最強の兄はシスコンですがなにか?

@falldoubt

第1話 妹は勇者

 


 「はぁー……」


 大きな悩みのせいで大きなため息がこぼれてしまう。

 場所は教室。今は攻撃魔法の授業中だ。確か闇魔法の対処法だったか。

 学校の授業なんて妹のことに比べると些細なことだ。どうでもいい。


 「ルースくん。どうしたの?」


 隣から鈴の音のような綺麗な声が聞こえる。

 俺にとってはもう馴染みの声だ。

 ちなみにルースというのは俺の愛称でセウルスだからルースだ。

 そう呼ぶのはこいつだけだが……。


 「まあどーせ、メルちゃんのことでしょうけど」


 半ば呆れたように話すのは金髪赤眼の美少女クルル・シャーロット。

 かれこれ10年の付き合いのある幼馴染だ。みんなからシャルと呼ばれている。

 長い付き合いということもあって俺のシスコンぶりをよく分かっている。


 「あのなシャル。俺はどんな時でも妹のことを考えてるし妹の幸せを願ってるんだよ」

 「さすがのシスコンぶりですね……。何回聞いてもドン引きです……」

 「ふん、ほっとけ……」


 俺にとってシスコンという言葉は誉め言葉でしかない。シスコン万歳。

 

 「そういえばこの前メルちゃん帰ってきたんだって? もう会えたの?」

 「それがメルの奴、この前1か月と2日ぶりに俺と会うのだけは嫌だって言って会ってくれないんだよ……。はぁ~……とうとう兄離れの時期が来てしまったのかな……」


 俺の妹ジル・メルディー。勇者として王都防衛に励んでいる。

 超絶可愛い俺の妹。怪我してないと良いけど……。つかもし怪我してたら怪我させた奴は見つけ出して殺すけど。

 はぁー……会いたいなぁ。

 

 「もうずいぶん前から嫌がられてましたけどね……。それに私もルースくんのような人が兄だったら嫌で嫌でたまらないと思いますけど……」

 「ふん、分かってないなシャル。妹はツンデレなんだよ」

 「いやあれはそういうレベルを超えてると思うけど……。ツンデレというよりツンツンしかしてないけど……」

 

 やはり10年の付き合いといっても妹のことはまだまだ分かってない。

 妹はツンデレで間違いない。今はまだデレてないだけだ。


 「そんなことよりメルちゃんにはいつ言うつもりなの?」

 「ん? 何のことだ?」

 「だからメルちゃんが勇者になれたのはルースくんのおかげだってことを」

 

 シャルは俺の力のことを知っている。

 俺が聖剣を脅して妹が勇者に選ばれるように仕組んだこと。もちろん魔王のことも。


 「そのことは言うつもりもないよ」

 「……そう、ルースくんがそのつもりならいいんだけど……」


 そんなたわいもない話をしていて授業は終わってしまった。

 さっきの授業は4限目。ということは昼休みになった。シャルは性格や見た目とも相まってみんなから人気だからいつも大勢のグループの中心にいる。俺はというといつも教室で一人で食べている。

 

 勇者の兄というと破格の肩書があるにも関わらず。

 

 もちろん最初はみんなから興味を持たれた。しかし時が経つにつれ俺のシスコンぶりに周囲はドン引き。

 

 いつのまにか孤独になった。


 それに俺は容姿も普通、成績も普通という何の特徴もない人間だ。本当に兄妹なのかもみんなから疑われたこともある。

 しかし孤独は素晴らしい。常に妹のことを考えられる。

 

 しかし今日は少し特殊なことが起きた。

 クラスメイトから話しかけられたのだ。


 「セウルス君、一緒にご飯食べない?」


 オレンジがかった髪を肩で揃えた可愛らしい女の子が話しかけてきた。もちろん可愛さは妹に劣るが……。

 確か名前は……


 「ポパラさんだっけ?」

 「そうだよ。ポパラ・アンジュ。アンジュって呼んでよ。よろしくね」


 まさか女の子から話しかけられるとは思ってなかった。

 しかしこういうことはよくある。妹とぜひお近づきになりたいという子は多いのだ。


 「申し訳ないんだが妹は現在兄離れ中だから紹介してあげられないぞ」

 「違うよ! 僕はセウルス君と仲良くなりたくて話しかけたんだよ!」


 必死そうに言ってくるアンジュ。嘘は言ってないようだ。しかし疑問が湧き出てくる。


 「俺と仲良くなりたいなんて珍しいな。どうしてだ?」

 「友達になりたいのに理由なんてないよ」


 しかし相手は異性、女の子だ。しかもとびっきりの美少女。

 妹には劣るがなかなか可愛い。そんな子が俺と理由もなく友達になりたいなんてあり得るのか。

 

 「それに多分セウルス君も勘違いしてると思うけど僕は男の子だからね」

 「…………へ?」


 ボクオトコノコダカラネ。なにかの呪文か?

 

 「ごめん、もう一度言ってくれ」

 「だから僕は男の子だからね! やっぱり勘違いしてたんだ……。みんな最初は僕を女の子だと思っちゃうらしいんだよね」


 それはそうだろう。こんな可愛い子が男だとは誰も思うまい。

 クリッとした大きな瞳に薄い唇、中性的な整った顔立ち。さらに背丈も低く、小柄で庇護欲をそそられる。男と言われた今でも正直女の子にしか見えない。

 

 「それはすまなかった。てっきり女の子だと思っていた」

 「いいんだよ。それより早く食べよう。僕もうお腹ペコペコだよ」


 そう言うと俺の正面に机をくっつけて座り、小さな風呂敷に入ったお弁当を取り出す。お弁当の中身は小さなサンドイッチが3つ。


 「そんな少なくて足りるのか?」

 「うん。僕少食なんだ」


 小さな口に小さなサンドイッチを頬張りもぐもぐと食べている。

 それに見習い俺も手元のお手製の弁当を食べる。


 「セウルス君は——」

 「セウルスでいいぞ。同い年だろ」

 「わかった。じゃあセウルスは妹さんのことがすごい好きなんだね」


 俺の溢れ出る妹好きはすでに周囲に認知されている。

 

 「ああ。妹を愛してるし妹は俺の自慢だ」

 「あはは、確かにすごいよね、妹さん。僕たちより年下なのに勇者で性格もよくて。僕もあんな妹欲しかったな」

 「そうなんだよ! メルは凄いんだ! 容姿端麗、品行方正、成績優秀! それに厳しい修行にも決して弱音を吐かない心の強さ! とんでもなくできた妹なんだよ! この前なんて――」


 はっ! またやってしまった。

 くそっ! もう少し簡潔に分かりやすく伝えられれば……。アンジュにしっかり伝わったかな、妹の魅力。

 シャルによく「ルースくんは話が長いから(妹の)もう少し簡潔に伝えた方がいいよ」と言われる。


 今も長ったらしく語るところだった。でも魅力溢れる妹を簡潔に伝えるなんてとても難しい。

 おそるおそるアンジュを見ると驚いたようにくりくりとした目をぱちくりさせている。


 「すまない、つい」

 「全然大丈夫だよ。妹さんのことが大切ってすごい伝わってきたから」


 どうやら俺の妹への愛は伝わったらしい。良かった。

 すると突然廊下の方でザワザワと喧騒が聞こえてきた。


 「どうしたんだろう?」

 「さあな」


 妹のこと以外どうでもいい。

 しかし喧騒の中に無視できない音が混じっている。

 足音だ。この歩幅、この音。

 そして何より兄センサーがビンビンに反応してやがる。もちろん下ネタではないぞ。


 「キャー! 勇者様よー!」

 「あ、握手して下さい!」


 やはり妹が来ているらしい。

 頬が勝手に緩るんでいき、気分が高揚してくる。


 「妹さん来たんだね。今日来るって知ってたの?」

 「いや、知らなかった。悪いちょっと行ってくる」

 「あっじゃあ僕も行く」


 廊下に出ると自然と早足になってしまいアンジュはついてくるのが精一杯といった感じだ。

 しかし遅くするつもりはない。

 早く妹に会いたいのだ。


 次第に近づく喧騒に胸を踊らせる。

 人垣が見えると我慢できず走り出す。

 中央にいるであろう妹に会うため人垣をかき分けて行く。

 匂いが、気配が、魔力が妹の存在を知らせてくれる。

 そしてついに俺と同じで特徴的な艶やかな黒髪が見えた。

 そこには天使……いや妹のメルがそこにいた。

 1か月と3日ぶりに会う我が愛しの妹。


 「メル! 我が愛しの妹よ!」

 

 抱きしめたい。匂いを嗅ぎたい。肌で妹を感じたい。ああ、愛しの妹メルディー。

 お兄ちゃんが今行くよ。


 そして俺に気付いたメル。

 当然俺は両手を広げいつでも妹がこの胸に飛び込んで来れるように準備する。

 さあ、いつでもおいで!


 ……………………………………


 

 あれ? いつまで経っても妹の体温が感じられない。

 そうか、久しぶりの再会で照れてしまってるんだな!

 

 うっすらと目を開けるとそこには妹はいなかった。


 あれれ~おっかしいな~。

 俺の想像では「に、兄さんみんなが見てます……」と頬を赤く染めた妹が目の前にいるはずだった。

 しかしどうだろう。目の前には呆れた顔で立っているシャルだけ。


 「メルはどこ行ったんだ?」


 シャルに聞くと無言で俺の背後を指さす。

 振り返るとそこにはみんなに笑顔を振りまくメルの姿。

 なるほど……ツンツンしてお兄ちゃんを困らせようなんて可愛いことを考える。


 「では少し趣向を変えるか……」


 今度は静かに近づき紳士的に声をかける。


 「やあ、久しぶりだな、メル」

 「あら兄さん、お久しぶりですね」


 やはり妹は少しツンツンしてるようだ。

 いつもより口調が硬い。

 

 「皆さんすいませんが、少し兄と二人きりでお話したいので……」


 そう言うとあら不思議、廊下から人がいなくなる。多分幻惑魔法の一種だろう。見事な手並みだった。

 それよりもメルが二人きりで俺と話したいだって。

 こんなうれしいことはない。

 

 「兄ちゃん会いたかったぞ!」


 妹をハグしようと両手を広げる。

 しかし妹は俺の両手から逃げるように三歩ほど後ろに下がる。

 まだ照れてるのか……。


 「一体どうしたんだ? 今は二人きり、兄ちゃんに甘えていいんだぞ」

 「兄さん……」

 「ん? なんだい?」

 

 「もうそういうのやめてください」


 めちゃくちゃ冷たい目でそう言われた。

 背筋がぞくっとするほどの冷たさだ。

 何の感情も見えない。ただゴミを見るような視線が妹から放たれる。


 「も、もうやめてって……」

 「言葉通りの意味です。人前でも二人きりでもどんな時でもハグしようとしたりしないでください。できれば話しかけたりもしないでほしいです」


 

 Oh my God……。

     

 

 

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