episode 6 初めての連携

 結局、麗華は体力の果てるまで泳ぎ尽くした。

 水の中については殆ど地上と変わらない精度で活動が可能で、水の抵抗を受けていないのか動きは鈍らず、何より息継ぎが不要という点には目を見張るものがあった。

 正確には水中で呼吸が出来るようになっていた、というのが適切で、鼻から吸い上げた水から酸素だけを抽出し、また鼻から水を排出しているようである。


「しっかし見たかよカリスタぁ、私泳げるようになったんだぞ。魔王様様だな」

「そりゃ良かったな」


 満足げに、また心からの喜びに満ちた笑みを見せる麗華をよそに、カリスタは思考を巡らせた。


(主の能力――ひょっとしたら凄まじい力を秘めているかもな)


 強力な環境適応能力。

 即ちどのような環境に於いても平素と変わらぬ活動を可能とする能力。

 カリスタの読みが正しければ、肉を焦がす程の熱き火山でも、圧倒的な水圧で身体を押し潰す深海でも、致死毒の蔓延する汚染地帯でも、万物を凍てつかせる嵐が吹き荒れる氷河でも、全ての環境で彼女は活動が出来るということになる。


(しかし、何故魔王とやらは主にこんな力を?)


 何よりも、魔王の意図が不明だった。

 何者かも存ぜぬ輩の与えた恩恵を、手放しで喜んで享受していて良いのか?

 カリスタは麗華の陰に潜む未知の存在に対し、警戒を怠らない姿勢を一貫して取ることに決めたのだった。


「カリスタ、いつまでぼーっとしてんだよ」


 服のポケットに入っていたハンカチで全身を拭い、取り敢えず下着は身に付けた麗華がカリスタの名を呼んだ。


「行くんだろ、レベル上げに。さっき立てた作戦忘れてないよな」

「――あれ、作戦だったのか」


 どこか頼りない主だが、腐っても主だ。

 もっと強力な魔物もテイム出来たはずに、こんな脆弱な自分を拾ってくれ、更に育てるとまで言ってくれている恩も感じないまでもない。

 それに――。


「いやはや水浴びの後の一服は最高ですな」

「まずは服着ろ、体調崩すぞ」

「ばーかやろう、私には魔王様がついていらっしゃるんだぞー。風邪なんかそうそう引くかよ――へくしっ」


 ――退屈は、しなさそうだ。


 カリスタは目に微かな笑みを浮かべ、ほぼ全裸の麗華の後を軽やかな足取りで追った。


…………


「カリスタ、標的だ」


 暗がりに身を隠し、麗華は声を潜める。

 視線の先には、見るからに強靭そうな四肢を持ち、巨体ながらに二足歩行をする爬虫類のような生物――リザードクロウが居た。


「主、本気――いや、正気か?」

「んだよ、ビビってんのか?」


 曰く、「あれでビビってたら戦王鼠ドフ殺しなんて夢のまた夢だぞ」と。


「にしても段階ってものがあるだろ。見てみろステータス」


 麗華は言われるがまま、ステータスを参照した。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【リザードクロウ Lv.8】

闘力:38 魔力:0 戦力:19


体力:E 筋力:D 敏捷:E

気力:-  術力:− 知力:F


『暗視:★★☆』『引き裂き:★☆☆』

『鋭牙:★☆☆』『全身全霊:---』


解説:二足歩行の蜥蜴の魔物。特筆すべきは強靭な膂力と脚力、そして咬合力。併せて凶暴性が非常に強く、空腹時以外でも獲物を襲う。その反面、知性と持久力が低く後先を考えないため、直ぐに全力を出し尽くしてしまう。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「ほーう」

「どうだ、思い直したか?」

「イケるぜ、こりゃ」

「だめだそういえばこいつバカだった」


 しかし、カリスタは麗華の顔を見ると不思議と感じることがあった。

 ――本当に無策、なのか?

 面構えは飄々と、如何にもなにも考えが無さそうなふうだが、よくよく見ればその双眸は勝ちへの道筋を探っているようにも見える。


「カリスタ、合図を出す。その時お前は陰から飛び出して急所を狙え」

「……っ、それでは主が……」

「私の事は気にすんな。どこぞの鼠ちゃんより柔じゃないからな」


 そう言うと、麗華は一も二もなく飛び出した。


(トドメはカリスタ――とすれば私が殺る必要は無い訳で――)


 足音に勘付いたリザードクロウは、緩慢とした動きで振り返る。


「遅ェよタコ! 『不殺の型』ァッ!」


 刹那、麗華の身に力が漲る。

 四肢の末端にまで気力が行き渡り、皮膚は鋼鉄のように堅固になった。

 直後に、身体能力が急上昇した為か、何者かに背中を押されるような感覚に襲われる。


(体力と敏捷の上昇――こんなにもか)


 麗華はその勢いを殺さず、超前傾姿勢を保ったままに標的へ駆けた。

 そして跳躍し、未だ体勢の整わぬリザードクロウの顎目掛けて、ミサイルのような飛び膝蹴りを食らわした。


――グギャァエァッ!


 リザードクロウは訳も分からないうちに顎を砕かれ、平衡感覚を崩された。麗華も麗華で、急上昇した身体能力に振り回され、受け身も取れないまま地面に墜落したのだった。


「カリスタ今だ! 首根っこ掻っ切れ!」

「承知」


 いつの間に移動したのか。

 カリスタは天井の配管に身を潜め、機を伺っていたらしい。


 麗華が叫ぶと、地面に大の字になっているリザードクロウの真上から、何やら黒い物体が急降下し、そのまま首筋を噛み切った。


 ――『ジャイアント・キリング』の恩恵は、大きかった。

 一噛みで鱗も諸共に肉を嚙み千切り、あり得ない量の血液が噴き出した。その一撃が決定打となったのか、微かな身悶えの末にリザードクロウは絶命したのであった。


「な、イケたろ」

「な、じゃないが」


 あまりに賭けの要素が強すぎた。

 『不殺の型』も能力向上も、『ジャイアント・キリング』の恩恵も不明瞭な現状、それらに行く末を全て委ねるのは極めて危険な事だと、カリスタは言いたかったのだ。


「ま、いいじゃんいいじゃん。なんとかなったんだしさ」

「おい、待て。話はまだ――」


 この時、カリスタはまだ気付いていなかった。

 それは、知力の種類について。

 単に頭の良し悪しだけでなく、知力にはいくつかの分類が存在した。

 その中の一つが、『勘』である。

 賢しく生き長らえる事に特化したカリスタの先読みの力や、生存戦略とは一線を画す、麗華の持つ無二な勘。

 それは『戦闘勘』。

 日常ではお頭のほうはさっぱりな麗華だが、こと実戦に於いては天才的な勘を働かせる。

 それが、彼女の最大にして最強の力であった。


 尤も、カリスタがこの事実にたどり着くのは、もう少し先の話――。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【魔王軍 Lv.1】

 総戦力値:3→6 up!

 恩恵:『支配者』

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

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