15話 騎士団長と王国魔法使い
英雄ソウタが、ブオーン盗賊団を打ち倒した5年後。
セントラの王城。謁見の間前の大広間の右扉、騎士団専用の個室が立ち並ぶその一角。ミノタウロスの首を模した取っ手がかけられた、その赤い扉の向こうに、騎士団長の部屋がある。
その男はそこにいた。漆黒のような黒髪と、精悍な顔つきは、鋭い目つきを持ち、無精ひげで覆われている。背中には茶色のマント。真紅の全身鎧は、まるで鮮やかな血のように、吸い込まれそうなほど美しい。
――セントラ王国騎士団長。彼こそが、ブオーン盗賊団を倒した、5年前の英雄だった。男は、地図のようなものを開いて、同じ部屋にいる美しい女性に問いかけた。
「リゼ、レッドドラゴンの状況はどうなっている」
「はいソウタ様。レッドドラゴンは現在、サンド山付近を飛び回っているとの報告を受けています」
「いまいましいドラゴンめ……」
男は、心から悔しそうに唇をぎゅっと噛み締めた。ソウタと呼ばれた男の左腕には、銀の腕輪が光っている。
マジックアイテムの中でも、最高の能力を持つ神器。どんな武器も召喚でき、稀に絶大な威力の武器を呼び出す腕輪。彼が騎士団長へと登り詰めたのも、他ならぬこの神器の力によるものだった。
5年前。ブオーン盗賊団を打ち倒した七海ソウタは、セントラで英雄として讃えられる。そして、その功績を認められ、騎士アオイの推薦により騎士団の6人目の騎士として受勲を受けた。
どんな武器も召喚する神器の腕輪を持つ騎士ソウタの戦功は目覚ましく、数々の勲功を打ち立て団長にまで上り詰める。
戦場でグリフォンを駆り、どんな武器をも扱いこなし、伝説の武器を召喚する英雄。セントラの騎士団長は、周辺を荒らすならず者のみならず、セントラの隣国からも、その存在を恐れられるようになった。
そして現在。その男は、騎士団長室のミノ皮製の椅子に腰掛けながら、リゼと呼ばれた女性に呼びかける。
「アオイを読んでくれ、話がある」
ソウタに話しかけられた女性は、王国魔法使いリゼッタ。茶色のマントに、膝下までの腰に2本線の入った薄桃色のローブは、彼女の豊かな身体つきには不釣り合いなほど、少女が着るような衣装の印象を受けた。
彼女の金色の髪には、金色の羽を模った、エメラルド色の宝石細工の髪飾りがつけられている。
「はい、分かりましたソウタ様」
リゼッタは、そう返事をすると、
「アオイ。至急、騎士団長室まで来い」
「――わっ! いきなり話しかけてくるな! まったく、この魔法はどうにも慣れん」
通信魔法の向こう側で、女性が驚きの声を上げる。この魔法はまだ開発されてから日が浅く、遠距離での会話に慣れないものも多い。旧来の体制に依存する騎士となれば、なおさら受け入れがたいものなのだろう。
「ごたごた言うな。レッドドラゴンのことで話がある」
「火竜か、分かった」
アオイと呼ばれた女性は、
「リゼが開発した魔法も、便利なものだな」
「お褒め頂き、光栄です」
リゼッタは、からかうような敬語でお辞儀をした。俺が騎士団長になってからも、彼女のからかい癖は変わっていない。
「よせ、その話し方はむずがゆい」
ふふっ、とリゼッタが笑う。彼女の笑い顔は、5年前から変わらず、ずっと魅力的だった。しかし、俺は何か違和感を感じた。
ふと俺は思いだし、左腕の腕輪を起動する。ウインドウには、次のような文字が浮かび上がっている。
【提供割合】
【UR】0.1%
【SSR】1%
【SR】3%
【R】40%
「
その表記を見ながら、俺は呟く。
「
しかし、今まで戦いでURが出たことはない。どんな武器で、どんな威力なのか。それは楽しみでもあり、見えない恐怖でもあった。それは、はたして自分が制御できるものなのか。
セントラの情勢は芳しくない。各地でレッドドラゴンが暴れまわり、国を焼いていく。セントラの民は日々の暮らしに怯えている。
「いざとなれば、俺が出るしかないのだろう」
腕輪を見つめる。5年前、この世界に転生してきた時に身に着けていた腕輪は、すでに所々薄汚れていた。血を浴び、砂にまみれ、数々の戦いを乗り越え、一緒に駆けてきた装備。そして、前の世界の唯一の思い出。
もはや、前の世界に未練などない。セントラに脅威をもたらすレッドドラゴンを、この手で打ち倒すまで、そして……セントラに再び平和を取り戻すため。
英雄ソウタとして、騎士団長の責務を死ぬまで全うしなければならない。それが俺のこの世界に来訪した責務のはずだ。
俺は騎士団長室から立ち去ると、セントラ西方のサンド山に向かう準備のため、アオイの待つ城の会議室へ足を急ぐ。
そして今。
それは、幸運となるか、不運となるか。
王国魔法使いリゼッタにも、騎士アオイにも、俺にも――この時は、分かってはいなかった。
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