第162戦:成りも成らずも 汝と二人はも

 牡丹等兄弟は、揃ってテレビの画面へと張り付き。



「このテレビに映っているのって、菊……ですよね……?」



 何度も瞬きを繰り返させて見直すものの、やはり映像が変わることはなく。屈託のない笑みを浮かばせている男の隣には、澄ました顔をさせた少女が立っており。



「え……、なにこれ。一体どういうこと……?

 びっくりテレビじゃないよね……?」


「はい。この番組、バラエティではなく普通の報道番組ですね」


「おい、牡丹。どういうことだよ!?」


「俺だって知りませんよ! 確かに俺が来るより前に、菊は定光と何か話していたみたいでしたが……。

 あっ、そう言えば。定光の奴、俺とは将来、義兄弟になる仲だとかなんとか言っていたような。宣戦布告って言うのも、もしかしてプロポーズのことだったのか……?」



 ぐるぐると、回る頭をそのままに。牡丹は彼と対面した時のことを思い返す傍ら、呆然と兄達に倣ってテレビの画面に噛り付き。






 暗転。






 取り敢えずとばかり、夕食を片付けるも。不穏とした空気がいつまでも尾を引いており。


 そんな中、芒を除いた兄弟はリビングに残り、ソファに腰掛けていたものの。一枚の用紙を前にして、その色はますます濃くなるばかりである。


 それでも牡丹は淡々と口を動かしていたがその声を遮るよう、突如、藤助が立ち上がり。



「嘘だ……。そんなの、嘘だよ! 天羽さんが養父でなかったなんて、そんなことっ……」



 それだけ言うと、彼は歪めた顔を残し。そのままリビングから出て行ってしまう。ばたばたと忙しない音が、壁や天井を通してここまで聞こえ。


 その音に牡丹も咄嗟に立ち上がるが、梅吉の腕が横から伸び。



「牡丹、いいから」


「でも……」


「いいから今はそっとしておけ。それに、そろそろじいさんも久方振りに出張から帰って来る頃合いだろう」



 梅吉に宥められ、牡丹はしこりを感じながらも座り直し。時計の針が進む音ばかりを聞き続ける。


 どのくらいの時間が経過したのか、漸くとばかり。ガチャンと甲高い音が玄関先からリビングにまで響き渡り――。



「おや、珍しいな。こんな大人数で出迎えてくれるなんて」


「ああ、待っていたぜ、じいさん。ちょっと話があるんだけどさ」






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






「そうか。とうとうあの子が……」



 テーブルの上に置かれていた湯呑を手に取ると、天羽はずずっ……とそこでお茶を啜り。一つ、小さな息を漏らす。その瞳に、憂いを帯びた色を浮かばせ。それから、おまけとばかりにもう一口。湯呑に口を付けると、ゆっくりと息を吐き出していく。



「お前達の言う通り、私はお前達の養父ではない。確かにこうして幼い頃から共に暮らしては来たが、私はただ桐実の――、お前達の父親の代わりに過ぎない。

 さて。何から話せばいいものか」



 天羽は湯呑を手にしたまま、迷いあぐねているのか。なかなか二の句を継がず。


 けれど、遠い目をさせると、ゆっくりと唇を離していき。



「そうだな。まずは桐実と私の関係からかな。

 お前達の父親は、元々は鳳凰家の人間で。そして、私はその鳳凰家に古くから仕えていた家系――、天羽家の人間だ」



「天羽家の人間ってことは……」



「ああ。私の本当の名は、柳徳ゆうと。天羽柳徳と言うんだ。桐実とは歳が近かったこともあって、彼の世話係というよりは遊び相手であり、退屈凌ぎの玩具であり……といった所かな。

 私達もその時が来るまで知らなかったのだが、本来、桐実の父親には――、お前達にとっては祖父に当たる旦那様には許婚がおり。それが、朱雀家のご令嬢だった。所謂政略結婚というものだな。けれど、旦那様はその縁談には全く乗り気ではなく。その上、天正家のお嬢様と――、お前達の祖母に当たる奥様と恋に落ち、二人は駆け落ちしてしまった。

 その後、二人は一族の者に認められて鳳凰家に戻って来るが、一方の朱雀家は、その破談が原因で衰退してしまい。後に定光くんの父親に当たる景梧けいごさんが生まれたものの、彼の母親と彼自身も鳳凰家との破談のことで、相当肩身の狭い思いを強いられたらしい。

 その屈辱を晴らし、朱雀家を建て直す為。そして、天正家と鳳凰家に復讐する為。後に彼は強引なやり方で鳳凰家を乗っ取り。一族の身の保障と引き換えに桐実の妹との婚姻を強行し、鳳凰家に婿入りすることで実権を握り復讐を果たしたんだ。……本当に、あっという間だったよ。私と桐実が留学している間にな。

 こうして鳳凰家は今も名は残っているものの、実質朱雀家の人間の手に落ちてしまった……」



 ふっと吐き出された息により、天羽の手の中に納まっていた湯呑の水面が軽く揺れ。ゆらゆらと像は乱れるも、直ぐに情けない面を映し直す。


 天羽はその虚像と睨めっこしたまま、口を開き直し。



「全てを失った桐実は鳳凰家奪還の志を胸に家を出ることを決意し、奥様の旧姓である天正を名乗ることにした。朱雀家の人間から身を隠す為にな。

 そして、その布石として、お前達を……。お前達は、謂わば桐実の手駒だ。駒は多ければ多いほど、ことを有利に進められる。たとえ何十年、何百年掛かろうと鳳凰家を取り戻す為の、桐実の意志を継がせる為の存在だ。

 お前達の母親も、みな桐実のふざけた話に乗ってくれたよ。……本心ではどう思っていたかは定かではないがな。それに、あの時の、全てを失ったアイツには、なによりも慰めが、生きていく為の標が必要だった。

 私から話せることは、これくらいだろうか」



 そう締め括ると、天羽はすっかり温くなってしまったお茶を気休めとばかりに啜り。はあと、声に出して息を吐き出す。


 その音を遠くに聞きながら、梅吉も彼につられて溜息を吐き。ぼりぼりと、頭を掻きながら。



「成程ねえ。まあ、なんとなく親父はそんな感じの人間だろうとは思っていたけどさ。でなきゃ、俺達のお袋ならまだしも、道松の――、豊島財閥の令嬢なんかとどうやって知り合えるっていうんだ。ずっと引っ掛かっていたが、これで納得がいったよ」


「そうか。やはりお前には敵いそうもないな。

 所で、藤助は部屋にいるのか?」


「ああ。アイツにも、じいさんの口から直接聞かせてやれよ。それがせめてもの救いだろう?」


「救い、か。そうだな」



 ちらりと視線を天井に向け。一拍置かせてから、天羽は重たい腰を上げ扉に向かって歩き出す。


 いつもより小さく見えるその背中に向かい、梅吉は声を上げ。



「なあ、じいさん。知ってたか? アイツ、本当は泣き虫なんだぜ。じいさんの前では、いつも強がって絶対に泣かなかったけどな」


「……ああ、知っていたさ。いつも無理させていたこともな」



 その面に薄らと笑みを残すと、天羽は再び歩き始め。ドアノブに手を掛けようとするも、触れるより先に勝手に動き。外側から、静かに扉が開いていき。



「藤助……」



 天羽の声に、微弱ながらも藤助の肩は震えるが。彼は俯いたまま、口角を上げさせる。



「……なんとなく、分かっていました。天羽さんのこと、頭では分かっていても、どうしてもそんな風に思えなくて。その蟠りは、このことだったんだなって。今になって漸く分かりました」



 それだけ言うと、藤助はゆっくりと頭を下げていき。



「一つだけ、聞かせて下さい。天羽さんにとって、俺はなんですか? お願いします。正直に答えて下さい」



「お願いします」と頭を下げ続ける藤助に、天羽は一瞬躊躇するも。直ぐに唇を動かし。



「藤助。お前は、私の……。

 ……いや、お前も他の兄弟同様、桐実の手駒に過ぎない――……」



 藤助は、思い切り下唇を噛み締め。だけど、ゆっくりと触れていた歯を離していき。



「そうですか。答えて下さって、ありがとうございました。

 それで、俺はどうすればいいですか? どうしたら、あなたの役に立てますか? 他のみんながどうしようと、俺は最後まであなたに付いて行きます。あの時、天羽さんが見つけてくれていなければ。俺はきっと今頃ここには……、この世にはいなかったと思います。だから。

 あなたが救ってくれたこの身はあなたの為に使うと、あの時からずっと決めていました。だから、言って下さい。お願いします」



「お願いします」と、もう一度。繰り返させる藤助に。天羽は手を伸ばすも、触れることなく引っ込めさせ。



「だったら、顔を上げてくれ。身勝手なのは分かっている。だけど、お前にそんな顔をされるのは、正直何よりも辛い。できるなら、恨み言の一つでも聞かせてくれないか」


「恨み言なんて、そんな……」



 藤助は口を窄めさせるも、じっと天羽に見つめられ。次第に彼の肩は、再び震え出し。



「……本当は、本当は……。本当は、天羽さんのこと、お父さんって。一度でいいから、そう呼んでみたかっ……」



 刹那、くしゃりと藤助の顔が大きく歪み。瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。


 後には幼子のような泣き声ばかりが、深閑としたその場に強く響き渡った。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 下の喧騒さとは打って変わり。二階のとある一室にて――……。


 すうすうと、整った寝息が小さいながらも鳴り響く中。不意に大きな瞳がぱちりと開き。彼女は首を軽く左右に動かすと今度は小さな舌を出して、ちろちろと芒のぷっくらとした頬を舐め始める。


 そのくすぐったさに、芒は薄らと目蓋を開かせていき。



「うん……。どうしたの、満月。喉が渇いちゃったの?」



 芒は眠気の残った眼を軽く擦ると、満月を抱き上げ。部屋の扉を開け、一段ずつ階段を下りて行く。


 最後の一段を下り終え、そのままリビングに入ろうとするも。不意にがちゃんと、外側から玄関の鍵が開けられ。続いて、ゆっくりと扉が開いていく。


 その隙間から、すっ……と一つの影が入り込み。かつんと甲高く、靴の音が鳴り響き――。



「おじさん、だあれ?」



 宙の一点を通し、漆黒色のレンズ越しに交り合った瞳をじっと見つめながら。芒は腕の中で毛を逆撫でさせている満月を宥めさせる傍ら、こてんと首を傾げさせた。

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