07話 王様と大きなタマゴ
すっかりセントラの日は落ちている。突然、ガラガラと走っていたミノ車から下ろされると、何かの長い通路のようなものを歩かされる。止まったかと思うと、どこかのドアを開いた音がして、その中に入るよう誘導される。足音から、リゼもついてきている気配がする。
ツルツルした床に変わると、いくつかの階段を上がり、今度は俺の足が柔らかい絨毯のような感触を踏みしめた。眼前は以前として、真っ暗のままだ。両腕を後ろ手に掴まれ、足元のふかふかした絨毯に腰かけるように押し付けられると、俺は素直に座るしかなかった。正座なんて、いつぶりだろう。
ようやく、頭に被っていた目隠しが外された。久しぶりの光に、目がくらむ。足元には綺麗に掃除された赤い絨毯があり、その絨毯から顔を上げると、二人の人物が目に飛び込んできた。
金色に塗装された、手すりつきの玉座に腰かける、初老の男性。その顔には、立派な白ひげをたくわえていて、その頭には、黒い髪の上に、立派な宝石つきの王冠をかぶっている。まるで王様みたいだ。王様は、立派な赤いマントを着込んでいた。優しい、しかし力強い目でこちらを見つめている。
もう一人の人物は、玉座の隣にいて、ジロジロとこちらを、無遠慮な目でねめつけている。顔にはカールした黒い口ひげをたくわえていて、柔和な王様に比べると、険しい表情のジジイだった。緑の燕尾服の下に白いシャツと黒いネクタイをして、ピチッと着こなしている。こういう輩は、何を考えているか分からないものだ。
視界が自由になると、俺は辺りを確認した。部屋には、ランプや小テーブルなどの調度、壁にいたるまで、きらびやかな装飾が施されている。隣には金髪少女のリゼが座っていて、俺は一安心した。そして、玉座の横には、王様の両側2人ずつ、計4人の騎士が整列していた。全員の間にもし線を引くことができたら、四角形の形になっているだろう。
リゼの斜め後ろに、その女騎士はいた。黒髪で、軽装の女騎士はアオイ。アオイは、リゼに少し申し訳なさそうな顔をして、「手荒な真似をして済まなかった」と言っている。おい、俺にも謝って。そしてアオイは、左側の騎士の列に戻っていった。
その一部始終を静かに見ていた王様が、俺達に向かって初めて声を発した。
「そなたが、ソウタという冒険者か」
「そうだけど……あんたは?」
俺は立ち上がりつつ、王様の言葉を待った。
「ワシのことを知らぬか、セントラにいる冒険者にしては珍しいな」
王様は、厳かな声で自己紹介した。
「ワシはセントラ国王。人はワシのことをレオン王と呼ぶ。若き冒険者よ、そなたに聞きたいことがある」
俺とリゼをゆっくりと見、しっかりとした口調で、王様は言葉を紡ぐ。
「そなたらが、我が騎士団に背いたというのは、本当か?」
威厳のある声で問いただされた俺は、一瞬言葉に詰まってしまう。セントラ国王。セントラで一番偉い人。その王様が、俺に罪を問いただしていた。すると、神経質に口ヒゲを伸ばしていた大臣が、割って入ってきた。
「……ええ、そう報告を受けていますとも!」
大臣は名簿録をパラパラとめくっている。
「そこにいる、ナナミ・ソウタという犬は、こともあろうに我が騎士団に噛みついたのです! 騎士団に反逆することは、我が国に、ひいては王に反逆したことに等しいかと!」
大臣は王様にゴマすりしながら、好き勝手なことを言っている。俺はむっとした顔をする。
「ちょっと待てよ、先に喧嘩を売ってきたのは、そこにいるアオイって騎士のほうだ」
俺は王様に弁明すると、アオイはぎょっとした顔をしている。
「ふむ……アオイ、それはまことか?」
アオイは逡巡して、王様の質問に答える。
「いえ、その、ツギー村にて自分が、少し調子に乗った振る舞いをしてしまったのは確かですが……そこの冒険者が、我が騎士団を侮辱したのが、そもそもの原因で……」
アオイは目を泳がせて、はっきりとしない様子で答える。王様はさらに尋ねた。
「決闘を申し込んだのは、どちらなのだ?」
「それは、自分です……」
王様の威厳のある物言いに、アオイはしょんぼりとしながら、素直に答える。俺の視線に気づくと、鼻をフンと鳴らしてそっぽを向いてしまった。王様は、しばし考え込んで口を動かした。
「では、悪いのはそなたではないか。むやみな決闘は禁じたはずだ。この冒険者も、それに巻き込まれたのだろう」
意外と話の分かる王様だ。俺は感心していると、大臣がまたもや首を突っ込んできた。
「しかし! 騎士団に反逆したものが、何の咎めも無しでは、国民に示しが尽きませぬ! ここは是非、罰をお与えになるのがよろしいかと!」
大臣のジジイめ、余計なことを。大臣はちらとこちらを見ると、得意げな顔をしてヒゲを伸ばしている。殴りたい、このどや顔。
「そうかもしれぬな」
そんな王様、話が分かる人だと思っていたのに! 俺はぽかーんと口を開けると、王様は目を細めて、俺に審判を下した。
「そなたは、ジーハ村の大蛇も退治し、アオイとの決闘で勝利したそうだのう。よほど腕の立つ冒険者と見える。では一つ、サンド山に赴いてあるタマゴを取ってきてくれぬか」
「は、タマゴ?」
「そうだ、ワシは病気を患っている」
大臣はわざとらしく目元をハンカチで拭き、おいたわしや……という表情をしている。顔がうるさい。王様は続ける。
「サンド山の山頂にある、大鷲の住処にあるタマゴは栄養満点と聞く。それを取ってこれるのならば、そなたの罪を帳消しにしよう」
大鷲のタマゴを取ってこい? それは、簡単なことに思えた。王様の病気がどんなものかは知らないが、卵一つ取ってくるだけで許してくれるなら、安いものだ。
「無論、拒否権はないものとする。それでよいな、大臣?」
さすが王様! とばかりに拍手をする大臣。こいつは何もかもが演技ぶっている。気に食わないヒゲジジイめ。傍には4人の騎士がそのやり取りをじっと見ている。俺に、その依頼を受けない選択肢は無いようだった。
「分かった。つまりタマゴさえ取って来れば、無かったことにしてくれるんだろ? 俺もセントラには長く世話になるつもりだ。面倒は無くしておきたい」
王様は俺の答えに満足したようだった。
「それでは、サンド山へのミノ車はワシの所で手配しよう。頼んだぞ」
頼んだ。その言葉の裏には、罰を与えたというより、この場を取り納めるための方便に思えた。そして、王様は右を向き、アオイにも命じた。
「騎士アオイ、そなたも見張り役としてついて行くのだ」
「王様、それは困ります! 何故、自分がこんな奴と……」
「勝手な決闘の処分は、他の処罰がいいと?」
そう言われると、アオイは従うしかないようだった。王様は、人の心を動かす術に長けているようだ。アオイはぐぬぬ、と悔しそうに身体を震わせている。アオイが俺たちについて来る? ついて来なくていいのに。俺が舌を出してべーっとやると、アオイもべーっと舌を返してきた。隣の騎士に注意されている。
リゼはというと、初めての王城のためか緊張して固まっていた。だからこいつ、口数が少なかったのか。
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翌朝、セントラで支度を済ませ、街で必要なものを購入した。リゼとアオイは何やら時間がかかっていたが、女子の買い物は時間がかかるものなんだなと、しばらく待ってから合流した。
アオイによると、セントラの西門からミノ車で出発するようだ。門から出ると、出口付近にミノ車が用意されていた。そういえば、ミノ車を近くで見るのは始めてだ。
ミノ車を引いているミノタウロスは、牛に近い頭を持ち、「つ」の字の角が二本、頭から生えていた。四足歩行で、その体毛は茶色く、体つきは牛というより、馬みたいだ。硬い蹄が、地面をしっかりと踏みしめている。
俺たちは、朝早い時間にサンド山へ向けて出発した。ミノ車の荷台は、馬車のように箱状になっていて、意外と居心地がいい。俺とリゼは、前の席に座り、アオイは後方の席に乗り込んだ。御者が出発の合図を告げる。
ミノタウロスが動き始めると、ミノ車はゴトゴトと音を立てて走り出す。ふとリゼの方を見ると、俺の邪魔にならないようにか、足を狭めて座っている。それを見て、俺もなんだか、足を狭めてしまった。
「リゼ。セントラまでの案内の予定だったのに、巻き込んじゃって悪いな」
「いえ、いいんです」
リゼは笑っていた。
「こういう冒険、ワクワクしません? 私、ずっと村から出て冒険するのが夢だったんです」
リゼは少しの曇りもなく、そう答えた。俺は、「そうか」と答えることしかできなかった。ジーハ村、あそこはいい村だったが、村には村なりの苦労もあるのだろう。俺は首をアオイの方に向けた。
「俺たち奇妙な縁があるな、アオイ」
「気安く呼ぶな。貴様らが逃げないように見張るだけだ」
アオイはそっぽを向いた。美しい黒髪のポニーテールがふわりと動く。
「あんな乱暴な方法で誘拐する必要があったのか?」
「王の命令で連れて来いと言われた。大ごとにしたくなかったからな」
いや十分、大事でしたけどね! こいつ、どこかズレている。ミノ車に揺れるさなか、さらわれた場にいたもう一人の男は、アルベールという騎士だと聞いた。
草原を抜けて、1時間ほど乗っただろうか。山肌は茶色に黄色を混ぜたような、緑があまりない高い山が見えてきた。山頂には、飛行している何かの影が見える。
アオイはミノ車に乗っている間、不機嫌そうだったが、サンド山が近づくと、しぶしぶ卵の説明を始めた。
「あれがサンド山。セントラの西方にある草原で一番高い山だ。あの山頂に目当てのタマゴがある」
まだ距離がある。ここいらで休憩しよう。アオイがそう提案すると、俺とリゼはそれに賛同した。脇道に大きな湖を見かけたのも、その理由だった。
青く、澄んだ水のサンド湖。湖の半面が林で覆われている。御者は、ミノタウロスに水を飲ませているようだ。俺はどうしようかと、倒れている木の幹に腰かける。するとリゼが近づいてきて、耳にささやいてくる。
「私たち、あっちで水浴びをしてきます」
リゼが指さした方を見ると、林の奥に湖が広がっているのが、隙間からうかがえる。どうやらアオイも、水浴びの準備をしているようだ。
「覗いたら殺す」
アオイは本気の目で俺を睨んでいた。
「誰が覗くか!」
正直、強がりだった。
そして30分ほど経っただろうか、林の奥でバシャバシャという音と、大きな声が響いた。
「きゃー、やめてください!」
悲鳴が聞こえる。リゼの声だ。――しまった。リゼは攻撃魔法が使えない。何か猛獣に襲われでもしたら。
「やったな! くらえっ!」
アオイの、戦うような言葉も聞こえる。これは猛獣に襲われているに違いない。
俺は、意を決して林に飛び込んだ。腕輪を起動し、武器ガチャのウィンドウを表示する。頼む、間に合ってくれ!
林を走り抜けると、小さな泉のようになっている湖のほとりが目の前に広がった。地面にはリゼとアオイの衣服が散らばっている。まさか、もう猛獣に食べられてしまったのか。
ちくしょう、俺がもっと早く気づいていれば……
肩を落とす俺の背中に、何か視線を感じる。まさか猛獣か。俺はおそるおそる振り返ってみる。
そこにいたのは……あられもない姿の、二人の少女だった。
桃。最初の印象はそれだった。たわわに実った大きな桃が二つ、揺れている。どんぶらこ、どんぶらこ。
その隣で、小さな桃が二つ実っている。こちらは少し成長が遅いようだ。何故か黒髪のようなものがちらちらと見える。しかし、それはすぐに腕のようなもので遮られる。
大きな桃のほうは、驚くほどぷるんとしていて、表面はきめ細やかですべすべだ。桃たちは、ピンクや青の布に巻かれている。スローモーションで水が跳ねて、桃に水滴が張り付いた。
俺は、頭の回転が追いつくと、やっと状況を判断できた。
半裸の金髪少女と、黒髪少女。リゼとアオイの水浴びの現場だ。二人は、楽しそうに水をかけ合っていた手を止め、こちらを見て固まっている。
まずい。これはまずい。面積の小さい水着を押さえながら、ワナワナと震えている二人に、俺は頭をフル回転させて言い訳を考える。そして俺は、きわめて冷静に言い放った。
「なあ、待ってくれ。覗いたのは確かに俺が悪い。だが! こんな近くで水浴びをする方も悪いとは思わないか?」
我ながらひどい言い訳だ。少女二人は、怪しく笑っている。しかし目が笑っていない。
「言いたいことはそれだけか?」
「ソウタ様、最低です!」
二人は、衣服の近くに立てかけていた杖と刀を持ち出してくる。待て、話し合いの場を設けて欲しい。
直後、静かな林には「ぎゃああああああ!!」という俺の叫びが響いた。
数分後、服を着てミノ車に戻ったアオイは完全に不機嫌だ。リゼは、「あはは……」と苦笑いしていた。俺の顔はアオイにぼこぼこにされてオークのように膨れ上がっている。
「しかし、お前ら水着なんて持ってたんだな」
「湖があると聞いていたので、今朝買いました! 予想外のタイミングで見られちゃいましたけど」
だから準備が遅かったのか、リゼの説明に俺は納得する。アオイは無言で外を眺めている。
湖でハプニングもあったが、ミノ車は再び走り出した。俺たちは、改めてサンド山に向かう。この時の俺は、大鷲の卵なんて簡単に手に入れられると、タカをくくっていた。
時を同じくするサンド山の山頂。そこには、一羽の巨大鳥が翼を広げ、巣に近づく訪問者を見下ろしていた。
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