09話 見たことのない景色

 サンド山の頂上で、戦闘を終えた俺たち。山を下りようとした時、ソードグリフォンが再び起き上がった。


「なっ、また立ち上がってる!」


 しかし様子がおかしい、その目に、既に戦闘の意志はないようだった。グリフォンは、キィーという静かな声を鳴らしながら、近づいてくる。そして、くちばしを俺の頬にすり寄せた。それはまるで、動物が懐いているかのような行動だった。


 アオイは、何か思い出したように呟いた。


「グリフォンには、打ち負かしたものを主人と認める習性があると聞いたことがある。おそらく、ソウタを主人と認めたのだろう」


「そうなのか。お前、俺を認めてくれたのか?」


 キィー! グリフォンはそれに答えるように俺を見つめて鳴いた。なんとグリフォンを手なずけてしまった。


 グリフォンは羽をしまい、頭を下げ、腰を低くして静止した。グリフォンの頭から、背中に乗ることができそうだ。


「街まで連れて行ってくれるのか?」


 キー。肯定だろうか。俺達は、お互いに頷いてグリフォンの背中に乗る。俺はタマゴを一つ抱えて乗り込んだ。するとグリフォンは立ち上がり、翼をばさばさと動かし始める。俺は片手で羽の一部を掴んで飛行に備える。何度か羽ばたくと、グリフォンは空中に浮かび上がった。頂上から、3人を乗せたグリフォンが、飛び立った。


 素晴らしい光景が広がっていた。目の前には、広がる大空、遠くに見える地平線と深緑の山、紺碧の川。風を切って、自由に飛んでいく鳥が見ていた景色が見ることができた。眼下には、リゼとアオイが水浴びした湖が、水たまりぐらいの小ささになっていた。湖の隣では、俺達が通ってきた道が、長いヒモのように伸びている。


 右手には、俺が最初にやってきたジーハ村の近くの草原が見える。セントラに近い二つ目の村がツギー村だ。こんな形で世界を一望できるとは、この世界にやってきた時は思いもしなかった。


 グリフォンの背中は快適だ。耐熱性と耐冷性を兼ね備えた羽が、俺達を高空の気温差から守ってくれている。世界中の、どんなアトラクションでも、これ以上胸躍る光景は見られないだろう。地平線の、空と陸のコントラストは、青と緑が、それぞれお互いの領域を尊重しているかのように、綺麗だった。


「あ、セントラが見えてきました!」


 セントラの街が見えてくる。民家の立ち並ぶ外周、前に歩いた中央通り。上から見下ろすと気づいたのは、城の横に大きな川が流れていて、その川には石橋がかかっている。南北には門と城があり、東西には中央通りが横切っていた。漢字で表現すると、北を上にして「毎」のような街並み。焦げ茶色の民家群と、青い城。こちらも美しい景色だ。


「すげえ……」


 しばらく目を奪われていると、グリフォンは高度を下げ始めた。行先には銀灰色の壁と木の門。俺たちがツギー村から来た門だ。グリフォンは、地面すれすれまで急降下すると、直前でホバリングして着地した。近くにいた兵士は、何事かと驚いている。


「な、なんだ!? 止まれ!」


 門の兵士はびっくりして腰を抜かしている。俺達三人は、その様子を見て、お互いに顔を見合わせ笑い合った。


「ありがとう、グリフォン」


 送ってくれたグリフォンは、返事なのか「キュイ」と鳴いている。俺達を降ろすと、グリフォンはどこかに飛んで行った。


■□■□■□■□■□■□■□■□


 セントラ王城に着くと、俺達は門番に、謁見の間まで通された。

 

 目の前に座っている王様は、事を成し遂げた俺達を見据え、タマゴを大臣に受け取らせる。


「ほう、やってのけましたか。冒険者風情でも、たまには役に立つときがあるようですな!」

 

 嫌味の絶えないジジイだが、少しは認めてくれたようだ。


「よくやってくれた。これでワシの病気が治るとよいのだが」


 王様は少し嬉しそうだ。やはり大臣が割り込んでくる。


「罪が帳消しになっただけですぞ! ゆめゆめ勘違いをしないように!」


 つんと向こうを向く大臣。お前のツンデレはいらない。タマゴを届けると、俺達は解放され、城の正門から街に出た。


「やっと解放されたな」


「ソウタ様、私買い物に行きたいです!」


 ピンクのマントとミニスカートをひらひらとさせながら、金色の瞳を輝かせてはしゃぐリゼ。確かに、セントラに初めに着いたのは夕方の時だ。俺も、昼間の今のうちに、セントラの街を見ておきたかった。俺達は、中央通りに向かう。


 昼過ぎの中央通りには、買い物に来た街の主婦たちでごった返している。


「それで、なんでアオイまでついてきてるんだ?」


 俺の前には、楽しそうに話しているリゼとアオイの姿。俺は両手を後頭部に沿えて、その様子をまじまじと見ていた。


「なんでって、自分とリゼは友達だからな」


「友達ですもんねー」


 いつの間にそんなに仲良くなったんだ。あれか、水着の付き合いって奴のせいか。騎士団の仕事は大丈夫なのだろうかと思っていると、アオイが振り向いてきた。


「まあ、ソウタもペット以上友達未満というランクだな」


「人間関係どころかペットの段階なの!?」


「ふふ、冗談だ」


 銀の胸当てと、青いタイツの軽装鎧が微笑みに合わせて弾む。俺に向けて笑うアオイを、初めて見たかもしれない。美しい黒髪のポニーテールを揺らしながら、彼女はまつげの下の青い瞳を俺に向けて、優しく言った。


「サンド山で助けてくれたこと、感謝してるぞ。友達の枠は開けておいてやる」


 素直じゃない言葉。しかし、彼女なりの、友好の気持ちを感じた。



 セントラ中央通りには、露天だけが並んでいるのではない。通りの両端には、様々な店が並んでいる。八百屋、料理屋、武器屋、靴屋、銭湯、薬屋……なんでも揃うというのは、嘘ではないようだった。


「私たち、お洋服を見てきます!」


 リゼがそういうと、俺達は中央通りの中央噴水を集合場所にして、二手に別れた。リゼとアオイは西通り、俺は東通りに向かった。


 リゼ達はおそらく西通りの洋服店だ。そんなに毎回買う服があるものなのだろうか。ちなみに俺が東通りに向かったのには理由がある。


 俺は、四角い石で舗装されている東通りの、剣と盾の絵が描かれている看板の店。赤茶色の屋根の、長方形の格子窓が2つついている店に入った。


「いらっしゃい!」


 俺を迎えてくれたのは、カウンターにいる、帽子をかぶったいかつい店主だった。カーキ色のキャスケットにカーキ色のオーバーオールを着ていて、りんごを片手で握りつぶしそうな体格をしている。


 見回すと、武骨な灰色の壁紙に、奥には書類の棚。部屋の中には、手ごろな剣のショートソード、片手で扱える斧のハンドアックスの他にも、ロングソードや、小型の盾バックラー、手槍。様々な種類の武器が壁際の陳列棚に立てかけられている。


 武器屋だ。俺は武器を買う必要が無かったので、こういう店に初めて入った。店内を見回ると、腕輪から出るRまでの武器で売っているものも見かける。


 しかし、それ以上の武器……俺の最初に召喚したSR、トールハンマークラスの武器はないようだった。


「何を探してるんだ?」


 武器屋の店主が話しかけてくる。武器を観察していたので、客だと思われたようだ。


「マジックアイテムはないのか?」


「あれは貴重なものだ、そうそう仕入れられねえよ、仕入れが高くつくからな」


 主人は困惑した様子で両手を天に向けている。質問を変えるか。


「じゃあ、この腕輪みたいなマジックアイテムを見たことがあるか?」


 俺は腕輪を起動して、ウインドウを表示してみせる、武器屋の店主はぎょっと驚いた。


「それ、マジックアイテムか! 見せてくれねえか!」


 いきなり、武器屋の店主は、召喚ウインドウが表示されている腕輪に飛びついた。偶然、店主の手が召喚ボタンに触れてしまう。召喚腕輪が光を放った。


【R】ロングソード


 以前も見た武器が、腕輪から召喚される。ロングソードが現れると、店主は驚いて後ろに飛びのき、店の棚にぶつかって本や書類などを落としている。大丈夫か。


 俺がロングソードを右手で掴むと、店主は起き上がり、目をキラキラさせながら近寄ってきた。俺の左手を、両手で握ってくる。


「その腕輪を売ってくれ、頼む!」


「無理だな」


「5万出す!」


 この腕輪に5万か、よほど価値があるものらしい。


「これは大事なものだからダメだ」


「俺の筋肉もつける! 後生だから!」


 腕の筋肉を見せつけながら、訳の分からないことを言ってきた。そんな筋肉万能説など存在しない。俺はすがりつく店主を押さえつけながら、拒否していた。


 その時、カランと入り口の鈴の音がする。誰か新しい客が来たようだ。


 俺が武器屋の入り口を振り返ると、そこには二人の人物がいた。

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