ロイヤルミルクティー

 俺がレジーナ達、最前線組に追いつく頃にはウォールベア二体を三人づつで相手をしていた。


 相手は3メートルもある巨大な熊だ。

 これぐらいデカくなるとレジーナの細剣では分が悪くないか? と思ったのだがそんな事はなかった。


 アルバートがウォールベアの爪を斧で受け弾く、その隙をレジーナともう一人が果敢に攻め立てる。


 素晴らしい連携だ。


 もう一体のウォールベアもリトアの仲間の三人組が圧倒している。

 中距離の俺は仕事がないんじゃないか?

 そうこうしている内にも後方から魔術が放たれウォールベアの体力を削っていく。


〈おい。西からさらにもう二体魔物だ。珍しいな、トックリクスだ〉


 なんだそれ? どんな魔物?


〈魔術を使う魔物だ。鳥類だから厄介だぞ。遠距離攻撃ができる者を集めろ〉


 まずそうだな。

 俺はすぐに全員に声をかける。

 

「逆からさらに魔物だ!! トリックスが二体!」


 指導者のジョブ効果『伝達力向上』のおかげか、多少後方には距離があったものの問題なく全員に伝わる。

 リトア達後方部隊は早速警戒に入る。


〈おい。違うぞ。トックリクスだ〉


「名前間違った!! トックリクスだ!! 空からだ! 遠距離攻撃ができるやつは後方へ!」


 前線は丁度リトア達の仲間が相手をしていたウォールベアが倒れるところで、さらにレジーナ達が相手をしている方もあと一歩だ。

 

 手傷を負ったウォールベアは無茶苦茶に両手を振り回し始める。

 リーチのある両腕を振り回すものだから中々近づけない。


 さっさと倒さないとまずい。

 中距離の俺が行くべきか?


〈お前の腕では巻き込まれるのがオチだ、手負いの魔物を甘く見るなよ〉


 やめておこう。

 俺は余計な事はしない主義なのだ。


 余計な事といえば思い出す。

 あれは俺が大学生の時だ。





 俺は大学生の頃、一時期ファミレスでアルバイトをしていた。

 キッチン担当でお肉を焼いたりポテトを揚げたりオムライスを作っては料理を出していた。


 午後22時までの仕事を終え、あとは夜勤の方々へのバトンタッチ。

 俺は一緒に勤務していた同大学の1年後輩の三塚と一緒に休憩室で少し話をしていた。

 そこにフロア担当のみきちゃんも仕事を終え合流。

 みきちゃんはかなり細身のかわい子ちゃんだ。

 おっぱいはちっぱいだがそんな事はどうでもいい。

 とても華奢で守りたくなるような子だった。


 そんなみきちゃんはスマートフォンを見ると「え!?」と呟く。

 何か重大な事件が起こったか、深刻な表情をしており今にも泣きそうだ。


 どうしたんだろう!?


 俺はどうしたらいいのかわからず、ただ何も出来ずにいた。

 三塚も驚いている。

 沈黙に耐えられなくなったのか三塚は心配そうにみきちゃんに声をかける。


「どうしたのみきちゃん?」


「あの……うちで飼っていた犬が……」


 それ以上言葉は続かず室内の空気が止まる。

 まるで音まで失われたかのように無言の空間がそこにはあった。


 みきちゃんの眼から涙が零れている。


 どうしていいのかわからず何もできない。

 三塚もそうだ。

 二人で何も出来ないまま時間だけが流れる。

 

 俺は思った。

 なんかしなければ!!と。

 みきちゃんを何とか元気づけなければと。

 将来の俺のお嫁さんだ。

 旦那の俺がしっかりしないでどうする。



 俺は何を思ったのか、休憩室を出ると隣のコンビニでロイヤルミルクティーのペットボトルを一本買った。


 休憩室に戻ると三塚がみきちゃんの隣に座っている。

 いや、正確にはみきちゃんが三塚の隣に座ったのだろう。

 三塚の座っている位置は変わっていない。


 俺は買ってきたロイヤルミルクティーをみきちゃんの前に置く。


「これ。よかったら……」


「……今は気分じゃないので……」


 みきちゃんは俺が置いたロイヤルミルクティーをそのままに帰って行った。


 俺はあの時、何を考えてロイヤルミルクティーを買ったんだろう。

 そしてなぜにロイヤルミルクティーだったのか。


 テーブルに置かれたロイヤルミルクティーが哀愁を漂わせている。


 …………完全に余計な事だった。

 

 ただいるだけでよかったのか?

 俺はいったいどうしたら良かったのか。


 その後、三塚とみきちゃんはお付き合いをスタート。


 あの時俺がコンビニなんぞに行かずにただそっとその場にいてあげれば。


 俺が彼氏だったんじゃないか?

 俺がいない間にどんな会話をしたんだ?


 三塚にロイヤルミルクティーを買いに行かせればよかった。

 というか、なんであいつはロイヤルミルクティーを買いに行かなかったんだ!?

 

 ふざけやがって!


 ロイヤルミルクティー買いにいけや!!


 三塚が買いに行ってれば俺がみきちゃんと付き合ってたわ!!


 俺が余計な事をしたばっかりに。


 だから余計な事はしちゃだめだ。

 だから俺はいまだに童貞なのだ。


〈ふん。愚かだな〉


 なんだよ! しょうがないだろ!? どうしていいかわからなかったんだ!


〈バカめ。話が違う。後方を見ろ。トックリクスが来ているぞ〉


 俺が昔を懐かしんでいる間にとっくにトックリクスが迫っておりリトア達が応戦していた。

 バカな事考えている場合じゃなかった!


 あれがトックリクスか?


 トックリクスは鷲の体に頭が蛇という異形の恐ろしい魔物だった。

 サイズはたいしたことがないが、あの見た目は凶器だな。


 リトアの土魔術だろうか、土でできた槍がトックリクスに迫るものの飛び回る魔物に上手い事当てることが出来ていない。


 飛んでいる魔物に当てるのはかなり大変そうだ。


 止まる瞬間を狙わないとだめか?


 アルバートとレジ―ナもウォールベアを倒し終わりトックリクスに向かう。

 飛んでいるってだけでかなりやりづらいな。


〈魔物が向かってきた瞬間を狙え〉


 それしかないよな。


 木々が邪魔をしておりトックリクスもこちらに攻撃を仕掛けるタイミングが難しそうだ。

 

 リトアが指揮を取る。


「前衛組で弓を使えるものは馬車から弓を取れ!! 魔術師組は火魔術以外で応戦を!」


 二体のトックリクスは旋回を続けているものの、何か様子がおかしい。


「風魔術が来るぞ! 全員備えろ!!」


 リトアの警告を聞いた俺達はさっそく木の裏へ身を隠す。

 風魔術使ってくるのか。


 適当に狙いをつけているんだろう。

 風の刃が俺達に降り注ぎ周辺の木々に風の爪痕を残す。


 しばらくすると風の刃は終わるが一呼吸するとまた降り注ぐ。


 これいつまであいつの魔力持つんだ!?


「リトア!! なんとかしてあの魔物に魔術当てられないの!?」


「当てられる! カール! ミドアール!!」


 リトアは戦士二人に声をかけると呼ばれた二人は待ってました!と言わんばかりにリトアの前に出る。

 手には全身を隠すことが出来る程の大きな盾を持っており、その盾でリトアを守る。

 リトアは詠唱を開始する。


〈土属性中級魔術だな。範囲の広い魔術でいっきに撃ち落とす気だろう。落ちてきた魔物に槍を入れろ〉


「【土嵐サンドストーム】!!」


 リトアが魔術を放つ!

 杖の先から膨大な量の砂嵐が上空に向って吹き出している。

 トックリクスはリトアを守る盾に集中しており、いきなり放たれた魔術に対応することができず二体とも地面に堕ちる。


 準備が出来ていた俺はすかさず止めを刺す為に槍を突き出す。

 

 トックリクスは俺の動きがわかっていたのか、すぐにその蛇首を俺に向け威嚇音を掻き鳴らす

 威嚇音は衝撃波となって俺に向ってくるように感じるがなんてことはない、気にせず魔物の胸を貫き、さらにもう一体にも槍を突きいれる。


 トックリクスはリトアの魔術で相当弱っていたのだろう、最後はあっけなく方がついた。

 リトアは俺をみて驚いた顔をしている。


「陽介、なんともない……のか?」


「なにが? 」


「トックリクスの魔術を正面から受けてたからな」


 ぜんぜん気づかなかった。

 あの威嚇音か?


〈そうだ。 あの威嚇音には魔力が込められていた〉


「あの威嚇音の事だよね? あれくらいぜんぜん平気」


 怪我をした仲間の治療を終えたローラは俺をまじまじと見てくる。


 なんだ?

 

「陽介さん、怪我はないようですね。それにしても不思議な方ですね」


「どういう風に?」


「ウォールベアとの戦闘では一歩引いているようでしたが、トックリクスの時は勇敢に攻めてましたね」


 あ…… ウォールベアの時は余計な事しないようにしてたもんなぁ。

 俺が余計な事しなくなった話でもしてやろうか?


 引かれるかな?


 リトアの仲間とレジーナ達は魔物から魔石と素材を剥ぎ取る。

 俺も手伝わないとな。


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