延長戦 第13戦:芒に月~朧月夜に咲く花は、(前編)
とある麗らかな陽気の土曜日――。
掃除機を片手に藤助がリビングから出ると、玄関先には靴を履いている芒の姿があり。
「あれ。芒、出掛けるの?」
「うん。
「そっか。車に気を付けるんだよ」
元気良く返事をする芒を藤助は見送るも。一つ、小さな息を吐き出させる。
すると、傍らからひょいと梅吉が現れ。彼はにやにやと、気味の悪い笑みを浮かばせる。
「なんだ、なんだ。芒の奴、もしかしてデートか?」
「うん、望峯ちゃんに会いに行くんだって。芒に彼女がいたなんて。いつの間にできたんだろう」
「望峯ちゃんの家、造り酒屋だって言っていたよな。将来は、婿入りするんだっけ。けど、芒が酒を造っている姿なんて。全然想像できないなあ」
「本当、似合わないよね。それに、望峯ちゃんってどこの子なんだろう。そんな名前の子、芒のクラスにはいなかったと思うけど……」
藤助は芒のクラスメイトを思い返していくが、それらしい人物は思い当たらず。こてんと首を傾げさせる。
話はそこで途切れ。数時間後――……。
とんとんと、牡丹は気怠げに階段を下りていき。腹を擦りながら、リビングへと入り。
「藤助兄さん、おやつある? お腹空いちゃった」
藤助は、洗濯物を畳んでいた手を止めると顔を上げ。
「うん、あるよ。えっとねえ、アメリカ土産のチーズケーキに、ハワイ土産のマカダミアナッツチョコレートでしょう。それから台湾土産のパイナップルケーキに、イギリス土産のショートブレッド。どれがいい?」
「親父の奴、またそんなに送って来たの?」
「本当、困りもんだよ。しかも、お菓子だけでなく食品もたんまり送って来るんだもん。お陰で冷蔵庫も冷凍庫も、どっちもぱんぱんだよ」
藤助はその現状を思い出すや、はあと乾いた息を吐き出させる。
すると、その音を掻き消すよう、玄関先から「ただいまー」と爽快な音が響き。
「あれ、芒だ。もう帰って来たんだ」
「随分と早いなあ」と、藤助が時計を眺めていると。その間にも、とたとたと軽快な音がこちらへと近付き。扉が開くと同時、ひょっこりと小さな塊がその隙間から顔を出し。
「ただいま、お兄ちゃん」
「うん、おかえり。早かったね、もっと遊んで来るかと思っていたのに」
「えっとね、望峯ちゃんをお家に連れて来たの」
「えっ? 連れて来たって……」
ぽかんと間抜け面をさせる藤助を余所に、芒はぐいと扉の陰から何かを引っ張り出し。
「お兄ちゃん、紹介するね。望峯ちゃんだよ」
その声に合わせ、牡丹等は芒から次第に視線を上げていき。それから一拍の間を空けさせて。
「えっと、女子高生……?」
芒の傍らでもじもじと俯いているセーラー服に身を包んだ女生徒に、藤助と牡丹は揃って首を傾げさせた。
閑話休題。
牡丹達は、ソファに座りお茶を呑んで一服するも。彼等の視線は、未だ一人の女生徒に集中している。問題の彼女は、おずおずと。薄らと前髪の掛かった瞳を、ちらちらと上げたり伏せたりを繰り返しながらも小さく口を開き。
「あの、
「いえ、そんなことは。ただ、いきなりだったからちょっとびっくりしちゃっただけ。
えっと、館山さんは高校生だよね?」
「はい。今年の春で高三になりました」
「へえ、高三なんだ。えっと、館山さんは、芒の彼女だって聞いたんだけど……」
ちらりと藤助が望峯へと視線を向けると、彼女はますます俯いてしまい。その動作に合わせ、ふんわりとウェーブ掛かった漆黒色の髪が軽く揺れる。
望峯の膝の上にちょこんと座っていた芒は、ぐいと顔を上げさせて彼女の顔を見つめながら。
「望峯ちゃんは、とっても恥ずかしがり屋さんだから。
ねっ、望峯ちゃん」
芒が問い掛けると、彼女は小さく頷いて見せる。
「えっと、それじゃあ、本当に二人はそういう関係なんだ。へえ、芒の彼女が女子高生だったなんて」
「うーん、芒が年上好きだったとは。きっと藤助の影響だなあ」
「梅吉はちょっと黙ってて!
あのう、館山さん。そのー……、館山さんは本気で芒のこと、そういう対象として見ているんですか? 芒はまだ小学生ですよ?」
「知っています。ウチは酒屋なんですけど、私がお客さんに絡まれていた所を芒くんが助けてくれて……」
「ふうん、それで芒に惚れちゃったのか。
ええと、望峯ちゃんは高三だっけ? ってことは、芒とは七歳差かー。 まあ、いいんじゃねえの? 本人達が了承しているんならさ。
で、芒は俺達に望峯ちゃんを紹介する為に家に連れて来たのか?」
「それもあるけど……。あのね、望峯ちゃん、お父さんと喧嘩しちゃって。それで、お家に帰りたくないんだって。だから、暫くの間、望峯ちゃんをウチに泊めてあげたいの」
「喧嘩って、つまり家出ってこと? うーん、泊めるのは別に構わないけど、部屋も空いているし。でも、家出が理由なのは、ちょっと……」
言い淀む藤助に、芒は望峯に目配せをし。すると、彼女はどこからか箱を取り出し。
「あの。これ、つまらないものですが……」
「良かったら」と、藤助に向け、望峯は洗剤の詰め合わせを差し出す。それを目にした瞬間、藤助は瞳を輝かせ。
「喜んで!」
「藤助兄さん……」
「はっ、しまった――! つい……」
後悔するも、時既に遅く。けれど、藤助はがっしりと箱を抱えたまま身を縮ませている。
決して箱を離しそうにはない四男に、芒は救いの手とばかり。
「望峯ちゃん、家出するって。ちゃんと断って来たから大丈夫だよ。だよね、望峯ちゃん」
芒が望峯の方に視線を向けると、彼女はこくんと小さく頷くが。果たして、本当に大丈夫だと言うのだろうかと、心配している兄達の心情など分かっているのか、いないのか。芒達は能天気にも、すっかりその気になっていた。
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