episode 5 魔王之御使

 カリスタの能力を観察していくうちに、これからの方向性をある程度見定めることが出来た。


 『隠密』と『噛みつき』の星――熟練度というらしい――が最大であることから一定以上の効果は見込める。試しに蜥蜴の骨を噛ませたら、いとも簡単に噛み砕けたので、生身の生物であれば致命傷を与えるのも容易に思われた。

 更に重要なのは自分よりも体躯の大きい対象に与えるダメージを増加させる『ジャイアント・キリング』で、身体の小さいカリスタにとってはこれ以上無いシナジーを発揮するのだ。

 また対象との大きさに乖離があればあるほど、効果は大きくなるという。

 そういった観点から鑑みるに、戦王鼠ドフはカリスタに巨獣をも食らう強力な牙を与えたと言っても過言ではないだろう。


 因みに『狂戦士化』は、狂戦士状態という精神異常を引き起こすというもので、『不屈のこころ』を所有するカリスタに行使は不可能であった。


 事実を知った麗華は残念に思ったが、話を辿っていくと悪い話ではないようだった。


 まず狂戦士状態によって得られる恩恵は身体能力の爆発的な向上で、その対価に理性と正気を支払う事になる。

 戦王鼠ドフがそんな危険を孕むスキルを分け与えたのは、兵隊が狂戦士状態に陥った状態でも御することが可能だったからだ。

 その能力こそが、『笛之音』。

 鼠型魔物全ての行動を、当人の意思を無視して操ることの出来る強力な能力で、『狂戦士化』を強制発動させ、意のままに鼠の群れを操っていたのだ。


 当然、『不屈のこころ』を有するカリスタに笛の音は届かず、狂戦士化にも抵抗することができた。

 つまり、『不屈のこころ』あってこそが今であり、狂戦士状態に陥るようであれば今は無かったのである。



「――と、ざっとこんなもんか。とどのつまり、今お前に出来る事はただひとつ」


 話を纏める形で、麗華は結論を出す。


「隠密で隠れる! そしてジャイアントキリングを活かして割と大きめの魔物を噛みつきの一撃で仕留めて回る!」

「自信満々で言われても、それしかないだろ」


 彼女の出したごく当然の結論に呆れるカリスタ。


「知力Cを――舐めるなよ」

「人間ってもっと頭良いと思ってたんだがな」


 もはや人間として何か大切なものを失っている麗華に、彼は冷ややかな視線を送る。

 するとカリスタはステータスに目を通す。テイムの際にできた繋がりから、彼女とその配下の情報を閲覧する事が可能なようで、それを使って彼は麗華のステータスを見ていたのだ。



 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【宇多川 麗華 Lv.3】

闘力:1 魔力:1 戦力:1


体力:F 筋力:F 敏捷:F

気力:F  術力:− 知力:C


『皆殺の型:☆☆☆』『不殺の型:☆☆☆』

『軍団統率:☆☆☆』『調教:☆☆☆』

『モンスター・テイム:☆☆☆☆☆』

『魔王之御使:---』『全世界言語:☆☆☆』

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「主の下ならば、『調教』によって俺の成長が早くなる――だったか。それはそれとして、現状頭数が少ない以上、主自身がどこまで戦えるかが重要になってくる……ん、レベルが上がっているな。最初から3だった訳ではあるまい。何か殺したのか?」


 麗華のステータスを観察し、問題に鋭く切り込んでいくカリスタ。


「まぁね。あの、何だっけ。でかいオケラかバッタっぽいやつ」

「――まさかケイブホッパーか? よく殺せたな。この場所でのヒエラルキーは低い方だが、それでも最下位という訳じゃない。俺の同族の成体が数匹で一匹逃げられるかどうかだ」


 どうやらケイブホッパーは、屍肉鼠では手に負えない存在だったらしい。


「そう考えると、主の評価を改める必要があるな」

「まぁセコい手使ったってのもあるけど、力じゃギリギリ押し勝てた感じ? なんか急に力が湧き出たんだよな」


 セコい手、とはタバコの煙の事だが、そう毎回使ってられる手ではない。現にボックスの中のタバコはもう数本で、せいぜい相手にできてあと一体程度であった。


「力が湧き上がる――か。やはり、型とやらじゃないか? 筋力の上昇ということは、間違いなくそれが発動したと思われる」

「珍しいのか? それ」

「知らん。ただ、使えそうだ。気力量によって効果が増すようだし、主の場合は気力を鍛えるべきだろう」


 カリスタの熱弁に、「なんか私、指導されてない?」と麗華が呟くように、主従逆転の兆しが見え始めたところで、彼はとある異変に気付く。


「――主。一つ聞くが、前は見えているのか?」

「ん、どゆこと? 人生における前だったら詰んでるけど……」

「全然違う。『暗視』が無いのだ。少なくとも、ここの魔物は全て暗視をもってる筈だ。暗い通路故、それなくばまともに前さえ見えない」

「言われて見れば――視界に苦労はないな」


 カリスタはすぐさまステータスを確認した。

 ――そもそもとして、ステータスは自分のものしか見ることが出来ない。

 こうして主のものを、更に言えば不特定多数の魔物のステータスを参照出来るこの現状は、異常というより他ない。

 そういったことから、ステータス参照に関する何らかの能力の記載があって然るべきなのだが、主にはそれがない。

 更に暗視まで無記載なのだという。

 そこから導き出される答えは――。


「『魔王之御使』、か。魔王とやらから力を得るらしいが、まさか暗いところで目が効くという事だけではあるまいに」


 カリスタは考えを巡らせ、そして閃いた。


「おい主、服を脱げ」

「な、なな、大胆だな、お前」

「違う。ひょっとしたら『魔王之御使』の効果の答えが出るかもしれない」


 尋常ではない剣幕のカリスタに気圧され、麗華は言われるがまま服を脱いだ。

 服をたたみ、生まれたままの姿になった麗華はカリスタの前で正座をし、泡姫の如く地に手をつき、頭を下げた。


「お背中、お流します」

「お前が流れろアホ」


 カリスタは全力の体当たりで麗華を水路へ突き飛ばし、体に力の篭っていなかった彼女は衝撃のまま水の中へ誘われた。


「溺れる! 溺れるって! 私泳げないんだって!」

「――さて、どう出るか」


 カリスタは水中で藻掻く麗華の様子をしばし観察する。しばらくすると、じたばたしているだけだった麗華の様子に変化が出てきた。


「お? なんか浮くな」


 身体の変化に気付いた頃には彼女は水中で暴れなくなり、それどころか水中を魚のようにすいすいと泳ぎ出したのだ。


「すげぇ! 二秒で沈んでたのに泳げるようになってる!」

「それはそれで泳げな過ぎでは」


 しかし、カリスタの仮説が正しかったことがこれで証明された。


(ステータスは全てを物語る。仮に主が水泳を得手とするならば、能力としてそこに必ず記載がある。しかし主にそれは無かった。したがって主が生来泳ぎが不得手か、凡庸なのは確実であった。だがこうして、魚の如き泳ぎを見せている以上、『魔王之御使』とは――)


 他にもおかしな点はあった。

 この迷宮内は実に蒸し暑い。前にこの迷宮へ入り込んだ人間を見たが、あまりの蒸し暑さに汗を滝のように流していた。

 しかし麗華は汗一滴流している様子は見られなかった。


 蜥蜴の肉片を齧っても尚、腹を下さなかったのもそうだ。問題は鼠の食い残しという点ではなく、蜥蜴の肉である事。あの蜥蜴の肉には毒性があり、腐った屍肉を食らってでも命を繋ぐ屍肉鼠でも腹に異常をきたすくらいだ。


 精神的な面にもいえる。

 麗華はあまりに図太過ぎた。

 ケイブホッパーを殺したというが、並みの神経をしていればまともに向き合うことすら叶わないだろう。


 これらの条件から鑑みて、カリスタはある一つの結論を導き出した。


「主よ、一部分かったことがある。『魔王之御使』についてだ」

「ん、どんなこと?」


 麗華は水路から自ら身体を引き上げ、びしょびしょに濡れた髪を犬のように揺さぶって水を払った。


「一つは主も勘づいていたとは思うが、他者のステータス閲覧。そして二つ目は……何と呼ぶべきか。まぁ敢えて言うならば――」


 ――環境適応能力。


「それも、熟練度最大級の恩恵を得ていると思われる」


 カリスタはそう言い切って見せた。


「尤も、それが全てだと決まった訳じゃない。分からない事が多過ぎる以上、他に何かある可能性もある」

「――カ、カリスタ。お前……」


 麗華は驚異の観察眼を見せるカリスタに目をぱちくりさせ、驚愕を隠せずにいた。


「ホントに、ホントに知力D……?」

「まだ引き摺ってるのかアホ」


 人間、齧歯類にアホと言われたらお終いである。

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