18話 魔導士の逆鱗

 ドラゴンは傷を再生する。パーティー会場でセントラの王様に明かされたのは、衝撃の事実だった。


 そんなことが、本当にあるのなら。


 今までは、強い武器を引きさえすれば、決着をつけることができた。しかし再生する相手に、最強の武器を引いて攻撃したとして、傷を再生されてしまえば意味がない。


 ふと、隣のリゼの顔を見る。俺はこの子のためにドラゴンを倒しに行く決意がある。


「再生するってのはどういうことなんだ?」


 絶望している暇はない。俺は、もっと詳しく聞いてみる。


「本当に、ドラゴンを倒すつもりなんですね……」


 リゼは俯きがちだ。


 王様は何かを考えるように、しばらく黙っていたが、ついに口を開いた。


「いつか、話さねばならん時が来るとは思っていたが……」


 何かもったいぶったような口調で、王様はマントを直した。何か言いにくいことでも、あるのだろうか。


「正確には、ドラゴン自体が再生する能力を持っているのではない。ドラゴンを操っている女魔導士が魔法をかけている」


「ドラゴンを、操っている? ……どういうことですか」


 王様の言葉を聞いたリゼが、顔を上げて王様を見つめる。


「魔導士クロエ。ジーハの悲劇を引き起こした、張本人じゃ」


 それを聞いたリゼが、目を大きく見開いた。


 ジーハの悲劇を引き起こした魔導士。 8年前、ジーハ村を襲ったのはドラゴンで、ドラゴンを操っているのが魔導士クロエ……つまり。


 魔導士クロエは、リゼの母親を殺した張本人。そういう、ことだったのか。


「そんな……ことって」


「魔導士クロエは、同輩のエルザにかなり嫉妬していたようじゃ……それがあんな形になるとはのう……」


 自分の母親が死んだのは、事故ではなく、故意だった。リゼは、ドレスのまま倒れこみそうになり、テーブルに手をついた。


 その瞬間。


 パーティー会場の窓が割れ、会場に地震のような衝撃が走った。会場は大きく揺れ、窓からは何か巨大な物体が突き出ている。その物体には、真っ赤な皮膚と大きな顎、トカゲのような黄金の眼が存在していた。


 俺は振動に耐えるため、テーブルを支えにしていたが、そのテーブルすらも料理が転げ落ちたり、飲み物が入ったグラスが落ちて割れる事態だ。


「なんだ! 何が起こった!?」


 揺れが収まると、美しい装飾が施されていたホールの高い窓は見る影もなく破壊され、そこには巨大な顔が存在している。


 顔だけでもその巨大さが分かるほどの伝説上の生き物、ドラゴン。今、まさに目の前に、そのドラゴンの顔が存在していた。爬虫類のような姿に、全身が赤い鱗に覆われて、頭には二本の角、背中には一対の翼が生えている。前足をホールにかけていて、身を乗り出しているような恰好。


 窓の方を見ると、胴体は外に出ていて、城に突っ込んできたような形だ。さきほど会った騎士団長、アルベールが叫ぶ。


「王様をお守りしろ!」


 近くにいた王様は、何ごとかと窓の方を見つめている。大臣などは、腰を抜かせて床に尻餅をついている。


 まさか、ここに来るとは誰も予想していなかったのだろう。会場のパーティー客たちは、我先にと会場の扉から逃げ出していった。


 すかさず俺は、左腕の腕輪を起動し、召喚する。


【N】ナイフ


 くっ、ノーマルNか。だが、投げたら牽制にはなりそうだ。


 その間に、アルベールが突っ込んでいく。アルベールは騎士剣を抜き、ドラゴンへと切りかかった。


「あはははは!! だめだよアタシのドラゴンに触れちゃあ!」


 ドラゴンの頭の方から、誰かの女性の声が響いた。その女性が、何か棒状のものを振ったかと思うと、唱える。


「ドラゴンよ、薙ぎ払え!」


 ドラゴンのうごめく眼が紫色に変化する。


 そして、片腕でアルベールを振り払った。腕で払われたアルベールは、まるでおもちゃの人形のように軽々と宙を舞い、床に叩きつけられる。


「マナーがなっていない奴らだね。踊り子にお手を触れちゃいけませんって、教わらなかったのかい?」


 その女は、さも自分がドラゴンの所有者であるかのように、堂々とドラゴンの頭の上に乗っていた。


 その隙に俺は、王様を会場の扉の方に逃がし、大臣を助け起こしてやる。


 すると騒ぎを聞きつけたアオイが、パーティー会場の外からやってくる。


「なっ、これはどういうことだ! なぜここにドラゴンがいる!」


 会場に到着したばかりのアオイは、突然の出来事に驚いている。俺はアオイに向けて叫んだ。


「分からん! アオイ、王様と大臣を頼む。俺はあいつらをなんとかする!」


 俺の言葉に、アオイはドラゴンの頭の上の人影を見る。


「あいつら? ドラゴンの上に、人が……」


 ドラゴンの瞳がぎょろりと俺たちの方を向いた。鋭い目は、何度か瞬きを繰り返し、次の獲物を探しているかのようだ。


「……分かった、王は任せろ。ソウタ、死ぬなよ」


 先ほどの薙ぎ払いに巻き込まれた一般人の中には、パーティー会場の隅で動かなくなっている者もいた。アオイは、王と大臣に肩を貸し、どこかに逃げて行く。


 俺はドラゴンの上方をにらみつける。おそらくあいつが魔導士クロエ。ドラゴンを操っているリゼの母親の仇。


 紫の長い髪と、シワのある目元と頬。目はギラギラと輝き、常に敵を探しているような、そんな印象を受ける。全身を覆う魔導士のローブも濃い紫で、右手には黒いステッキを持っている。老いているようだが、年齢のわからない、そんな不気味さも感じる。


 当のリゼを見ると、俯いたまま、肩を震わせていた。


「ウソ……ドラゴンが……」


 口に手を当て震えている。とてもじゃないが、戦える状況ではない。この場は俺一人で切り抜けるしかないようだ。 


 俺はドラゴンの上の魔導士クロエに向かい、ノーマルNのナイフをダーツのように投げた。


 直線に近い放物線を描くナイフは、クロエの胸に突き刺さったかのように見えた。


「ん? 誰だこんなものを投げたのは、危ないじゃないか。ま、エンチャント大盾アイギスをかけておいたから無駄なことだけどね」


 しかし、クロエは健在だ。クロエの口調は穏やかではあったが、その表情からにじみ出る異様な雰囲気は隠せていなかった。


「どいつもこいつも癪だねぇ、馬鹿にしくさって……殺してやるよ!」


 ドラゴンの眼が紫に変わり、再び、左腕で薙ぎ払ってきた。ドラゴンの左腕が、ホールのほとんどを攻撃の範囲にして振り払われた。


 その一撃で、会場の3分の2の範囲のテーブルと椅子がぐちゃぐちゃになる。残ったのは遠くにいた俺達だけだった。


 今まで戦ってきた、どの相手とも格が違う、その圧倒的な破壊力。俺は冷や汗が頬を伝うのを感じた。


「ははは! これで見通しがよくなったね。……ん? まだ生き残ってる奴がいたか」


 ドラゴンの頭がこちらへゆっくりと近づいてくる。俺はリゼを背にしながら、次の腕輪の召喚に備えた。


 目の前にやってきたクロエは、ドラゴンの頭の上で、こちらをギロリと睨む。


「くんくん……マジックアイテムの臭いがするねぇ、その坊やか」


 いよいよ、俺はクロエと対峙した。


「もしかして、ナイフを投げつけてきたのはお前かい? いけないねぇ坊や。年上は敬わなきゃあぁ!」


 ステッキを振りかざすと、ドラゴンの眼は紫色に変わる。ドラゴンが、両腕を振りかざし、床に叩きつけようとしている。


 ――なんでもいい、この危機を乗り越える武器を!


【R】マインゴーシュ


 隣にいたリゼをすんでの所で突き飛ばし、会場の扉へ追いやる。その衝撃で、リゼは正気に戻ったようだ。


「……ああ、ソウタ様!」


 ドラゴンの両腕の振り下ろしが迫ってくる。武器はレア。受け流すには、その両刃の直剣は頼りなさ過ぎた。


 リゼの詠唱もおそらく間に合わない。そして、ドラゴンの両腕は、俺の上に振り下ろされる。


 直後、会場全体にとどろく衝撃音。その瞬間、鈍い衝撃が全身に走った。さらに、足元の床は崩壊する。


 ガラガラと、俺は床ごと地下に崩れ落ちる。落下の中で俺は、ついに意識を手放した。


■□■□■□■□■□■□■□■□


 ――全身が燃えるように痛い。


 チカチカと、目の前が激しく点滅している。赤と黒。血の色。心臓の音。耳鳴りが、やまない。


 ……


 …………


 ――すべての感覚がなくなった。


 どこかの空間に、俺が浮いている。


「おや、死んでしまったか、情けないのう」


 誰かが話している声がする。それは、威厳のある声で、言い放った。


「ドラゴンは、さすがに早かったんじゃないのか?」


 うるさい。俺はリゼを救うんだ。


「ふぉふぉ、最初に会った時とは見違えたな。わしのおまけも、役立っているようじゃないか」


 俺を元の世界に返してくれ。


「元の世界とはどっちじゃ?」


 そんなの決まってる。リゼと、アオイ、クレアのいる世界だ。


「ほう。お前さんは何人も救っておるからな、大目に見てやろう。……今回だけじゃぞ?」


 わかってるよ。


 瞬間、俺は光に包まれた。それは、暖かいような、優しい光。俺が最近、やっと得たような、そんな感触。今まで過ごしてきた時間がフィルムのように、暗闇に映し出されていた。


■□■□■□■□■□■□■□■□


「…………ソウタ様!!」


 俺を呼ぶ声がする。そして、何か水滴のようなものが顔に垂れている。俺は、目を開けた。


「……ソウタ様!」


「ソウタ!目を覚ましたか」


 俺が目を開けると、真上には二人の顔。よく知った顔。リゼとアオイがこちらを覗き込んでいた。


 リゼもアオイも、泣きはらしてひどい顔をしている。二人はそれぞれ、いつもの薄桃色魔法使い服と騎士団の軽装鎧を着こんでいる、いつの間にか着替えたようだ。


 対して俺の頭はスッキリしている。周りを見ると、白いベッドが何個かある部屋だ。ここは城の病室だろうか。俺はベッドから二人に声をかけた。


「よう、帰ってきた」


 右手を挙げて、あえて軽い感じで言ってみた。


「バカ!」


「この馬鹿!」


 二人は、もの凄い勢いで怒っている。当然か。


 首をもたげ、体を見ると、すっかり身体は完治している。ドラゴンに両腕を叩きつけられ、重い衝撃を受けた身体が元通りだ。あの夢のことを思い出す。


 そして、ドラゴンとあの魔導士のことが気になった。


「ドラゴンはどうなった?」


「ソウタ様が落ちていった後、満足したように帰っていきました」


 クロエは帰ったのか。城をめちゃくちゃにして、迷惑な奴。それよりも、俺を殺しやがったな。絶対に許さん。


「だからドラゴンは無理だって、言ったじゃないですかぁ……ぐすっ」


 リゼはあふれ出る涙を拭いながら、声を詰まらせて泣いている。


「まったく、無茶することにかけては一人前だな……」


 アオイは呆れてものも言えない、という顔をしている。


「でもこうして帰ってきた、俺は運が強いからな」


 堂々と言ってやった。リゼが泣いたまま、寝ている俺にすがりつく。


「よがっだぁぁ……」


 ドラゴンを倒すと約束した直後なのに、心配をかけてしまった。何か言わなくては、えーと……こういう時は。俺は体を起こした。


「……ただいま」


「……おかえりなさい、ソウタ様」

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