11話 双子岩の分かれ道
俺達は中央通りに戻り、急いでマーケットを抜ける。セントラの酒場、ひつじの小箱亭に着くと、扉を勢いよく開いた。息を切らしている姿を見て、冒険者達が何事かと俺達を見ている。俺は、中央のテーブルに腰掛けるアマゾネスの女戦士を見つけた。
「なあ、前になんでも教えてくれるって言ったよな」
テーブルに両手を叩きつける。女戦士は、少し体を反らした。
「どうした少年。そんなに急いでも情報は逃げないぞ」
「待ってたら、逃げるんだよ! ……あの腕輪を盗まれたんだ」
「なんだって……?」
「象のエンブレムをつけた女の子が持って行った! 何か知ってることはないか!」
俺はいったん落ち着くようになだめられる。そして女戦士に、腕輪が盗まれてしまったこと、女の子の象のエンブレムのことについて話した。女戦士は、とりあえず椅子に座るように促してきた。
女戦士を見たアオイは、「でかい斧背負ってる……」と言い、後ずさりしながら女戦士とは反対側の席に座った。本当に難儀な女騎士だな、お前。
4つある内の残りの2席に俺とリゼが腰掛けると、女戦士はゆっくりと口を開いて言った。
「象のエンブレムか……ブオーン盗賊団のことを知っているか?」
「いや、知らないな」
ふむ、と口に手を当てる女戦士。女戦士は、まずその盗賊団について話し始めた。
ブオーン盗賊団。セントラの南方を根城にする盗賊団。近隣の村への窃盗や強盗などを繰り返し、最近はとみに力をつけてきているという話だ。女戦士は、その盗賊団に関する依頼を受けた時のことを話した。
「ジーハ村へのミノ車の護衛の依頼でな、盗賊団の一味を相手にすることになった。確かツギー村の近くで襲われたはずだ、もちろん、返り討ちにしてやったが」
ニヤリと笑い、誇らしげに背中の斧に手を添える女戦士。アオイは少し怯えている、かわいそうだからやめてあげて欲しい。女戦士は思い出すかのように腕組みをして、こう言った。
「確かその盗賊共も、象のエンブレムをつけていたはずだ。……あとに聞くところでブオーン盗賊団の差し金だと知った」
「そのブオーン盗賊団というのは、どこにいるんですか?」
リゼは人差し指を立て、首をかしげている。女戦士は静かに答える。
「セントラから南方の、双子岩を根城にしていると聞いたことがある」
セントラ南方の、双子岩。よし、行く先は決まった。俺が席を立とうとすると、女戦士はそれを阻止した。
「待て。その緑髪の女の子というのは、黒のチョーカーをしていなかったか?」
俺は目を見開いた。「そうだけど」と答えると、女戦士は確信したように一回だけ頷き、意外なことを言ってきた。
「おそらく、その娘は盗賊団に利用されているだけだ」
女戦士の表情は、珍しく曇っている。なにか、過去にあったのだろうか。
「ブオーン盗賊団の
女戦士は、腕を組みなおして続ける。
「アタシが依頼で捕まえてから、あの子は改心したと思ったが……どこで盗賊団にスカウトされたのだろう。もしチャンスがあったら、助けてやってくれ」
女戦士の話の盗賊少女が、一人で寂しく暮らしていたあの日の俺と、どこか重なった。
「分かった。できるだけやってみる、情報をありがとう」
「今日はもう遅い。盗賊が得意とするのは夜の時間だ。はやる気持ちはわかるが、今夜は休んで明日に備えるといい」
外は暗くなりかけている。俺達は女戦士のアドバイスに従うことにした。
腕輪を無くした俺は、少し焦っていたのかもしれない。召喚腕輪が無ければ、俺はこの世界ではただの人。だが、今の俺にはリゼやアオイ、そして頼りにできる人がいる。
俺達は、明日の朝に盗賊団の住まう双子岩に向かうことにして、宿を取ることにした。
明朝早い時間に、俺とリゼは、泊まっていた西通りの宿屋から出ると、待ち合わせの中央通り噴水広場に向かう。そこには、アオイが既に待ち合わせ場所に来ていた。
「騎士団の仲間に頼んで、双子岩までの地図を用意してきた」
「サンキュな、アオイ」
「別に、当たり前のことしかしていない」
そっぽを向くアオイ、その頬は少し赤みをおびている。
地図を見ると、セントラ南門から南東に伸びる街道を数kmほど進んだあと、分かれ道を右に外れていくと突き当たるのが双子岩の場所だ。そこからは、ジーハ村やツギー村にも行けなくもない距離だ。
「どうやら双子岩の中が、奴らのアジトらしい。これも騎士団から仕入れた情報だ」
「岩の中におうちがあるんですか! 居心地いいんでしょうか?」
リゼの発言はともかく、こういう時のアオイは頼りになる。俺達は噴水広場を離れ、南門から出ると、セントラ南の街道を進み始める。
双子岩に向かう分かれ道に来た時、俺はリゼが盗賊団のアジトに入ることに躊躇を感じていた。
今まではモンスター相手。やるか、やられるかで済んでいた。しかし、悪意のある人間相手というのはわけが違う。負けたら何をされるか分からないし、こちらも、人間を傷つける覚悟がなければいけない。
そして、リゼは補助魔法しか使えない。もしもという時の自衛手段がない。そして俺には今、リゼを守ることのできる腕輪がない。
「リゼ、もし行きたくないならアジトには行かなくてもいい。盗賊は何をしてくるか分からないし、俺の腕輪は俺の問題だ」
リゼはきょとんという顔をしている。そんな質問をすること自体が、想定外だったかのように。
「もう! ソウタ様、ちょっと私のことを馬鹿にしてません? 私、今まで結構役に立ってきたと思うんですけど」
ぷんすか! という擬音が飛び出してきそうなほどに、わかりやすく怒るリゼ。俺は弁解する。
「そういうわけじゃ……」
「ではソウタ様は、私が大事なものを無くして困っていたらどうしますか? ソウタ様にもらった、私の髪飾りとか」
リゼは、金の羽を縁取られた緑の宝石細工の髪飾りを指さす。そんなのは決まっている。
「もちろん、助ける」
「じゃあ、同じですね」
いつも思うことだが、こういう時リゼは本当に屈託なく笑うのだ。一切の邪気のない、率直な気持ちをぶつけるような笑顔。リゼのその笑顔に、何度助けられたか分からない。
何故この少女は、俺にここまでしてくれるのだろう。今更な話だったが、不思議に思った俺は、あえて聞いてみることにした。
「なんでリゼは、そんなに俺についてきてくれるんだ?」
「命の恩人が、命の次に大切なものを無くしたんですよ? 手伝うのが当然じゃないですか」
よく分からない理屈だったが、リゼらしい理由だ。
腕輪を無くした俺は、少し不安になっていた。腕輪が無ければ、俺は何もない、ただの人ではないだろうか。
「今の俺は腕輪を無くした、ただの男だぞ?」
「私にとっては唯一の命の恩人です。現にこうして、ついてきてるじゃないですか。腕輪を取り返すために」
俺はリゼが離れることを、恐れていたのかもしれない。腕輪の力だけが俺の力なのではないかという思いが、本音を漏らす。
「なあ……もし俺が、本当は別の世界に住んでた人で、誰かを助けるために死んで……この世界に生まれ変わって、偶然リゼを助けた、って言ったら笑うか?」
俺は少しだけ、草原に吹き付ける風の寒さに手が震えていた。
「そんなの、笑うわけないじゃないですか。私以外にも人を助けていたなんて、さすがソウタ様ですね!」
アオイは、何も言わず横で立っていた。リゼは真っ直ぐと、俺を金色の瞳で見つめている。俺の降ろしている手は、そのまま
「それが、どうしようもなくダメな奴の、気まぐれの行動でもか?」
俺はリゼの顔をまともに見れなかった。リゼは
「どうしようもなくダメな人は、そもそも助けようとなんかしません。そんなこと言ったら、私のも、一生ものの気まぐれですよ。一回助けられたぐらいで、惚れちゃってるんですから」
心臓を掴まれるような気がした。無邪気な顔で、そんなことを言われたら、俺はどうすればいい。
「大蛇のことか?」
俺は、なんとか声を絞り出す。リゼは、瞳と同じ色をした金色の髪を風になびかせながら、微笑む。
「それだけじゃありません。ヒコッケイだって、アオイさんとの戦いだって」
補助魔法で助けてくれた時のことを思い出す。エンチャント
「サンド山でグリフォンに乗った時だって。私はあなたの、その背中を見て、ついてきたんです」
リゼは、はっきりとそう言った。
「そんな理由でいいのか」
「私にとっては大きな理由ですよ。それに人を助けるのなんて、そんな理由で、いいんです」
その答えで、胸の中のつかえがとれた気がした。俺は前を向いて、街道を外れて歩き出す。
リゼとアオイも、それに続く。俺達は、三人で双子岩に向かう。
分かれ道を外れた草原の向こうには、根元で二つに分かれた高い双子岩が、風に吹かれながらも寄り添っていた。
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