06話 セントラ・ランデブー
武器ガチャ。
たった1%でも、その運を掴むことができたなら。きっと、取り巻く世界は変わっていくのだろう。
しかし、その1%は必ずしも、その人に幸運を与えるとは限らない。
妖刀村正のように。
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ツギー村を発つ時、見張りのおじさんから旅のせん別を貰った。水と食糧、そして小さめの金貨袋。
「いいもん見せてもらったお礼だ」
俺は金など受け取れないと断ったが、押し付けられてしまった。
おじさんに礼を言うと、俺とリゼは改めてセントラに向けて出発した。騎士たちの姿は、村にはもう見えなかった。
ツギー村から、北東に伸びる街道を進む。まだ日は高い。以前貰った簡易地図によると、順調なら夕方頃には着きそうだ。
確認のため、俺はおじさんに貰った食糧袋の中身を取り出す。すると干からびた肉のようなものが出てきた。これはなんだろうか。
「それはミノジャーキーですね。ミノタウロスの干し肉。噛むと、味が染みだしてきて、おいしいですよ」
俺は、干し肉と呼ばれた物体を割くと、リゼに一つ分けて、俺も試しに食べてみる。硬い。地道にしっかり噛んでいくと、肉の旨味が染みだしてくる。風味は牛肉に近いが、少しケモノ臭い。それを、スパイスで抑えているのだろう。ビーフジャーキーみたいだ。ミノ肉は、牛肉に比べると少し筋肉質で硬いようだった。リゼは、はみはみとミノジャーキーを噛んで、飲み込んだかと思うと、突然豆知識を披露した。
「ミノ肉は、少し臭いですから、加工する前にミノ乳で良く洗うんです」
えへん。リゼは胸を張っていた。胸を強調した格好で、乳の説明をするんじゃない。
長時間歩き、足がパンパンになってきた頃。夕暮れの街道を、ある程度進んでいくと、銀灰色の建物の上部が見えてきた。さらに歩くと、その建物は姿を現した。城壁のような灰色の壁の中心には、門のような、大きな木製の金具付き扉が、鎮座している。
その門の左脇に、兵士が一人立っていた。皮の兜に、皮の鎧。レザー装備の兵士は、右手に銅色の槍を持っていた。よく見ると兵士は、頭をこっくりこっくりと動かし、睡魔で船をこいでいる。あ、今目を覚ました。
兵士は近づいてくる俺達に気づくと、静止するように求めてくる。
「止まれ! この街に来た目的と、名前を言うんだ」
兵士は強い口調で申し立てる。
「俺はソウタ。こっちの魔法使いはリゼッタ。セントラには冒険者として来た」
嘘は言っていない。俺がそう言うと、兵士は名簿録のようなものに書きこみながら、こう言った。
「ああ、あんたも冒険者志願者か。最近は、地元の仕事にあぶれて来る奴も多いんだ」
兵士は俺の説明に納得した様子で頷き、名簿に書き込み終わると、大きな門を開けてくれた。
「ようこそ、繁栄の都セントラへ」
兵士は門を開け終わると、槍を持って脇に避けた。俺達はやっと、セントラにたどり着くことができた。
門の向こうには、今まで見たことのない街並みが、広がっていた。
まず、目に飛び込んできたのは、外周に沿って立ち並ぶ民家。焦げ茶色の屋根と、ベージュの外観を持ち、道路側には窓が備え付けられている。目の前の通りは、遠くの方に見える街の中央部分まで見通せた。そしてその中央部分に、大きな噴水のある広場のようなものが見える。
俺はしばらく、新たな世界に目を奪われていた。目のピントを遠くに合わせると、城の一部だろうか。民家越しに、青とグレーの塔が突き出ていた。向こうに城があるのか。
景色に見とれていると、隣にいたリゼが話しかけてくる。
「ふっふーん。もしかして、こんな大きな街に来るのは初めてですか?」
「大きな街に行った事はあるが、こういう雰囲気の街は初めてでな」
「そうなんですか。私はセントラに来たことがありますからね! ……何度か」
自慢げに話しておいて、何回かとな。リゼはごまかすためか、続けて言う。
「セントラは、なんでも揃うんですよ! 物も、情報も。人の多さだって、この地域でセントラに勝てる街はありませんよ」
「その大都市に着いたはいいが、どこで情報を集めたものか」
「ソウタ様は何かお探しなんですか?」
俺は腕輪を指さし、リゼに腕輪の情報が欲しいこと、そしてこの世界のことをもっと知りたい、ということを伝える。リゼはしばらく考え、あることを思いついたようだ。
「この街では、大きな酒場があったはずです。私も一度見たことがあるので、場所を案内しましょう!」
そう言うと、俺はリゼに連れられ歩き出した。
外周近くの民家の通りから、中央に向かう。用水路にかけられた小さな橋を越え、街の内側に近づいていくと、東西を通り抜ける大きな通りが現れた。そこでは、色とりどりの野菜や果物、香ばしいパン、新鮮な肉や魚の生鮮食品、服や靴などを露天で売っている様子が、目に飛び込んできた。
赤、緑、黄色、オレンジ……様々な色が、賑やかに通りを彩っている。
マーケット。中央通りに面した、商店街のようなものだろうか。
その通りを、リゼはかかとを弾ませながら、右に歩いていく。夕方なので、早めに店じまいを始めている店もあるようだ。
少し行くと、リゼはある露店で足を止めた。アクセサリーなどを揃えている、小さな女性店主の露店。リゼは、その店のある、小さな髪飾りに目を止めていた。
「欲しいのか?」
「え……いえそんな! 綺麗だな、って思っただけです」
髪飾りを見ると、丸っこい金の羽のようなデザインに、エメラルド色の宝石細工が散りばめられている。見つめていると、店主が売り文句を言ってきた。
「お目が高い。それは魔力増幅効果のある髪飾りで、お連れの魔法使い様に、お似合いかと」
確かに、この緑の髪飾りは、リゼの金髪によく似合いそうだった。値段も、それほど高くはない。
「この髪飾りを一つ」
「まいどあり」
買った髪飾りをリゼに渡す。リゼは「え、えーっ!」と驚きの表情をしていたが、俺が押し付けると、「えへへ……もう返しませんよ」と言いながら、髪につけるのだった。
「私、これを一生大切にします」
「気持ちが重いぞ。それに補助魔法に効果があるか、分からんけどな」
笑顔から一転、「もう!」と怒るリゼ。しかしその頬は、緩んでいた。
あげた理由は、なんのことはない、気まぐれだ。ガチャでも、何にしたって、予想外のことが起こるから、楽しいのだ。予想外のサプライズは、リゼの笑顔になって返ってきた。
マーケットを抜けると、左側にグラスの絵の看板がついた、酒場のような建物が見えてきた。看板には「ひつじの小箱亭」と書いてある。変な名前だ。
目の前の階段を上り、酒場の扉を開けると、視線が突き刺さる。酒場でくつろぐ冒険者たちの視線だ。どんな冒険者が来たのか、見定めているのだろう。
カウンターのマスターに飲み物を注文し、席に着く。すると、アマゾネスのような女戦士が話しかけてきた。立派なゴテゴテの赤い鎧に、背中に大きな斧を装備している。
「よう少年、見たところ新米冒険者だな。そっちの娘は魔法使いか?」
女戦士は、俺達のテーブルに3脚あった椅子のうち、一脚に座り込んできた。俺は、ジーハ村から来た冒険者だと告げた。
「アタシもジーハ村出身なんだ」
その言葉には、見た目とは裏腹に、懐かしむような、慈しみの声色がこもっていた。
「よーし、同郷のよしみで、なんでも教えてやる」
両手の拳をぶつける女戦士に、俺はさっそく左腕を見せて、腕輪のことについて聞いた。女戦士はつぶさに、腕輪をよく観察している。ひとしきり調べると、答えた。
「そんな腕輪は見たことはないが、その中央の宝石には魔力を感じる。マジック・アイテムに間違いないだろう」
マジックアイテム、特殊な力を持つ装備品。俺は、この腕輪はどんな武器も呼び出せる、と言った。
「はは、そいつはいい。質屋に売る時の文句に使うといい」
冗談に受け取られたようだ。女戦士は、両肘を机に立てて、両手を口元に持っていきながら、おかしそうにこう漏らした。
「そんなものがあったら、ドラゴンも倒せるかもな」
「ドラゴン? この世界にはドラゴンがいるのか」
「知らないのか、冒険者を目指すなら知っておいた方がいい」
女戦士は椅子に座り直して、大きな身振りで説明を始めた。
ここセントラでは、冒険者が集まる。職を失った元兵士、放浪の旅人、あるいは、それぞれの目的を持ってセントラに来る者たち。
彼ら冒険者が最終的に目指すのは、ドラゴンビート。
冒険者の
ドラゴン討伐には、国からもおふれが出ている。とその女戦士は語った。
「もしドラゴンを仕留めることができたら、一攫千金だろうな」
「一攫千金!? ソウタ様、ドラゴン退治しましょう!」
「黙って聞いてたのに、金の話題になると、いきなり入り込んできたな!?」
俺はリゼに突っ込みを入れる。ふと見やると、女戦士は目を輝かせていた。
この世界で、最高の名誉。このガタイのいいアマゾネスが、乙女のように目をキラキラとさせるような、生きる目的。
命を懸けても叶えたい、人生の目的。そんなものがあるなら、俺は危険を冒してでも、それを目指してみたい。ふと、そう思った。
情報を得て、俺とリゼは、感謝を述べて去ろうとした。しかし、その時だった。突如、俺の目の前が暗闇に覆われた。
「うわっ、なんだ!?」
なんだ、何が起こった? 頭から、なにかをすっぽりと被せられている。
体が、ふわっと水平になり、持ち上げられた。リゼは、女戦士ではない別の女性に、「ついてこい」と話しかけられているようだ。その女性は次に、俺を担いでいる男性と何か話している。移動する気配を感じると、いつの間にか酒場を出たらしい。俺は、何かの荷台のようなものに投げ捨てられた。隣では、リゼの声もする。
もしかして俺、さらわれてる!?
理解する暇も、抵抗する暇もなく、荷台に俺を乗せたミノ車は、ガラガラと音を立てて走り出した。
俺はこの時知らなかった。そのミノ車の目的地は――セントラの王城だということを。
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