「ニヤニヤ」

「何ニヤニヤみてんだよ?」


 よつばはバレちゃった!?ってな顔で俺と目が合うと


「ニヤニヤなんて失礼ですよ! ニコニコですよ! 」


「一緒だわ! なに? さんじゅちゅ教えてほちいんでちゅか? 」


「あたしは忙しいんですぅ! あ~忙し忙し! ママぁ~!! 」


 よつばはそう言うとママのいるほうへ走っていった。

 わざわざ邪魔しにしやきやがって。


 あいつは会社でも俺が指導しているといっつもニヤニヤしながら観察している。

 何が嬉しいのか俺が質問対応なんかしているととても満足そうだ。


 俺は算術を覚えることの目的、メリット・デメリットをまず最初に伝える。


 学習だけじゃない。


 【目的】【メリット】【デメリット】はモチベーションの維持に不可欠だ。


 【目的】は何よりも大事だ。

 何のために算術を覚えるのか。

 算術を覚えて何をするのか。

 目的が具体的であればあるほど頭にイメージがわきやすくなる。

 理解が早まるのだ。


 【メリット】を伝えることでどれだけ得をすることができるのか。

 人間の欲・向上心・成長といった部分をくすぐる。


 【デメリット】を伝えることで恐怖、損をしたくない、負けたくないといった部分をくすぐる。


 プロスペクト理論ってやつだな。

 単純に言うと、人間は得するよりも損をすることを恐れるってやつだ。

 メリットを伝えること、そしてデメリットも伝えることはセットで大事ってことだ。


 この3つは場面にもよるがちょくちょく確認してあげることが大切だ。

 時間が経つにつれて目的を忘れ惰性に、自分に甘くなってくる。

 午前中の指導は算術っていうよりは言葉と心構えを教える感じで進めていく。


 子供たちの反応は上々だ。

 このまま苦手意識を持たせないようにじっくり教えてやろう。

 苦手意識を持たせないこと、できるという気持ちにさせること、楽しい時間にしてやる。


 指導をする立場、先生や講師というのは無条件に尊敬されがちな仕事なので、最初に先生と印象付けて置くのはその後の指導に大きく影響を与える。

 しっかり子供達に俺が尊敬できる立派な人物だと印象づけ、ママに報告してもらうのだ。


 それを聞いたママは


「よ、よう・・・・すけ・・・・さんっ!! ハァ・・・・ハァ・・・・・ンンッ」


 発情せざるを得ない。 

 ママは近いうちに俺に夜這いをかけてくるだろう。

 子供達からの信頼を得てママの発情を促す。

 俺は策士なのだ。


 算術指導が終わると次はママからの指導だ。

 初めてなんだから優しくして欲しい。


 お昼になる頃には子供たちの俺を見る目が変わっていた。

 俺のことを陽介様と呼び跪くひざま日も近いだろう。

 かわいいやつらだ。


 お昼ご飯はよつばの胸パンと野菜スープといった簡単なものだったがあるだけで嬉しい。

 食べ終わった俺達がさっそくママのもとに集合すると、案内されたのは教会のはずれにある倉庫だった。


「ママさん! よろしくお願いします!!! 」


 ここで・・・・ するのね・・・・

 ドキドキ

 初めてが倉庫でなんて背徳感がすごい。

 ママの意外な一面が見れて興奮する。


「さて、これからお二人に武器の扱い方を教えます。教え方は陽介さんほどうまくはないですが、少しぐらい使えるようになるでしょう」


 ママは倉庫を開けると中を見せてくる。

 中にはベッドが・・・・・ない。


 ないぞ?おかしい。


 クワやスコップ、農作業に使うであろうものに加えてよくわかないものまでけっこう色々な物が雑多にあった。

 田舎の納屋みたいだな。

 奥のほうに目をやると 剣、槍、弓、以外にも斧や杖、メイスっていうのか?棍棒のようなものから単なる棒まで、武器が置いてある。

 どれもうっすら埃をかぶっていてしばらく使われていないことがわかる。

 ここは教会だしな、武器なんて使うことは少ないんだろう。

 置いてあるものも安そうだし。


 ママは槍と弓、そして矢の束を倉庫から出すと俺達に渡してきた。

 槍は2メートルを超えるくらいか、木製の持ち手に先には鉄製の刃がついている。

 弓は木製の和弓にも似ているがちょっと形が違う。

 大きさは一メートルちょいくらいか。短めの弓だ。


「ちょっと古いですが、十分使えます。そういえば、陽介さんはなぜ剣ではなく、槍を使いたいと思ったのですか? 」


 剣は確かにかっこいい。武器といえば剣だろう。

 かっこいい技もそりゃたくさんありそうだ。

 中二的な技はだいたい剣。

 とってもかっこいいし、女性にもモテる。夜は自身のマスターソードを思う存分振るうのだろう。

 剣士の童貞率は低そうだ。


 だが剣は近距離武器だ。

 敵に近い。超近い。目の前5ミリくらい接近しないとだめだ。

 俺はなんの武芸の心得もないのにいきなり剣なんて無理だ。


 だって。怖いもの。

 俺は小心者がゆえの童貞なのだ。


 なるべく怖くないもの、リーチのあるもの、弓はよつばが使うし、同じ武器使って俺のほうがへたくそだったら恥ずかしいし、だったら・・・・


 消去法で槍だ。 

 離れた位置からツンツン突くのだ。

 剣程近づかなくていいしね。

 そのまま答えよう。


「剣は近距離武器です。武芸の心得のない私にいきなりは難しいと思いました。なるべく距離を空けることのできる槍がいいと考えました」


 ママはその答えに満足したのか嬉しそうだ。


「とてもよい判断だと思います。力のない者程、距離を空けて戦える武器を選ぶべきです。 弓や槍、投擲とうてきや魔術。余計なプライドはいりません。 戦わなければならないのであれば、攻撃されない距離から一方的に攻撃すること、先制攻撃をすることは大切です」


 過激かげきだなママ。けどこの世界は魔物なんか出るわけだしそう考えないとダメか。

 力のない者って言われたのは若干悲しいがそりゃそうだろう。

 俺はザコで童貞だしな。


 よつばはメモでも取りそうな勢いで真剣に聞いている。

 こいつは聞く姿勢だけはうまいからな。

 どれだけ頭に入っているかは微妙なところだが話しているほうも盛り上がってくる。


「それではさっそく持ち方から教えます」



・・・・・・・・・



 それからしばらくはママから槍の使い方を教わった。

 こんなもの持ったこともない俺からしてみれば新鮮でとても楽しい。

 持ち方、突き方、穂先の使い方、持ち手部分の使い方、様々なことを教えてもらった。

 槍は突くのが基本だが、払う、受ける等けっこう万能のようだ。


 もちろんいきなり強くなんてなれないが、とても強くなった感じがする。

 武器は持つだけで人を傲慢ごうまんにするな。

 俺ツエ―― な気分だ。

 気をつけないと。


 よつばも弓の使い方を教えてもらっていたが、けっこうあっさりと的に当てだした。

 やはり【弓術(初級)】が効いているのか素質があるのか、和弓とは違うのに様になっている。

 【聖神の寵愛ちょうあい】のせいなのか。

 なかなかかっこいいじゃないか。


 しばらく訓練しているとあっという間に時間が過ぎた。

 少し日が傾いた気がする。


「では、今日はこのくらいにします。あとは自由にしてください」


 ママの一声で訓練は終了。

 心地よい疲れが身体に残る。

 全身の筋肉が悲鳴を上げそうだ。


 日が落ちるまで時間もあるし、よつばと今後について話合いをしておこう。


「それではよつばさん!! 俺達の今後についてミーティングしましょう」


「はーい! 」


 うむ。返事だけはいい。


 さてさてさてさて。


 これからの俺達はどうしたらいいのか、よつばの意見もしっかり聞いておこう。

 コミュニケーションは大切だ。


「それではよつばさん、あなたはこれからどうしたいと思っておりますか? 」


 よつばは、考えるようにアゴに手を当てて首をひねる。

 ほんとに考えてるのかこいつ。

 考えてるフリに見えるな。


「超展開すぎてどうしたらいいのかわかりません! 」


 やはり考えてるフリか。

 勉強はそれなりにできるはずなんだがアホはアホだ。


「それにしても、元の世界には帰れるのでしょうか?」


 ほんとどうなんだろうな? それは俺も聞きたい。

 この世界にきてしまった理由、原因はなんだ?

 よつばの聖神の寵愛が怪しすぎるが、俺はなんだ?

 わからなすぎることを考えてもしょうがない、現状の確認からいこう。


「まずは現状確認だ。持ち金は140G。物価がわからないからこの価値がわからない。それに武器もない」


「うんうん」


「俺は薬草をちょっと取って置いたから、薬草が1個分ある。あとは今お互いが来ている服だけしか持ち物はない」


「うんうん」


「しばらくは教会にいてもよさそうだけど、ずっとタダってわけにもいかないだろう。なのでお金を稼ぐ必要がある」


「うんうん」


 こいつ聞いてるよね? 

 大丈夫か?


「パンツは変えたの?」


「ママぁ!!! 」


 ちゃんと聞いてたのか!!


「ごめんて!! ちゃんと聞いてるのか心配だっただけだから!! とりあえずお金を稼いだほうがいいと思いますがどうですか!? 」


 話をそらそう。


「む・・・・・。まぁ、そうですね、この教会裕福ではなさそうですし・・・・。早めに自立しましょう! 」


「もしかしたら俺達以外にも同じような状況の人がいるかもしれない。もしかしたら俺達がここにいる理由を知る人がいるかもしれない。なんであれお金を稼ぎながらこの世界を知ることだな」


 よつばは「さすが先輩!! 相変わらずかっこいい!! 抱いて!!」とでもいいそうなくらい目をキラキラさせている。


 その後も俺達は話合を続けた。

 といってもあまり話すこともなかった。

 この世界にきてからまだ一晩を過ごしただけだ。

 わかっていることも少ない。

 だんだん話すこともなくなってパンツ一枚じゃ洗濯つらくない? とか、新しいパンツ買いにいこうぜ? とかそんな話しかしてない。

 その度にママを呼ぼうとするのでなだめるのが疲れた。

 こっちは慣れない槍の訓練で疲れていんだから勘弁して欲しい。


 結局情報収集とお金稼ぎのために冒険者ギルドに顔を出しがてら街をぶらぶらすることにした。


 教会から冒険者ギルドまではそこまで遠くない。


 時間にすると20分~30分くらいだろうか。

 教会が少し小高い丘の上にあるから街並みが綺麗に見える。

 街は塀で囲われているものの魔物の大群で襲われたらぶち壊されそうだ。

 そこまで大きな街ではないのだろう。


 冒険者ギルドまでの道のりには武器を扱う店があったので入ってみたが・・・・・



 高い。


 とにかく高い。


 教会であった簡素な槍ではなく、鉄製の槍は5000Gもした。

 持ち手が木製の物でも2000G前後でとても高い。

 バブルか?

 バブルしらんけど。


 切実にお金が欲しい・・・・・

 俺の大切な童貞は売れないだろうか?

 最低価格は一万Gから。

 オークション形式で売ればドンドン値段は吊り上がって行くだろう。

 オークション会場はどこだ?


 オークション会場を探しているうちに冒険者ギルドについてしまった。

 しょうがない。


 受付嬢、スフレちゃんに俺の童貞を買ってもらおう。


 さっそくスフレちゃんを探してきょろきょろしているとよつばが俺をでかい声で呼んでいる。


「センパーイ! ここに貼りだされている依頼書見てくださいよぉ! 」



 うるさいな! 目立っちゃうでしょ! 静かに生きていきたいのよ俺は!

 依頼書が貼りだされている壁を見てみると様々な依頼書が貼りだされている。


 ここから好きなものを選んで良いのだろうか?


 依頼書を見て見ると受注可能ランクなるものが記載されており受注には制限があるようだ。

 他にも細かく依頼内容が記載されているが安心した。

 童貞制限はなさそうだ。


 採集・討伐・護衛、なんていかにも冒険者っぽいものから お使い・配達・部屋の片づけ・掃除・洗濯・・・・


 もうなんでも屋だな。

 掃除って。それくらい自分でやらんかい。

 簡単で一日でできてしまうようなものは安く、採集や討伐、護衛は報酬が高い。

 Eランクの平均は一つの依頼で500Gぐらいが平均だろうか。

 Eランクの受注できるものはたいしたものがないなぁ・・・・


 よつばは眉間みけんに皺を寄せながら依頼書を眺めている。


「あ、先輩! これなんてどうですか? 」


 よつばは指した依頼は


 依頼内容:部屋の片付け

 依頼人 :メメット

 受注制限:なし

 報酬  :200G

 依頼者から一言:家の片づけを頼む。しばらく放っておいて散らかっている。しっかりやってくれたら追 加報酬も考えよう。



 その他細かいことは書いてあったがだいたいこんなとこだ。

 報酬は安いが最高だ。


 こういう安全な依頼をコツコツこなしながら確実にお金を貯めていこう。

 掃除依頼最高じゃないか。

 二人で手分けして安全な依頼をこなぜば効率は倍だ。

 俺は伝説の勇者でもない単なるザコだ。

 勇者との共通点はパンツをかぶるのが好きなことくらいだ。

 安全安心な依頼で稼ごう。


 よつばは伝説っぽいスキル持ちだがパンツをかぶるのは好きじゃなさそうだし勇者ではない。

 地道なお仕事でお金を稼いで暮らそう。


 俺は依頼書を取ろうと手を伸ばし


 ドガンッ!!!!


 扉を蹴り開けるドデカイ音がギルド内に響き渡る


「アハハハハハ!!! オイ! そこの童貞!! 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る