【靴下】
猫と蜘蛛
【靴下】
靴下のゴムで締め付けられている肉の辺りが痒くなったものだから、靴下を少し下げゴム跡をボリボリと爪で引っ掻くと、ゴムから解放され血の巡りが良くなったのと相まって、クセになる程気持ちがよい
調子に乗りさらに強めに爪を立てるも気持ち良さよりヒリリチクリとしたものを感じたものだから、亡き母の言いつけを守りそれ以上引っ掻くのをやめた
母は私が体のどこかしらを引っ掻いているのに気付くと『掻いちゃ駄目よ。傷痕になるからね』と言って私の手の動きを封じる
そして『良い子ね』という感じで優しく頭を撫でてそのまま母好みの七三ヘアにセットし直す
仕上げに少し顔を遠ざけ全身を見回し服装のチェックが入る
だらしなくはみ出たシャツなどは容赦なくズボンの中へ深く突っ込まれ、ズボンや靴下は限界まで引っ張り上げられる
母はだらしないを何より嫌うのだ
その躾の甲斐あってか、今では目の前に母がいなくとも己で引っ掻くのを自制出来るようになったのである――痕にならぬ程度にではあるが
私はそんな束の間の母の思い出に浸り終えると、再び靴下を元の位置にまでグイッと上げ、気合いを入れ直すかのようにパチンと勇ましくゴム音を鳴らした
衣服もかつて母がそうしてくれたようキッチリ整える
そして惜別の情を込めゆっくりと大の文字に向けレバーをひねりトイレを後にした
表に出ると日差しは強いが時折吹く心地好い風に癒される
風で乱れた髪を手ぐしでかきわけると、いつものように数本の抜け毛が指に絡まり、私には何の未練も無いといった感じで別れすら告げず去っていった
髪が薄くなり七三ヘアから九一ヘアになったこと以外は、母が生きていた頃とそう変わらない人生を私は送っている
【靴下】(完)
【靴下】 猫と蜘蛛 @nekotokumo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます