02話 村娘との出会いと低レア排出

 人は、思いがけない幸運に恵まれた時、どんな顔をするのだろう。とびきり嬉しい満面の笑み? それとも、予想外のことに混乱する困惑の表情だろうか。


 今の俺は、どちらかというと後者だった。


 村の酒場では、普段の落ち着いた雰囲気とは打って変わって賑やかな様子だった。木でできた横長の机の上には、所狭しと料理が並べられている。今日は村を救った英雄の歓迎だ。


 その英雄というのが、他ならぬ俺のことなのだ。


 ログハウスのような木製の店内では、村の男たちが嬉しそうに酒を酌み交わしている。村の女性たちは、奥の舞台で民族舞踊のようなものを踊り始めている。聞いたことがないような旋律で奏でられるBGMも加わって、まるでお祭り騒ぎのようだ。


 俺の席の周りでも、飲み食いしている村の農夫たちが赤ら顔で俺のことを称えている、「こいつは大物だ」「村の救世主だ」などと、好き勝手に話しているようだ。俺の目の前にも、豪華な料理が用意されていた。


 鶏肉のような、食欲をそそる匂いの丸ごとの照り焼き肉が中央にある。それには鶏肉には存在しない、羽の部位が生えている。用意された飲み物の大きなコップには、黄金色と濃い赤紫色の液体がなみなみと注がれている。見たことのないギザギザの緑の植物を散りばめたサラダには、これまた見たことのない黄色く丸い植物のようなものが散りばめられていた。


 これは全ておごりらしい。俺はとりあえずサラダを頂いた。おいしい。


 突然、羽がついたチキンのようなロースト肉をかぶりついていた隣の農夫が、こちらにずいと寄ってくる。


「よお坊主! 俺の娘を救ってくれて嬉しいぜ、あんたは恩人だ」


 農夫は感極まったのか、肩を抱いてくる。喜んでくれるのはいいが、酒臭い。


「当然のことをしただけだ。目の前で死なれちゃ、目覚めが悪いしな」


 俺は思ったことをそのまま言ったが、農夫はいたく感動したようで、さらに強い力で近寄ろうとしてきたので、手で静止しておく。


「なあ坊主、あんたよほど名のある戦士なんだろう。あの武器、凄かったしな。あんた名前はなんてんだ?」


 名前を聞かれて、本名を名乗るか迷ったものの、素直に答えておく。


「俺はソウタ、あの武器は腕輪から勝手に出たんだ」


「ソウタ? 変な名前だな!」


 がっはっは、と俺の名前を聞いて笑う農夫、ただ単純に面白いというだけで、嫌味は感じなかった。農夫は腕輪と聞いて、俺の左腕を見ると、しばらく観察していたが「見たことねえ装備だな」と言ったきりだった。左腕のこの装備は、今は静寂を保っている。


「ところで、ここはどこなんだ?」


 俺は疑問だったことを聞いてみる。少なくとも、ここは元いた日本ではないようだ。農夫はちょっとあっけにとられたような顔をして「ここはジーハ村だ、田舎の村だし、知らなくても当たり前か」と答えてくれた。


 ジーハ村。そんな名前の村はあっただろうか、俺はさらに聞こうとしたが、今度は農夫のほうから質問が来た。


「見たところ、見慣れねえ服も来てるみたいだし、旅の途中なんだろう。てえことは、次は距離的にセントラに向かうんだな? どうだ、当たりだろう」


 どや顔で当てた風の農夫から、また聞きなれない単語が出てきた。セントラ。


「ちょっと待ってくれ、セントラってのは何なんだ?」


「セントラも知らねえのか、ここいらじゃ一番大きな都市だろう。さてはお前さん、お上りさんだな?」


 農夫は勝手に納得したようだったが、これでも都会に住んでいた。しかし、そんなことを言ってもここは異世界、まったく自分の土地勘は役に立たないことを思い知った。そこで俺は、この世界のことをもっと知りたくなった。


 農夫から聞きだしたところによると、都市セントラは、ここジーハ村から北東の街道を、道なりに進んでいけばたどり着くということらしい。ただ、結構な距離があり、通常はミノ車というミノタウロスの馬車を使うのが一般的だが、歩いてくる旅人もいるとのことだ。そして、途中に一つ村がある。そこでいったん宿を取るのがいいだろう、との話だった。


 俺は次の目的地をセントラに決めた。人が集まる所は、情報も増える。この世界のことも、より詳しく知ることができるかもしれない。


 俺と話していた農夫は飲み過ぎたのか、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。


「あら、お父さん。こんなところで寝たら風邪ひきますよ」


 一人の娘が近づいてきた。見覚えのある顔……そう、大蛇に襲われていた、あの金髪の村娘だ。村娘は、農夫に毛布をかけると、俺のほうに向き直った。


 素朴ともとれる、しかし均整のとれた顔立ちは、優しい雰囲気を携えていた。肩までかかる長髪は、小麦の色のように金色に輝いている。その髪と同じ色をした瞳には、果たして俺の姿が映り込んでいた。


 その娘は俺の反対側に回ると、スカートをふんわりと整えながら、農夫とは反対の席に座った。つまり俺の隣だ。


「勇者様、このたびは私を助けて頂き、ありがとうございます」


「勇者!? ……俺が?」


「ええ、そうですわ。光を放つ武器に、大蛇をも屠るその力。伝承で見た勇者様そのものです」


 俺は面食らってしまった。助けたのは偶然とはいえ、ここまで祭り上げられていたのか。


 村娘は、感極まったのか、顔をぐいと寄せてきて感謝の言葉を続ける。


「勇者様は私の命の恩人です」


 さきほどとは違う、花のような良い香り、そして……柔らかい感触。胸が、胸が当たっている。


「わ、分かったから離れてくれ」


 俺は気まずくなって、村娘を引きはがした。


「すみません、少し失礼がすぎましたね」


 ぽっと頬をリンゴのように赤くして恥じらう村娘に、俺はどぎまぎしてしまった。自慢じゃないが、女性経験はない。


 というか、この娘が農夫の娘ということか。DNA遺伝してないだろ、これ。


「私はリゼッタ。リゼでいいですよ」


「俺はソウタ。七海ソウタだ」


 名乗ると、純真無垢な目でこちらを見つめてくるリゼッタ、いやリゼ。先ほどの豊かな双丘の感触が、腕にまだ残っている。


「まあ、いいお名前ですね。ソウタ様にお礼をしたいのですが、何がいいですか?」


 なんと。


「なんでもいいのか?」


「なんでも構いません」


 俺はごくり、と喉を鳴らした。こ、これはチャンスなのではないか……? 思えば現実でも、そんなチャンスはまったくなかった。新しい人生で今度こそ、桃色人生を送るべきなのでは?


 俺は意を決して、可能な限りのイケメンボイスで言い放った。



「では、セントラまでの道案内を頼む」



 へたれーーっ! 俺のバカ! へちま! 俺は後ろに振り返って自分を責めた。だが、リゼは目を輝かせ「謙虚なソウタ様素敵……」という顔をしていたが、俺は猛烈に後悔していた。


「はい、喜んで! おともしますね!」


 屈託なく笑う村娘……リゼに、俺はこんな笑顔を向けられたのはいつぶりだっただろうかと、思いを馳せるのだった。


 

■□■□■□■□■□■□■□■□


 翌朝、村の出口では大勢の村人たちが見送りに来ていた。「がんばれよ!」だとか「盗賊に気を付けるのよ」だとか色んな声が聞こえる。俺は、昨日の農夫に水と食糧、簡単な地図を持たされていた。


「こんなにもらっていいのか?」


「なあに、これぐらい村の恩人には安いもんさ、あの蛇を退治して無かったら、それ以上の価値のものがおじゃんだったからな」


 農夫は本当に感謝しているようだ。握手している手の力強さで、それが伝わってくる。


「坊主、リゼが案内するみてえだが、あの子は思い込みが強くてそそっかしい。何かあったら助けてやってくれよ」


 背中をぽんと叩かれた。


 しばらくすると、リゼが村の奥の家から出てきて、こちらに手を振って駆け寄ってきた。昨日の村娘風の服ではなく、ピンクのスカートは短くなっていて、上も薄桃の衣服とマントをつけている。どこか魔法使いのようだと俺は感じた。はてなの字に折れ曲がっている、杖もそう感じさせる。


 俺のもとに来たリゼに、率直な質問をした。


「あれ、リゼはなんで杖を?」


「え、言ってませんでした? 私、魔法が使えるんですよ!」


 初耳だよ。一度も聞いてないよ。しかし、魔法が使える仲間がいるというのは頼もしい。これなら道中も楽だろう。


「では行きましょうソウタ様! 目的地は、セントラです!」


 木の杖を北東の街道に指さすリゼ。こうしてみると、今の高校生の俺と同じくらい、いや少し低い背丈だろうか。元気よく「しゅっぱーつ!」という彼女に、俺は昔の友達を思い出した。


 村人たちは声援を送り、農夫は最後に俺に耳うちし、「リゼは任せたぞ」との言葉を残していった。村の門を出ると、俺がこの世界で最初に見た草原が広がっている。草原の真ん中に、人の行き来でできた、土の道ができていた。


 まるで、新しいゲームの最初の村を出発するような、開放感。俺は、澄んだ空気とともに、それを感じていた。


 村の畑群を抜け、街道をしばらく進むと、村の名前がついた小屋が一個あったものの、それ以外はどこまでも自然が広がっているようだった。草むらが高くなっている所もあり、何か潜んでいるように思えた。


 というか人影だ。草むらの中に、人影が二人いる。


 リゼも気づいたようで、あっ、という顔をしている。


「ソウタ様、たぶん盗賊です。ここら辺を縄張りにしている奴らです。どうしましょう……」


「落ち着けリゼ、草むらから離れるぞ」


 用心して草むらから離れると、屈強な男二人組が現れた。


「へっへっへ、エモノがかかりやしたぜ兄貴」


「勘がいいじゃねえか、男が一人と……うまそうな女が一人か」


 兄貴と呼ばれた男はナイフをぺろり、と舐め、俺達の品定めをしている。あからさまな盗賊のようだった。


「金目のものと、女を置いてきな。男は抵抗したら殺すぜ?」


 ひゃひゃひゃ! と弟分の男が不快に笑う。いけすかない奴らだ。


「いやだ、と言ったら?」


「ああ?」


 兄貴分がナイフをちらつかせ凄んでくるが、こっちにだって武器はある。俺は腕輪に触れ、ウィンドウを開いた。


 【武器召喚ガチャを引きますか?】

     はい  いいえ


「召喚!」


 俺が叫ぶと、眩い光とともに武器が右手に現れる。今回は、長い得物。物干し竿並みの長さで、先端は鋭くとがっている。途中は螺旋のようにねじれていて、武器全体が赤く、血に染まったような色合いを出している神の槍。



 ――グングニル。



「なっ、こいつ武器を何もない所から!?」


 突然の武器召喚に、盗賊はかなり驚いている。俺は、ゲームやアニメの槍使いの見よう見まねで槍を相手に構える。


「どうした? 来ないならこちらから行くぞ」


「やばいっすよ兄貴! あれは普通の武器じゃないっす!」


「聞いたことがある……赤き槍、対峙したものは必ず死ぬ神の槍があると……まさか!」


 グングニルを見た盗賊たちはガタガタと震え、こちらを怯えた目で見ている。


 俺はトドメとばかりに、言い放った。


「その心臓を穿ってやろうか?」


「ひいいいーっ、おたすけぇーっ!」


 盗賊二人は、たまらず後ろに走り出し、足がもたついて転びかけながら、草むらの奥に消えていった。


「凄いですソウタ様!」


 一部始終を見ていたリゼは、称賛の嵐を送った。手を拍手させ、足は浮足立っている。当の俺はというと、冷や汗をだらだらかいていた。


 その理由は明確だ。俺の左腕から出るウィンドウには、こう書かれていた。


 【N】グングニル<レプリカ>


 そう、本物の神の槍グングニルではなく、Nノーマルの複製品(レプリカ)。あの台詞も、イチかバチかのハッタリだった。グングニル(レプリカ)は消滅し、草原には静寂が戻ったが、俺の心臓の音はバクバクと鳴っていた。


 ウィンドウには「攻撃力3」の文字。確かトールハンマーは攻撃力200はあったはずだ。つまり、これは飾りのような、いわばネタ武器。


 そう、これはガチャだ。低レアを引くこともある。運否天賦の武器召喚。


 「この調子で、敵をばったばったとなぎ倒していきましょう!」


 調子のいいリゼとは裏腹に、俺の内心は、気が気でなかった。

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