10話 腕輪の行方

 武器屋を訪れた二人の人物は、リゼとアオイだった。二人は、無骨な店内をじろじろと見渡している。武器屋の店主も、それに気づいたようだ。俺は、二人に声をかける。


「ようリゼ、アオイ。服を買いに行ったんじゃなかったのか?」


 アオイが俺に気づき、斧の陳列棚から離れるようにして近づいてくる。難儀な女騎士だ。


「ソウタか、いや服は買いに行ったのだが……リゼが暴走してしまってな。自分はそろそろ武器を見たいと言って、連れてきた」


 アオイの装備をよく見ると、銀の胸当ての留め金が一つ、外れている。ははーん。こいつ、リゼに着せ替えを強いられていたな。リゼは、少し残念そうだ。


「アオイさんには、絶対フリフリの服が似合います!」


「いや、自分はいい。いいから」


 首をふるふると振るアオイ、少し目がおびえている。何をしたんだ、リゼよ。店主は、入ってきた二人も仲間だと察すると、営業トークを続けてきた。


「お嬢さんたちも、いい服買いたいでしょう? この方の腕輪はなんと5万コルトですよ!」


 アオイたちは、驚いたようだ。アオイが武器屋の主人に尋ねる。


「マジックアイテムとはいえ、そんなに価値があるものなのか?」


「そのマジックアイテムの中にも、神器ってものが隠れている場合があるんでさあ。神器は、文字通り神の器。もし神器なら、5万じゃくだらない値段で売れますぜ」


「えー! 5万コルトって言ったら、高い服が10着は買えますよ!」


 リゼが驚いて、アオイがほう、という顔をする。お前ら、まさか俺を説得する気じゃないだろうな。


「別の店で売った方がいいんじゃないか? 5万以上の価値が付くかもな」 


 アオイはニヤッとしてこちらを向いた。なるほど、そういうことか。俺は言い返してやった。


「なあおっさん。5万の何倍もの価値が隠れている商品を、5万で買い取るのか? 査定が下手な店だな、帰るぞ」


 店主がしまった、という顔をしたときにはもう遅かった。俺たちは踵を返し、店を出た。


「アオイ、助かったよ」


「自分は何もしていない。だが、危うく買いたたかれる所だったな。筋肉店主のような力技には真っ向から対抗するのは無意味だ。絡め手も使うといい」


 アオイは得意げそうだった。俺は何を言われても売る気はなかったが、もっともだと思った。


 どんな相手でも、どんな敵でも、力だけで勝てない相手には、ガチャも必要だ。運がなかったときは、知恵でなんとかするしかない。それは、俺が経験してきた戦いでも、学んだことだった。


 しかし、ふと考える。運に恵まれず、大きな力に対抗する知恵を学ぶこともできなかった人は、どうなるのだろう。


 東通りに出ると、食事でもしようかという話になった。昼の時間帯は過ぎていて、人通りも少なくなってきた。この時間なら、遅めのランチで店も人が少ないだろう。


「この店にしましょう!」


 リゼは直感で近くのカフェを選んだ。俺もアオイも、特に異論はなかった。木目調で統一されたカフェには、シックなオープンテラスがあり、4セット並んでいるテーブル席の奥の方に座ると、ウェイターが注文を取りに来た。メニューを見ながら注文をする。


「俺はミノ肉とヒコッケイ卵のパスタ」


「ランスフィッシュのソテー、カラミ草を添えて。を頼む」


「じゃあ私もそれで」


 しばらくすると、ウェイターが料理を3つ運んできた。


 ミノ肉とヒコッケイ卵のパスタは、一目見ると黄色いソースがパスタに絡んでいる、ミノ肉を角切りしたものが入っている麺料理。おそらく、この黄色いソースにウコッケイ卵が使われているのだろう。一口食べると、ピリリとした辛さを感じた。卵ソース自体に、辛味がついているのだろう。次に濃厚な卵の香りが口いっぱいに広がる。塩漬けのミノ肉を焼いた具のしょっぱさも、いいアクセントになっていた。うまい。

 

 リゼとアオイが頼んだランスフィッシュのソテーには、魚の頭から槍のようなものが飛び出していた。身はソテーだが、槍の部分はカリカリに焼き上げて塩を振ってある。美味しそうだ。添えられている野菜がカラミ草のようだ。ソテーとともにかけられている薄緑のソースに、よく絡んでいる。


「カラミ草は、液体とよく絡む性質があって、付け合わせとして美味しいですよ」


 不思議そうに見ていると、リゼが説明してきた。リゼは、ソテーを少し切り分け、カラミ草とともにスプーンに乗せて、差し出してくる。


「はいソウタ様、あーん」


 恥ずかしい。照れながらもリゼから一口もらう。カラミ草という名前だが特に辛くはない。ほうれん草とバジルの合いの子のような風味が鼻に抜ける。ランスフィッシュは、淡泊な味だが、ミノ乳のバターで炒めているのか、いい感じの風味だ。その様子を傍から見ていたアオイは、口元を拭きながら呆れている。


「お前ら、少しは人の目というのを考えんのか……」


 周りを見渡すと、「あら熱いわね~」という主婦や家族連れの目線が突き刺さる。辛くはないのに、顔が熱くなる。俺とリゼは、顔を真っ赤にして縮こまった。



 遅めの昼食を終えると、俺たちは腹ごなしに、今まで行ったことがない所に行こうという話になった。そこで、東通りの、武器屋の隣にある細い路地に入ることにした。


 奥を見ると、突き当たりはT字路になっている。人が少し行き交っている様子から、通り抜けができるようだ。俺達は、たわいもない会話の中で、腕輪について話す。


「この腕輪、神器の可能性があるんだな」


「神器だったら、国宝級の価値があるぞ」


 アオイがそう言うと、ほえーとリゼが口を開けている。下からT字路に来た俺たちは、突き当たりに差し掛かろうとしていた。民家の壁に突き当たった時、右から一人の子供が駆けてきた。子供はいきなり俺にぶつかってくる。


「いてっ、気をつけろよ!」


 俺が抗議しても、子供は無視してそのまま走り去ってしまった。失礼な子供だ、教育がなっていない。俺は服を手で払うと、リゼが心配そうに話しかける。


「ソウタ様、大丈夫ですか? ……あっ」

 

 何かに気づいたように、口に手を当てるリゼ。なんだろうか、と思っていると。アオイが叫ぶ。


「ソウタ、腕輪!」


 すぐさま左腕を確認する。そこにはあるべきはずの銀の腕輪が無かった。子供の走っていった方を見ると、小柄な女の子が走り去っていくのが見える。


「泥棒だ!」


 俺が叫ぶと、その女の子はダッシュで逃げ出した。エメラルドのような、翡翠色の短めの髪は、走る動きに合わせて上下に揺れている。青緑色の短パンからは、白い足がスラリと伸びていて、なるほど足が速そうだ。


「いっただきー!」


 緑と黒のチョッキをはためかせ、女の子は元気に勝ち誇っている。今は感心している場合ではない。


「この、その腕輪を返せ!」


 すぐに走って追いかける。しかし、少女の方が速く、距離を離される。右手に持つ腕輪をヒラヒラとさせて、余裕そうだ。その首の黒のチョーカーには、象を彫ったエンブレムが光っている。


「そんなに恵まれてるんだから、恵まれないボクに一つぐらい、いいじゃないのさー! 両手に花の、お兄さん!」


 女の子は、T字路を左に逃げ、さらに曲がり角を曲がった。このままでは見失ってしまう。全力で追いかける。


 曲がり角にやっと追いつくと、左の路地に女の子が走っていく。男の脚力で全力で走れば……! 

 

 その時だった。女の子はこちらに向くと、突然静止した。今がチャンスだ!


「じゃあね~!」


「え?」 

 

 あっけに取られた瞬間。少女は上に跳び上がり、民家の壁に飛びついた。さらに、三角飛びのような形でひょいひょいと壁を上って、屋根まで跳んでいく。手をひらひらとさせ、民家の屋根を渡っていった。これではもう追うことができない。


「見逃し、ちまった……」


 召喚腕輪を盗られ、俺は息を荒くして膝に手を置いた。しかしあの首の象のエンブレム……なんだったんだ。


 アオイとリゼが後から駆けてくる。


「あの子、腕輪を狙ってましたね。会話を聞かれてたんでしょうか」


アオイは、悔しそうだ。


「取り逃がしたのは、騎士でありながら不法に気づけなかった私の責任でもある」


 変な所で責任を感じる奴だ。しかし、腕輪を失ったのは痛い。あの女の子の手掛かりは、象のエンブレムのみ。俺はアオイに、象のエンブレムについて伝える。


「象のエンブレム? そんなものをつけていたのか」


「どこかに所属でもしてるんでしょうか?」


 リゼは首をひねっている。俺は尋ねた。


「エンブレムってのはどういう意味があるんだ?」


「騎士団にもエンブレムはあるぞ、その団体のシンボルを象徴するマークのようなものだな」


 アオイは、左胸の所についている騎士団のエンブレムをこちらによく見えるようにした。剣と剣が交差している、赤のエンブレム。緑髪の少女の首には象のエンブレム。街に象のエンブレムをつけている冒険者など見たことがない。


「そうですね、騎士団とか、冒険者チームとか。……あとは盗賊団とか?」


 リゼは自分の言葉にハッとしたようだ。ジーハ村の近くでは盗賊も出る、思い当たる節があるのだろう。


「それだ。象のエンブレムについて知っている奴を探そう」


 情報収集といえば酒場。俺たちは夕方の酒場、ひつじの小箱亭に向かうことにした。


 緑髪の少女に、奪われた召喚腕輪。俺は、いつもと違う何もない左腕を見つめながら、少女の言葉が気にかかっていた。


 「恵まれないボク」という言葉。年恰好は小さく、少し痩せていて、着用しているものも薄汚れている、あの少女。


 もし、運に恵まれない子供がこの世界にもいるとしたら。俺は何をしてやれるのだろうか。俺はこの世界に来る前の、トラックに跳ねられそうになっていた子供のことを思い出していた。

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