第151戦:あしひきの 山の際照らす 桜花
「えっ。クラスのクリスマス会だって?」
話を聞くなり、ぽかんと間抜け面をさせる牡丹に。彼の前に立っている明史蕗は、軽く頷いて見せ。
「ええ、二十四日の夕方くらいからかな。場所は参加する人数が決まってから考えるんだけど、牡丹くんはどうする? 参加する?」
「クリスマスか……」
もうそんな時期なのかと。一年が過ぎるのは、あっという間だと。時の移り変わりの早さに感慨に耽っていると、突然ぽこんと鈍い痛みが頭を襲い。
「ねえ。ちゃんと話聞いてる?」
「聞いてるよ。ていうか、頭を叩く前に、先に口で言えよ」
ぽんぽんと、丸めた教科書で叩いてくる明史蕗に、牡丹は非難の音を上げるも。おそらく効果などないのだろうなと、自分で言って置きながらも既に諦めており。
(クリスマスか……。去年までとは環境が違うからな。そう言えば、兄さん達はどうしているんだろう。
芒がいるから、家でパーティーとかしてそうだけど……。いや、ウチの経済状態では、パーティーなんてできるのかな?)
どうなんだろうかと、頭を捻らせていると。不意にぐるりと何かが巻き付き。それが誰かの腕だと分かると同時。
「悪いけど、栞告ちゃんは不参加で」
「梅吉兄さん!? いつの間に来たんですか」
「ちょっと。どうして栞告のことを先輩が勝手に決めるんですか」
「なんでって、栞告ちゃんは俺とデートするからに決まっているじゃん。明史蕗ちゃんってば、おかしなことを訊くんだから」
梅吉は口元に手を当て、くすりと小馬鹿にしたような笑みを漏らす。
そんな表情を前にさせられ、むっと顔を顰めさせる明史蕗を余所に。彼は気にする様子もなく、近くに控えていた栞告へと抱き着く。
「勿論、栞告ちゃんは俺とデートするよね? 計画なら、寝る間も惜しんで既に立ててあるんだ」
「計画って……」
梅吉から一枚の紙を渡され。栞告はそれに目を通していくが、彼女の顔は見る見る内に、林檎みたく真っ赤に染まっていき……。かと思えば、ふらりと後ろへと下がっていく肢体を、梅吉は咄嗟に受け止める。
「……っと、栞告ちゃん? おーい、栞告ってばー……。
駄目だ、気絶しちゃったや」
くらくらとすっかり目を回している栞告に、一体どんな予定を立てたんだと。いつものことさながら、飄々としている兄を牡丹はじとりと目を細めて見守るしかなく。
「うーん。全然目を覚まさないな。仕方ない、保健室に連れて行くか。と言う訳だから、悪いけど栞告ちゃんは欠席ということで。一つよろしく。
あっ、そう、そう。せっかくだから、牡丹は行って来いよ。どうせ我が家のパーティーは、毎年二十六日だからさ」
「へ? 二十六日って……。普通、クリスマスパーティーって、二十四日か二十五日に行うものだと思うんですけど。
ていうか、二十六日って、世間はもうお正月の準備をしていますよね」
「そうは言ってもなあ。毎年クリスマスケーキを買っているパティスリーが、売れ残った物を半額で売ってくれるからさ。ウチはそれに合わせているんだよ。
それと、世間の常識が我が家の常識とは限らないもんだぞ」
なんだか訳の分からないことを言い残すと、梅吉は栞告を抱え。教室を後にする彼を見送りながらも、牡丹は一つ深い息を吐き出させ。
「クリスマス、か」
もう一度言葉に出してみるものの、しかし。やはりいま一つ実感が湧かないと思う傍ら、窓越しに晴れ渡った空を見上げ。彼は口先で小さく呟き。
暗転。
そんな空も、いつの間にかすっかり暮れ。牡丹は腹の虫を鳴かせながらも帰路を歩いて目的地まで辿り着くと、彼の足は急に軽くなり。
その調子を維持させたままリビングの扉を開け中へ入ると、藤助が台所から顔を出す。
「おかえり、牡丹。ご飯なら、そろそろできるから」
「もう少し待って」と続ける彼の元へ、不意に横から芒が軽快な足取りで寄って行き。そして、彼に向かって何かを突き出す。
「藤助お兄ちゃん。はい、これ。サンタさんへのお手紙」
「サンタさんって……」
(芒の奴、この歳になってもサンタなんて信じているのか?)
まだまだ子供だなあと、二人の遣り取りを傍から眺めていた牡丹は。にやにやと、気味の悪い笑みを浮かばせる。
それから、その面を崩すことなく。二人の間に割り入って。
「なんだよ、芒ってば。まだサンタなんか……」
「信じているのか?」と、後を続けようとするも。それは咄嗟に出された藤助の手によって遮られてしまい。
「芒の書いたこの手紙、お兄ちゃんがちゃんとサンタさんに渡しておくから」
「うん、お願いね」
芒はぴょんと片手を上げると、にこにこと満面の笑みを浮かばせながらも部屋から出て行く。
そんな末っ子を見送ると、藤助は漸く牡丹の口を塞いでいた手を離し。ぷはっと久方振りに新鮮な空気を取り入れている彼を見つめながら。
「駄目だよ、牡丹。子供の夢を壊したりしたら」
「子供の夢って……。俺が芒くらいの頃には、とっくにサンタの正体を知っていましたよ。周りの子だって、もう知っていると思いますけど」
そう牡丹が意見するも、藤助の顔色が変わることはなく。
「それでもいいの。芒は信じているんだから。今のままでいいんだよ」
頑なに言い張る藤助に、そういうものなのかと。牡丹は悩みながらも鞄を置きに部屋に行こうと、リビングを出ると。
「牡丹お兄ちゃん」
と、何故か階段の途中に座り込んでいた芒から声が掛かり。
「駄目だよ、牡丹お兄ちゃん」
「駄目って、何が?」
「藤助お兄ちゃんは、僕がサンタさんはいると信じているって。そう思って、必死に演出してくれているんだから」
「邪魔しちゃ駄目だよ」と淡々と言い聞かせる弟に、牡丹は間の抜けた面を浮かばせるしかなく。
「なんだよ。やっぱり知っていたんじゃないか。けど、どうしてそのことを隠しているんだ?」
「だって、藤助お兄ちゃんは、いつまでも僕に子供のままでいて欲しいって思っているから。だから、僕がとっくに気付いていることを知ったら、可哀想じゃない」
「可哀相、か。お前もなかなか大変だなあ」
真ん丸の眼をさせている芒に、半ば同情するよう。牡丹はそう返すも。一方の芒は、
「まあね」
と。けろっとした調子で返す。
「これも子供の務めだから。仕方ないよ」
「子供の務めねえ。それで。クリスマスプレゼントは、一体何をお願いしたんだ?」
「満月の首輪だよ。満月はお洒落だから。可愛いのが欲しいんだよね。
ねっ、満月」
「満月のって……。満月の物じゃなくて、芒は自分の欲しい物はないのか? 玩具とか、ゲームソフトとかさ」
「僕は別にいらないよ」
「いらないって、随分とあっさりしているな」
「だって、僕は十分満足しているもの。この現状に。玩具やゲームソフトがなくても普段生活するのに何の支障もないし、そういう物を欲しがるのは、現状に満足できていないからでしょう」
「そういうものかあ?」
「そういうものだよ。だって、満足できていたら、本来なら不必要な物をわざわざ欲しいなんて。そもそも思わないじゃない。
でも、そんな空虚をお金で満たすことができるなら。それでいいと僕は思うよ。だって、世の中には、お金で買えない物だってあるんだから。物で満たすことができるなら、安いものだよね」
にこりと屈託のない笑みを浮かばせる芒に、ちっとも子供らしくないと。自身の当時を思い返して比較してみるが、やはり彼の方が余程大人びていると。
先程まで幼稚に思っていた自分がなんだか急に恥ずかしくなり。邪気の感じられない笑みを前にして、牡丹はただ苦笑いを溢すしかなかった。
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