19話 赤き竜は山を登る
ドラゴンにやられるも、生き返った俺は、セントラ城の病室でリゼ、アオイとドラゴンの一件について話していた。
しばらくすると、コンコンとノックの音がして、扉を開けて城の使用人がやってきた。
「ソウタ様、王様が謁見の間でお待ちです。至急お越しください」
「ああ、分かった。今行くよ」
「それでは」
そのメイド服の女性は、それだけ伝えると、扉を閉めてどこかへ行ってしまった。
俺はリゼとアオイに体がなんともないことを伝えると、病室の扉を出て城の廊下を歩いていく。
城の廊下は綺麗に掃除されている。廊下の脇に点々とする小テーブルの上には高そうな壺があり、その中には色とりどりの花が生けられていた。明るい廊下の窓からはセントラ城を照らす日が差し込んでいる。俺とリゼ、そしてアオイは、赤い絨毯の敷かれた廊下を進む。
「俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「昨日のドラゴンの襲撃からさっきまで、朝までです。半日ぐらいでしょうか」
そんなに眠っていたのか、短い時間のように感じられた。それならリゼとアオイも心配するよな。そして俺は、王様が呼びつけた理由について気になった。
「王様の話って、ドラゴンのことだよな」
俺は、歩きながらアオイに聞いてみる。
「おそらくそうだろうな。まさか城を襲ってくるとは、今度会ったら斬り捨ててやる」
アオイは、突然城を襲われた事にご立腹だ。リゼの方を見ると、少し元気がないようだ。ドラゴンから話題を変えることにするか。俺は、あの盗賊少女のことを思い出した。
「そういや、クレアはどこにいるんだ?」
ここのところ立て続けに事件が起こっていたので、クレアのことを確認できていなかった。
「城の地下牢に入れている。ブオーンに騙されていたとはいえ、盗賊だからな」
地下牢に入れているのか。俺はクレアが一人で寂しくしていないか、心配になった。俺はアオイにそれとなく、クレアの様子を尋ねてみる。
「心配するな。自分が様子を見ているが、クレアは落ち着いている。地下牢と言っても個室だ、しばらくは城で保護することになるだろう」
そうか、それなら安心だ。となると、俺が今すべきなのはドラゴンを倒すことだな。
アオイはリゼの方を向き、片目をつむり様子を伺っている。
「それよりも、心配なのは……」
アオイがリゼを見る。そう、リゼの心境だ。ドラゴンの真実や、俺が不運にもやられてしまったこと。様々な出来事が重なって、今どんな気持ちになっているのだろうか。
会話が途切れたまま、俺達は謁見の間にたどり着いた。王様の両側にいつものように4人の騎士がいたが、一人は様子が違った。右腕に包帯を巻いている。あの顔はアルベールだ。
俺達は玉座の前まで進み、王様を前にすると、声をかけた。
「さっき呼ばれたんだが、話ってのはドラゴンのことか?」
隣にいる大臣は砕けた口調にむっとした顔をするが、すぐに諦めたように表情が収まる。王様は玉座に腰掛けながら、右手を少し浮かせた。
「ソウタ殿、もう身体のほうは問題ないのか?」
不思議な力で生き返ったとも言えまい。俺が胸を張って「大丈夫だ」と答えると、王様は安心したようだ。
「そうか、それはよかった。察しの通り、ドラゴンについて話がある」
いよいよ、ドラゴンの話か。俺は背筋を伸ばす。
「パーティーの最中、ドラゴンを操っているクロエという魔導士がこの城に攻めてきた」
クロエ。ドラゴンを操り、この城まで襲いにきた魔導士。
「この城を襲いに来たのは、おそらくセントラへの恨みによるものだろう。彼女はエルザとともに王国魔法使いだったが、エルザが出世するに従って様子がおかしくなっていった……」
他人への嫉妬。おそらくそれが、クロエの原動力。リゼの母、エルザと同じ王国魔法使いだったからこそ、エルザへの嫉妬に狂ったというわけか。そして、その恨みは昨日セントラにも向けられた。
「ワシはこの事態について、何か手を打たねばならん」
確かに、城まで攻められて王様が黙っているわけにもいかないだろう。
思えば、こうなる運命だったのかもしれない。盗賊団を倒し、パーティーに招かれ、クロエに襲撃されたのは、偶然。
だがその偶然が、俺を巻き込んでいき、今ここに立っている。そして、俺は王様に進言した。
「俺にドラゴンを討たせてくれ」
俺の返事に王様は、息を少し呑んでから、口を開く。
「しかし、ドラゴンの強大な力をお主も見ただろう。それに、操っている魔導士クロエは自分に防御魔法をかけている。一筋縄でいくような相手ではない」
確かに、そうだ。実際に俺は一度負けている。ナイフを当てたのに平気な顔をしていた理由は、強力なエンチャント魔法によるものだ。だとしても、俺には行かなければいけない理由がある。
「簡単に行くような相手じゃないからこそ、俺の腕輪の力が必要だろう?」
腕輪を着用している左腕を見せつけて、俺はアルベールのほうを見る。
「この腕輪なら奴を倒せる武器だって出る。騎士団長だって歯が立たなかったんだ。試してみる価値はある」
隣の列にいる包帯を巻いたアルベールが、少し苦笑いをしながら、しかし俺の言葉を肯定した。
「悔しいが、その少年の言う通りだ。私も騎士の端くれ、少しはドラゴンに一矢報いられると思っていたんだが、このざまだ」
包帯を巻いた方の腕を上下すると、アルベールはさらに俺の勇気についても述べた。
「ドラゴンが襲ってきたとき、すぐに武器を取り出したのは彼だった。ドラゴンを恐れずに立ち向かう姿に、私も奮い立たされたよ」
アルベールは、王様に目線をやる。王様は、その目線を受け取って頷いた。
「……確かに、ソウタ殿なら勇気、実力ともにこれ以上適任はいないだろう」
王様は納得したように首を縦に揺らす。そしてクロエの防御魔法のことについて語り始めた。
「おそらく、彼女は自分自身にエンチャント
「ドラゴンという最強の矛を持ちながら、防御も完璧なのですな……! むむう、彼奴め……」
大臣が、神経質にヒゲを伸ばしながら、声を震わせている。エンチャント
「防御魔法って言ったって限度があるだろう。まとめてぶっ飛ばすだけだ」
ドラゴンと戦うその時は、強い武器を引くことを願いたいものだ。強い武器を引かなくったって、全力で戦ってやる。
そして、話が纏まろうとした時。隣にいるリゼが、左手を胸に当て、大きな声を出した。
「私は! ……ソウタ様に死んでほしくないです」
突然の声に、王様も、騎士達もリゼの方を見る、その表情には悲痛な胸の内が現れていた。
「俺はもう死なない。ドラゴンも倒してくる。ドラゴンに会うのが嫌なら、俺一人だって倒してくる」
「ソウタ様は、何もわかってません!」
やはり、リゼは俺がドラゴンを倒しに行くことに反対なのだろうか。
そう思った時。リゼは顔を上げてじっとこちらを見つめてくる。その瞳には、俺の顔しか映っていない。
「私はドラゴンが怖いです。お母様の仇も許せません」
左手に右手を重ねる。リゼはまるで祈るような形で、俺に心の内を打ち明けた。
「ですが、一番怖いのは、ソウタ様が死ぬことです。一番許せないのは、ドラゴンが攻めてきた時、ソウタ様の力になれなかった私自身です」
リゼの口から、せきを切ったように思いが飛び出してくる。それは、心からの叫びだった。俺がドラゴンにやられてしまった時、リゼはどれだけ深い悲しみを得たのだろうか。それを思うと、俺はやりきれない気持ちになった。
「だから、私も連れて行ってください。私にも、ドラゴンを討つために行かせてください」
「ああ、もちろんだ。いいんだな?」
「ソウタ様が倒れてしまった後、たくさん悩みましたから」
透き通った水面のようなリゼの目には、強い決意の光が灯っていた。
「それに、私の補助魔法が必要ですよね? 役に立つと思いますよ」
「そうだな……リゼの魔法には何度も助けられた。一緒に来てくれると心強い」
そのやり取りを見ていたアオイが、俺達二人を見ると、「ふっ」と微笑む。あの顔は何かを企んでいる顔だ。
「それならば、騎士団からもドラゴン討伐のために派遣しなければなるまい。そうですね? 王よ」
アオイの言葉を受けた王様は、何かを察したようで、「そうだのう」と頷いている。
「最強のドラゴンと戦うなら、セントラ最強の騎士を連れて行かねばな。そうだろう?」
私を連れていくべきだとばかりに、胸に手を当てるアオイ。そうか、アオイはこういうやつだったな。ドラゴン退治も、アオイがいるなら心強い。
横から視線を感じる。その方を見ると、王様の脇に立つアルベールが俺に強い期待のまなざしを向けている。
「私が歯が立たない以上、最高の戦力を当てるしかないか……」
騎士団長はよほど俺の実力を買っているらしい。ここにいる全員、異論はないようだった。王様は全員を見渡すと、両手を叩く。
「話はまとまったようじゃな。それでは、ワシから正式に命ずる」
王様は俺に向き直り、立派な白ひげを撫でる。
「ソウタ殿。騎士アオイとともにドラゴン討伐を頼みたい。ドラゴンの居場所はセントラ北方の……」
俺は、ごくりと唾を飲んだ。
「炎の山、トルカ火山じゃ」
王様は、重々しくそう言った。
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