20話 燃える炎は烈火の如く

 ドラゴン討伐の目的地は、トルカ火山。


 今朝、王様からドラゴンの居場所を聞いた俺たちは、火山に向かうためセントラの北門を目指していた。北門には、セントラ中央通りからぐるっと回る必要がある。


 城から出て、セントラ中央通りの噴水広場までたどり着くと、街中がざわついているのが聞こえた。


「昨日、お城にドラゴンが攻めてきたんですって」


「おちおち外に出かけられないわ。物騒な世の中になったわね」


 主婦は、噴水の周りで雑談している。城にドラゴンが突っ込んでくるような事件は初めてなのだろう。


 噴水を抜け、東通りを進むと、先の方から一人の大柄な女性が歩いてくるのが見えた。横を歩くリゼもそれに気付いたようだ。


「あ、あの時の、酒場の戦士さん」


「おお。少年、嬢ちゃん。こんなところで会うとは奇遇だな」


 酒場で何度かお世話になった、あのガタイのいい女戦士だ。俺は会釈した。


「どうした? こっちは商店の少ない北門だぞ」


 そう聞かれた俺は、ドラゴン退治のことを言うべきか迷った。


「……いや、言うな、当ててやる」


 そう言うと、女戦士は口に手を当てて考える。


「昨日の城を襲ったドラゴンと何か関係があるんだろう」


 俺が驚いて「えっ?」と漏らすと、女戦士は楽しそうに笑った。


「当たりか。いきなり城に誘拐されるわ、盗賊団のアジトを教えてくれと言ったと思ったら、後日盗賊団が壊滅してると来たもんだ。次は、ドラゴン退治か」


「なんでそれを……?」


「勘さ。冒険者には、優れた判断力と観察眼があるのさ、少年」


 勘か。女戦士の表情を見ると、確信を持った顔をしている。当てずっぽうではないようだ。女戦士は、右手を上げる。


「ドラゴン退治、がんばれよ」


 力強い手で、背中をぽんと叩かれた。そして、そのまま西通りへ歩いていく。


 女戦士は西通りへ向かっていく途中、突然振り返った。


「アタシは見込みのない奴には話しかけない。あの日、話しかけたのは正解だったよ」


 それだけ言うと、女戦士は颯爽と去っていった。


 東通りから外周を回ってセントラの北門から出ると、はるか遠くに黒い山がそびえ立っているのが見えた。


 あれがトルカ火山、それはセントラの北に位置する炎の山。


「あそこには騎士団の遠征で一度行ったことがある。自分が案内しよう」


 アオイの説明によると、セントラの北門から街道をずっと進み、街道が三度折れ曲がったところで、北東に見える位置にある山だという。


 トルカ火山の近くでは、地面の裂け目から炎が噴き出し、ミノ車は入り込めない地形になっている。そしてその影響で、周りの植物は枯れ、虫も寄り付かない。いるのはトルカドレイクという火トカゲぐらいだと、アオイはそう説明した。


「そんな所に、本当にクロエがいるのか?」


「ソウタが倒れていた間、ドラゴンが飛び去って行った方角を監視していた兵士からの情報だ」


 アオイは、ポニーテールを結びなおしながら地図を見ている。


「距離的にもセントラに攻めてくることを考えると、おかしくはない」


 歩き始め、曲がりくねった街道を進んでいく。街道は、整備されているが、踏みしめる地面は固く感じた。


 だんだんと、奥に見える黒い山が近づいてくる。まだ明るいはずなのに、不思議とその山の周囲の空は暗くなっていた。見えないほどの暗さではないが、何か不気味なものが棲んでいるかのような、そんな色合いをしている。周りを漂う雲も、同様だった。


 街道をさらに進むと、黒い山の表面に何か赤いものが点滅しているのが見える。あれがトルカ火山の炎なのだろう。炎は不定期なリズムで、山の地面にある岩の間から、蒸気のように噴き出している。


 街道の三回目の折れ曲がりの時、トルカ火山はその全貌を現した。


 サンド山とは違い、山肌は黒と、黒に近い茶色で塗られたような色をしていて、それに炎の赤が時折入り混じっている。登るものを拒むかのような荒れた道から、少し形の崩れた三角形型の山は、繋がっていた。


 俺達は、トルカ火山の荒地になっている場所から山を登ることにした。


 少し登ると、炎が遠くで噴き出るたび、枯れた植物の焦げる臭いが漂ってくる。少し気温も高く、腕が汗ばんできた。


「ソウタ様、暑いですね。エンチャントフリーズでなんとかできないでしょうか」


「いや、無駄打ちはできない。ドラゴンとの戦いに温存するべきだ」


「そうだな、耐えられないほどではない。だが、ドラゴンの影響で炎も活発になっているようだ」


 そういうリゼとアオイは、まだ元気そうだ。ドラゴンは周囲の環境にも影響を与えているのか。


 灰と土で覆われた道なき道を進んでいくと、自然にできた背丈の半分ぐらいの岩の段差を見つける。俺は先に乗り越えて登っていくと、リゼを引き上げた。


 アオイは一人で段差を乗り越えている。段差の先には、なだらかな坂道があった。坂道を登れば、かなり高いところまで行く道へと繋がっている。


 突如、炎の音とは違う、動物の鳴き声のようなものが響く。


 そちらを見ると、人間の胴体ぐらいの大きさがあるトカゲが2匹、こちらを威嚇している。同じ段差の対角線上に、そのトカゲが陣取っていた。


「トルカドレイクだ! 火を吐いてくる!」


 アオイはそう叫ぶと、腰の刀を抜き放つ。


 トルカドレイクと呼ばれている火トカゲは、口の中をもごもごとさせたかと思うと、俺に向かって火球を吐いてくる。火の玉が、放物線を描いて投げられる。


「ソウタ様!」


 火球は俺に向かってくる、俺は、武器をすぐに召喚した。


「召喚!」


【R】アイアンメイス


 シンプルな鉄の武器。棍棒のような形状の鉄の棒の先に、鉄の塊がついている。相手に打撃を与える、原始的な武器だ。


 俺は腰を入れて腕を振り、スイングの要領で火球を打ち返した。


 打ち返された火球は、トルカドレイクに見事命中し、そのまま仰向けになって気絶した。アオイがすぐにもう一体に駆け寄り、刀を突き刺した。危なげなく2体のトルカドレイクを退けることができた。


「やりますね、ソウタ様」


 リゼの称賛も、何度目だろう。最初の頃とは声のトーンが変わった気がする。思えば、最初の頃はヒコッケイの群れにも苦労していた。


 あの時はNノーマルが出た。もし、もしも最初から運が良くて、腕輪でSRスーパーレアSSRスペシャルスーパーばかり引いていたなら、俺は力に溺れていたのかもしれない。ドラゴンの力に溺れたクロエと、腕輪の力を貰った俺は、どこが違ったのだろうか。


 こんな所で止まってはいられない、俺は頂上を見据える。山の頂上はまだ先だが、始めよりは近づいている。


 そんな時だった。後方に翼のはためくような音が響く。そして、竜の叫び声が聞こえる。


 同時に、山の斜面に風が起こり、風圧が辺り一帯の煤を払っていく。


 振り返ると、赤い鱗を持ち、黄金の眼と一対の翼の生物。ドラゴンが、空中に浮いていた。


「ははは! 何かゴミが登ってくるのが見えたから近づいてみたら……城にいた坊やじゃないか!」


 その飛んでいるドラゴンの頭に立つようにして、魔導士クロエがそこにいた。


 ドラゴンがズシンと音を立てて着陸する。その振動で、先ほど倒したトルカドレイクが下に転がり落ちていく。


「クロエ……!」


「ん、年上を呼び捨てかい? やっぱり礼儀がなってないねえ。それに……死んだ奴が生き返っちゃダメだろう!」


 紫の髪に、しわのある顔。右手に持つ黒いステッキと紫の魔導士のローブは、薄汚れている。クロエはそのギラギラとした目をリゼたちにも向けた。近くにいる二人にも気づいたようだ。


「お前は……何か気に入らないねえ、誰だ! お前!」


 クロエはリゼを睨みつけている。


「あなたがお母様を殺したんですね……」


 リゼが、クロエを睨み返す。


「お母様? なんのことだい」


「お前がエルザを、リゼの母を殺したんだろう!」


 俺が言い放つと、クロエは少し目を見開いた後、表情を一層厳しくした。


「……ああ。ああ! そういうことかい! あの馬鹿女、子供までこしらえてたのかい」


 リゼに黒いステッキを向け、クロエは叫んだ。


「道理で気に入らない目をしているよ! あの女と同じ……甘ったれた、世の中をナメている目だ!」


 その声と同時に、呼応するかのように、ごうごうとトルカ火山の炎が吹き荒れる。


 赤いドラゴンを駆る紫の魔導士との戦いが始まった。

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