08話 オオワシの剣
俺はサンド山の断崖絶壁にいた。下の方を見ると、地面がかなり遠くに見える。崖に吹き付けるように、ごうごうと、風が吹いている音がした。俺が渡っている足場は、人一人がカニ歩きでやっと通れるぐらいの細さで、かなり心もとない。両手で壁をつたいつつ、俺とリゼとアオイは崖を渡っていく。
「ソウタ様、落ちたら魔法かけますねー!」
「いや落ちる前にかけろよ!?」
ここサンド山は、セントラの観光名所というわけでもなく、人の寄り付かない、本気で高い山だった。山のふもとに着いたアオイが、真面目な顔で急な斜面を登ろうとした時は驚いたものだ。俺はなんとか、なだらかな斜面の入り口を見つけた。しかし、今の崖の状況から見れば、急な斜面ぐらい、なんてことはなかったかもしれない。
俺が先頭に、アオイとリゼが続く。足の踏み場のない細い道は、一歩間違えれば死。俺は全神経を使って足場渡りをしていた。ふざけてなどいられない。
「おい貴様、遅いぞ早く歩け」
アオイは、こともあろうに刀の柄で俺を小突いた。
「あっ、あっ……てんめえ! あとで覚えてろよ! 今はやめろ」
「変態の言うことなど聞かない」
柄をぐりぐりと押し付けてくる。この女、覗かれたことを根に持っている。
「あーーっ! 絶対許さねえ、この小桃おん……あ、マジでやめてください!」
騒ぐ俺らをよそに、リゼは最後列で涼しい顔をして渡っている。え、村人って崖渡るスキルあるの?
「ソウタ様、ふざけたら危ないですよ?」
リゼに言われてしまったらおしまいだ。崖を渡り切ると、少し足場が広くなった。頂上までは、あと3分の一ぐらいか。
その時だった。何かの飛行物体が、足元に影を落としている。俺は上を見ると、太陽の手前に、一匹の鳥のようなものを見つけた。鳥は大きく、かなり遠くでも大きく見える。数秒後、さらにでかくなっている。目を凝らすと、ぐんぐんと近づいてくる一羽の巨大鳥が見えた。
「でっけえ鳥!」
「ソードグリフォンだな」
知っているのかアオイ! アオイは、刀の柄に手を添えている。
「目的のタマゴの、守護者だ」
巨大鳥は急降下で近づいてくる。陽光でその姿は確認しづらいが、大きな翼と、なにか頭に大きなものが生えている。それよりもまずいのは、こちらに向かってきているということだ。俺は反射的に腕輪を起動し、武器ガチャを引いた。
【N】ショートボウ
小さめの弓と矢が現れた。形は丸みを帯びた弓なりの木に、まっすぐ弦がかけられている。アルファベットで表現するとDだろうか。ノーマル武器だが、飛ぶ相手には有効だ。
俺は弓を構えて、矢を飛ばす。高速で飛んでくる巨大鳥に向けて、矢は飛んでいくが、その速度が止まる様子はない。何度撃ち続けても、まったく効いていないようだった。
「矢が全然効いてないぞ、化け物かよ!」
「化け物だ。ソードグリフォンは分厚い羽を持っている。弓などではな」
アオイは、巨大鳥をにらみつけている。アオイに巨大鳥が接近する。
次の瞬間。何か分厚い鉄板のようなものが崖に突っ込んでくる。それは、巨大鳥の頭から突き出ているように見えた。アオイは刀を引き抜き、鉄板をいなす。激しい火花が散ると、軌道を逸らされた巨大鳥はアオイの直下の崖に突っ込んでいった。
ガラガラと音を立てて崩れていく崖、その上には――アオイがいる。アオイは足場を失い、逃げる前に落ちていった。攻撃を防がれたことに驚いた巨大鳥は、バサバサと飛び去っていく。
「アオイ!」
アオイが落ちる! 俺は咄嗟に左手を差し出す。アオイは寸前の所で俺の手を掴むと、しっかりと握った。足場だった土塊は、パラパラと遠い地面に吸い込まれていった。俺は崖に寝そべるような姿勢でアオイの手を握り、崖際で食い止めている。俺がアオイの命綱のような形だ。
「離せ、このままでは貴様まで……」
「誰が離すか、堅物の言うことは聞かねえ」
「こんなときまで減らず口を……!」
俺の口は減ったって増えたっていい。だが、目の前で死なれるのは気分が悪い。しかし、このまま持ち上げるのは、難しそうだった。
その時、後ろから詠唱の声が響き、俺とアオイの身体は、重力を無視してふわりと浮いた。いや、これは風を受けているのか。
「ウインド
ウインドブレスは、俺達の身体をふわりふわりと浮かせ、俺は、軽くなったアオイを引き上げる。
な、なんとか助かった。今のは……?
「風の加護、ウインドブレス。魔法の力で身体を軽くできます」
リゼの補助魔法が、俺達を助けてくれたのだった。
「ありがとう、リゼ」
「リゼッタ、助かった」
俺とアオイが礼を言うと、リゼは微笑んで。
「この魔法のことも、言っておくべきでしたね」
気が緩んだ俺たちは、「そうだな」と笑いあったのだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□
サンド山の山頂に近づくと、山頂部に開けた場所があるのが見えた。広場の外周は岩が突き出ていていびつだが、だいたい丸い形をしている。その広間の真ん中には、枝が密集している巣のようなものがあった。その中に、ツルツルとした白い大きなタマゴが数個、居座っている。おそらくあれが、王様の依頼のタマゴだろう。
「あれがソードグリフォンのタマゴだ」
アオイは、それを裏付けるようにそのタマゴをそう呼称した。タマゴは、それぞれ両手で抱えられるくらいの大きさだ。
「ちゃっちゃと取って帰ろうぜ」
「気を付けてくださいね、さっきの鳥が来るかもしれないですし」
俺がさくさくと歩いてタマゴを持ち上げた時。突如、突風が吹く。上から巨大な影が近づいてくる。それは、ソードグリフォンの影。ソードグリフォンは、頂上の広間の反対に着陸した。
ソードグリフォンがその姿を現した。鷲のような大きな両翼は、ゆうに俺の身長の倍はありそうだ。体表は、硬い羽毛で覆われている。2本の脚は、鉤爪でしっかりと体重を支えている。何より特徴的なのは、頭部に、大きな大剣が生えている。
分厚く、鉄板のようなそれは、外敵から身を守るための武器。まさにソードグリフォンの必殺武器だった。グリフォンは鋭い目で、こちらをにらみつけている。
「タマゴを取られると思って、怒ってるんだ!」
俺はタマゴを離して、戦闘態勢に入る。リゼとアオイも、杖と刀を取り出したようだ。グリフォンは完全にこちらを敵と認識している。鼻息を荒くして、足踏みしている。
グリフォンは頭を下げたかと思うと、突進してきた。分厚い大剣が突っ込んでくる。すぐに俺は武器ガチャを引いた。
【R】クロスボウ
射出式の、弓が先端につけられた銃のような武器。さきほどのショートボウよりは威力がありそうだった。俺はクロスボウを撃ち、ソードグリフォンに命中した。しかし、相手は構わず突っ込んでくる。
「リゼ、クロスボウにエンチャント
俺がリゼに叫ぶと、杖を構えていたリゼは俺に先端を向け、クロスボウの矢にエンチャントフレイムをかけた。矢の先端が、炎に包まれる。炎の矢を、ソードグリフォンに向けて放つ。
命中した炎の矢は、グリフォンの羽根でぼう、と少し燃えたが、すぐにかき消えてしまった。俺は横に大きく走って、突進を回避する。
「無駄だ、ソードグリフォンは巣作りに高い所を好む。故に、その羽根には耐熱性がある」
「じゃあ、冷たいので! エンチャント
リゼが元気よく魔法を唱える。アオイの刀にエンチャントフリーズがかけられ、刀は氷の柱に覆われた。どうでもいいが、重くないのか、それ。アオイはバランスを取るのに四苦八苦している。
「自分が切り込む、はあっ!」
アオイが切り上げを決める。しかし、氷の刀もろともグリフォンの硬い羽根に弾かれてしまった。
「なっ、切れない、だと」
アオイは少し呆然としている、リゼは、自分の魔法が効かなかったのが悲しいのか、しょんぼりしている。炎も氷も防ぐ羽の防御か、厄介だな。
俺は炎の矢で牽制しつつ、致命的なダメージを与えられずに焦っていると、グリフォンが再び、突進をしかけてくる。どうやら、飛び道具持ちの俺を執拗に狙う気らしい。
「ソウタ、危ない!」
先ほどのように突進をかわそうとすると、グリフォンは寸前で首を振ってきた。大剣の横薙ぎが、ど真ん中に向かってくる。あっ、これやばいやつだ。
クロスボウを盾に受けようとするも、無駄なことだった。広範囲の攻撃を避けるすべも、受ける術も持たない俺は、分厚い大剣に切り払われた。巨体から繰り出される、強力な一撃をもろに食らい、俺は吹っ飛ばされた。
「か……はっ……」
したたかに地面に打ちつけられた俺は、肺の中の空気を吐き出した。やべえ、これは胴体が真っ二つかもしれん……俺はおそるおそる、体のほうを見る。
あれ、大きなアザはできているが、体はしっかりとくっついているようだ。不思議に思って見渡すと、リゼが荒い息をしながら、杖をこちらに向けていた。
「エンチャント……
リゼが助けてくれたのか。しかし、シールドの上からでもこの威力。無しでまともに食らえば、命はなかっただろう。俺はズキズキと痛む脇腹を押さえながら、立ち上がる。アオイが近寄ってきて、助け起こしてくれる。
「まだ戦えるか?」
「まあな。だけどこのままじゃじり貧だ、奴に効く攻撃があればいいんだが」
「ソードグリフォンの羽は、衝撃に弱いと聞いている。ソウタのその腕輪の武器でなんとかできないのか?」
「あいにくだが、この腕輪は出てくる武器を選べないんだ」
「そうか」と聞いたアオイは、呟いた。
「巨大な武器か、あるいは巨大な武器に匹敵する衝撃を与えられれば良いのだが……そんな巨大な武器があったところで、動き回るグリフォンに当てられまい」
その時、俺はあることを閃いた。一か八か、試してみる価値はある。俺はリゼに聞いた。
「魔法はまだ撃てるか?」
「はい、あと二回なら!」
「二回で十分だ! ウインドブレスをかけてくれ! 合図をしたら、エンチャント氷<<フリーズ>>を奴の頭の
「は、はい!」
リゼがウインドブレスを俺にかける。俺の身体が、かなり軽くなった。次はアオイに向かって頼んだ。
「アオイ、俺を真上に放り投げてくれ!」
アオイは驚いたが、意図が通じたのか、俺の元に駆け寄ってくる。
「思いっきり行くぞ! ソウタ、その腕輪から使える武器は出るんだろうな!」
「分かんねえよ! でもやるしかねえ!」
「行って……こい!」
アオイ俺の足を掴み、砲丸投げのように俺を打ち上げた。俺は空中に飛び上がり、腕輪に手を伸ばす。上空は強い風が吹いており、髪の毛が逆立っている。
【武器召喚ガチャを引きますか?】
はい いいえ
一瞬、妖刀村正のことが頭をよぎる。SSRは絶大な力を持つが、何が起こるか分からない。しかし、俺はその不安を、これから出会う武器への期待で吹き飛ばした。
「そんなの、決まってる!」
俺は、武器ガチャを引いた。
【R】グレートソード
下方には、動き回っているソードグリフォン。まだミニチュアの人形のように小さい。重力のままに、俺は落下しながら、大きな鉄塊のようなグレートソードを両手に構えた。頂上の地面が近づくと、俺はリゼに聞こえるぐらいの大声で叫ぶ。
「今だリゼ! グリフォンの頭にエンチャント
リゼは、バトンのように杖を回転させ、詠唱を始める。リゼにプレゼントした金の髪飾りが、光を放った。詠唱が終わると、木の杖をグリフォンに向けた。
「エンチャントぉぉ!
そして、グリフォンの頭に氷の柱が出来上がる。グリフォンは、氷の重みに耐えられず、バランスを崩し、地面に頭を突っ伏してもがいている。今だ!
「くらええええーっ!」
俺は頂上のグリフォンに向けて、落下しながら、グレートソードを背筋力で叩き付けるように振り下ろす。重力に引かれて、加速しながら、グレートソードはグリフォンの背中に叩きつけられた。
バキイイィィ! 落下のスピードも加わって、すさまじい衝撃がグリフォンを中心に広がる。
「ギャアアオウ!」グリフォンも、これにはたまらないと言った様子で暴れまわっている。俺を背中に乗せたまま、がむしゃらに暴れまわると、しばらくして地面に倒れ込んだ。
グリフォンは、その巨体を横たえている。空を駆ける難敵、ソードグリフォンに打ち勝ったのだ。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズ。俺はグリフォンの背中から降りると、リゼに健闘を称えた。
「よくやったリゼ!」
「はい! がんばりました!」
「アオイも、お疲れ」
「ふ、今回はソウタの功績を認めてやる」
あれ、意外と素直だな。というかいつの間にか名前呼びになっている。
様子を見ると、ソードグリフォンは体を横にしているものの、まだ息があるようだ。この隙に、タマゴを持って帰ろう。
苦労したんだ、このタマゴで王様の病気なんて一発で治してやる。
俺たちは、広間の真ん中の巣のタマゴを一つ拝借する。ついに激闘の末に、ソードグリフォンのタマゴを獲得した。
空はよく晴れていて、雲一つない。頂上からの展望、どこまでも広がる草原の先には、セントラの街と王城が、遠くに見えた。
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