延長戦 第07戦:花見で一杯~さくら前線・異常あり(前編)

 とある休日――。



「えっと、この辺りだと思うんだけど……」



 珍しくも難しい表情を浮かばせ。桜文はスマホの画面と睨めっこをしながら、きょろきょろと周囲に注意を払う。



「うーん、どこだろう。多分、この辺なんだけど……。

 あっ。あった、あった。あの店だ……って、うわあ、結構人が並んでいるね」



 漸くお目当てのパンケーキ専門店を見つけられ、喜んだのも束の間。店の前には、ずらりと人の列ができていた。


 その光景に、桜文は思わず立ち止まってしまい。「もっと早く来れば良かったね」と溢しながらも、ちらりと斜め下に――、菊に視線を落とす。



「どうする? 並ぶ?」



 菊は一寸考え込むも、直ぐに小さく頷いて見せ。こうして意見がまとまると、二人は最後尾に着こうとする。


 が、その手前。急に横から声が掛かり。声のした方を振り向くと、そこには数人の男達の姿があった。


 彼等は桜文の腕を引っ張って、店内へと招き入れ。すると、お洒落で落ち着いた内装とは裏腹、中で屯っていたのはこの店に相応しいとされる華やかな女性とは程遠い、体格のいい男達ばかりで。全く店の雰囲気には溶け込めておらず、豪い矛盾を生じさせていた。


 二人の来店に気が付くと、席に着いていた男達は一斉に立ち上がり。



「お疲れ様です、兄貴!」


「ああ、お疲れ……って、お前達、こんな所でなにしているんだ?」


「兄貴の代わりに席を確保しておきました。ささっ、」



「どうぞ、どうぞ」と背中を押され、桜文は席に着くも。目の前に座る菊の眉間には、むすりと皺が寄っていき。



「……なんでコイツ等がいるの?」


「さあ? あー……、でも、ここの店のこと、コイツ等に訊いたからなあ」


「はい! この店は平日でも行列ができるほど人気だという情報を入手したので、朝の六時から並んで兄貴達が直ぐに入れるよう待機していました」


「メニューも全部吟味しておきましたが、どれも美味しかったですよ。兄貴の好きな、餡子を使った物もありますし」


「へえ、本当だ。色々あるんだな」



 桜文は感心気に、ぱらぱらとメニュー表を眺めるが。結局は周りからも勧められた、餡子がふんだんに使われている和風パンケーキへと目が留まる。



「俺はこれだな。菊さんはどうする? 菊さん?」



 顔を上げ、彼女の顔を見つめるが。菊は顔を顰めさせたまま、ゆっくりと花弁みたいな唇を動かし一言。



「……帰る」


「えっ、菊さん!? 帰るって……。パンケーキ食べないの?」



 そう問い掛けも、菊は答えることはなく。すたすたと、一人店を後にしてしまう。


 次第に離れて行く華奢な背中を見つめたまま、桜文はこてんと首を傾げさせ。



「どうしたんだろう。あんなに食べたがっていたのに」



 訳が分からないとばかり、ただただ困惑顔を浮かばせて。






 暗転。






「……ということがあってさ。どうして菊さんは、怒って帰っちゃったのかなあ。あのお店、菊さんが行きたいって言ったのに」



「どうしてかなあ」ともう一度、桜文は視線を落とし。自身の膝の上にちょこんと座っている芒に訊ねる。


 すると、芒は手に持っていたドーナツに噛り付き。もぐもぐと頬を大きく動かしてから、ごくんと喉を鳴らして呑み込ませると、まるで諭すような口振りで。



「あのね、それはね、菊お姉ちゃんは、お兄ちゃんと二人きりが良かったんだよ」


「二人きり?」


「うん。女の子は、二人きりが好きだからね。それに、菊お姉ちゃんは極度の恥ずかしがり屋さんでしょう? だから、周りに人がいるのが嫌だったんだよ」


「そっかあ。でも、アイツ等、気付いたらいつの間にか付いて来ているからなあ。全然人の言うことも聞かないし」


「お兄ちゃん、大きいから目立つもんね」



 末っ子からのアドバイスにより、原因は分かったものの。どうしたものかと桜文が考え込んでいると、不意に台所から、「あっ」と間の抜けた声が上がり。



「しまった。お醤油が切れちゃったのに、買うの忘れちゃった。どうしよう」


「俺、買って来ようか?」


「えっ、本当?」


「うん。ランニングがてら行って来るよ」


「それじゃあ、お願い。あっ、春野スーパーで買ってね。これ、ポイントカード。それから、メーカーはキッコーメンだから。一番安いだよ」



 ぽいぽいと藤助から財布とポイントカードを託され、桜文はスーパーへと向かう。


 醤油だけなので直ぐにおつかいは済み。家に帰ろうとするも、その足取りは重く。



(二人きり、か。確かにいつもアイツ等も一緒だからな。

 でも、一体どうしたら……。)



 うんうんと唸り声を上げながら帰路を歩いていた桜文だが、ふとある物が目に留まり。



「ん? あれは……」



 ぴんと頭上に豆電球が閃くと、彼はそちらの方へと近付いて行った。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 一方、その頃。天正家では――……。



「桜文、遅いなあ。醤油を買いに行っただけなのに」



 一体なにをしているんだと、時計を眺めながら。藤助は溜息混じりにそう呟く。



「これじゃあ、いつまで経っても肉じゃがが完成しないよ」


「確かにスーパーまでそんなに距離ないよね。しかも桜文兄さんの足なら、もっと早く帰って来ても良さそうなのに」



 牡丹に藤助、二人揃って首を傾げさせ。厄介事に巻き込まれているのではと推測を立てていると、ピンポーンと甲高い音が響き渡り。



「誰だろう。宅配便かな」


「俺、出るよ」



 牡丹はソファから立ち上がると玄関先へと赴くが、ガチャリと分厚い扉を開けると同時。目の前には、何故かクマの着ぐるみが立っており。


 思わず彼の口から、

「うひゃあっ!??」

と、素っ頓狂な音が漏れる。


 その音がリビングまで聞こえたのだろう。藤助も直ぐにやって来て。



「牡丹? どうしたの、変な声なんか出して」


「くっ、くまっ……、クマの着ぐるみがウチに……」


「はあ? クマって……。一体何を言っているの?」



 怪訝な面を引っ提げたまま、藤助は牡丹の指差す方へ視線を向けると。彼は、ぽかんと口を開けさせる。


 けれど、クマが一歩前に歩み寄ると、はっと我へと返り。



「うわあっ!? なに、なに? 新手の強盗!?

 駄目です、駄目、ウチには金目の物なんて全然ありませんから!」



 藤助は必死な形相で、ぶんぶんと激しく手と共に首を横に振る。


 すると、クマの着ぐるみの中から、ファンシーなその容姿とは裏腹な低い音が響き出し。



「ごめん、ごめん。俺だよ、俺。驚かせちゃったみたいだね」


「その声は……、」



 かぽっと頭が外れ。



「俺だよ、俺」


「桜文兄さん――!?

 一体どうしたの、その格好……」


「いやあ、この着ぐるみ、商店街で使っていた物らしいんだけど、もう使わなくて廃棄するからってもらってきたんだ。この手だと上手く鍵を挿せなくて、開けられなくて困っていたんだよね」


「はあ。もらったって、一体どうするの? そんな着ぐるみ」


「実は、菊さんと出掛ける時に着ようと思ってさ」


「へ……。着るって、それを?」


「うん。これなら顔を隠せるから、いいかなあって」


「いいかなあって……」



 名案とばかり、にこにこと嬉しそうに述べる桜文に。牡丹と藤助は、それ以上は何も言えず。


 二人はただただお互いの顔を見つめ合わせ、揃って間抜け面を浮かばせた。

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