04話 黒髪の女騎士
宿屋の近くを流れている小川のせせらぎが聞こえる。小鳥のさえずりで目が覚めると、俺は何か違和感を感じた。俺に掛けられていた布団が剥がれていて、その布団は、まるで生き物のようにこんもりと盛り上がっている。その布団の塊が、足元でもぞもぞと動いていた。俺は中身を確認するために、布団をひっくり返す。
「きゃんっ」
可愛い声が聞こえたかと思うと、ピンクのパジャマを着た妖精のような少女が転がり落ちてきた。というかリゼッタだ。俺のベッドに何故いるんだ。女の子へのドキドキとは別の意味で心臓がドキドキしてるぞ、今。
「ふぁ……おはようございますソウタ様、いい朝ですね」
「いい朝は妖精によって邪魔されたけどな」
リゼッタは「妖精……?」と呟きながら寝ぼけまなこを擦ると、自分が今いる場所に気づいて、ハッとしたようだ。俺はベッドから立ち上がり、両手を腰に当て呆れる。
「ベッドが2つあって、リゼはあっちに寝てたのに、どうやったら俺の布団に潜り込めるんだ?」
「すみません、私寝相が少し悪くて……てへっ」
てへっ、じゃないし少しどころではない。何度も潜り込んでくるようなら、今後は対策を考えなければならない。俺の心臓がもたないからだ。
俺は普段着に着替えて、部屋の隅に汲んでおいた川の水で顔を洗うと、宿屋の主人が朝食を運んできた。モーニングは、ブーメランのような形をした薄茶色のパンと、植物の葉を煮出した綺麗なオレンジ色のお茶のようなものだった。ブーメランパンは、持ちやすさと食べやすさを追求してこの形になったと、宿屋の主人がうんちくを垂れていた。
ブーメランパンを一口かじる。芳醇な動物の乳の香りと、サクッとした食感が口に広がる。軽めの口当たりで、これなら朝食でもいけそうなパンだ。あと投げたらよく飛びそう……食べ物を粗末にしてはいけません。
もぐもぐとパンをかじるリゼを見ながら、昨日の経験から、あることを考える。それは召喚腕輪のこと。この召喚腕輪は、どうやら連続で武器召喚できるわけではなく、ある程度のインターバルが必要なようだ。そしてリゼのこと。リゼは補助魔法しか使えないと言っていたが、それが本当なら戦術は限られてくる。俺が攻撃役で、リゼはあくまで補助役。いずれ手を考えなければいけないようだ。
朝食を済ませると、俺達は宿を出発することにした。扉を開けると、村の様子が何かおかしい。村の入り口前の広場では人だかりができていて、何かを歓迎しているようだった。宿屋の主人も騒ぎを聞きつけて飛び出していった。俺とリゼは顔を見合わせて、人だかりに近づいていく。
村人の一人が叫んでいる。
「騎士様! どうか今年の税を減らしてください!」
村人の嘆願に、騎士と呼ばれた人物は答える。
「ならん、セントラの徴税は絶対だ。税収によって、貴様ら国民が支えられていることを忘れるな」
その人物は、厳しい語勢で答えた。人だかり越しに顔をよく見ると、端正な顔立ちの女性のようだ。年は今の俺より少し上ぐらいだろうか。長い黒髪を後ろで紐にまとめ、さながらポニーテールのように縛っている。嘆願を拒否された村人は、がっくりとうなだれている。
「なんだあれ、偉そうだな」
「ソウタ様、知らないんですか。あれはセントラ騎士団ですよ」
「セントラ騎士団?」
「セントラの国王直属の軍勢です」
確かに、ポニーテールの女騎士の後ろには、従うように4人の兵士がいた。金属製の鎧を身に着け、顔をフルフェイスの兜で覆っている。ただ、女騎士だけは金属製の銀の胸当てに、タイツのような全身を薄く覆う濃い青の服を着用し、その他の装備らしいものは腰につけた刀と鞘ぐらいのようだ。軽装備なのは、よほど自分の腕に自信があるのだろう。
女騎士は村人たちに向けて叫んだ。
「これより、我らセントラ騎士団は大蛇の討伐に向かう!ジーハ村までの道案内の者はおらぬか!」
どうやらあの大蛇を討伐に来たらしい、しかし遅かったな、俺が倒してしまった。
女騎士の一言に、村人がざわめきだし、何かを相談している。人だかりの中で、入り口にいた見張り番のおじさんが声を上げた。
「あの、すんませんけど騎士様。大蛇はもう討伐されたと聞いてますだ」
「なっ」と女騎士が声を漏らす。しかし、すぐに気を持ち直し、見張り番のおじさんに言い返した。
「ふん。我らが討伐に向かおうと向かわないと、取られる税は変わらんぞ? そんな与太話、信じるものか。あれはマッドスネーク。並大抵の剣士では歯が立たない魔物だ」
「だけんど……」
見張りのおじさんの言葉は聞かず、女騎士は偉そうな態度で、続けて言い放った。
「自らの蓄え可愛さに、虚言を吐くとはな。こんな田舎では、あの大蛇に太刀打ちできる剣士などいるはずもない」
そう言い切ると、女騎士は誰もいない場所に移動し、部下に合図を送って木の板を投げさせた。
「はぁっ!」
女騎士が腰の刀の柄に手をかけたかと思うと、気合いを込めた一瞬で、木の板はバラバラになった。切り口は綺麗に切断されていて、9等分にされている。あの一瞬で、刀の斬撃をこれだけ繰り出したのか。
「蒼の騎士アオイ、セントラ騎士団のエースとは私のことだ。マッドスネークは私ぐらいの腕が無ければ、単独では立ち向かえん」
気持ちのいい音を立てて刀を鞘に納めると、「おおおーっ」と村人たちから歓声があがる。しかし、また別の村人が話しかけた。
「あのう、でもアオイ様」
「なんだ」
「大蛇は勇者様が倒したようで……そう聞いてますが」
女騎士――アオイという少女は、驚いたようだ。ジーハ村での顛末は、この村にまで届いていたらしい。アオイは、発言した村人をキッと睨むと、こう言った。
「ほう、勇者? 与太話にホラ話と来た。そんなものがいるなら、是非一目会いたいものだな」
嘲笑うような物言いに、当の本人である俺は少しイラッときた。アオイは、村人から視線を外すと、人混みの前でこれ見よがしに歩き回り、言い放った。
「まあ、そんな奴が現実にいたとして、こんな田舎で油を売ってるんだ。大した奴でもあるまい」
さらに侮辱された俺は、何か言い返してやりたくなって、人混みの前に進み出た。
「なあ、騎士様。その大蛇ってのはどうやって討伐するんだ?」
「決まっているだろう。自分と、彼ら4人の精鋭の力をもってすれば、大蛇など雑魚に等しい」
得意げに配下の兵士を指さすアオイに、俺は言ってやった。
「へえ、あんな雑魚蛇相手に5人がかりかよ。騎士様ってのも、大したことないんだな」
「なんだと?」
「俺は一人で奴……マッドスネークだったか。あいつを退治したぜ」
俺が自信たっぷりに告げると、アオイと、4人の騎士が一斉にざわめく。
「貴様……虚言を吐いた上に、我が騎士団を侮辱したな」
「先に侮辱したのはそっちだろ。この村と、俺をな。それに、俺が気に食わないのはあんたであって、騎士団じゃない」
アオイは完全にこちらを睨んでいる。おお、怖い。だがこちらにだってプライドがある。そして、この村には一宿一飯の恩があった。
「なるほど、貴様がその勇者という奴か。辺境でいい気になって、つけあがった放浪の冒険者という風だな。いまどき、珍しくもない」
彼女はさらに俺の後ろに隠れているリゼに目をやって、鼻をフン、と鳴らしながら、言葉で一線を越えた。
「その魔法使いも、おおかた助けられでもして惚れたのだろう。貴様にはお似合いの、田舎臭い衣装で分かるぞ」
やろう……! 俺は自分のことを馬鹿にされることまではギリギリを保っていたが、リゼを、仲間を馬鹿にされるのだけは我慢ならない。俺は激昂し、腕輪に手をかけようとする。リゼは「だめです!」と俺を押さえている。
「あんた何様だ。あんただって、こんな田舎に派遣されるような小娘じゃないか。大した奴じゃないのは、そっちだろう」
俺は耐えられなくなって、そう言い返した。すると、アオイの目は一層険しくなった。完全にキレている目だ。ふいにアオイは手袋を外した。
「――いいだろう。決闘だ」
俺の足元に白い手袋が叩き付けられる。騎士がしたこの行為の意味は、決闘の申し込み。
「我が騎士団と、自分を侮辱した罪。その身で思い知ってもらおう」
「いいぜ。そのツリ目に、涙の川ができないといいな」
俺は手袋を拾い上げ、決闘を受託する意志を見せる。
「決闘は今日の昼、この広場で行う。尻尾を巻いて逃げるなよ」
アオイはそう言い捨てて、4人の騎士とともにどこかに去っていった。
事が済んで、一部始終を見ていたリゼは慌てて駆け寄ってくる。大きな瞳は少し涙目だ。
「なんてことしてるんですか、ソウタ様! あれはセントラ騎士団で一番の剣士、アオイ様ですよ!」
「有名なのか?」
「腕が立つので、私のジーハ村や、このツギー村でも、たまにモンスター退治に来ているんです。そんな相手と決闘だなんて、いくらソウタ様でも……」
なるほど、かなりの強敵らしかった。セントラというのは大きな都市と聞く、その騎士団のエースというからには、それなりに強いのだろう。しかし、俺には関係なかった。
「あいつ、リゼを馬鹿にしたじゃないか。そのままにしておけるか」
「そんな、私はいいんです」
「いい、なんてことはない。リゼはヒコッケイとの戦いで俺を助けてくれた、立派な魔法使いだ。補助魔法しか使えないのが、玉に瑕だけどな」
リゼは、感動して泣きながら抱き着いてきた。それはいいが、涙と鼻水が服につく。勘弁してほしい。
今日の昼、思いもよらず決闘することになってしまったが、後悔はしていない。
俺の武器は運試し、その時は強いか弱いか分からない。だが、そんなことは関係ない。俺は、プライドも、仲間や村の名誉も守りたいからこそ、決闘を受けたのだ。
とりあえず今は、武器ガチャで良いのが出るのを祈ろう。出なかったらその時は……どうにかするしかない。
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