12話 盗賊少女が得たもの

 セントラ南方平原にそびえ立つ、双子岩。その二つの岩を、太陽が燦々と照らしている。草原の中に、双子岩の周辺だけは地面の土が露出しており、何者かが整地した後が見受けられた。


 俺たちは双子岩をぐるりと回り、裏に回ろうとする。


 すると、岩の大きな穴の横に二人の人影が見える。


 リゼとアオイも、その人影に気づいたようだ。人影たちは、双子岩の下部に開いている大きな穴を守るようにして、見張りをしている。恰好からして、ブオーン盗賊団の一味のようだ。その二人が何か話している。


「兄貴、その斧かっこいいっすね」


「まあな! 最近手に入れたんだが、よく手になじみやがる」


 兄貴と呼ばれた男は斧をぺろり、と舐め、嬉しそうに笑っている。


「言いにくいんすけど、その武器を舐める癖はなんなんすか兄貴?」


「鉄分補給だよ。鉄分が不足すると、あれだ、……やばいんだぞ。お前、何も知らねえな」


「やばいんすか」


 アホな会話をしている屈強な見張り番が二人、アジトの入り口にいるようだ。リゼとアオイとともに、近くの草原に隠れていた俺たちは、その様子を見ながら作戦会議をしていた。俺はまず、こう切り出した。


「どうする? 奴らアホそうだが、実力はありそうだぞ」


「見張り番か。あの程度の輩なら、自分が一発で仕留めてやる所なのだが……」


「斧、持ってますね。……となるとアオイさんは無理そうですね」


 リゼは何気に毒舌なのだろうか、天然なのだろうか。アオイはしょぼんという顔をしている。アオイも、いつもながら斧に弱すぎだろう、本当に女騎士なのかお前。


「正面から突破するのは得策じゃないな。リゼがあいつらの斧に、エンチャントフレイムをかけて驚かせるってのはどうだ?」


「うーん、ここからだと、ちょっと距離が遠すぎますね…」


 いつの間にか離れていたアオイが、何か木の枝を持ってくる。


「この木の枝は武器にならないか?」


 30cmぐらいの、何かの木の棒。定規ぐらいの長さで、手でわっかを作れる程度の太さ。まあ殴る程度のことはできるかもしれない。俺は武器もないし、無いよりマシかと思ったとき。俺はあることをひらめいた。


「リゼ、これは武器だな?」


「そうですね、武器にもなりますけど……」


「エンチャントフレイムもかけられるな?」


 リゼが頷いて肯定したので、俺はエンチャントフレイムを木の棒にかけてもらう。木の棒の先端は、たいまつのように燃えている。これはよく燃えそうだ。


「いいか、リゼ、アオイ。俺が向こうの草むらにこれを投げる。あの盗賊たちが見つけて騒ぎになったら、一斉に入り口から入るぞ」


 俺は双子岩の近くに生えている小さな草むらを指さした。


「ええっ! 燃やすんですか!?」


 リゼは俺の提案にびっくりしている。俺は、燃えている木の棒を放り投げた。木の棒の火は、近くの草に燃え移り、さらに草から草へと燃え広がっている。小さな草むらなので、大火事にはなりそうにはないが、少しハラハラする。


 煙が立ち始めると、焦げ臭い臭いがあたりに広がった。見張りの盗賊たちも、鼻をひくひくとさせている。どうやら火事に気づいたようだ。


「兄貴、おならしました? なんか臭いっすよ」


「馬鹿言うな、俺じゃねえ。……あっちで何か燃えてやがる! 火事だ!」

 

 兄貴分の方が気づいたようだ。アジトの周りで起こった突然の事件に、二人の盗賊たちは慌てふためいている。


 盗賊たちが火事の草むらに走っていくと、俺たちはその隙を逃さずアジトの入り口に駆け出した。潜入成功だ。


 アジトの中は、大人二人が十分に入れるほどの大きさの、洞窟になっていた。中の壁には火のついたかがり火がかけられていて、明るさは十分だ。壁を触ると、表面はざらざらとしている。岩を削って作ったのか、自然にできたものなのか……。おそらく、そのどちらもなのだろう。


 洞窟の中を進んでいくと、Y字状になっている通路が見える。分かれ道だ。俺たちは耳を立て、足音に注意しながらY字路に近づく。すると、コツコツという足音が、遠くから近づいてきた。俺はとっさに、リゼとアオイを後ろに回らせ、近くの木箱の陰に身をひそめる。右側の通路から、見回りがやってきたようだ。


「あ~、世界は我らがブオーン盗賊団のもの~♪」


 ごきげんに歌を歌いながら、一人の盗賊がやってきた。右手にはたいまつ、腰にはナイフのようなものが見える。頼む、左の通路に行ってくれ……! その願いが通じたのか、盗賊は左の通路に向きを変えた。なんとかやりすごしたか……? そう思った時だった。


「なんか寒気がするな。誰か俺の噂でもしてんのかな、へへ」


 鼻を指先でこする盗賊が身震いして、突然こちらに方向転換し始める。


「外でしょんべんしてこよ」


 まさか、こちらに向かってくるのか。俺は、物陰に隠れたまま息を呑んだ。リゼは杖を握りしめて固まっている。アオイは刀の柄に手をかけた。


 盗賊は、ゆっくりと出口のこちらに向かって歩いている。このまま見つかれば、戦闘は避けられないだろう。コツ、コツと盗賊がこちらに歩いてきて、何の気なしに左右を確認した、その時だった。


「むっ、だれ……」


 アオイは、盗賊が言い終わるよりも先に居合を決めていた。ゴツーン、という音が洞窟に静かに響く。


 そして音が終わった後、下を見ると、盗賊は頭に大きなたんこぶを作って気絶していた。


「安心しろ、みね打ちだ」


 死んではいないだろうが、かなり痛そうだ。俺は手を合わせ、盗賊にご愁傷様の意を示すと、二人と共に、素早くY字路に小走りした。


 Y字路にたどり着くと、右と左の分かれ道。どちらかを選ぶしかないようだった。どちらにも行くのは時間がかかる。見回りが帰ってこないことを不審に思ったら、騒ぎになるかもしれない。


「見回りが右から来たんだから、右じゃないのか?」


「いや、奥で繋がっているという可能性も考えられる。慎重に選ぶべきだ」


「そんなこと言ったって、長くは待てないぞ」


 俺とアオイの意見が食い違っていると、リゼは手を挙げて意見を言った。


「エンチャントウインドで、風の動きを見ましょう。行き先から風が通り抜けている方が、正解のはずです。用心深い人は、逃走用の出口も確保していると思いますから」


 俺とアオイは顔を見合わせて驚いた。


「リゼって頭良かったんだな……」


「今までなんだと思ってたんですか!?」


 リゼの突っ込みと、話し合いが終わり、エンチャントウインドをアオイの刀に付与すると、刀には目に見えるほどの風のヴェールができた。その風の刀を左側の通路に向けると、何も動かなかった。右側の通路ではヴェールがなびき、出口に向かって風が流れているのがわかる。


「こっちだ、行こう」


 右側の通路をしばらく進むと、少し開けた場所に出た。天井も少し高くなっていて、酒場のラウンジぐらいはありそうな広さだ。その部屋には、食料品や生活雑貨の袋が積まれていた。


「生活用の倉庫ということか、財宝を隠しているのは、もっと奥だろう」


「くそっ、じれったいな。結構進んだんだが。早く腕輪を見つけなきゃ……」


 俺がそう漏らした時だった。部屋に少女の声が響く。


「お兄さん、もしかして探してるのは、これ?」


 部屋の奥の影から、一人の少女が現れた、翡翠色の短髪に、黒のチョーカー。小柄な少し痩せている女の子は、まさか。


「あの時の……!」


 セントラの路地で俺の腕輪を盗んだ、その盗賊少女だった。盗賊少女は、エメラルドのショートカットの下からエメラルド色の猫目っぽい瞳を、いたずらっぽく覗かせている。その少女の右手には、召喚腕輪がひっかけられていた。


「それを返せ!」


 俺は腕輪を指さし、間髪入れず走り出す。武器がない以上、素手で戦うしかない。


「やーだよっ」


 少女は腕輪を持つ右手を上に掲げながら、挑発している。年端もいかない少女を傷つけたくなかったが、思い切って右手で殴りに行く。身の軽さがあるとはいえ、戦いに慣れた今の俺なら、一撃ぐらい! 


 しかし、俺の右ストレートは、無様にも空を切った。それどころか、少女は跳び上がり、俺の右腕に飛び乗ってくる。


「なっ……! 重……くない?」


 少女の体重がかかっているはずの右腕に、体重を感じない。羽が乗ってきたように軽い。その感触に驚いていると、俺の上を取った少女は言い放った。


「この靴もマジックアイテムなんだ。驚いたでしょ?」


 確かに、靴は鈍く光を放っていた。マジックアイテム、特殊な力を持つ装備品。おそらく、あの靴が少女の身軽さの秘密なのだろう。


 俺はなんとか左手で少女の足を払おうとする。しかし、それより早く、彼女の攻撃が飛んでくる。


加速アクセル!」


 少女が何かを唱えると、靴が光を放つ。


 刹那、すさまじい速度の蹴りが、俺の顔面を襲った。俺は受けることもできずに吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。


「ぐっ……かはっ」


 壁からずり落ちた俺は、咳き込みながら、呼吸を整える。なんだ、今のは。反応する暇もなくキックが飛んできた。少女は宙を舞いながら距離を取って、ふわりと着地をした。


「この靴の効果は加速アクセル。体重も軽くなるみたいだけどね」


 加速。それで見えない速度の蹴りを繰り出せたのか。少女の逃げ足が速かった理由も、判明した。


 困った、速さで勝てない相手にはどうすればいい。俺は、頭をフル回転させていた。


「大丈夫ですかソウタ様!」


「ソウタ下がれ、ここは自分が!」


 成り行きを見ていたリゼとアオイが叫ぶ。しかし、俺には自分で戦うという意志があった。


「いや、ダメだ。ここは俺がなんとかする」


 アオイが対峙すれば、この少女のスピードといい勝負はできるだろう。しかし、おそらく手加減はできない。最悪、殺してしまうこともあるかもしれない。


 俺は、女戦士の、「その娘は盗賊団に利用されているだけだ」という言葉を思い出していた。


「リゼとアオイには、サポートに回ってほしい」


 だが、リゼの属性エンチャントをしようにも、俺には武器がない。ウインド加護ブレスで身を軽くしたところで、少女のマジックアイテムの効果には敵わないだろう。


 万事休す。そんな単語が頭に浮かびつつも、俺の目の光は消えていなかった。


 それは、腕輪が無くても戦うという意地の表れだったかもしれないが、なにより、思ったのは。


 俺は少女に問いかける。


「運に恵まれないって言ってたよな」


 盗賊の少女は、一瞬びくっとした。俺はそれを見逃さない。


「そうさ、ボクは不幸だった。家族もお金も、暖かい寝場所も、みんな奪われた」


「奪われた?」


 俺の返事をきっかけに、少女は瞳を揺らして言った。


「そうだ! ボクの両親は野盗に殺されたんだ!」


 アオイは、その言葉に目を丸くしている。


「それから、親戚も、街の人も、誰も優しくなんてしてくれなかった! ボクを邪魔者扱いして、追い出した! 運に恵まれなかった!」


 少女は俺と、リゼと、アオイをそれぞれ指差して言った。


「だから、今度はボクが奪ったっていい、恵まれた人から奪ったっていい! 一生運のいいお前たちには、わからない!」


 少女は目をうるませながら、俺達三人を指さしている、リゼとアオイは、面食らっているようだ。


 少女の突然の告白。しかし、俺にはどこか分かる気がした。昔の俺も心が腐っていた。世界に認められなくて、ガチャに没頭して、運が悪かったら世界に呪詛を吐いていた、過去の俺。


 この少女は、あの時の俺と同じだ。


 一呼吸おいて、部屋に静寂が戻った時、俺は、再び少女に聞いた。


「野盗に襲われて孤児になったのに、同じ悲しみを増やすのか?」


「そうだ、今度はボクが奪う番だ」


「自分に運がなかったからか」


「そうだ」


 少女は、腕を震わせて、何かに耐えているようだった。そんな素直じゃない子供に、俺は言ってやる。


「分かった。じゃあ今度は大事なものを盗まれて運がない俺が、腕輪をゲットができて運のいいお前を打ち倒してやる」


 あっけにとられたような顔をする少女に構わず、続ける。


「そうしたら、お前も改心しろ」


 それは双子岩の分かれ道でのリゼの言葉のような、訳の分からない理屈なのだろう。しかし俺は本気で言ってやった。その勢いに、少女は気圧されたようだ。一瞬の間ののち、少女は気を取り直して叫んだ。


「バカじゃないの? そんなんで改心するわけないじゃん!」


 少女のエメラルド色の瞳の光が、小さく揺れている。


「悔しかったら、ボクを倒して奪ってみなよ! この腕輪は、ボクを拾ってくれたブオーン様に捧げるんだ!」


「ああ、そのつもりだ。腕輪のない七海ソウタとその仲間の力、その目に焼き付けろよ」


 俺は両腕を構え、素手で盗賊少女と対峙する。

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