03話 モノは試し、ブキも試し
俺と、金髪に薄桃衣装の魔法使い――リゼッタ。俺達二人は、盗賊を退け、セントラへの街道を進んでいた。盗賊を討伐できたのは、いわば運だった。ハッタリが通じるかという、偶然。
まあ、退治できたのだから良しとしよう。そんな割り切りをつけていると、隣に歩いているリゼッタが、こちらの肩を人差し指でちょんちょんと叩いてきた。
「なんだ? また敵か?」
「違いますよ、ソウタ様。次の村が見えてきましたよ」
街道の遠方をよく見ると、小さな村が見えてきた。畑と住居が立ち並んでいて、中央に大きな建物が一軒ある。あれが宿屋なのだろうか。
俺達は村の近くまで来ると、簡単な柵で囲われた村の入り口であろう、見張り番が立っている場所に近づいた。
「――止まるだ! ん、なんだ。リゼちゃんだべか」
田舎訛りの見張り番は、植物でできた小麦色の帽子のようなものを被っている。見張り番は知り合いだと分かると、安心したようだった。
「こんにちは、おじさん。宿を取りたいんですけど、空いてますか?」
おじさんと呼ばれた見張り番は、じろじろと隣にいる俺を見定めた。ひとしきり観察すると、何か納得したように頷く。
「リゼちゃんにも、いよいよヒコッケイのペヤができたんだべな」
何かの慣用句だろうか。意味は理解できなかったが、言われたリゼは顔を真っ赤にして「ソウタ様は命の恩人なんです!」と声を張り上げていた。見張り番は、宿屋の位置を指さすと、今は旅人も少ないから部屋は空いているだろう、と教えてくれた。俺は、まずチェックインを済ませることにした。
村で一番大きな建物に入ると、目の前には受付のカウンター。その奥に禿げた恰幅のいいおっさんが、宿帳のページをめくりながら、羽ペンで何かを書きこんでいる。来訪者に気づくと、おっさんは人の好さそうな笑顔を見せた。
「いらっしゃい! 宿泊のお客様かい?」
俺はリゼに確認を取って答える。
「ああ、ツインの部屋を一つ。空いてるか?」
すると宿屋の主人は申し訳なさそうな顔をした。
「すまねえ、部屋は空いているんだが、今日はちょっと問題があってな」
「問題?」
俺が尋ねると、おっさんは両手でお手上げのジェスチャーをしながらこう言った。
「料理だ。野菜もある、飲み物もある。ただ……メインディッシュの肉が何もねえ、鶏肉も魚も。ちょうど切らしてしまっててな」
そんなことは言っても、ここ以外にアテはない。そう伝えると、宿屋の主人はちょっと考え込んで「そうだ」と手を叩いた。
「もし食材を取ってきてくれたら、宿代はタダでいいぜ。兄ちゃんはそれなりに体格がいいし、リゼちゃんは確か魔法が使えたはずだろう」
ええっ! という顔をするリゼ。しかし宿代がタダというのはでかい。
「分かった、その条件を呑もう」
宿屋の主人とがっちりと握手した。リゼはなぜか慌てているが、気にしないでおこう。宿屋の主人は取ってくる食材について話し始めた。
「うちの料理によく使われるのはヒコッケイというモンスターでな、この村を少し離れた所にたくさん生息している。ただ……」
「ただ?」
「少々気が荒くて、危険なんだ」
まあ、モンスターというからにはそれなりの脅威があるのだろう。しかし、食材として常用されているからには、そこまでの危険はないように思えた。
「構わないよ、それじゃ、夕方までには帰ってくる」
「ソウタ様がそう言うなら……」
リゼは少し乗り気ではないようだ。俺がついてる、とリゼに耳打ちすると、安心したようだった。魔法が使えるというのに、何をそんなに危惧しているのだろう。
俺はヒコッケイの姿形を聞き出して、宿屋の主人にいったん別れを告げると、リゼとともに宿を出た。日はまだ高く、太陽はさんさんと輝いている。この分なら夕方には帰ってこれるだろう。
「ソウタ様、ヒコッケイがどんなモンスターか知っていますか?」
「情報は聞いたけど、実際に見たことはないな」
「見たことはありますよ、私の村の宴会で振る舞われた料理にあったはずです」
羽付きロースト鶏、あれか。鳥にしては結構大きかったはずだ。
「性格は好戦的で、獰猛。農家の植物を荒らす害獣です。普段は戦士の皆さんが捕獲するんですけど、ソウタ様ならきっと大丈夫ですよね!」
戦士!? ニワトリを捕獲するのに戦士って聞こえたぞ。
「ま、まあな。それにリゼの魔法もあるし」
リゼは「ははは……がんばります」と言ったきりだった。前から思っていたが、何か隠しているぞ、この娘。そんな会話をしながら村の外れに向かうと、緑広がる草原の中に茶色い物体がうごめいているのを見つけた。
それは、頭部はニワトリのような赤いトサカと、鳥類の小さな目と鋭く前に突き出たくちばしを持ち、体躯はハトのようにでっぷりとしていながら、茶色い羽根が体表を覆っていた。そしてなにより、背中付近には大きな羽が飛び出しているのが特徴的だ。
ヒコッケイ。あれが今回の依頼(クエスト)の目標か。ちゃっちゃと捕らえてしまおう。
【武器召喚ガチャを引きますか?】
はい いいえ
「召喚!」
左腕の銀の腕輪から、光とともに武器が現れる。映し出された、そのウィンドウに表示されていたのは……
【N】ダイコン
青々とした葉っぱに、白くて太い根を持つ淡色野菜。どっからどう見ても大根です、本当に。
「おいいいいいいっ!」
こんな時に限って! まあ運を使い果たすよりはいいけども!
一応攻撃力を確認して見ても、その数値は1。最低クラスの武器を引いてしまった。
そんなことをしている間に、ヒコッケイは縄張りに入った敵を感知したのか、鳴き声を上げて仲間を呼び始めた。すぐにおびただしい数のヒコッケイが集まってくる。俺より前にはヒコッケイの群れが出来上がった。緑の草原に、茶色の絨毯が敷かれているような光景。
「ニワトリみたいなものでも、これだけいると恐怖だな……」
俺は口元がヒクつきながら、ダイコンソードを構えた。後方にいるリゼは、あっけに取られて口を開けている。
「ソ、ソウタ様、それは……武器ですか?」
さすがにおかしいとリゼも気づいたようだ。しかし、しばらくダイコンで戦うしかない。銀の腕輪を押しても、召喚ウィンドウは現れなかった。俺はやけくそになって敵の群れに突っ込んだ。
「うおおっ! 秘技、大根斬り!」
ヒコッケイの一匹に渾身の一撃を叩きこむ。
ペチ。
1ダメージも与えているか怪しい初撃に、ヒコッケイは涼しい顔をしている。周りのヒコッケイ群は俺を敵と認識したようだ。目がギラギラと怒りの様相を見せている。
耳をつんざくような鳴き声を上げ、ヒコッケイの群れが突っ込んでくる。しかし何か様子がおかしい、彼らはくちばしをカチカチと鳴らしながら、何かの準備をしている。
「ソウタ様、危ない!」
リゼが叫んだ頃にはもう遅かった。ヒコッケイたちは、カチカチという音の後、口の中から火炎を吐いてきた。その射程距離は、勢いをつけながら走ってくるので意外に長い。てか熱い。
「あっちいいいいぃぃ!」
俺は炎の息に吹かれて、凄まじい熱さを感じた。火を吹くなんて聞いてないぞ!
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
聞いてないよ、初耳だよ。
俺はたまらずヒコッケイの群れから逃げ回りつつ、ふいにリゼが魔法が使えることを思い出した。
「リゼ、魔法でこいつらをなんとかしてくれ!」
ダイコンを右手に走り回る俺からの言葉に、リゼは困惑した表情で「あの……えーと」とか言っている。そんな場合じゃないだろう、早く!
「なんでもいい、こいつらを攻撃する魔法を!」
「すみませんソウタ様!」
なんで今謝ってるんだ! そう叫ぼうと思った瞬間、リゼはとんでもない事実を叩きつけてきた。
「私、補助魔法しか、使えないんです!」
「えええーーーーっ!」
補助魔法って、いわゆるステータス上昇や強化? それしか使えないってまさか……
攻撃手段がない!?
「ごめんなさい、言ってませんでしたね!」
言ってませんでしたよ!? こうなればリゼは頼れない、俺は草原を火を吹くヒコッケイの群れを連れて走り回りながら、もう一度腕輪を操作してみた。今度は反応したようだ。ダイコンは投げ捨てる。
【武器召喚ガチャを引きますか?】
はい いいえ
「リゼ! 今から召喚する武器になんでもいいから魔法をかけてくれ!」
「ええっ、でも補助魔法しか……」
「補助魔法でいいんだ! 武器を強化してくれ!」
「……分かりました!」
もし低レアの武器を引いたとしても、補助があればいくらかマシだ! 俺は祈った。腕輪は光に包まれ、細長い刀身が出てきた。俺はそれを右手で引き抜く。
【SR】フランベルジュ
きた。
「エンチャント
リゼの詠唱が終わると、刀身は比喩でなく炎に包まれた。持ち手の柄の部分を除き、強い力を感じる炎は、剣全体を覆っていた。これなら、いける。そう確信した俺は、上に持ち上げたフランベルジュで、ヒコッケイに向けて薙ぎ払った。
「フラン――ベルジュ!」
刀身から放たれた火炎は、全てのヒコッケイを包み込んだ。火炎放射の比ではない火炎が、全ての敵を燃え上がらせる。一薙ぎで、大量に草が生えていた草原は、大きく扇状に焼け野原となった。
そこに残っていたのは、焦げ目の香ばしさが嬉しい、ヒコッケイの群れのこんがりローストだった。
俺は荒い息を整え、フランベルジュが消滅したのを確認した。なぜかダイコンは残っていたので拾っておいた。
「さすがです、ソウタ様!」
リゼが駆け寄ってくる。ぱちぱちと拍手を鳴らすリゼに、一言言いたいことがある。
「お前、大事なことは先に言っておけ!」
焼け野原の草原に、リゼの「すみませーん!」という謝罪が響くのだった。
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村に帰ったのは夕方だった。宿屋の主人に大量に焼きヒコッケイを届けると、驚いたようだ。約束通り宿代をまけてくれるとのことで、一件落着と言ったところである。
今日の夕飯はヒコッケイのダイコン鍋。ダイコンの出所は聞かないでほしい。
野菜の旨味が溶け込んだスープに、ヒコッケイの旨味が溶け出し、その二つがダイコンにまた染み込み、美味しい調和の絶品料理。これなら苦労した甲斐があったというものだ。捕まえるのに苦労したヒコッケイを一口かじると、スープと肉の脂のジューシーさが堪能できる。
部屋でリゼと二人で鍋を囲んでいると、心も体も暖かい気持ちになってくる。鍋というものは、どの世界でも美味しいものなのだ。様々な食材が出会うからこそ、こんなに美味しいハーモニーが生まれる。
はふはふ、と木の匙で鍋をつついているリゼを見ながら、そんなことを思っていると、リゼが話しかけてきた。
「いやー、今日は大変でしたね! ヒコッケイの群れがあんなに脅威だなんて!」
「あんな鳥でも、集まると恐怖だったな」
火を吹くニワトリ、ヒコッケイ。小さくても、集団になって襲ってくるというのは恐ろしいものだ。
「ソウタ様って……」
リゼが俺をじっと見つめてくる。なんだ、惚れ直したとか?
「カッコいいのに、どこか抜けてますよね!」
「お前にだけは言われたくない」
二人だけの鍋パーティーの夜は、更けていくのだった。
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