episode 7 鬼の気力と闇の術力
二人は下層に降りながら、次から次へと道行く魔物を
一方が生み出す破壊は鬼の如く、一方は闇に紛れる殺戮の化身のようであった。
いつしか彼らの身に、幾許かの変化が訪れた。
それは、毒の舌を自在に操る巨大なカエルの魔物、バッドタングを始末した時だった。
「こいつで丁度レベル10か、案外早いもんだな」
「最初は、だがな。レベルアップを繰り返すうち、その勢いもじきに落ちる」
「なんつってお前今までレベル1だったじゃん、レベルアップ童貞だったじゃん」
「……聞き伝えだ」
そんな他愛のないやり取りの最中だった。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
個体『宇多川 麗華』に
個体『屍肉鼠』に
以上を獲得しました。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「おっ、なんだ急に」
二人の頭の中に浮かび上がるは、
「カリスタ、なんだか分かるか?」
「あぁ。
カリスタはさして驚いた様子もなく、淡々とした口調で説明をした。彼が言うには特段珍しいものではないらしい。
「能力は基本的に、レベルが10上がるごとに獲得をするか、既存の能力の熟練度の上昇が発生する。その間に何を行い、何を成し遂げたかで、得られる能力は変わっていく。それほど特別な事をしていない場合は、熟練度上昇になる事は多い」
「ほーん。じゃあ私は鬼みたいに暴れ回ってたから鬼の能力。お前は暗闇に紛れてたから闇、って訳か」
「そうなるな。まぁ掻い摘んで言えば、
しかし、最初のレベル10到達での
そんなレアケースにも拘らず、麗子はどこか納得のいっていない様子だった。
「なるほどなるほど……てか一つ聞きたいんだけども」
「なんだ」
「な! ん! で! 私が小鬼でお前が闇なんだよ! かっけーじゃん、闇! 超いいじゃん! 私なんか小鬼だぞ小鬼! いらねーよ、小! 速攻でクーリングオフだ馬鹿野郎!」
「……ん、ん?」
こういった事態に至ったのは理由があった。
カリスタは以前よりレベル1の頃から、外敵から逃げる為に闇に紛れて生きてきたという、ある意味『下積み』と呼ぶべき時代があったからこそ、強力な
彼は
それに対し麗華は昨日今日のぽっと出のため、あまりに経験と下積みが足りなかった。
その結果が、ご覧の有様である。
「し、しかし、小鬼とはいえ鬼は鬼だぞ、主」
「でも小鬼じゃん……。お前の闇と私の小、交換してくれんの? お前ちっちゃいから小鼠で丁度いいじゃん……」
「むぅ……」
すっかりしゅんとしてしまった主に幾許かの居た堪れなさを感じるカリスタであったが、そこである話を思い出した。
「主よ、いじけるには早いかもしれないぞ」
「いいよなー、お前、闇とかついてて。闇ついてると心に余裕あるよなー。やっぱ闇鼠様はちげーや」
「――
「え、それほんと?」
カリスタのフォローによって麗華の瞳の輝きは、薄らげながら回復に向かっていった。
「そうと分かれば片っ端からぶち殺しまくんぞ!」
「――殺しもいいが、兵力の拡大も考えろ」
「知るか! 一刻も早く私は小鬼から脱却したいの!」
麗華の暴走は、止まらない。
………………
鼻息を荒げ、次なる獲物を探して回る麗華の様は、既に鬼であった。そんな彼女をよそに、カリスタは獲得したての
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
『小鬼』:
鬼の系譜に連なる者の第一歩。
筋力や肉体の頑丈さに大きな恩恵を与え、気力をより物理攻撃に特化した強大な力へと変える。
何物にも変え難い腕っ節の代償は大いなる叡智で、今後魔術の使用は困難を極める。
『闇鼠』:
暗がりに身を潜め続けた鼠。
いつしか闇は身に染み渡り、闇を自在に操る力を得た。魔力を用いれば闇に質量を与える事も可能。
闇に親和し過ぎたためか、魔なる力は増幅し、肉体能力は低い傾向にある。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
(肉体能力は低い傾向……か。元よりこの矮躯では肉弾戦闘は向かない。魔力型は成長傾向としては上々だな)
それとは逆に、麗華は肉弾特化とも取れる
(相性としては、先程から重ねている戦闘からして良好――
ふと、カリスタは前方を意気揚々に歩む麗華を見上げる。すると程なくして、五体から漏れる彼女の気配が、数刻前とは明らかに異なっている事に気付く。
(これも
――鬼、そのもの。
彼は、そう直感した。
刹那、暗がりより何かが飛び出した。
「ヂュゥッ!」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
【切裂鼠 Lv.18】
状態:狂戦士
闘力:41 魔力:15 戦力:57
体力:E 筋力:D 俊敏:C
気力:E 術力:− 知力:E
『狂戦士化:★★☆』『噛みつき:★★★』
『ジャイアント・キリング:★★★★☆』
『隠密:★★★』『暗視:★★☆』
『鋭牙:★★☆』『血飛沫:★☆☆』
『吸血:★★☆』
解説:多くの生きた獲物を切り裂き、喰い殺した屍喰鼠のみが至る上位種。非常に鋭利且つ、特殊な構造の牙を持ち、獲物に致命傷を負わせる。吸血能力も有し、それを糧とする事で自らの傷を癒すことも可能。
※当該個体は、
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
それは、
正確には麗華らを狙い撃ちにしたものではないが、
先刻相手にしたリザードクロウを凌駕する戦力。
しかも今回はこれまでと異なり、奇襲される側であった。
勝敗の行方は、明らかであるように思えた。
――だが、しかし。
「主ッ!」
カリスタが叫ぶと同時、麗子は刺客の存在を察知した。初撃の狙いは彼女で、その鋭い牙を以て今に噛み殺さんと跳び付く。
しかしながら彼女の反応は、存外に素早いものだった。
「いい度胸してんな、こっちは気が立ってんだ」
彼女はそう呟き、拳を固めて上腕に気力を漲らせる。拳から溢れ出んばかりのその
発動したのは、『皆殺の型』。
それも、発動箇所を上腕に絞る事によって打撃の威力を極限まで高めたものであった。
彼女は知ってか知らずか――否、ただその直感のみで、型の
赤い靄のようなオーラが麗子の右腕を包み、微かに紫電が走り出す。
彼女の華奢にも見える身体に内包された、たとえ小さくとも、確かなる鬼の気力が、今にも爆発せんばかりに練り上げられていく。
「ッォラァッ!!」
獣の如き叫びと共に繰り出した渾身の“ぶん殴り”は、鼠の鋭牙がその身に届く前に、鼠の頭蓋を打ち抜いた。
麗子の一撃をもろに貰った鼠は、成す術も無く血と脳漿を撒き散らし、骨のひしゃげる音と共に彼方へ吹き飛んでいった。
「主……?」
たかだか
だが麗子のこの変化は余りにも異常であった。
雰囲気や威圧感だけではない。
有する力も、それに準ずるように飛躍的に上昇している。
(一体、何が――)
カリスタは、恐る恐る麗子のステータスを覗き見る。
そして、絶句した。
(何が、起きてるのだ……?)
「うおっ、めっちゃ吹っ飛ぶやん――ってキモ! 手に何かくっ付いたんだけど」
当の本人はというと、能力が向上している事よりも、手に付着した鼠の体液に気を取られているようであった。吹っ飛ばした鼠の亡骸には目もくれず、水路でじゃばじゃばと手をゆすぐことに夢中になっていた。
「主よ、今の力は……」
「あー、良く分からんけど急に沸いてきたって感じ? こう――ごわーって」
――良く分からん。
カリスタは彼女の抽象的過ぎる表現に首を傾げた。
とにかく、現在麗子の身に何が起こっているかを理解させるため、彼は彼女にステータスの閲覧を促す。
「主よ、自分のステータスを見てみろ。えらいことになってるぞ」
「んーどれどれ……」
麗子は脳裏に自らのステータスを浮かべ、ふむふむと半可通に鼻を鳴らしながら流し見た。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
【宇多川 麗華 人間 Lv.16】
闘力:77 魔力:69 戦力:112
体力:D 筋力:D 敏捷:E
気力:D 術力:− 知力:C
『皆殺の型:★☆☆』『不殺の型:☆☆☆』
『軍団統率:☆☆☆』『調教:★☆☆』
『モンスター・テイム:☆☆☆☆☆』
『魔王之御使:---』『全世界言語:☆☆☆』
『小鬼:★☆☆☆☆』
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
闘力、魔力、戦力――すべての値が格段に上昇。
そして幾つかの能力の熟練度上昇に、入手したばかりのはずの
明らかに、異常な事態であった。
「こりゃえらいこっちゃ」
「だろ、ついでに俺のも見てみろ」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
【カリスタ 屍喰鼠 Lv.19】
闘力:11 魔力:102 戦力:106
体力:E 筋力:E 俊敏:C
気力:E 術力:C 知力:D
『不屈のこころ:★★☆☆☆』
『狂戦士化:★★☆』『噛みつき:★★★』
『ジャイアント・キリング:★★★★☆』
『隠密:★★★』『暗視:★☆☆』
『闇鼠:☆☆☆☆☆』
『矮躯なる者:---』
解説・追記
当該個体は【宇多川 麗華】の支配下に置かれている。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「いやお前も大概にやべーな」
麗子と異なり、魔力――それも気力ではなく術力特化の成長傾向を見せているようで、大きく偏った数値の伸びになっていた。
熟練度による能力の成長こそないものの、
「闇鼠が術力を伸ばす切っ掛けになってるっぽいなこれ」
「そうだな。実際、闇を操る力を得てるし、それが術として扱われているのだろうな」
そう言うとカリスタは自らの足元より、まるで生きているかのようににゅるにゅると動く黒い触手のようなものを発生させた。
「うおっ、なんだこれ……」
「『闇鼠』の力、らしい。魔力――主に術力方面の増強に加えて、闇を自在に操れるようになったぞ。尤も、代償に主のような身体能力は失われたが」
するとカリスタは、能力の詳細が不明で手探りの状態ながらも、感覚のみで闇を操ってみせた。
闇の形を触手から槌のようにしてみせ、壁に打ち付け大穴を空けたり、闇を纏うことで矮躯に見合わぬ大爪を形成したりと、用途は多岐に渡るようであった。
何より、麗子が驚愕したのは全身に闇を纏った時だった。闇がカリスタの周辺に集積していき、いつしか全身を覆い隠してその姿を視認できなくしたのだ。
「え、それ凄くね?」
「光源のない暗闇だからこそ出来ることだろうがな。あと動けん、動けば闇が散ってしまうようだ――術力の消耗も大きいな。どっと力が抜ける」
この地下迷宮でしか出来ない、動けない、魔力損耗も激しい。しかしながらそのようなデメリットを含めたとしても、未知なる危険渦巻くこの場所では極めて有用な能力だと言える。
――どうやら麗子はカリスタが闇を用いてあれやこれやと試しているのを見て、羨ましくなってきたようであった。
「いいなー、私も術的なサムシング使いてー」
「主にはその圧倒的なまでの力と、鬼の気力があるだろう。主の纏う気力は、普通とは明らかに異なる。昔に下層で見かけた、鬼と分類されるゴブリンやオーガとも非なる、特殊な気力だ。鬼力とでも呼ぶべきか」
「ちゃうねん、そういう話じゃないねん……」
隣の芝は青く見えるというものは、如何なる場合に於いても言えるようであった。
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