲掴み

「今のところはこのくらいで勘弁してやろう」

「どぅびばでんでびば(※すみませんでした)」


 鞭のようにしならせた闇で顔面を殴打され、麗華は顔を真っ赤に腫れ上がらせながら謝罪の意を述べた。最早何を言っているか不明であったが、何とか気持ちは伝わったようで、カリスタからのこれ以上の追撃はなかった。


「黒死の毒も、やはり主には効かなかった事も分かったしな」

「いや殺す気か!」


 麗華に毒は効かなかったという成果(?)もあった事で、この一件の落とし所はこの辺りに収まった。


「『牙城の型』無かったら泣いてたわ!」

「自業自得だ」

「これでも一応女子なんだけど! 最低!」

「――なんか俺が悪いみたいになってないか」


 納得のいかない麗華が暫く騒ぎ立てていたが、仕留めたクロムダイルはカリスタが解体するという事で、一応は丸く収まった。


…………


 クロムダイルがかなり大型なだけあり、カリスタの解体は今しばらく時間がかかりそうな為、麗華は散歩兼下見がてら下層へと続く道を少し進むことにした。

 外観は上層と殆ど同じだが、全体的にやや広い印象を受ける。それ故に、これより下の下層ではタイラント・リザードは例外として、より体躯の大きな魔物の出現も予想出来るだろう。


「なんかガンガン下行ってっけど、大丈夫なんかな。ずっと地下暮らしとか御免なんだけど」


 残り僅かですっかり貴重品となったタバコを悠々とふかしながら、麗華は独りごちった。

 いくら麗華の精神強度が強かろうと、また記憶を失っていようと、元は太陽の下でぬくぬくと育った人間に過ぎない。今はまだ平気だが、そろそろ太陽の光が恋しくなる時期だ。


「それに、タバコも欲しいしな――てか、この世界ってタバコあんの? ハイライトあれば良いんだけど、期待し過ぎない方がいっか」


 否、太陽の光ではなくヤニ切れで地上に出たがるかもしれない。


「ずっと同じ景色でつまんないなぁ。あっ、そうだ」


 麗華は急に思い立ったようにして、頭の中に意識を集中させた。表示するのは、今しがた進化したばかりのカリスタのステータスだ。黒死に進化してからというもの、ステータスをチェックしていなかった事を思い出したのだ。


「さてさて、彼奴のステータスを覗き見てやろうかの。ふひひっ」


 女子風呂を覗くエロ親父のような口ぶりで宣いながら、麗華はカリスタのステータスを開示した。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【カリスタ 黒死 Lv.1】

闘力:27 魔力:137 戦力:168


体力:E 筋力:E 俊敏:C

気力:D 術力:C 知力:D


『不屈のこころ:★★★☆☆』

『狂戦士化:★★☆』『噛みつき:★★★』

『ジャイアント・キリング:★★★★☆』

『隠密:★★★』『暗視:★★☆』

『潜影:☆☆☆』『闇鼠:★☆☆☆☆』

『死爪:☆☆☆』『黒死毒:☆☆☆☆☆』

『矮躯なる者:---』


解説・追記

当該個体は【宇多川 麗華】の支配下に置かれている。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「進化したらレベルは最初っからか。お! 不屈と闇鼠のレベル上がってるじゃん! 知らん能力も増えてるし、進化できるって魔物ずるくない?」


 人間は魔物と違い進化はせず、故に身体的な進化の恩恵は得られない。その代わり、唯一能力ユニークの進化先を魔物の進化と同様に、より有用なものを選択していけるという利点が存在するのだが、麗華がその事に気付くのはまだ先の話である。


「取り敢えず――『死爪』と『黒死毒』か」


 麗華はカリスタの得た新しい能力の解説を表示する。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

『死爪』:

爪に術力と気力を同時に込める事で、攻撃力上昇と即死の効果を付与する。両方の効果は、対象と自己の魔力の差に依存し、相手の魔力が高ければ高い程攻撃力は上昇し、逆に自己の魔力が上回っている場合は、確率で即死効果が発生する。ただし、魔力の消耗は非常に激しい。


『黒死毒』:

鼠型魔物【黒死】だけが持つ、生物のもつ生命力を消し飛ばす程に強力な猛毒。爪や牙だけでなく、自らの用いる術にも毒を含ませる事が可能。かつて『スワンプ・フィールド』という周辺を沼地化する能力を持ち【黒死】に進化した魔物が、一国を滅ぼした事例がある。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「アフターストーリー付きかよ、舐めてんな」


 麗華はそう毒吐くが、使い方さえ間違えなければ有益な能力だと彼女は考察する。

 また『死爪』も同様で、格上を相手取るにも、また格下を狩るにも使える、隙のない能力であった。

 ――というよりも、カリスタの最終目標である戦王鼠ドフは、魔力特化な上に配下を大量に従えるという戦法を取る。そういった点を鑑みると、戦王鼠ドフ相手にも、数ばかりの配下相手にも有利に立ち回る事が出来る能力を得た事になる。


「てかあいつマジで戦王鼠ドフ殺しにいってんな」


 ふと、そう呟いた時、麗華は気付いた。


「……カリスタには敵討ちって目標、あるんだよな」


 麗華はタバコを放り、靴底で火を擦り消す。

 今まで漠然としていたが、何故戦っているのだろうか――そう、麗華には戦う“理由”が無かった。

 成り行きでカリスタと出会い、レベルを上げを始め、流されるままに下層に向かおうとしている現状に、ぼんやりとだが、微かな違和感を覚えた。


「生き残りたい……? いや違う、なんか、もっと――」


 ――大きな何かに、操られて……?

 まさか、これのせいなのか? 『魔王之御――


「……っ、考え過ぎか。らしくないな」


 とにかく、縋り付く他なかった。

 記憶の無い彼女は、上書きされていく新たな常識に。

 人間ではないし、付き合いもそう長くないが、仲間とも、友とも呼べる者との出会いも有った。まずは彼との約束を果たす事が、彼女の現時点での最優先であった。


「あいつも、必死なんだ」


 すると麗華は、突如気力を解放し、構えた。

 前方から迫る何かを視界に捉えたのだ。

 それは羽ばたく音すら立てず、超高速で接近している。

 極端に大きな口から凶悪な牙を剥き出しにし、頭の中に直接響かすような、不快な音波を放ってくる。

 蝙蝠だ。


「なら、私も――」


 麗華は緩く構えた身を翻し、左の軸足を強く踏み込んだ。迫り来る蝙蝠の魔物に頃合いを合わせ、上半身よりも高く上げた右の踵で、蝙蝠の頭部を的確に捉え、例の如く一撃で葬り去った。

 ……後ろ回し蹴りである。


「――それなりに気張んなきゃな」


 麗華は横たわる蝙蝠に一瞥をくれながら、タバコに火をつけた。


「流石に蝙蝠食うのはなぁ。感染症かかりそ」


 そうぽつり呟き、紫煙を燻らせながら彼女は来た道を戻ったのだった。

 ついでだが、蝙蝠は何となく水葬しておいた。


…………


「戻ったぞーカリスタ」


 麗華がカリスタの元へと戻ったときには、クロムダイルの解体が滞りなく済んでいた。硬く食すのに適さない部位と可食部に分けられており、鱗や骨も念の為選別されていた。

 カリスタは、随分リッチな事にかなりの量の硬い部位を弾いていた――はずだったが、いかんせん元が大き過ぎる為、2人で食べ切れるかどうか怪しい程の量の肉が広がっていた。因みに、肉は鱗を剥いだ皮の上に盛り付けられていた。盛り付け方はセンスが有るとは言い難いが、鼠の仕業とは到底考えられる代物ではなかった。


 麗華の帰還早々、帰りの遅かった彼女の身を案じてか、カリスタが言った。


「随分遅かったな。交戦でもあったか?」

「いやー、ちょっと迷っちゃって」

「ここから暫く一本道だが?」

「人生に迷ってた」

「やかましいわ」


 ご挨拶に軽く競り合いながらも、彼女はカリスタの横に転がっていた大きめの石片に腰掛けた。クロムダイルとの一戦で砕けた壁の一部で、カリスタが手頃な大きさのものを見繕い、置いておいたのだ。


「じゃ、いただこうか。ここに来て初めてのちゃんとしてる――かどうかは置いといて、腹一杯になれそうな飯だな」

「うむ、俺もこれだけの量は中々ありつけるものじゃないぞ」


 ここでの生活が長いカリスタも、この量の肉は中々お目に掛かれるものではなかった。普段は極めて沈着な声色だが、この時ばかりは気持ち弾んでいるようであった。


「んじゃ、いっただきまーす」


 麗華はワイルドに生の鰐肉を鷲掴みにし、一気に頬張る。

 そしてハムスターみたいになった顔のまま、もにゅもにゅと咀嚼し、呑み込んだ。


「ちょっと臭うけど……まぁこんなもんか! うまいうまい」

「うむ、新鮮な肉は、うまい」


 鰐肉両手に、鼠と肩を並べて食事に勤しむ彼女の様子は、最早現代人とは思えなかった。鰐の肉は鶏肉に近いとは言うが、流石にそれの生肉を臆せず喰らうのは、どこぞに住まう秘境の民、若しくは彼女しか居ないだろう。


「うん、結構あっさりしてるから全然飽きない、いくらでもイケそう! これで塩とタレさえあれば尚良し! ……てか私ライター持ってたやん! 炙ったろ!」

「――ペース早いな、主」


 訂正。原住の生物を超える速度で肉を喰らうのは、恐らくどこを探しても彼女だけだろう。

 そろそろ本格的に野生に帰りつつある麗華であった。

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