後編 海賊の団らん

「あの、皆さんは『アトリアルホール爆破事件』の関係者の方なんですか?」

 由美は思わずその輪に問いかけていた。

「え?」

「あ、ごめんなさい。話している内容をちらっと聞いてしまったものですから」

「ああ、別に気にせんくてええよ。若い子が知ってるっちゅうのもいいことやし」

 仁がフランクに話した。

「って、仁もそんなに由美ちゃんと歳離れてないでしょ?」

 笑いながらアルバイトの人―――若葉が仁の肩をたたいた。

「いや、二十歳になっているかどうかでかなり変わるんやで。若葉も自覚してるやろ?」

「うっ」

「確かに。若葉最近太ったでしょ」

「ううっ、楓はこっちの見方だったと思ってたのにぃ」

「私はちゃんと子どもたちと一緒に運動してるからね。でも大丈夫だよ。たっくんの方がだらしなくなったから」

「僕はちゃんと普通の生活をしているよ。変な人みたいに言わない」

「で、由美ちゃんが困ってるから、彼女も会話に入れてあげないと」

 由美は笑っていたが、若葉の一言で少し顔を改めた。

「あ、すみません。私もう行きますんで」

「そんなこと言わないでさ、彼ら面白いから色々お姉さんが教えてあげるよ」

 慶子がスティックシュガーをコーヒーに入れながら言った。

「彼が町田啄木。あなたでも聞いたことあるんじゃないかな」

「最近有名人だからな」と和哉がわき腹を肘で小突いた。

「確か逆瀬川隆之介と絡んでいた小学生がいたって何回も聞いたことがあります。あなたがその……」

「まあな。で、こいつがあの有名なアララギジンこと、仁だ」

「え、あのアララギジンですか?」

「おう、そうやで」

「私の友達に北見響っていう小説家がいるんですけど……」

「北見響! 俺あいつの作品は好きやで。世界観が上手に作り上げられとるし、登場人物も個性的で読んどって飽きへん。会えるなら一度会って話したいって思ってたんや」

 脳内で喜多くんの見たことない笑顔を想像する。彼は寡黙だから基本表情を顔に出さない。だから想像できるのも、誰でも笑う時に変化する口元ぐらいだった。

「へえ、喜多くんそんなに有名人だったんだ」

「で、ご存じの通り、私が福島若葉で、こっちが花田楓……って、もしかして親戚?」

「いや、多分全くつながってないと思う」

「花田って名字、そんなに珍しいわけでもないですし」

「で、私が木村秋奈。一応このおばさん以外の五人と同い年だけど、高校からの知り合いだよ」

 秋奈は慶子の方を指して言った。

「おばさんって、まだ私二十代なんだけど。あ、南方慶子。図書館司書を一応やってるかな」

「で、最後に俺が和泉いずみ和哉。よろしくな」

 よろしくお願いします、と由美は返した。

「なあ、これを機にさ、彼女に全部教えてやらないか? 俺たちだけじゃなくて、このことは多くの人に共有しておくべき話だと思うんだが」

 和哉が続いて言った。

「確かに、じゃあ時は十年前に遡って……」

「ちょ、ちょっと待ってください。私のほかにもあの事件について詳しく知りたい人が何人かいるんです。だから彼らも一緒に聞きたがっていると思います」

「そうか、じゃあ連絡先交換してまた機会を作ったら連絡しようか」

 啄木がスマートフォンを取り出した。

「わかりました。そうしましょう」

 由美はその場にいた『ブックマスター』の五人と秋奈と慶子と連絡先を交換した。

「にしても、まだこの事件のことをそうやって知りたがってくれている子たちがいるのはうれしいよね」

 秋奈が懐かしそうに窓の外の大きな木を眺めて言った。

「いえいえ、私たちも地元だからみんな知っているだけだと思いますよ?」

「たいてい興味がないやつは後に聞きに行こうとしないだろう」

 啄木が真剣なまなざしを向けた。彼のまなざしは年齢より遥かに大人びているように見えた。

「でも、すごいですよね。そういう事件の中心人物がこんなに揃うことがあるなんて」

「まあな。俺たちでたぶん全てのことは語れるだろうな。特に、啄木がいれば……あ、逆瀬川も重要人物だな」

「俺たちはそれぞれすごい経験をしたから。悲しい思いもした。辛くて泣きすぎて、泣き終わって立ち上がろうとしたらふらっとして起き上がれなくて、またその無力な自分が悔しくて泣いた夜も何回もあった」

 啄木は淡々と話す。その言葉一つ一つはしっかり吟味された美しい言葉に聞こえた。

「でも、こうやってみんな今生きてるんやから、それだけでも幸せだって思えるんや」

「私も。こういう風に新しい出会いを嬉しく思えるのは幸せ」

 若葉は由美の肩を抱いた。

「きっと啄木が生きてなかったら、秋奈ちゃんからあの話を聞かなかったら、きっと新しく会う人と仲良くなって、でもその先で悲しい別れがあるんじゃないかなって思ってたんだろうね」

「今でもそういうことがたまにある。特に最近、当時の私たちと同じ年代の子たちを見ているといつかあの子たちの身にも私たちと同じようなことが起こらないか不安になっちゃう」

「いまみんながここにいる。そしてそのことは後世に伝わってく。そのことだけでもきっと価値がある。今はわからなくても、きっと何十年も先に意味がおのずと出てくるはず。『ブックマスター』のみんながサイカイする手伝いが出来て嬉しかった」

「世の中にはきっといろんな不思議なことがある。でも、それらにかかわった人々は様々な変化を遂げて日常に戻ってくる。その日常はいつも私たちに向かって優しく開いているものなんだって、いつか気づくんだよ」

 慶子はカバンを背負いながら話した。それを由美は、先ほど早希ちゃんから聞いた話と重ねた。


「……由美ちゃん!」

「え?」

「ああ、よかった。ちょっと難しい話をしすぎちゃったね」

 目の前にはすでに会計を終えた六人と、若葉がいた。

「ごめんなさい。少し考え事をしてて」

「あのさ、今日もう上がっていいかな。もう少しみんなと一緒にいたくてさ」

「わかりました。あとでお母さんに言っておきます。あの人適当だから、多分許してくれます」

「ありがとう。じゃあおつかれさまでした」

 由美は『海賊たち』を手を振って見送った。

 

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