17話 レッツ・パーリー
俺が、ドラゴンを倒すとリゼに約束した翌日。
セントラ王城では、ささやかなパーティーが開かれていた。
ブオーンを倒したあと、アオイの迅速な報告により盗賊団アジトの双子岩に騎士団が向かい、ブオーンがいなくなって殆どもぬけの殻になっていたアジトは制圧された。
盗賊団にさらわれていた女性や、盗まれていた金銀財宝なども押収されたそうだ。
そうだ、というのはアオイづてに聞いた話で、実際に今俺が見ているのは、このパーティーの様子だ。
先日、盗賊団のボスを倒した俺は、セントラに帰ると街の宿屋に泊まった。
そして翌日城からの使者に呼ばれ、王城に向かうことに。
その後の
「ブオーン盗賊団を打ち倒した勇者に、乾杯を」
アオイの所属する騎士団の騎士、仮面を外したおっさんが乾杯をしている。誰だこのおっさん。
「誰だ? このおっさん」
しまった、つい口に出てしまった。俺はつい目を逸らす。
セントラ城の右ホールには、赤く広めの絨毯が引かれ、天井からはきらきらとしたシャンデリアがぶらさがっている。
その部屋の天井は高く、壁には誰のものか分からない肖像画や絵画が飾られている。
白いテーブルクロスの引かれた丸いテーブルが、全部で6つ、あるようだった。それぞれに、きらびやかな正装をした複数の男女が歓談していた。
騎士のおっさんは、「ふむ」と漏らすとこう言った。
「おっさんとは手厳しいな、これでも心は若いつもりなんだが」
おっさんは、苦笑いをしながら。ワイングラスに注がれている濃い赤紫色の飲み物を飲んでいる。
この声、どこかで聞いたことがあるな。
「アオイを倒したのも驚きだが、まさか盗賊団一つ潰してしまうとはな。最近の若者というのは恐ろしいものだ」
そうだ、決闘の時、アオイを担いでいったあの騎士の声に似ている。確かアルベールという名前だったはずだ。
「私はセントラ騎士団長、アルベール。以後お見知りおきを」
騎士団長と名乗った男は丁寧におじぎをする。
「君の勇名は騎士団にも届いているよ、グリフォンを手なづけたそうだな、驚きだよ。もし君がよかったら、騎士団に入らないか?」
「いや、俺は……」
俺がアルベールの誘いを断っていると、遠くのテーブルから一人の女性が近づいてくる。アルベールはそれを一瞥して言った。
「おや、君のお嬢さんが来たようだ。失礼するよ、また」
キザなおっさんだな。アルベールは手を振り去ってどこかにいった。
遠くからやってきた女性は、いつもとは違う衣装のリゼだ。
「ソウタ様! 見たことのないお料理がたくさん並んでますよ! 食べてもいいんでしょうか?」
肩を露出した、下まで一体の長いスカートになっている淡いピンクのドレス。シルクのようなその生地は、リゼの腕や腰の流れるような曲線を包みこんでいた。
まるで絵本のお姫様が飛び出したかのような、綺麗なドレス。歩くたびにふわりふわりと揺れ、布地のラメの輝きは床を祝福しているかようにキラキラと輝き、美しい。
俺はしばし、それに見とれてしまった。
「あのー、ソウタ様? 大丈夫ですか、昨日の疲れがまだ残ってます?」
リゼが下から俺の顔を覗き込む。後ろでまとめた輝く金髪が、重力にひかれて下がっている。リゼの顔には、化粧と薄いピンクの口紅が施されている。
「あ、ああ。食べてもいいんじゃないか、俺たちも招かれたわけだし」
盗賊団を倒した報は、騎士団を通して王様の耳に触れて、ちょうど翌日にあったパーティーに俺達が招かれ、同席することになった。一度王様に会ったこともあるので、ことはスムーズに進んだ。
テーブルの上には、黄金色の液体と濃い赤紫色の液体が、グラスにそれぞれ注がれている。前も思ったが、この体で飲んでいいものなのか、これは。
真ん中には、ヒコッケイの丸焼きと、初めて見るミノ肉のローストも置かれていた。
焦げ茶色の表面に、中身がレアの肉の塊。食欲をそそる香ばしいミノ肉のローストには、小皿の緑と赤のソースのどちらかをつけて食べるようだ。
「ん、こっちはカラミ草のソースですよ」
「どれどれ……」
リゼが食べた色のソースをつけてみる。バジルとほうれん草のような香りが広がる。少しトロッとしている。
「赤いソースは、ピュレって果物のソースですね、すっぱいですよ~」
目をつむり、口をとんがらせて、すっぱさを表現してくるリゼ。面白い顔になっている。保存しておきたいぐらいだ。
俺も赤いソースを試してみるか、と思ったときだった。
突如、会場がざわめく。周りを見ると、なにやら会場の人たちはホールの入り口の方を見ている。俺もそちらに目をやる。
そこにいたのは、赤いマントの初老の男性と、緑の燕尾服のジジイ。セントラの王様と、大臣だった。
どうしてここに王様が? というパーティー会場の空気。会場の来賓は、何事かとお互いの顔を見合わせている。
たしか、レオンという名の王様だったはず。その王様は、大臣を引き連れてこちらに向かって堂々と歩いてくる。
「俺、またなにかしたのかな……」
「え、ソウタ様。またなにかやっちゃったんですか? もごもご」
リゼはのんきそうにローストミノを口に含んでいる。気づくんだリゼよ、王様がやってきているぞ。
王様はマントをはためかせながら、ついに俺の前にやってきた。立派な白ひげを蓄えた王様の口から、俺は呼びかけられる。
「ソウタ殿。この度の盗賊団討伐、本当によくやってくれた」
丁寧ながらも、威厳のある声、この声には何か不思議な魔力がある。俺は背筋を伸ばし、居住まいをただした。
「いえ、その……こ、光栄です」
「フム、そんなにかしこまらんでもよい。ワシも実は、堅苦しいのは苦手でな」
王様は、俺を1回軽く手で叩き、緊張をほぐした。助かった。俺も敬語はあまり得意じゃない。隣にいるリゼは緊張して、少し固まっている。
「ブオーン盗賊団にはワシも手を焼いていてな。近隣の村を襲うので早めに対処したかったのじゃが、騎士団は大蛇退治に出向いていたのでな」
ブオーン盗賊団ってそんなに大きな影響力を持つ盗賊だったのか、初めて知った。
「そういや、王様の病気はどうなったんだ?」
俺がふとした疑問を口にすると、ぐいっと大臣が割り込んでくる。
「失礼な口の利き方ですな! まあよい、盗賊団を倒したことに免じて許してあげましょう! 王様は、グリフォンの卵で無事、病気が治りましたとも!」
大臣は相変わらず、黒い口ひげ付きの顔がうるさい。
「そ、それはよかった。なんの病気だったんだ?」
「王様のお口に合わない料理が多く、栄養が足りていなかったようですな!」
子供か。威厳のある振る舞いに似合わず、好き嫌いが多いようだ。
「大臣、よせ。しかし、あのオムレツは絶品だった」
王様は味を思い出しうっとりとしている。あれをオムレツにして食べたのか、子供か。しかしグリフォンの卵のオムレツ、どんな味なんだろうか。
「グリフォンのオムレツ、私も食べたいです!」
リゼは緊張から一転、目を輝かせている。君はさっきロースト肉を食べたでしょう。
王様は、隣にいるリゼに気づいた。そして、上から下を眺めると、名前と出身を聞いてきた。
「ジーハ村です。リゼッタと申します」
そう答えると、「おお……」という驚きの表情とともに、王様の目が少し見開かれた。それは、様々な感情を含んだ目だった。
「ジーハ村のリゼッタ……まさか大魔法使いエルザの……」
王様は、まるで久しぶりにあった孫娘を見るかのような目だ。
「お母様をご存知なのですか?」
「ご存知も何も……有名なお方じゃよ、ワシも昔、世話になった」
「そうなのですか……」
王様は、思案するように口に手のひらをあて、何かを考えている。そして大臣の方に何かをささやくと、今度は大臣が呟いた。
「ジーハの悲劇……あれは痛ましい事件でしたな」
「!!」
リゼッタは、大きく目を見開いている。
小さく息を吸って、大臣は語る。
8年前、平和なジーハ村で起きた大事件。春の陽気が暖かかった頃。どこからともなくレッドドラゴンがジーハ村の近くに着陸し、村に偶然居合わせた大魔法使いと激闘を繰り広げた。
その大魔法使いはエルザ。彼女はセントラの近くに住み魔法で人々を助け、引退後はジーハ村で夫と一人娘と暮らしていた。ドラゴンとの戦いで死んだ大魔法使いの娘の名前は――リゼッタ。
「そなたがリゼッタか。エルザのことは、本当に残念だった」
王様は、本当に残念そうな口調でリゼに追悼の意を伝えている。
「いえ、あれは事故でしたから……」
作り笑いをするリゼの表情は、少しのもの悲しさを合わせもっていた。
「王様は、あれ以来モンスター退治を優先することに注力するようになりました! なんと慈悲深い心をお持ちでしょう!」
王様は、唾を飛ばしてまくしたてる大臣を制止し、思いだすように語った。
「この前も、セントラから遠い村に大蛇が出たと聞いたときには、肝が冷えたものだ。すぐに騎士団を派遣したが、一人の少年が倒してしまったと報告を受けた時には驚いた」
つまり、アオイたち騎士団が大蛇マッドスネークを退治に来たのには、この王様の方針があったようだ。
あのツギー村でのアオイとの出会いは、偶然ではなかったのか。
俺は、ドラゴンの約束のことを思い出し、「この際だ」と思い切って王様に聞いてみた。
「王様、ドラゴンってのはどこにいるか知ってるのか?」
「ああ、勿論知っておるよ。騎士団に調べさせたからのう」
なら話は早い。居場所を教えてもらって、ドラゴンを倒しに行く。
「俺はそいつを倒しに行く。だから居場所を教えてくれ」
俺には覚悟があった、リゼを過去のトラウマから救うという、意志。それを、真っ直ぐに王様に伝えた。
「それは無理じゃな」
王様は、その願いを否定した。何故だ、王様には俺がグリフォンを倒したことも、盗賊団を潰したことも伝わっているはず。それなのに、なぜ。
「俺にはこの腕輪がある、いい武器が出れば倒せる」
俺の反論にも、王様は表情を変えない。王様は静かな声で、トーンを変えずに言い切った。
「無理なのは、場所を教えることではない、倒すことじゃ。――ドラゴンは何度傷つけても、再生する」
王様の口から明かされたのは、ドラゴンの衝撃の事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます