05話 決闘と血刀

 太陽が真上に近づいた頃、村の広場には見物人の壁ができていた。ここツギー村には、宿屋の正面に大きな広場がある。その広場で、二人の男女が対峙している。


 俺と、女騎士アオイ。今まさに、決闘の時間に迫ろうとしていた。


「エンチャントシールド!」


 リゼは杖を二人に向けると、俺とアオイは薄い緑の光に覆われた。エンチャントシールドは、装備に薄い防御膜をかけ、ある程度の攻撃を防いでくれる魔法らしい。決闘では、このシールドが剥がれた方が負けという取り組みになった。リゼは魔法をかけ終えると、人混みの中に入って俺を応援した。


「がんばってください、ソウタ様!」


 対してアオイ側の陣営は、騎士4人が後方で沈黙を保っている。その仮面の表情は伺えないが、むしろそのせいで威圧感を感じた。アオイは広場の空けた場所にいて、俺と真向いにいる。アオイの表情は、余裕そのものだった。


「勇者様とはいえ、丸腰では戦えまい。武器を貸してやろうか?」


「その必要はない。俺の武器はここにあるからな」


 俺は腕輪を指さす。アオイは首を傾げて「何かのマジックアイテムか」と呟いた。


「まあいい、武器があるというなら遠慮はしない。ではアルベール、決闘の合図を頼む」


 アルベールと呼ばれた仮面の騎士は、広場の俺とアオイの中間の脇に立ち、右手を掲げた。あの右手が降りたら、開始の合図だ。アオイは、左腰の刀の柄に右手をかける。


「セントラ騎士の名にかけて!」


 アオイが叫び、仮面の騎士の右手が振り下ろされると、俺はすぐに腕輪を起動した。召喚ウィンドウをすぐさま操作し、武器を喚び出す。今回は、Rレアのエフェクトだった。


【R】ロングソード


 刃渡りは長く、ファンタジーでも良く見かける諸刃の直剣。十分な長さと重さは、斬撃だけでなく鈍器としても使えそうだ。しかし、相手が相手なだけに、この武器は良くもなく、悪くもないという結果である。


「今回は状況的にハズレだな……」


「何を一人で話している。……ほう、それが貴様の武器か? 見たところ、何の変哲もないロングソードのようだが」


「まあ、今回はな」


「来ないなら、こちらから行くぞ!」


 その言葉を皮切りに、アオイは少し離れていた初期位置から突っ込んでくる。突進のような速さに、俺は反応が遅れるが、アオイの腰で何かが光ったのを見て、反射的にロングソードを構えた。その刹那。


 キィィン! という金属と金属の音が響き、両手に重い振動が伝わってくる。状況を見ると、既にアオイの刀は抜き放たれている。アオイは、俺のロングソード越しに、切り上げを仕掛けていた。


 居合。瞬間的に刀を引き抜き、刀を鞘に納めた状態からも、攻撃に移ることが可能な奥義。俺が初撃を受けることができたのは、偶然……いや、生き物としての勘に近かった。何か脅威が迫っている、という本能。


 アオイは刀をロングソードに押し付けたまま、つばぜり合いに持ち込んできた。ロングソードと刀は、激しく火花を散らし、お互いの技量と力を比べている。アオイに比べると、俺の剣術は素人に毛が生えたようなものだ。火花と高い音の応酬。しかし、男の意地を見せ、力で押し返す。アオイが一旦距離を取ったかと思うと、再び鞘の上あたりに刀を構え、あの技を繰り出してきた。


「……はぁぁっ!」


 木の板をバラバラにした、一瞬での高速連撃。凄まじい速さの斬撃が、あらゆる方向から飛んでくる。これは受けきれない。そう判断した俺は、後ろに半歩飛びのくも、躱し切れない斬撃が飛んでくる。


 まずい。


「こんのおおおっ!」


 躱し切れない2連撃の初撃を、俺はなんとか刀身で受ける。一撃があの速さだというのに、伝わってきた衝撃はかなり重かった。俺はおもわず、ロングソードを離しそうになるも、気合でこらえる。だが。


 連撃の2段目が襲ってくる。俺は躱す暇もなく、よろけて致命傷を避けるしか選択肢はなかった。脇腹を刀の一撃がかすめる。


「ふん、致命傷を避けたか。なかなか悪運の強い奴だ」


 アオイは、なんとか立ち上がった俺を見下ろしながら、そう言い放った。俺にかかっていた緑のシールドは、消えかかっている。やはり、ただのロングソードでは、アオイの攻撃を受けきるのが精いっぱいだ。


「セントラいちの騎士ってのは、素人も仕留められないのか?」


「減らず口を。次で仕留めてやる」


 再びアオイが、刀を鞘に収める。次の居合で、勝負をつける気だろう。俺の腕輪は、再び使用可能になった。次のガチャで強い武器を引くしかない。俺は武器召喚を選択した。ロングソードは消滅し、別の武器が現れる。果たしてそれは……


【N】ピコピコハンマー


 ……終わった。どう見ても子供のオモチャにしか見えない、赤と黄色のプラスチックハンマー。叩くと、ピコッと音がする奴だ。つまり、戦闘能力はないに等しい。俺は手に持ったピコピコハンマーと向き合いつつ、敗北を覚悟した。


 しかし、散々なガチャ結果に固まっていた俺に、いつまでたっても攻撃は飛んでこない。どうしたのかと、アオイのほうに目をやると、アオイは石のように固まっていた。顔も茫然としている。


「あ、わわ……わ」


 明らかに怯えた風の様子のアオイの視線は、俺の右手の武器に注がれていた。ピコピコハンマー。これの何が怖いのだろう。俺は試しに、ピコピコハンマーをアオイの眼前に近づけてみる。ほれほれ。


「いやあーーーーっ!」


 アオイは急に叫び出すと、頭を抱えて縮こまってしまった。これは……もしかすると。


 すると、決闘を見守っていた騎士の一人が大声を発した。


「卑怯だぞ! アオイ様は斧や鎚が苦手なんだ!」


 ええー……こいつ、そんな弱点があったのか。アオイはすっかり怯えて、ダンゴムシのように縮こまっている。しかし、俺は俺で武器がピコピコハンマー。攻撃力はないので、このまま攻撃しても無駄そうだった。俺はとりあえずアオイを軽く叩いてみる、ピコッ。


「うわあーーっ、やめろ! 近づけるな!」


「お前、よくそれで騎士なんかやってられたな! 山賊とか、もろに斧使うじゃねえか!」


「だからモンスター退治を優先していたんだ!」


 あの勇ましい女騎士の、情けない姿に俺は少し優越感が湧いていた。もう一回うりうり。


「やめっ……やめてください!」


 ついに敬語になったぞ。楽しい。しかしこのままでは決闘の勝負がつかない。俺は腕輪が再起動するまで、アオイにイタズラし続ける。そして、再び召喚ウィンドウを開いた。


「うぅ……ぐすっ。けがされた……」


 アオイは少し涙目だ。彼女は涙をぬぐうと、キッとこちらを睨んできた。


「覚悟しろ……」


 アオイの目には炎が灯っている。刀をこちらに鋭く構えた。やばい、本気だ。今度こそ強い武器を引かなければ。俺は祈るように腕輪に手をかけた。

 

 その時、いつもとは違う光が左腕を包んだ。金のエフェクトは、虹色に変化し、今まで見たことのない、強い光を放っている。これは、まさか。


【SSR】妖刀村正(ようとうむらまさ)


 ついに、SSRスペシャルスーパーレアが、その姿を現した。妖刀は、日本刀のように磨かれた美しい刀身を持ち、漆黒の柄を携えている。だが、アオイの刀とは違い、その鋼の刀身は、血を吸ったような色合いをしていて、周りには妖しく妖気が漂っている。


 俺は惹かれるようにそれを手に取る。妖気の煙が、柄に沿って流れ込んでくるような感覚がした。


「妖刀ムラマサ」


 対峙したアオイが呟く。その目には先ほどの戦闘モードの光が灯っていた。


「それが貴様の真打ということか。幾人もの血を吸い、呪いをも噂される、持てば百人力の妖刀。今までは手を抜いていたな。……舐められたものだ」


 歯をぎゅっと食いしばり、悔しさをこらえるアオイ。


「この世に二振りとない、妖刀の使い手。こんなところで相見えるとはな。今度こそ、決着をつける」


 しかし、俺はというと、アオイの言葉は耳に入っていなかった。心臓が熱い。ドクン、ドクン……と、「触れてはならないもの」に触れてしまったような、焦燥感。いやこれは……胸の高鳴り。妖刀からは、血を吸った相手の記憶、剣豪の記憶が流れ込んでくる。表現できる生易しいものではなく、体中が熱に冒されるような、激流。


 目の前のアオイは驚いた顔をして、刀を目の前に構える。いや、構えたのではない。――受けようとしたのだ。


 意識より先に、俺の身体は反射的に動いていた。それは妖刀村正が、意志を持っているかのように……俺は、左肩を狙う、上からの袈裟切りの構えで、アオイに斬りかかった。


 神速。アオイが光速剣術を持つというのなら、速さはそれを上回っていた。アオイは咄嗟に、刀で初撃を受け止める。


 村正の一撃がアオイの刀とぶつかった瞬間、剣圧の衝撃波があたりに広がった。


 彼女の腕をもってしても、俺の……村正の一撃を受けきるので精いっぱいのようだ。一撃を受けたアオイは大きく地面を後ずさり、跡には靴で踏ん張った道が出来ている。


「受けきった……ぞ」


 ガクン。一撃をしのいだように見えたアオイは、突然、膝をついた。


「なっ……これほどまでの威力、か……」


 アオイは、ふっと目を閉じ、姿勢が崩れかかる。俺は、意志とは別に、その隙を逃さず追撃し……ようとした瞬間。


「そこまで!」


 先ほどの、アルベールと呼ばれた仮面の騎士が割って入ると、俺は正気に戻った。アオイは、既に気絶し、シールドは完全に解けている。騎士が割って入らなければ、俺はそのまま斬りかかっていた所だった。


「もう勝負はついている」


 騎士アルベールは、気絶したアオイを担ぎ、仲間の元に歩いていく。


 俺は、短距離走の後のような荒い息を整えながら、村正が消滅するのを確認した。助かった。あのままでは、魂まで持っていかれそうだった。


 決闘は俺の勝利だ。


 決闘が終わると、観衆からは、わあっと大歓声を受けた。端で見守っていたリゼは、心配そうに近づいてくる。


「ソウタ様。最後の方は、少し様子がおかしかったようですが……大丈夫ですか?」


「ああ、今は大丈夫だ。初めて使った武器だったからな」


「初めての武器で、あんなに強いなんて、やっぱりソウタ様は凄いです!」


 心配しながらも、俺を称えてくれるリゼ。リゼがいると、俺はいつもの自分を取り戻せたような気がする。


「それはそうと、もうちょっとシールド強く張ってくれよ!」


「ええー! そんな頑張ったのにー!」


 広場の大歓声は、しばらく鳴り止みそうにはなかった。


 初のSSR武器。それは、絶大な威力を持っていた。一撃を、刀の上から受けただけでも、アオイが気絶するほどの威力。そして、自身の意識を喪失させるほどの、強い呪い。


 村正が例外だとしても……俺は、この腕輪に秘められた力の扱いに、思案をめぐらせていた。


 セントラに着いたら、この腕輪の情報収集もしなくてはならない。俺はリゼに、今日セントラへ出発する旨を伝えると、村の広場をあとにした。

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