14話 ブオーンの術中
盗賊団の頭、ブオーンの部屋に通じる通路は、まるで映画館のような、暗がりの通路だった。これからどんな舞台が上映されるのか。それは三人の誰にも分からなかった。
盗賊少女、クレアはその小柄な体を揺らし、俺達の先頭で通路を歩いている。通路の奥に突き当たると、木製の扉が備え付けられている場所に止まった。
「この先がブオーン様の居場所だよ。これ以上、手助けなんかしないからね」
そう言ったクレアは扉を手前に開ける。部屋の光が隙間から漏れると、そこにはきらびやかな部屋が広がっていた。
金のネックレスや、銀の指輪、輝く宝石で彩られた鏡。青い宝石が埋め込まれたブレスレットや、豪華な赤い宝箱。それらすべてが、部屋の隅に無造作に転がっていた。
その男は、その台形の部屋の奥まった所、玉座にいた。我こそが王だと言わんばかりの、象の装飾が施された絢爛豪華な椅子は、釣り合わない輝きに、どこか空虚さを兼ね備えていた。
象のような顔に、象の長い鼻、大きな耳を持ち、胸から下は2メートルほどもある大男。大男は、長い鼻をもたげ、静かに開いた扉を見据えていた。その男は、茶色く薄汚れた軽鎧を身に着けていた。
「誰だぁ? このブオーン様のアジトに忍び込んだ奴はぁ?」
部屋に響くような、くぐもった低い声。俺たちは扉を閉めると、ブオーンと対峙した。護衛らしき盗賊が3人、ブオーンの近くにいる。ナイフを構えて、応戦体勢だ。
「ネズミが一匹、二匹……三匹もいるじゃないかぁ、見張りは何をしていたぁ?」
俺はブオーンを目の前に、言い放った。
「あんたが盗賊団のボスって奴か」
「ふぅん。誰に口を聞いている。オレはブオーン盗賊団の頭、ブオーン様であるぞぉ。セントラ騎士団の手のものかぁ?」
アオイの騎士のエンブレムを一目見て、ブオーンは推測したようだ。
「ふ、あいにく今日は、騎士団の命では来ておらん」
アオイは、きっぱりと言い切った。ブオーンは、少し考えるそぶりを見せている。
リゼは、突然ブオーンに言い渡した。
「クレアちゃんを開放してあげてください!」
「クレアぁ? そこにいるガキか。神器を手に入れたと報告があったから待っていたが、いっこうに腕輪をよこさない役立たずがぁ」
ブオーンは鼻息荒く、声を荒げている。腰につけた双剣が、カタカタと鳴った。その言葉にクレアは、弁明する。
「今日渡すつもりだったんだ! それをそこにいるソウタって奴に止められて……」
クレアはブオーンに歩いて近づいて行く。ブオーンは、こちらを見やると、次にクレアを見つめた。
「それで、負けたってわけかぁ。先の戦い、この耳でしかと聞いていたぞ、弱い奴はオレの盗賊団に必要なぁい」
「そんな!」
そのやり取りを見ていた俺が割って入る。
「あんた、強盗も誘拐もやるんだってな? なんでそんなことをする」
「なんで? 面白いことを聞くガキだぁ。俺がやりたいからする、それだけだぁ。それに、ドラゴンを倒すためには、いい装備がなくっちゃぁな!」
心から愉しそうに、「ぶはははは」と笑うブオーン。罪の意識はみじんもないようだ。ドラゴン退治。冒険者たちの夢だけではなく、この悪党も狙っていたのか。一瞬、リゼがびくっと反応した。
「そうかよ、じゃあお前を倒してクレアももらっていく」
「そこのガキか。神器を持ってくると言っておいてこのざまだ。神器があれば、ドラゴンを倒すのも夢じゃないのになぁ……まあ、馬鹿なガキらしい無能さだがなぁ」
クレアは、信じられないという顔をしている。
「で、でも! ブオーン様はボクを拾ってくれた……」
「ああ、それなぁ」
ブオーンは、クレアの言葉を遮った。
「オレが両親を殺したガキが、そうとも知らずオレを慕ってくるんだもんなぁ、おかしくって」
「どういう、こと……?」
「察しの悪いガキだなぁ。お前の両親は野盗に襲われただろう、それオレ様」
「この顔に呪いを受ける前の、ずいぶん前の話だ、お前の父と母を殺して、親戚どもも脅したら、我が身可愛さに子供一人助けないんだもんなぁ。残酷すぎて、笑ったぜ」
げはははは! という声が、部屋に響く。ねっとりとした悪意を感じる、不快な声だった。
超えてはいけない一線を、こうもたやすく超えられるものか。クレアは顔を覆い、目は左右に動き、絶望に打ちひしがれている。
――こんなの、クレアが可哀想だ。
「そんな……ことって……」
慟哭と嗚咽で、立つこともできず、膝から崩れ落ちるクレア。ブオーンの部下も、汚い笑い声を立てている。
――もう我慢の限界だ。
「うるさい、黙れ」
何かブオーンの手元で光ったように見えたが、関係ない。
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【SR】トールハンマー
俺は言うより速く。召喚したSRトールハンマーを振り下ろし。ブオーンは衝撃波に飲み込まれる。
「なっ!? がああああああっ」
大男が、光の波に飲まれていく。大蛇の時のように、凄まじい威力だ。
「こんな奴の言うことなんか聞くことねぇ、喋るのも時間の無駄だ。耳が腐る」
何を召喚したって、俺のやることは決まっていた。こいつとまともにやり合う気なんてない。話が通じる相手ならまだしも、このような巨悪には一撃で十分だ。
「俺が好きなのは、こんな奴をぶっ飛ばせる
俺が好きなのはスマホゲーム、強い奴を、運の力で切り開くゲーム。俺が倒したいのは、こういう奴だ。俺が救いたいのは、真っ直ぐに生きる人たち。容赦はない。
「な、が……貴様ぁ……」
「まともにやり合うと思ったか? こんな奴、戦う価値もねえ。ロングソードが出たって、ショートボウが出たって、グリフォン以下の雑魚だ」
息も絶え絶えのブオーンを一瞥し、俺はクレアに向き直る。
「クレア、世の中にはお前を虐げる奴もいる。利用しようとする奴もいる」
そうだ、忘れていた。
「そういう奴のことを相手にするな」
クレアは、涙を拭くのも忘れて、俺を唖然と見ていた。
「い、インチキだ! 神器ってそんなものだったの!」
「都合よく
「なんだよ人生って……お前だってガキじゃないか……」
クレアは、仇の突然の打倒に困惑と動揺を隠せないようだ。
運命を変える腕輪。この力は、全て運任せの、都合よく回ることのない歯車。
「俺は道具を投げ飛ばすぐらい、気が短いんだ」
スマートフォンを投げ飛ばした、あの時の俺のように。俺には、我慢できなかった。いいように虐げられ、奪われる子供がいることを。
そして半日後。リゼ、アオイとともに、ブオーン盗賊団のボスを打ち倒した俺は、英雄としてセントラの街へ帰る。
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