第2話 俺はもう生きてはいけないかもしれない
「言葉通りの意味です。人前でも二人きりでもどんな時でもハグしようとしたりしないでください。できれば話しかけたりもしないでほしいです」
頭の中でさっき妹に言われた言葉がずっと再生されている。
すでに妹の姿はなく俺はただただ呆然と立ち尽くしている。
「だから言ったよね? ツンツンしかしてないって。これはルースくんも妹離れをするしかないんじゃない?」
「…………」
後ろからシャルの声が段々と近づいてくる。
「だから……私と結婚してよ」
蕩けるような妖艶な声で耳元に呟いてくるシャル。
シャルは王族だ。クラスメイトは誰も知らないけど。
もうずっと前から俺に求婚してくるようになった。シャルだけは俺の力を知っている。
多分俺の力を王族に欲しいんだろう。
「…………」
「まあ、今はもうこれ以上は言わないよ。でもこれでルースくんも分かったんじゃない? メルちゃんはもう君とは離れたいってことを」
じゃあね、そう言ってシャルは去って行く。
俺はまだ妹に言われたことが頭から離れない。
すると校内全体に風魔法による放送がかかる。
『本日全クラスの5限、6限の授業は中止し、勇者様による講演会を行います。全校生徒は至急大講堂に集まりなさい』
どうやらメルの訪問により授業が中止になったらしい。
「とりあえず行くか……」
まだショックが抜けないが行くしかない……。
俺は大講堂に向けて足を向ける。
そこにさらなるショックが待っているとは知る由もなかった。
――――――――――
「私は今回の魔物討伐では…………………」
妹が壇上で話している。
俺はそれを全校生徒に一人としてただ聞いている。
さすがメルだ。緊張もせず全校生徒に向けて話せている。
「ねえルースくん。あれ見て」
今は大講堂でクラスごとに整列している。
後ろにいるシャルがメルと共に壇上に上がっているグループを指さす。
たしかメルのパーティーだ。妹を入れて5人のパーティー。
右から筋骨隆々な剣闘士の男、銀の長髪が特徴的な魔法剣士の女の子、猫耳が生えた弓使いの獣族の女の子、金髪イケメンの賢者の男。
名前は興味ないから知らない。
「どいつを見ればいいんだよ」
「ほらロペス君だよ」
「ロペスってだれだよ」
「妹のパーティーメンバーくらい覚えてなきゃ。ほら一番左にいる金髪の賢者の子」
言われた通り見てもただの金髪イケメンにしか見えない。
「ただの金髪イケメンにしか見えないぞ」
「はぁ~、まだメルちゃんに言われたことを気にしてるんだね。あれに気付かないなんて………」
妹が関係してるのか………。
再びロペスを見る。そしてメルも見る。
するとあることに気が付いた。
「おい、あれって……」
「あ、やっと気づいた? メルちゃんがロペス君のことチラチラ見てること。いつものルースくんならすぐに気づいたのに」
誰にも気づかれないようにしているが、いつもの俺なら気付くはずの異変。
メルが頬を赤く染めロペスとやらをチラチラ見ていることを。
まるで恋する乙女のような顔で。
「おいおいおい、これは……」
「これはまるでメルちゃんがロペス君に恋してるみたいじゃないか、でしょ?」
俺の言葉に続けるようにシャルが言う。
「仕方ないんじゃないかな。メルちゃんもいい年頃だし、好きな人の一人や二人いたって普通だよ」
「何言ってるんだよ。メルに恋愛はまだ早い」
「そういう所がメルちゃんに嫌われることの一因なんじゃないの?」
「……………」
たしかにそうかもしれないな……。
メルも勇者とはいえ14歳の女の子だ。恋の一つくらい経験してもおかしくない年頃だ。
しかし!
「でもメルに聞きに行く」
これだけは譲れない。メルに真実を聞きに行く。
本当に好きなのかと。
「それはやめておいた方がいいと思うけど……」
シャルが行かないほうがいいと忠告してくれる。
俺もそう思うが行かなければ。行って問い出さなければ。
はやる気持ちを抑え、妹の話は終わり全校集会は終わった。
——————————
自然と足が速くなる。
集会が終わり早速メルのところに向かう。
メルに言われたことはしっかり記憶に残ってる。多分一生忘れられないだろう。
しかしだからと言って俺が妹から離れるなんて結論は出ない。
「いた!」
メルの居場所はもちろん魔力や匂いでわかっていた。さすが俺の兄センサーだ。
「メル!」
「……兄さん……」
あからさまに嫌な顔をされ少しショックを受ける。
メルの周りにはメルのパーティーメンバーもいる。当然ロペスという金髪イケメンもいる。
「もう話しかけないでって言ったじゃないですか……」
「……1つだけ聞きたいことがあって……」
「なんですか……」
完全に嫌な顔で対応されるも聞かなければ。
妹のパーティーメンバーに聞かれないように少し距離を取る。
「……メルお前……あのロペスって賢者のこと好きなのか?」
「…………」
妹は一瞬驚いたような顔をしたかと思うとすぐに顔全体を真っ赤にさせる。
どうやらビンゴらしい。
「ど、どうしてわかったんですか?」
「俺がメルのことで分からないことなんてあるわけないだろう」
メルは大きく深呼吸するとすぐにいつも通りのクールな勇者に戻る。
「別に兄さんには関係ないことです。わかったらもう話しかけてこないでください。それに余計なこともしないでくださいね」
そう言うと颯爽とパーティーメンバーの所に戻ってしまった。
遠くでは「あの人って……」「一応兄です……」「やっぱり……意外と普通なんだね……」「私にはもう関係ない人ですけどね」などとメンバーと話す声が聞こえてくる。
最後の一言はかなり傷ついた……。
それにしても妹に好きな人ができたとは……。
「しかしあのロペスって野郎……なんだか気になるな……」
俺が妹と話している最中、奴はこちらを見ていた。もちろん他のパーティーメンバーも見ていたが奴の視線には何か嫌なものが混じっていたような気がする。
「これは調査をする必要があるな……」
メルに関わるなって言われてなかったかって? お兄ちゃん、そんなんじゃめげないよ!
傷ついても傷ついても立ち上がる、それがお兄ちゃんだからね!
――――――――
アルトリア魔法学院は王都アルトリアにある10年制の学校だ。
魔法に適性のあるものが毎年100名ほど入学を許可される。
現在俺は7年生。妹は6年生だ。3年生までを初等部、6年生までを中等部、10年生までを高等部というふうに分けられる。
その中で特にとりわけ賢者という職業は特別だ。ありとあらゆる魔法を習得した者にだけ与えられる職業である。現在賢者の名を名乗っていいのはロペスという奴だけだ。
あれ? これ妹と釣り合ってるんじゃないか? と思わないでもない。しかし人は見かけによらない。
いかに金髪イケメンの天才魔術師であろうと裏では何をしているかわかったもんじゃない。
それにあの時の視線……。奴には絶対になにか裏がある!
ということであれから1週間後。
俺は今隠れて妹たちを尾行している。
サイレントインビジブル。
俺のオリジナル魔法。光魔法と風魔法の混合魔法だ。
光魔法で光を屈折させ姿を消し、風魔法により足音やら匂いやらを完全に消す。
いかに勇者であっても気付かれはしないだろう。
しかし……
「ッ!」
「メル殿、どうかしましたか?」
「いえ……何でもありません。気のせいでした」
メルが何かに気づいた様子で俺のいる方に視線を向ける。
さすが妹だ。俺の気配に気づくとは……。
現在メルたちは冒険者ギルドでクエストを受けている。
冒険者ギルドでは魔物退治から猫探しまで様々なクエストが受けられる。
「ゴブリンによる近隣の村での被害が酷いですね」
「たしかに酷いニャ。私たちが退治するニャ」
「ええ、このクエストでいいと思います。ですね、ロペス殿」
「ああ、これは僕たちが処理しよう。もう1ヶ月も放置されて困っているだろうからね」
どうやらメルたちは南の森近辺の村から出されたゴブリン退治のクエストを受けるようだ。
ゴブリンは大して強くないもののボスを中心に集団を形成し、頭も回る意外と小賢しい魔物だ。
前衛、後衛がしっかりとしたパーティーなら簡単に片付けられる強さ。
しかし報酬がかなり低いせいか誰も受けようとはしない。多分襲われた村の資金繰りが危ないせいだろう。
それにしてもパーティーのリーダーは賢者の野郎か。
まぁメルは優しすぎるからリーダーにはあまり向いてないのかもしれない。
「じゃあさっさと行って片付けようぜ! 俺たちなら楽勝、楽勝!」
筋骨隆々の剣闘士がめちゃ大きな声で言う。
「うるさいですよ、マーク。周りに迷惑です」
「気合い入れようとしただけだぜ! リリィももっと気合い入れろ!」
「はぁ……あなたと話していると頭が痛くなります」
「んだと!」
「リリィさんもマークさんも落ち着いてください」
「…………」
「……すまない」
少しドスのきいた声で仲間を諭すメル。
さすが我が妹。凛々しい。
「さて、早速ゴブリン退治に行きましょう」
「おう!」
「ええ」
「はい」
「さっさと行くニャ!」
ロペスを筆頭に南の森へ向け出発するようだ。
俺は再び尾行を開始する。
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