13話 疾風迅雷
双子岩の洞窟の、ブオーン盗賊団アジトの生活倉庫。そこには十分な広さの部屋があり、4人の男女が対峙していた。俺と盗賊少女、そして俺の後ろにリゼとアオイ。ピリピリとした緊張が、張り詰めた空気を漂わせていた。
盗賊少女のエメラルド色の髪、その下にはエメラルド色の瞳。悪戯っぽく笑う口元に、控え目な胸には白いさらし、青緑色の短パンと相まって、シーフのような格好だ。
盗賊少女の魔法靴は淡い光を帯びている。俺は両腕を前に構え、ファイティングポーズのような型だ。
「じゃあ、ボクから行くよ。手加減は、できないからね!」
「ソウタ様、魔法はいつでも使えます!」
リゼの応援、これは負けられないな。そう思っていると、少女は一瞬で、突風のように突っ込んできた。
「
いきなりのトップスピード。少女は駆けっこのような体制から、ロケットスタートを決めてくる。速い! どこから攻撃が飛んでくるか見極めないと……!
そう考えた瞬間には、俺はみぞおちに前蹴りを決められていた。衝撃が容赦なく伝わってくる。
「ぐっ……いてえ!」
俺は悶絶する。まるでアオイとの決闘で出した村正のスピードのような、情け容赦ない高速打撃。しかし、ダメージはなんとか耐えられる程度だ。
おそらく、体重を軽くしている靴の性質により、吹っ飛ばし力はあるものの、十分な重さを加えた威力ではないのだろう。しかし、いずれにせよ何発も食らったら気絶しかねない威力だ。
少女が目の前で一回転したかと思うと、俺は反射的に頭をガードした。それは、今までの戦いの経験で培った勘だった。直後、防御した腕の上から衝撃が刻まれる。
「あ、あぶねえな!」
「へえ、今のを防げるんだ。結構やるじゃん」
少女は感心しているようだが、今のは運が良かっただけだ。目前の少女の右腕には、いつの間にか腕輪が着けられている。それは俺のだ、返してもらおう。
少女に向けて右フック。しかし胸を反らして避けられる。すばしっこい奴だ。少女はしゃがみ込むと、勢いをつけて宙返りをしてくる。速度のあるサマーソルトキックは俺の顎に命中した。
「がっ……!」
一瞬、意識が飛びそうになるくらいの衝撃を頭に受けるが、なんとか足を踏ん張り、こらえる。
このままではいけない。そう判断した俺は、後ろに跳んで距離を取った。接近戦では少女の独壇場だ。
「さっきまでの威勢はどうしたのさ? 守ってばっかりじゃないか」
「うるせえ、今のはウォーミングアップだ」
強がりを言ったが、確かに防戦一方で分が悪い。なんとか腕輪にさえ、触れることができたら……!
再び少女の靴が光り、今度は跳び上がって急降下蹴りをお見舞いしてくる。俺はなんとか右手で衝撃を受け、すかさず左アッパーをお見舞いするも、少女はすぐに飛びのいて避けてしまう。
俺は、攻めきれず焦りが出てくる。気づくと、後ろにいたアオイが、リゼと何か話している。
「ソウタは何をやっているんだ!」
「あんなの反則ですよ、攻撃がまったく見えません!」
「あいつには見えていないのか?」
アオイがリゼに疑問を投げかけている。見えてたら苦労しねえよ!
そう心の中でアオイに文句を言っている暇もなく。再び高速突進で突っ込んできた少女が、地面を蹴って跳ねた。
「これで……終わりっ!」
スピードを乗せた両足でのドロップキック。俺は避けることができず、両腕で防ぐのが精いっぱいの悪あがきだった。衝撃を受けた俺の体が吹っ飛ばされ、洞窟の壁に向かっていく。
このままでは、壁に激突して一巻の終わりだ。
ここまでか。
そう思ったとき。体が緑の光に包まれ、そのまま壁にぶつかる。しかし、軽く衝撃を受けただけで済んだ。周りを見ると、リゼがこちらに杖を向けている。
「ウインド……
ウインド
その衝撃のせいか、俺はあることに気づく。そして、後ろにいるアオイに聞こえる声で呼びかける。
「アオイ、奴の攻撃は見切れるか!」
「当たり前だ、自分をなんだと思っている」
「コツを教えてくれ!」
短い言葉だったが、意図を察したのか、アオイはアイコンタクトで頷いてくる。
やはりそうだ。決闘で妖刀村正の攻撃を見切った、アオイの眼力ならば、高速だろうが神速だろうが見切っているはずだ。その秘訣を教えてもらえばいい。アオイは静かに言い切った。
「予備動作を見るんだ。何かを行動する時は必ず前段階の動作が存在する」
「見る……か、分かった!」
その言葉で作戦を思いついた俺は、少女に指を突き付けて宣言した。
「次だ。次の攻撃は見切ってやる」
「ふん。少しばかり運が良かったからって、調子に乗らないでよね」
少女の声には、わずかばかりの動揺が見える。おそらく、ここまで攻撃を凌いだ相手は初めてなのだろう。俺は再び戦闘態勢に戻る。
「今度こそ、終わり!
少女の靴が光る。なにかを仕掛けてこようとした時、俺は叫んだ。
「リゼ、エンチャント
すぐにリゼがエンチャント
「――はあっ!」
少女の掛け声と同時に、俺は何もない左脇腹の空間を掴んだ。
――何もなかったはずのその空間。そこには、俺の腕にがっしりと掴まれた、少女のふくらはぎが存在した。俺の左腹を狙った、渾身の回し蹴りは防がれた。
「そんなバカな! ありえない!」
攻撃を見切られたことに驚愕する少女。いったん捕まえれば、こちらのものだ。男の腕力をフルに使って少女と取っ組み合いになる。
「よせ! やめろ! ヘンタイ!」
少女も抵抗するが、男の腕力には敵わない、ふとももから徐々に体をつたい、伸ばしている少女の右腕に手を伸ばす、すると。
「とった!」
そして俺の右腕は、腕輪に触れた。
「武器、――召喚!」
赤い宝石を埋め込まれた銀の腕輪が光り、俺の右手に武器が現れる。
【SR】スレイプニル
一匹の蛇のような、一本の長く黒い鞭。その鞭のグリップを含めた全長は、2メートルを優に超えている。先端には、馬の蹄のような小さな分銅が付けられていた。殺傷能力よりも、むしろ相手への精神的なダメージを狙ったかのような、その威圧感。
俺はこれを知っている。
攻撃力はそれほどないため
「さて、悪い子にはお仕置きの時間だ」
「な、なんだよそれ! ボクが触れた時には何も起こらなかったのに」
盗賊少女は、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、身構えている。
「これが俺の、本当の武器だ」
スレイプニルを振り上げる。少女は防御態勢に入っているが構わない。少女の近くの地面に向けて、俺は思いきり鞭を叩きつけた。
バチィッ! という音がしたかと思うと、叩きつけられた地面を中心に部屋の空気が歪む。その中心を震源地にして、空気が打ち震えるかのようなキイィーンという轟音が響き渡った。少女は震源地の近くにいて、もろに音波を食らっている。
「う、うわあああああっ!」
少女は顔を両腕で遮るようにして、音を防ごうとしているが、無駄なことだ。SR武器の威力を舐めるな、とばかりにスレイプニルは、轟音を響かせ続けている。
音の波形が目に見えると錯覚するぐらいの、その音波攻撃に、少女はたまらず崩れ落ちた。
殴りつけた場所の周辺に、音波攻撃をしかける武器。それがスレイプニルという鞭だった。
攻撃が収まると、少女は気絶している。そしてスレイプニルは消滅した。今回の武器ガチャは、成功だ。
俺は気を失っている少女に近づき、その右腕から召喚腕輪を取り外す。やっとこの手に腕輪が帰ってきた。俺は腕輪を左腕に装着した。
戦闘が終わったのを見ると、リゼとアオイが駆け寄ってきた。
「ソウタ様、大丈夫ですか?」
何度も打撃を受けた俺を心配するリゼ。ウインド
「ああ、アオイもアドバイスありがとうな」
「ふ、あれしきの攻撃を見切れないとは。ソウタもまだまだだな」
照れ隠しなのか、そっけない態度だ。本当は心配してくれているのだろうということが、今までの付き合いで分かった。
その時だった。倒れていた少女が、ゆっくりと起き上がろうとしている。そしてフラフラとしながら、奥へ歩いていく。
「待て! お前、ブオーンの所に行く気だろう!」
「それが……どうしたって言うのさ」
俺は親指で自分の胸を指した。
「俺も行く」
少女がこちらに向き直り、目を見開いた。俺は少女の目を見据え、言ってやった。
「盗賊団が無くなれば、お前も盗賊を辞めざるを得ないだろ?」
「……勝手にしなよ」
既に少女は戦意を喪失しているようだ。少女は部屋の奥の通路の方に、右手の親指を向ける。
「この部屋から、あの通路をずっと進めば、ブオーン様の所さ。どうせ返り討ちにされるんだ、案内するよ」
生意気な言い方だ。だが目を見ると嘘は言っていないようだ。俺たちは顔を見合わせると、少女についていくことに決める。
倉庫の奥の右通路の地面を見ると、靴がいくつも行き交っているような跡がある。先ほどのスレイプニルの音が聞かれていないかも気になる。急ぐ必要がありそうだ。
「ボクはクレア。親がくれた名前なんか意味ないけどね」
クレアと名乗った少女はそう語ると、ブオーンの部屋に続く、少し暗い通路を歩いていく。その後に俺と二人が続く。
「ブオーン様がさらってきた女の
アジトの最奥、それは、狡猾で用心深いブオーンの性格を表しているかのような住処だ。
道中、リゼがなんとなしに盗賊団のボスについて聞いた。
「ところで、ブオーンというのはどんな方なんでしょうか?」
クレアは少し間を置いて、質問に答える。
「象だよ」
「象!? お鼻が長いあの象ですか」
「顔が象の男なんだ。理由を聞いたことはないけどね。あと耳もでかい、ついでに態度も」
盗賊団のボスは象男だという。俺は、どんな姿なのか想像をめぐらせながら、左腕の腕輪に手を添える。
略奪と、誘拐を行う盗賊団のボス。ろくでもない奴なのは間違いなさそうだった。
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