episode 3 魔王軍結成

 それは蹂躙だった。

 多勢を以って無勢を甚振る、単なる陵轢りょうれき行為。

 強者にこそ許されし理不尽な横暴。

 麗華の眼前で繰り広げられる虐殺は、そう表現するのが実に的確であった。


 まるで竜の如しと謂わんばかりの、他を圧巻する威容のタイラント・リザード。彼女はそれの持つ桁外れの巨体と、“また別の傑物”が放つ覇気のようなものを同一視してしまっていた。

 その為、一目した際、“桁外れの強者の風格”を風貌のインパクトが強いタイラント・リザードに重ねてしまい、大きな勘違いを犯していた。

 本物の強者は大蜥蜴ではなく、戦王鼠ドフだった。


 ――否、タイラント・リザードは強い。

 麗華が先ほど死にかけた、ケイブ・ホッパーを相手するのとは訳が違う。

 いくら束になって掛かろうと、それこそ銃だの最新鋭の装備に身を包もうと、人間と怪物との間にある歴然たる力の隔たりを理解せしむるほどに、タイラント・リザードは強い。


 しかし彼の大鼠、戦王鼠ドフは瞬く間にそれを屍肉へと変貌させた。自らは一歩も動く事なく。


 背には一際長い臙脂色えんじいろの体毛が、一本の線を引くように逆立ち、基礎となる上品な黒色の毛の中には煌めきを放つ金色の毛がメッシュのように散らついている。

 その凛々しき姿は、背後から見ても正に“王”と呼ぶべき威厳を放ち、従える鼠の魔物との間に貴賎の隔てを確かに感じさせた。


 戦王鼠ドフが「――ピーッ」と笛の音のような鳴き声を発すると、配下の鼠は一斉にタイラント・リザードへと群がる。

 上下左右に入り乱れ、地面、壁、天井から襲い来る鼠の大軍に、狭い場所では窮屈故に敏捷に欠けるタイラント・リザードは一切の抵抗も許されぬまま、ほどなくして全身を鼠で埋め尽くされた。

 以降、鼠の強靭な咬筋力を以って肉を削られていき、ものの十数秒の間で生命活動を停止させられていた。


「嘘……でしょ……」


 麗華は口元を覆い隠し、恐れと驚愕が混濁した意識の中、一部始終を目撃していた。見上げる程の大蜥蜴が、自分の何倍も小さい鼠に貪られ、次第に骨だけの姿になっていくその様子を。


 ――やがて食うべき肉さえ無くなると、戦王鼠ドフの率いる軍はどこかに行ってしまった。

 その場に残されたのは、化石の標本のような姿に成り果てたタイラント・リザードだけであった。


 ……に、思われた。


「なんだ……? あいつ……」


 麗華は大蜥蜴の骨の近くに、血に塗れた毛玉のような物体が転がっていることに気付く。恐る恐る近づくと、それは微かに蠢いていた。


「お前、食いっぱぐれか」


 蹲るように転がる血濡れの毛玉の正体は、小ぶりな瀕死の鼠だった。他の鼠よりも一回り体の小さいその鼠は、一目すれば子供のようにも見えたが、どうもそうではないようだった。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【屍肉鼠 Lv.1】

闘力:2 魔力:2 戦力:2


体力:F 筋力:F 俊敏:E

気力:C ( – ) 術力:− 知力:D


『不屈のこころ:★★☆☆☆』

『狂戦士化:★★☆』『噛みつき:★★★』

『ジャイアント・キリング:★★★★☆』

『隠密:★★★』『暗視:★☆☆』

『矮躯なる者:---』


解説:死肉を貪る鼠の魔物。時折、体の小さな個体が発生するが、それらは同種間に於いて不吉の象徴であり、しばしば忌避される。

※当該個体は、戦王鼠ドフの能力『戦王』によって能力を分け与えられている。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 矮躯なる者。

 そして解説文。

 これらが、この鼠の境遇を物語っていた。

 力の弱さに見合わぬ能力群も、全て解説の通りであるのならば頷ける。戦王鼠ドフの力によって強制的に強化され、従属させられていた他の鼠たちの手によってこの様な姿にさせられたに違いない。身体のあちこちに散見される細やかな咬み傷は、とてもタイラント・リザードに負わせられるものではないからだ。

 無論、この鼠自身も強くなってはいるが、数の暴力の前では成す術もなかったのだろう。


 ――だが、ここである能力に目がいった。

 戦王鼠ドフに与えられたものでもない、恐らくはこの鼠が生来持っていると思われるものだ


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

『不屈のこころ』:

何者にも屈することのない心を持つ。

精神的な状態異常を完全に無効化し、自らの意思による従属以外の強制支配をも跳ね除ける。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


 道理で合点がいった。

 この鼠は、あの戦王鼠ドフの支配を受けていないのだ。『戦王』の能力によって力を分け与えられてはいるが、支配下には置かれていないのだ。

 つまり、他の鼠にとっては大蜥蜴となんら変わらぬ敵でしかなかった。故に、攻撃の対象として甚振られたのだろう。

 命まで取られていないのは、不幸中の幸い。

 戦王鼠ドフの号令に忠実に従ったから直ちに場を退いたものの、あのまま鼠の大群が留まっていればきっと殺されていたことだろう。


 麗華は、この鼠に興味が湧いた。

 そして、試したくなった。

 満身創痍の鼠が麗華に気付き、何かを訴えるかのような目で彼女をじっと見て来たのだ。

 その眼には、決して折れぬ強い心が宿っているふうに見える。


 彼女は手探りで、自らに宿るあの能力に意識を注いだ。

 ――『全世界言語』である。


 刹那、麗華の体に変化が起きた。

 目に見えるような変化ではないが、確かに彼女の中で、かの能力が行使された。

 それに気付けたのは、ステータスを開示したときに近い感覚が彼女の脳天を突き抜けたからだ。


「――お、れ……は、ま……だ――」


 彼女は直感的に理解した。

 これは鼠が自分に対して発している言葉であると。


「助けてほしいか?」


 この状況でも、生への執着を見せる鼠に対して問いかけた。出逢ったばかりの、しかも異種族の庇護を受けてまで、お前は生き延びたいのかと。


「……ぁ」


 鼠は、微かに頷いた。



 その瞬間、麗華と鼠との間に、不可視の“線”が繋がった。魂の奥底で共鳴し合うような感覚が、一人と一匹を包み込む。

 不屈を以って王の支配を撥ね退けた鼠の心が、死への抵抗と復讐心を原動力にし、彼女の支配下へと自らの意思で下ったのだ。


 本来であれば、モンスター・テイムの力では不屈のこころは折れないはずであった。しかし、時として運命は数奇であり、例外に満ちている。

 鼠は直感的に悟った。

 この者こそ、不屈を捧げるに値すると。

 無慈悲なる王よりも。

 冷酷なる同胞よりも。

 この無頼で脆弱そうな人間こそが、己の命を救い、また己の力を欲している、と。


 ――こいつ、面白そうだ。


 その時、強き弱者は初めて憎しみ以外の感情を抱いた。徐々に朧になる意識の中、その人間は口にした。


「死ぬほど扱き使ってやっから覚悟しろよ」


 望むところだ。

 死ぬほどの苦境なら、もう飽きるほど越えてきた。

 鼠は静かに深呼吸をし、安堵と期待を胸に休息についた。



 これが、後に世を戦乱の時代にへと変貌させる、魔王軍結成最初の瞬間であった。







【魔王軍 Lv1】

 総戦力値:3







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